その23 当主の証
小さな入り江でティトゥが見つけて来た古びた鎧。
それは日本人なら誰でも一度は見た事がある、戦国時代の甲冑だった。
「レンドンは大昔から港町として栄えていたみたいだから、遠い外国から運ばれて来た物が、当時の当主に献上されたんじゃないかな」
甲冑の黒い部分は漆塗り。
実は日本における漆器の歴史は古く、なんと縄文時代の遺跡から出土する事もあるという。
それだけ漆は昔から塗料として使われていたという事であり、なおかつ、塗膜の耐久性が桁外れに高い丈夫な塗料とも言えるのである。
「それに地面に埋められていたのも保存を助けたのかもね」
確かカスパーの法則だっけ? 空気中での一週間の腐敗は水中で二週間、土の中だと八週間に相当するとか。
推理物の映画かドラマで知ったうろ覚えの知識だけど。
「それにしても、漆黒の騎士か。昔の人にとって漆の黒い輝きは余程印象に残ったんだろうね」
『漆黒の騎士はそれで理解出来ますが、どうしてこれが黒龍の鎧 なんですの? 全然ドラゴンっぽくないですわよ?』
「う~ん、兜のお面の意匠がこっちの人にはドラゴンの顔に見えたとか? あっ。それとも、今は修復されてしまった部分に、昔は竜の絵が描かれていたのかも」
兜のお面の部分って、確か面頬とかいう名前だっけ?
それに黒い漆に金で竜の蒔絵とか、想像しただけでもカッコイイよね。
テンションの上がる僕に対して、ティトゥの方はちょっと釈然としない様子だ。
黒龍の鎧 という名前から、もっとドラゴン然としたデザインを想像していたのかもしれない。
例えば一見、ドラゴンの置物だけど、それが分解されると全身に装着されて鎧になるとか?
何だかアニメっぽいな、と思ったら、アニメ原作のパチスロで実際にそういうのがあった気がする。ペガサスとかドラゴンとかそういうモチーフで。
海皇覚醒だったっけ?
「6号機か」
『何を言っているんですの? それよりハヤテ、早くこの鎧を持って帰って、レンドン伯爵を喜ばせてあげましょう』
『あっ! ナカジマ様、お、お待ちを! 私に片付けさせて下さい!』
大事な鎧を無造作にポイポイと箱詰めし始めたティトゥを見て、番頭のハントが慌てて声を上げた。
『そう? だったらお願いしますわ』
既に鎧自体に興味が無くなっていたのだろう。ティトゥはあっさりと彼に箱を手渡したのであった。
ティトゥにとっては微妙な鎧でも、レンドン伯爵にとってはご先祖様から代々伝えられた大事な家宝である。
伯爵は真っ白なシーツの上に全ての鎧を並べ終えると、居住まいを正した。
そして鎧に向かって深々と頭を下げた。
伯爵の家族も、彼に倣って神妙な面持ちで頭を下げる。
それを見て、集まっていた使用人達も慌てて頭を下げた。
今、この場で頭を下げていないのは、物理的に下げる頭のない僕と、どうしていいか分からずにキョロキョロしているティトゥ、そして僕の操縦席で遊んでいるファル子とハヤブサの四人だけである。
『私の不徳で失われたと思われていた伝来の鎧。それが今、一つとして欠ける事無く、こうして無事、我らの下へと戻って来た。こんなに喜ばしい事はない。パトリチェフ!』
『はっ! 父上!』
名前を呼ばれた長男のパトリチェフが、父親の横に跪いた。
『我が手より、黒龍の鎧 をお前に託す。今日、この時をもってお前が第十四代漆黒の騎士となるのだ』
『!』
漆黒の騎士の名はレンドン伯爵家当主の証。
パトリチェフは漆黒の騎士の名を受け継ぐと同時に、レンドン伯爵家の家督も父親から受け継いだのである。
『そ、そのお役目、つ、謹んでお受け致します!』
『うむ』
震える声で頭を下げる息子に、レンドン伯爵は――いや、その座はたった今、息子に受け継がれたのか。ミルドラドさんは新当主のパトリチェフに手を伸ばすと、優しく肩に手を置いた。
『これでようやく俺も肩の荷が下ろせた。俺のせいでお前には随分と肩身の狭い思いをさせてしまったな。よく今まで頑張って耐えてくれた』
『そのような事は・・・ぐすっ・・・ありません。ち、父上のなされたご苦労に比べれば、わ、私のものなど・・・』
それ以上は嗚咽で言葉が続かなかった。
パトリチェフは俯いたままで涙を堪えた。
ミルドラドさんの目にも涙が浮かんだ。
あちこちからすすり泣く声が聞こえる。
聖国メイドのモニカさんから聞いた話によると、当時のレンドン伯爵家は、当主の姉がこの国の第一王子を生んだとあって、正に飛ぶ鳥を落とす勢いだったそうである。
その流れが変わったのは、十年前。
当主の証である大事な鎧を海賊に奪われた事により、レンドン伯爵家は完全に面目を失う事となった。
急上昇から急転直下へ。
ミルドラドさんは周囲からの厳しい視線に耐えながら、実直に当主の務めを果たした。
そんな中、二年前、またも海賊の被害がレンドンの港町を襲う。
残念な事に、王家からの援軍はなかった。
海賊の被害はカルシーク海一帯に及んでいたため、あちらもそれどころではなかったのである。
その中にあって、ミルドラドさんは万全を尽くし、町を海賊達の手から守り切った。
あるいは十年前の海賊被害。その手痛い教訓があったからこそかもしれない。
ミルドラドさんは、息子の肩をポンポンと叩くと立ち上がった。
そしてティトゥに振り向いた。
『ナカジマ殿。先祖伝来の鎧を見つけて頂いた事、感謝の言葉もない。この恩に報いるため、俺に出来る事なら何でも言って欲しい』
『違いますわ』
『なに?』
ティトゥはその豊かな胸を大きく張った。
『黒龍の鎧 を見つけたのは、私じゃありませんわ。私とハヤテが見つけたんですわ』
ミルドラドさんは一瞬『は?』と目を見開いた後、僕を見上げた。
『このドラゴン――ハヤテが・・・』
彼は何度か僕とドヤ顔のティトゥに視線を彷徨わせた後、神妙な面持ちで僕に向き直った。
『――ハヤテ。感謝する』
『サヨウデゴザイマスカ』
『なんで婦人言葉?! ご、ゴホン。それでナカジマ殿、一体どのようにして我が家の鎧を見つけて来たのだろうか? 是非とも屋敷で話を聞かせて頂きたいのだが?』
『分かりましたわ』
ティトゥは嬉しそうに頷いた。
その笑顔に僕は何だかイヤな予感がした。ちょっとティトゥ、君、また話を盛るつもりじゃないだろうね?
新当主のパトリチェフが、ミルドラドさんを呼び止めた。
『父上、鎧はどうすれば? このまま庭に置きっぱなしにする訳には参りませんが』
『あれはもうお前の鎧だ。俺に尋ねる必要はない』
パトリチェフはハッと我に返ると、『分かりました』と頷いた。
『では一先ずは元の箱に。それから町の鎧職人を呼んで、痛んでいる箇所の修理と、新しい箱を用意させます』
『うむ。それでいい』
肩の荷が下りたという言葉は本当だったのだろう。
ミルドラドさんは晴れやかな笑顔を浮かべた。
『話は終わりましたわ! ――ハヤテ、どうかしたんですの? 何だか元気がありませんわね』
ティトゥがファル子を連れて屋敷から現れた。
ミルドラドさん達との話し合いが終わったようだ。
「ああ、うん。ちょっとね・・・」
僕はすまし顔の聖国メイドモニカさんを恨めしそうに見下ろした。
どうやら彼女は、僕達が黙って調査に出かけたのがよっぽど不満だったらしい。
ついさっきまで、『せっかくご一緒出来たというのに』とか、『私はのけ者ですか』とか、ネチネチと嫌味? 愚痴? を言っていたのだ。
確かに連絡もなく行っちゃったのは悪いと思うし、勝手にファル子達の世話を押し付けたのも、親としてどうかと思うので、僕は大人しく彼女の話を聞き続けていたのである。
「それで、話し合いは上手く行ったの?」
まあ、聞くまでもなく、ティトゥの笑顔を見れば結果は分かっているんだけどね。
『ええ! ミルドラド様ご自身が王城に赴き、エルヴィン殿下のお力になって頂ける事になりましたわ!』
ミルドラドさんが? そりゃあスゴイ!
エルヴィン王子にとっては、これ以上ない程頼もしい援軍である。
ティトゥ達に続いて、ミルドラドさん親子が。そしてハヤブサを抱き抱えたミルドラドさんの子供達が現れた。
『ハヤブサ、もう帰っちゃうの?』
『帰っちゃイヤ。ウチに泊ろうよ。ねっ? ねっ?』
「ギャーウー(う~ん、僕はいいけどママがね。ゴメン)」
残念そうにハヤブサを下ろす子供達。
そしてティトゥのわがままを受け入れる幼いハヤブサの姿に、僕は何だか切ない思いを味わった。
『ナカジマ殿』
ミルドラドさん一家がティトゥに別れの声を掛けた。
『レンドン伯爵家はこの恩を決して忘れない。聖国で何か困った事があればいつでも当家を頼って欲しい』
『そちらの港、ホマレとの取引の件ですが、私の方から町の商人達に声を掛けておきます。とは言っても、フェブルが張り切っているため、あまり私の出る幕はないかもしれませんが』
『先程のお話は大変素晴らしい物でしたわ。ドラゴンとそのパートナーの大冒険。早速、劇作家に命じて芝居にさせますわね』
最後のちょっと待った! やっぱりティトゥ、話を盛ったね?! ていうか、盛り過ぎにも程があるだろ! 何が大冒険だよ! あれのどこに冒険要素があった訳?!
ミルドラドさんの奥さん、お芝居になるような劇的な展開なんて無かったですからね。全てはティトゥの妄想ですから。
妄想を元にお芝居なんて作ろうものなら、完成するのは赤っ恥。黒歴史以外の何物でもないですから。
「ティトゥ、ティトゥ、ちょっと止めて! ミルドラドさんの奥さんを止めてあげて!」
『さあ、レブロンの港町に帰りますわよ! 三伯も残りひとつ! 明日はビブラ伯爵家ですわ!』
「ギャウー! ギャウー!(帰る! 帰る!)」
『たったの一日でレンドン伯爵を篭絡するとは。流石は私の見込んだ竜 騎 士。フフフ、明日も楽しみです』
「誰か僕の話を聞いてくれーっ!」
僕は頑張ったが、結局、ティトゥ達にせかされてタイムアウト。レンドン伯爵家の屋敷を後にしたのであった。
果たしてレンドンの港町で、ティトゥ創作の竜 騎 士のお芝居が作られたかどうか。
そんなものは知る必要もないだろ。というか、話題にしたくもないんだけど。
次回「襲名式」