その12 切り札《トランプ》
もうお昼をまわってしばらくたっている。
さっきまで僕のブラッシングをしていたティトゥは、メイド少女のカーチャが用意した軽食をつまんでいる。
なんでも王都で売っている「姫 竜 騎 士サンド」なんだそうだ。
なにそれ僕も食べてみたい。
と思ったがティトゥの反応はイマイチだ。
『量はそれなりにあるからお腹は膨れますわね』
なかなか辛口な評価だ。これにはカーチャも苦笑いだ。
どうやらカーチャはすでに食べたことがあって、彼女からその話を聞いたティトゥがリクエストしたものらしい。
カーチャと一緒に買いに行った騎士団のカトカ女史もテントの端でパクついている。
こちらはまんざらでもなさそうな顔だ。
『アダム班長は遅いですね』
カーチャがポツリとこぼした。
そう、マリエッタ王女のところに王女の侍女、ビビアナさんと一緒に向かったアダム班長はまだ帰ってきていないのだ。
二人は招宴会襲撃計画を王女に知らせに向かっている。
ランピーニ聖国のメザメ伯爵、ミロスラフ王国のパンチラ元第四王子とマコフスキー、同じくミロスラフ王国のテロリスト予備軍・文律派、と、この襲撃計画には様々な勢力の思惑が絡んでいる。
こちらの考えとしては、マリエッタ王女に協力的な人物に助けを求める、ということになっている。
マリエッタ王女に心当たりが無ければその時は別の方法を考えなければならない。
招宴会の時間が迫れば迫るほど、取れる手段が限られてくるのだ。
それにそろそろティトゥも宿に戻らなければいけない時間だ。
彼女達も今日の招宴会に呼ばれているからだ。
タイムリミットが迫っている。
ちなみにティトゥパパも独自に動いてくれているそうだが、ティトゥパパのマチェイ家は貴族と言っても立場の低い下士位だ。
申し訳ないが、頼りになるかと言われればちょっと首をかしげたくなるところだ。
あまり考えたくないが、アダム班長とビビアナさんは何かトラブルに巻き込まれたのかもしれない。
あるいは計画が漏れたことを察したいずれかの勢力によって拘束された、という可能性もある。
その場合王女のみならず二人の命も危険にさらされていることになる。
・・・・・・
ダメだ。考えれば考えるほど悪い考えがどんどん浮かんで気が焦って仕方がない。
こんな時何もできないこの体が恨めしい。
もし、僕の体が四式戦ではなく元の体のままだったらまだ何か出来ることがあったんじゃないだろうか。
招宴会の会場に飛び込んで、マリエッタ王女をさらって逃げることだって出来たかもしれない。
その時カトカ女史が食事を詰め込んでパンパンに頬を膨らませた顔を上げた。
・・・前から思っていたけど、あなたは少し女性であることをサボりすぎだと思うよ。せっかく見た目は良いのに勿体ない。
つられてティトゥとカーチャもテントの入り口に目を向けた。
テントの入り口から飛び込んで来たのは――
『ハヤテさん! どうか私を乗せて飛んで下さい!』
息を切らせながら走りこんできたマリエッタ王女だった。
◇◇◇◇◇◇◇
時間は少し遡る。
「そのような計画があったんですね・・・」
マリエッタ王女は驚愕に言葉を失くした。
ここはミロスラフ王国王都ミロスラフの高級住宅区。マコフスキー卿の屋敷の一室である。
今日は鐘七つ(午後4時)からこの屋敷でランピーニ聖国主催の招宴会が行われることになっていた。
参加者は上は貴族の名家から下は有力な平民まで多岐にわたっている。
しかし、その招宴会は複数の勢力の陰謀が絡む危険地帯と化していたのだった。
恐ろしい計画を聞かされ、流石にマリエッタ第八王女の顔色も悪い。
改めて説明を聞き、王女の侍女ビビアナも不安そうに主を見つめている。
今この部屋は人払いがされており、三人しかいない。
マリエッタ王女と侍女のビビアナと先ほどまで王女に説明をしていた騎士団のアダム班長の三人である。
不思議なことに詳しく実情を知るアダム班長にはさほど危機感が見られない。
この屋敷に来るまでは誰よりも切羽詰まった顔をしていたにもかかわらず、だ。
今はむしろ安堵の気配すら感じさせる。
そのことに気が付いたビビアナが訝し気な表情を浮かべた。
「そのことで王女殿下に提案があり、ここまで来ましたが、ひょっとして問題はすでに解決しているかもしれません」
アダム班長の言葉に王女と侍女が驚いた。
「先ず王女殿下にお尋ねしたいことがあるのですが、屋敷に王城の親衛隊が配備されていますが、これはどういった理由かご存じでしょうか?」
「・・・そのことでしたら、マコフスキー卿から今朝伺いました」
マリエッタ王女の説明によれば、昨日急に招宴会にミロスラフ国王の来訪が決まったのだそうだ。
そのため急きょ屋敷内の警備は王城から来た親衛隊が受け持つことになったという。
王女の説明を聞き、アダム班長は満足気に大きく頷くと笑みを浮かべた。
「これは最後の最後に切り札を引きましたな。王女殿下は運命の女神に愛されておられるようだ」
この場合の切り札は国王ミロスラフだ。
アダム班長の説明によれば現国王は王位について以来、重要な式典以外王城からほとんど姿を見せた事がないらしい。
恐らく今回のような招宴会に参加したことは過去に一度も無いと思われる。
ちなみにそんな引きこもりがちな国王のため、親衛隊は日頃から仕事が少なくて忠誠心を持て余し気味なのだという。
そんな親衛隊だからこそ、ここぞとばかりに張り切って屋敷の警備をするのも無理のないことだろう。
いかに文律派とはいえ、現体制の中枢中の中枢、親衛隊にまではメンバーは存在しない。
親衛隊は王個人への絶対的な忠誠が条件だからだ。
騎士団は王家に仕え、親衛隊は王個人に仕えているのだ。
そんな親衛隊に屋敷を守られては手も足も出しようがない。
そもそも文律派は反体制派であって反王族派ではない。
積極的に王家に弓引くことは自分達の思想の正当性にも反するのだ。
「では姫様は屋敷の中にいる限り安全なんですね」
思わずビビアナが尋ねた。
「文律派は親衛隊には手が出せません。王家に反逆することになってしまいますからね。同じ理由でネライ卿も手が出せませんよ」
ミロスラフ王国勢が封じられれば、メザメ伯爵がいかに手を回そうが手ごま不足だ。
可能性としては親衛隊の守りの薄い中庭で仕掛けてくることも考えられるが――
「分かりました。残念ですが今日は一歩も屋敷を出ないようにします」
マリエッタ王女が屋敷から動かなければわずかなチャンスもあり得ない。
部屋の中に安堵の空気が流れた。
気の抜けたビビアナは思わず床に座り込んだが、それをとがめる者はいない。
マリエッタ王女の表情にも笑みが浮かんだ。
これで安心。誰もがそう思った。
「ではマチェイ嬢によろしくお伝えください」
「お任せください。良い報告を持って帰れて気が楽になりましたよ」
ここは屋敷のロビー。アダム班長はビビアナに見送られ、ティトゥ達に連絡しに行くところであった。
ビビアナはこれからマリエッタ王女の支度の手伝いである。
緊張感から解放されたためであろうか、二人の距離もどことなく近づいたような気がする。
「あ、あのペンスゲン嬢、つかぬ事をお伺いいたしますがご結婚は・・・」
「?」
アダム班長がビビアナに何やら尋ねようとしたその時、屋敷の奥からマリエッタ王女付きのメイドが慌てて走ってきた。
「ビビアナ様、アダム様、姫様がお呼びです! 至急部屋へお戻り下さい!」
突然の呼び出しに良くない予感に囚われる二人。
ここから事態はさらなる展開を見せるのであった。
次回「王女の決断」