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その21 白い骨

 ティトゥとの間になんだかんだとやり取りがあった後、僕は船乗り達から死の島と呼ばれるレンドン沖の小島に着陸した。


『ほらね。ハヤテは散々渋っていたけど、私はあなたならきっと上手くやれると思っていましたわ』

「そりゃどうも」


 ティトゥのわがままに付き合わされたという気持ちはあるものの、このご機嫌な笑顔を見せられると、文句を言う気力もなくなってしまう。

 ホント、美人は得だね。

 僕は着陸後、地上をゆるゆると動力移動(タキシング)

 ガタガタと機体を揺らしながら、入り江のある低木へと向かった。


「あまり近付くのも危ないから、この辺で止まるよ」

『分かりましたわ』


 ティトゥは安全バンドを外すと、風防を開いた。

 その途端、強い潮風が彼女の髪をなびかせた。


『す、凄い風ですわ。後で髪をとかすのが大変そう。トレモ――じゃなかった、ハント。入り江を調べに行きますわよ』

『トレモ? あ、はい』


 ティトゥは『ハヤテが毎回ハントの事をトレモ船長二号と言うものだから、つい間違えてしまいましたわ』とブツブツと呟いた。

 トレモ船長二号こと番頭のハントは、妙な呼ばれ方に一瞬、怪訝な表情を浮かべたものの、直ぐにティトゥの後に続いた。


「ちょ、ティトゥ! 危ないよ! 足元の土が崩れたらどうするんだよ! そうだロープ! 君が操縦席に持ち込んでいたロープがあっただろ?! それを使いなよ!」


 ティトゥは操縦席に戻るとロープを取り出した。それを見た番頭のハントが、『でしたら私が行きます』と彼女の手からロープを受け取った。

 彼は手早く近くの木の幹にロープを括りつけると、二三度軽く引っ張って手ごたえを確かめた。

 流石は若くして船の船長を任されているだけの事はある。ロープの扱いは手慣れたものだ。


『大丈夫そうですね。ナカジマ様はここで待っていて下さい』


 ハントは足元を確かめながら崖に近付くと、慎重に身を乗り出した。

 ティトゥは強風に負けじと叫んだ。


『どうですの?! 入り江の船は海賊船で合ってますの?!』

『――分かりません! 船体の破損が酷くて! とはいえ、普通の船乗りなら絶対にこの島には近寄りませんし、この辺りで沈んだという船の話も聞きません。レンドン伯爵家の鎧を積んだまま行方不明になった海賊船の可能性はあると思います』


 ハントは真剣な表情で崖下を見下ろしているが、どうしても海賊船であるという確証は持てないようだ。


『やはり船を直接調べてみるしかありませんね。ナカジマ様! 私はこれから下の入り江まで降りてみます! ここで少し待っていて下さい! 何か分かったらお知らせします!』

『降りるなら私も行きますわ! ハヤテ! 樽増槽を出して頂戴!』


 樽増槽? 別にいいけど何に使う訳?

 僕はティトゥのリクエストに応えて、翼の下のハードポイントに樽増槽を懸架した。

 突然姿を現した木製の樽に、こちらを見ていたハントがギョッと目を剥いた。


『確かここに・・・。ありましたわ!』


 ティトゥは樽増槽を開けると、中から長いロープを取り出した。

 ええっ?! 何でロープが――って、そう言えば、樽増槽はまだコノ村にいた頃に買い出しの時に良く使っていたから、荷運び用のロープや麻袋を入れていたんだっけ。

 ていうか、ティトゥ。良くこんな事覚えてたね。

 ティトゥは自分のお腹にロープを結び付けようとしたが、それを見たハントが慌てて崖から戻って来た。


『それでしたら自分にやらせて下さい』


 ハントはティトゥの手からロープを取り上げると、ロープで輪を作った。


『この輪に両足を入れて、ロープに腰かけるようにして下さい。そう、そんな感じで。先に行って下さい。上で私が少しずつロープを出しますので』

『分かりましたわ』


 ハントは木の幹にロープを回すと、腰を落とした。


『こうして上から見下ろしてみると、意外と高さがありますわね』


 ティトゥは崖の下を覗き込んで一瞬、警戒した様子だったが、直ぐにこちらに向かって『いいですわよー!』と手を振った。

 そんなティトゥの姿に、ハントは、『さすがは竜 騎 士(ドラゴンライダー)。高所には慣れたものですね』と感心した。

 いや、竜 騎 士(ドラゴンライダー)だからと言って、高い所に抵抗がない訳じゃないから。

 あれはティトゥが恐れ知らずなだけだから。

 実際、僕は昨年の年末、ヤラの頭の中に居候していた時、僕は彼女が仕事で倉庫の屋根に上がる度に、いつも怖い思いをしていたから。(※第十八章 港町ホマレ編 より)

 僕がイヤな事を思い出している間に、ハントは少しずつ、ロープを送り出していく。

 時間にして十秒程。ティトゥが地面に降り立ったらしく、彼はロープを手放した。


『ナカジマ様ー! 次は私が降りますので、しばらくそこでお待ち下さーい!』

『分かりましたわーっ!』


 ハントは自分の腰の辺りにロープを回すと、ヒラリと崖下に身を躍らせた。

 さて、二人が戻って来るまでする事が無くなってしまった。

 果たして入り江の難破船は、レンドン伯爵家に代々伝わる相伝の鎧、黒龍の鎧(ドラゴンメイル)を積んだ海賊船なのか否か。

 この時の僕は、予想外の発見にすっかり浮ついていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 入り江から崖の上までの高さは、ざっと十メートル。

 これは二階建ての家屋の高さにおおよそ匹敵する。

 番頭のハントは、慣れた手つきでロープを伝って降りて来た。

 幸い、崖に囲まれた入江にはそれ程風は吹いていない。


 ザシッ


 柔らかな靴底が砂利を踏みしめる。

 入り江は、いわゆるジャリ浜――砂ではなく、目の荒い砂利に覆われていた。

 上を見上げると、一面、木に覆われている。ただ、海側から海面に反射した光が入って来るせいか、暗さは感じられない。

 干潮の時間に近いのだろうか? 潮だまり(タイドプール)特有のムッと磯臭い匂いが鼻を突いた。

 入り江の幅は五十メートル程。

 長さはその三倍から四倍。

 七割程が浅瀬で、残りは今、二人が立っている砂利の浜辺となっている。

 そんな小さな入り江に、ボロボロに朽ちた木造船が打ち上げられている。

 完全に塗装が剥げ落ち、白い木造の素材がむき出しとなったその姿は、まるで巨大な動物の白骨死体を思わせた。


「中型の外洋船ですね。船名は・・・消えて無くなっていますか」

「これがヒントになりません?」


 ティトゥが指差した方を見ると、壊れた船首像(フィギュアヘッド)が地面に落ち、波に洗われていた。


「乙女の像――いや、天使でしょうか? モチーフとしては割とありふれているので、決め手にはならないかと」

「やっぱり船内を調べないとムリかしら?」


 ティトゥは破損した船体の穴から中を覗き込もうとしたが、ハントが慌てて彼女の腕を掴んだ。


「お止め下さい! この様子だといつ壊れるか分かりません! 崩れ落ちて来た大量の建材に押しつぶされてしまいますよ?!」


 さしものティトゥも、この指摘にはゾッとしたようだ。

 ましてや今、この場には彼女がこの世で一番頼りにしている最強のパートナーもいない。

 ティトゥは専門家の意見に従って大人しく引き下がった。


「けど、それならどうするんですの? 中に入れないなら、調べようもありませんわよ?」


 ハントは朽ち果てた船体を見上げると、次にグルリと入り江の中を見回した。


「取り合えず手分けして、外から見れる範囲だけでも調べましょう。例えば辺りに散らばった残骸からでも何か分かるかもしれません」

「そうですわね。仮に今回は確たる確証は掴めなくても、次は十分な準備を整えて、もう一度出直せば良いだけですし」


 次は船大工を乗せて来てもいいだろう。

 レンドンは聖国でも二番目の大きさを誇る港町だ。あるいは海賊船に詳しい者だっているかもしれない。

 自分達では分からない事でも、専門家なら一目瞭然という可能性もある。


「今回はそのための下調べという事に致しましょう」

「そうですね。怪しい船を見つけたというだけで大収穫です。我々レンドンの者達が長年、ここにあるかもしれない、と知っていながらも手を出す事すら出来なかった死の島に、こうして調査に入る事が出来ただけで驚くべき事なんですから。

 それにしても、ドラゴンは本当に素晴らしいですね。大空から見下ろしたレンドンの港町のあの光景。大空を駆け抜ける蠱惑的な疾走感。まるで夢の中にいるような時間でした。

 今日一日だけで何度驚きの声を上げてしまった事か。私はこれほど自分の人生観がひっくり返された思いをした事はありません」

「・・・ムフッ。ムフフ」


 ハントのハヤテを褒め称える言葉の数々。やり手の商人らしく多少のリップサービスは含まれているにしても、その言葉の響きにウソは感じられなかった。

 彼が心から素直にハヤテに驚きを覚え、畏敬の念を感じているのは間違いないだろう。

 そんなハヤテを褒め称える言葉が、ティトゥの耳朶と自尊心を心地よくくすぐり、彼女は頬がだらしなく緩むのを堪える事が出来なかった。


(そうそう。やっぱり分かる人には分かるんですわ。ハヤテも立派な体をしているんだから、こう、ドラゴンらしく威圧感を出したり、いつも周囲を睥睨(へいげい)していれば、人間達から畏怖されるドラゴンになるんですわ)


 もし、この時のティトゥの心の声をハヤテが聞けば、「いやいや、僕には威圧感なんて出せないから」「周囲を睥睨(へいげい)って、小心者の僕にはそんな事は出来ないから」と、慌てて否定した事だろう。


「♪~」


 すっかり上機嫌になったティトゥは、鼻歌を歌いながら足元の小枝を拾った。

 彼女はまるで指揮棒のように小枝を振りながら歩いていたが、ふと違和感を感じたのか手の中の枝をしげしげと眺めた。

 その枝は、完全に表面の樹皮が剥がれ落ち、まるで骨のように見えた。


「骨?」


 いや、違う。骨のよう、ではなく、それは骨そのものだった。

 ティトゥは慌てて背後を振り返った。

 辺り一面に敷き詰められた砂利の粒に混じって、点々と白い破片が転がっている。

 この島には大型の動物は住んでいない。もしもいるとすればイレギュラーな形で外からやって来た特別な存在。

 それは人間の骨に間違いなかった。

 ハヤテであれば、「ヒイイイッ!」と息を呑んで青ざめたに違いない光景。

 しかし、ティトゥは船の残骸を見つけた時から、船員の死体を見つける可能性を覚悟していた。


「・・・・・・」


 とはいえ、人の骨を弄んで平気でいられる訳ではない。

 ティトゥはそっと足元に骨を置いた。

 そんな彼女の様子の変化に気付いたのだろう。ハントがこちらに振り返った。


「ナカジマ様。どうかしましたか?」


 ティトゥは呼吸を落ち着けると、点々と散らばる白い骨。そしてその骨の先(・・・・・)を指差した。


「ここに散らばっているのは、多分、この船の船員の骨じゃないかしら。そしてあの場所が妙に盛り上がってますわよね? あれって仲間の死体を埋めた物にしては不自然だと思うのだけど?」


 ティトゥの指の先には言われてみれば確かに、少し盛り上がった場所があった。

 そして上からかけられていた土は十年の間に風雨で崩れ、その下に埋められた木箱の縁が顔を覗かせていた。

次回「黒龍の鎧 《ドラゴンメイル》」

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