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その20 小さな入り江

 僕はレンドン伯爵家の屋敷を飛び立つと、そのまま港町の上空へ。

 番頭のハントも、最初は胴体内補助席でビビリ散らしていたが、一度飛び立ってしまえば恐怖より好奇心が先に立ったらしい。

 今は興奮に顔を赤く染めながら、自分の住む町を見下ろしていた。


『あれが中央広場? ならあそこが職人街。ウチの店は・・・あっ、あれがそうか。ははっ。あそこ、屋根の色が違っているのが分かりますか? あれはまだ私が新人だった頃、ボヤで屋根が焼けたのを修理した跡なんですよ。私の家は・・・多分あの白っぽい屋根の家かな?』


 ハントは、あれが何々商店、あれが何とか橋と、嬉しそうに説明した。


「あー、楽しんでいる所を悪いけど、そろそろ死の島の場所を教えて欲しいんだけど」

『――と言ってますわ。ところでハヤテ、あなたさっきから微妙にハントに当たりがキツくありません? それでハント、ハヤテはどっちに飛べばいいのかしら?』

『あっ! す、すみませんでした! つい興奮して! ええと、港から北に直ぐの所に小さな島が見えますよね? 左の半島の先端を伸ばした先にある島です。最初はあの島を左手に見るようにしながら進んで下さい』


 僕がハントに当たりが強い理由? そんなの彼がトレモ船長二号だからに決まってるよ。

 ハントはティトゥの声にハッと我に返ると、島への行き方の説明を始めた。

 とはいえ慌てていたせいか、半島の先にある島を左手に見ながら~とか、海の色が変わる所で少し右に舵を切って~とか、船乗り目線での説明だったので、僕の進路に落とし込むためには、少々理解力を働かさなければならなかった。


「まあ、大体分かったよ。ここから北北西に真っ直ぐ飛べばいいんだね。了解」

『――ハントはあんなに説明したのに、その一言で終わってしまうんですのね』

『ええと・・・申し訳ありません』


 小さくなって頭を下げるハント。

 まあ、仕方がないんじゃない? 船で行くのと、飛行機で飛ぶのとでは、全然違うんだし。

 といった訳で、進路を北北西に向けて海の上を飛ぶ事少々。

 僕達はそれらしい島の上空に到着したのであった。




「多分、この島がそうじゃないかと思うんだけど、どうかな?」

『――と言ってますわ』

『ええと、少し時間を頂けないでしょうか。船から見るのと、空から見下ろすのでは、かなり印象が違いますので。・・・はい。間違いないと思います』


 ハントは島とその周囲の景色を確認すると、自分に言い聞かせるように『やっぱり間違いない』と頷いた。

 なる程。ここがレンドンの船乗り達から恐れられているという死の島か。


『意外と小さな島ですわね』


 ティトゥが少し拍子抜けした顔で呟いた。

 それはどうだろう? 周りが海ばかりで、対比物が無いからそう見えるだけで、無人島としてはそれなりの大きさなんじゃない?

 島の形は歪な楕円形。横から見た姿は、切り立った崖に囲まれた横長の長方形、といった所だ。

 見渡すばかり岩と草ばかりで、背の高い木は一本も生えていない。土に栄養が足りないのか、それとも、強い潮風で成長する前に木が折れて腐ってしまうのか。

 生き物の姿は見えない。いたとしても、せいぜいウサギやネズミ程度の小動物なのだろう。

 島の外に目を向けると、島周辺の海は、明らかに黒ずんでいる。

 おそらくあれが【船底砕き】。

 ビッシリと並んだ岩礁によって、まるで海が黒いように見えるのだ。

 そんな黒い海のあちこちで白い波が砕けている。

 あれは【暴れ川】。

 強い海流が岩礁地帯に流れ込む事で、複雑な流れを生み出しながら荒れ狂っているのだ。

 ここからでは見えないが、おそらく周りの海には、大きなサメがウヨウヨと泳いでいるに違いない。

 さっきはそれなりの大きさの島とは言ったが、四式戦闘機の巡航速度だと直ぐに真上を通り過ぎてしまう。

 僕は翼を傾けると、グルグルと島の上空を旋回した。


「それでどう? 黒龍の鎧(ドラゴンメイル)を積んだ海賊船が流れ着きそうな場所とかあった?」

『島の周りはどこも切り立った崖ばかりですわ。そんな場所なんてどこにもありそうにないですわよ?』


 ティトゥはハントを振り返ったが、彼も彼女と同意見のようだ。


『もしも海賊船が運良く島まで流れ着いたとしても、崖にぶつかってそのまま壊れてしまうんじゃないでしょうか?』


 なる程。島の周囲は【暴れ川】と呼ばれる程の激しい海流に囲まれている。

 破損してコントロールを失った船は、海流に流され、まるでおろし金におろされる大根のように、【船底砕き】にすりつぶされてバラバラになってしまうのだろう。


「出来れば沈没した船でも見つかればと思ったけど、この様子だとかなり望み薄って感じかな?」

『ですわね』

『そもそも、この島に海賊船が流れ着いたというのも、船乗り達の噂に過ぎませんから。最初から船は嵐で沈んでいたのかもしれませんし』


 もし、そうだとすれば海賊船の発見は絶望的だ。

 どこで沈んだかも分からないし、仮に正確な場所が判明したとしても、沈んだのは十年も前の話だ。

 総排水量何万トンもあるような鋼鉄製の戦艦ならともかく、たかが木造船がいつまでも同じ場所に留まっているとは思えない。

 海流によって全く違う場所まで運ばれていたとしても、何ら不思議はないだろう。


「もう少し辺りを調べたら屋敷に戻ろうか。場所は覚えたし、次はレンドン伯爵を乗せて来るのもいいかもね。自分の目で確認したら、流石に納得してくれるんじゃないかな?」

『・・・そう言えば話し合いの途中だったんですわね』


 ティトゥは先程までの話し合いを思い出したのか、少し憂鬱そうな表情を浮かべた。

 さて。少し調べる、とは言ったものの、島の上空をグルグルと飛ぶ以外にやれることはない。

 特に変化のない状況に、僕達の間には早くも諦めムードが漂っていた。


『ねえハヤテ。これ以上、探しても、何も見つからないんじゃありません?』

「それもそうだね。そろそろ帰――」

『ちょっと待ってください』


 僕の言葉はトレモ船長二号こと番頭のハントによって遮られた。


『さっき通り過ぎた所を、もう一度飛んでくれませんか? あの茂みのある場所。隙間から海面が見えた気がするんです。下に小さな入り江があるのかもしれない』


 ハントが指差した場所を見ると、確かに茂みがこんもりと盛り上がっている。

 ハントは張り出した枝の隙間から小さな光を――光を反射する水面を見たらしい。


『ハヤテ』

「分かってる。高度を下げるよ」


 僕は翼を翻すと、件の茂みへと向かった。

 近付いてみると、それは茂みというより、低木が枝を大きく広げているものである事が分かった。


『見て! 入り江ですわ!』


 ティトゥが思わず声を上げた。

 そう。一度気付いてみれば、なぜ、さっきまで見逃していたのか分からない。

 木の枝に覆い隠されるように、その下にはちょっとした空間が広がっていた。


『あっ! 船です! ホラ、あそこ!』


 そしてハントの指差した先、そこには船が。

 ボロボロになった外洋船がその船体を横たえていたのであった。




 その入り江は、船が一隻入れば一杯になってしまう程の小さなものだった。

 船は奇跡的に【暴れ川】を乗り切り、そして奇跡的にこの小さな入り江に流れ着いたようだ。

 十年間も放置されていた木造船は、本当にボロボロで、辛うじて元が船であった事が分かる程度の姿でしかなかった。


『それで、あれは海賊船なんですの?』


 ハントは真剣な面持ちで風防に額を張り付けていたが、『分かりません』とかぶりを振った。


『しかし、海賊が好んで使う大きさの船である事は確かです。――可能性はあるんじゃないかと』

『ハヤテ』


 ティトゥは僕に尋ねたが、船の船長をやっていたハントにも分からないのに、僕に分かる訳がない。

 船の残骸だね、というくらいなら見た目で分かるが、海賊船かどうかの判断どころか、いつ頃ここに流れ着いた物かどうかすら分からなかった。


『これ以上は空の上から見ているだけでは分からない、という事ですのね』

「ちょっとティトゥ。君、何を考えている訳?」


 僕はイヤな予感に警戒しながらティトゥに尋ねた。

 君、まさかあそこに降りて調べるなんて言い出さないよね?


『ハヤテ、島に降りて頂戴。船に近付いて調べてみましょう』


 やっぱりかあああああ! 君なら絶対そう言い出すと思ってたよ!

 だが、断固断る!


「ダメに決まってるだろ! どんな危険があるか分からないんだよ?!」

『大丈夫ですわ。別に危険な動物がいる様子も無かったですし』


 いやいや、危険ってそれだけじゃないから。大体、こんな整地されてない場所になんて着陸出来ないから。

 まあ、ムリすれば出来なくもなさそうだけど、ティトゥを乗せた状態でそんな危険なマネはしたくないから。


『ハヤテ』

「いいや、ダメ。絶対にダメ。こればっかりはいくらティトゥに頼まれてもムリなものはムリ」

『ハヤテ、お願い』

「ダメったらダメ」

『帰ったらブラッシングしてあげるから』

「ダメ」

『パートナーのお願いでも?』

「ダメなものはダメ」


 僕達は何度も似たようなやり取りを繰り返した。

 やがてティトゥは『そうまで言うなら分かりましたわ』、と言うとなにやらゴソゴソと取り出し始めた。


「えっ? 何それ? ロープ?」

『ハヤテが島に降りてくれないんだったら、コレを使って自分で降りますわ』


 はあ?! ちょっと君、本気で言ってる?!

 ティトゥはどこにしまっていたのか、長いロープを取り出すと、自分のお腹に巻き付け始めた。


「君、分かってる?! 四式戦闘機の巡航速度は時速380キロだよ?! そんなロープなんかで降りれる訳ないからね!」

『ハヤテが降りてくれない以上、こうするしか降りる方法がないじゃないですの』


 ティトゥはロープをイスに括り付けると風防に手を掛けた。

 ウソだろ? マジか?

 僕は慌てて彼女の力に逆らった。風防の取っ手がギシギシと軋み音を立てる。

 いやいや君、どれだけ本気で開けようとしてるんだよ。


「あーもう、分かった! 分かったから、止めてくれ! 降りる場所を探すから! だからそのロープは片付けて! 頼むから!」


 僕はとうとう降参した。

 前々からティトゥはムチャをする方だと思っていたけど、今日の彼女は特に酷い。理不尽クラスのムチャクチャだ。

 ティトゥはニッコリと笑みを浮かべると、風防の取っ手から手を放した。

 やれやれ・・・


「一応、今から降りられそうな場所を探してみるけど、見つからなかったらその時はさすがに諦めてよね。・・・それはそうと、君、本当にそんなロープなんかで、飛んでる僕から降りられると思ってたの? 普通に死んじゃうよ?」

『ロープで降りられるかどうかは知りませんわ。けど、こう言えばハヤテならきっと私の言う事を聞いてくれると信じていましたわ』


 どうやらティトゥはこういう日のために、密かにロープを持ち込んでいたらしい。

 つまり、僕はまんまと彼女のハッタリに騙されてしまったという訳だ。


「やれやれ・・・もう二度と同じ手は食わないから」

『だったら次は別の手を考えますわ』


 いけしゃあしゃあと答えるティトゥに、僕は大きなため息をこぼした。

 まるでバカップルのじゃれ合いみたいだったって? うるさいよ。

次回「白い骨」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] そういえば、昔の戦闘機はパラシュートが座布団代わりだったそうですが、操縦士が身につけて乗り込んでいたようですね。 ハヤテはどうなんでしょう? 元になったプラモが座席にくっついた状態なら…
[一言] ハントにハヤテの言葉が正確に伝わっていたら、私は何を見せられているんだ?って言いたくなる様なリア充爆発しろ案件だな
[一言] 楽しく拝読させて頂いております。 ティトゥのロープからは逃れられない。
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