その15 三伯の二 レンドン伯爵家
レブロン伯爵領砦に朝日が昇る。
僕達はこの国の三伯、コルベジーク伯爵家の屋敷に通いつめ、この国の第一王子エルヴィンに協力して貰う約束を取り付ける事に成功した。
今日からはレンドン伯爵家を訪問する予定である。
気持ちを新たにする僕の前に、レブロン伯爵家の馬車が到着した。
「ギャウ! ギャウ!(パパ! パパ!)」
元気良く飛び出したのはファル子達、二人のリトルドラゴンズ。
続いて馬車から降りて来たのは僕の契約者。レッドピンクのゆるふわヘアーの美少女、ティトゥ。
最後に柔らかな笑みを浮かべたメイド服の若い女性――聖国メイドのモニカさんである。
「あれ? 今日はラダ叔母さんがいないみたいだけど、一緒に行かないの?」
『ラディスラヴァ様でしたら、レブロン伯爵に『あまり子供を置いてフラフラしないで欲しい』と不満を言われたそうで、しばらくの間は自重するそうですわ』
ああ、なる程。遂に旦那さんから釘を刺されてしまった訳ね。
山賊退治の時には随分と張り切っていたし、これは仕方ないかな。
ここで聖国メイドのモニカさんが一歩前に出た。
『代わりと言っては何ですが、今日は私がご一緒させて頂きます』
えっ? 何で? と思ったが、今日の行く先はレンドン伯爵家の屋敷――僕達が初めて訪れるお屋敷だ。
ティトゥが相手当主と話し合いをしている間に、ファル子達の世話をしてくれる人が確かに必要だろう。
『ジャ、ヨロシク』
『という訳で、出発ですわ!』
「ギャウギャウ!(※興奮してる)」
ファル子とハヤブサが操縦席に飛び込むと、次いでモニカさんとティトゥが乗り込んだ。
こうして僕達はレンドン伯爵領へと向かったのであった。
レンドン伯爵家の所有するレンドンの港町は、歴史ある大きな港町である。らしい。
東にアラーニャの港あれば、西にレンドンの港あり。と言われる程で、聖国を代表する港でもあるそうだ。
そしてレンドン伯爵家は三伯の中でも屈指の武断派として知られている。
巨大な経済力を持つ港町は、当然、昔から様々な勢力に狙われ続けて来た。
レンドンは豊富な資金力にものを言わせ、強大な軍事力を所有するに至ったのであった。
『しかし今から百年程前、ランピーニ王家が遂にレンドンを服従させました。この事で、クリオーネ島の戦乱時代は終わりを迎えたと言っても過言ではないでしょう。レンドンより西には正面からランピーニ王家に対抗出来るだけの勢力はなく、実際にレンドンが下ってから十年もしないうちに、ランピーニ王家によるクリオーネ島の統一の悲願は達成されたのです』
「へえー、そうなんだ」
『勉強になりましたわ』
レンドン伯爵家に向かう旅の空。
雑談からの流れで始まったモニカさんの説明を聞いて、僕とティトゥは感心していた。
「そういえば、ラダ叔母さんはこういった事を何一つ教えてくれなかったなあ」
『――と言ってますわ。確かにそうですわね』
『レブロン伯爵夫人は元々、ミロスラフ王国の王族でした。あまりこの国の歴史には詳しくないのではないでしょうか?』
モニカさんはそう言うと、いつものように人好きのする笑みを浮かべた。
まあ、ラダ叔母さんは、知識よりも実践に重きを置いているというか。見るからに勉強とか苦手そうだし。
例えて言うなら、ティトゥとチェルヌィフ商人のジャネタお婆ちゃんを足して二で割って、そこにモニカさんの腹黒さを――
『ハヤテ?』
『ハヤテ様?』
「あーゴホンゴホン。・・・え、ええと、何の話をしてたんだっけ? ああ、そうそう。レンドン伯爵家の成り立ちだったよね」
ティトゥ達は少しの間疑いの目で僕を見ていたが、どうやら見逃してくれる事にしたようだ。
モニカさんはレンドン伯爵家についての話を続けた。
『戦後、レンドンはランピーニ王家から伯爵家の爵位を賜り、更にはランピーニ国王の三男を養子として受け入れ、彼に当主の座を継がせる条件を受け入れました』
『それは・・・レンドンの人達にとっては辛い選択だったでしょうね』
ティトゥは、モニカさんがランピーニ王家側の人間とあって、言葉を選んで返事を返した。
う~ん。ティトゥの気持ちは分かるけど、それって大半のレンドンの人達にとっては、それ程悪い話じゃなかったんじゃないかな?
『そうなのかしら?』
「言ってしまえばレンドンは敗戦国だからね。それなのにランピーニ王家は完全支配じゃなく、養子という形で間接的に影響を与えるに留めた訳だ。これって、ランピーニ側からすれば、結構、譲歩した方なんじゃない?」
大体、ほとんどの人間にとっては、トップがレンドンだろうがランピーニだろうが変わらない。
一般の社員にとって、自分達の会社の社長が創業者の一族だろうが、別の会社から来た社長だろうが、それ程違いはないのと同じ事だ。
勿論、新社長が前の会社のビジネスのやり方を無理やり押し通して、現場がガタガタになったりすれば話は別だが。
「そういえば、野球好きの先輩が横浜D〇NAベ〇スターズの黒歴史を語ってくれた事があったっけ。まだチーム名にD〇NAが付く前の横浜ベ〇スターズだった頃、オーナー企業が代わったせいで、四年前には日本一だったチームが最下位常連の最弱チームにまで落ちぶれたって。その頃はあまりの弱さに、チームの資産価値が50億円近くも下がったとか。僕は野球ファンじゃないから、話の内容は全く覚えていないけど、気になるようなら【ベイスターズ】【TBS時代】【暗黒時代】辺りの単語でググればいくらでも出て来るらしいよ」
『ナカジマ様、ハヤテ様は何と言っているんでしょうか?』
『さあ? こういう時のハヤテは話を聞くだけ面倒臭いので放っておけばいいんですわ』
ちょ、ティトゥ、言い方!
僕も今のは我ながらどうかと思うけど、それにしたって言い方ってものがあるだろうに。
『なら、一言だけ聞いてあげますわ』
「ウッウーウマウマ」
D〇NA繋がりで。
野球に関係ないって? まあそうなんけど。
話を戻そう。
そういった訳で、レンドン伯爵領の貴族は、武断派の傾向が強いんだそうだ。
おそらく、ミロスラフ王国で言えば東のメルトルナ家。
チェルヌィフで言えば、戦車派筆頭ベネセ家。
仁義なき戦いで言えば、広島県みたいなものだろう。
ん? 最後のは違うか。
『ラディスラヴァ様が一緒に来て頂ければ頼もしかったのに・・・』
レンドン伯爵家が武断派の傾向が強いと聞いて、ティトゥは不安になったようだ。
モニカさんは小さく苦笑した。
『もし仮にレンドン伯爵家が全戦力を集結させたとしても、ハヤテ様のお力には到底敵わないと思いますが?』
『それは・・・ええ、確かにそうですわね』
いやいや、君らは何を言っているんですか。
僕は前々から言っているよね? 数は力なんですよ。
確かにこの世界では四式戦闘機は数百年後の未来兵器だけど、たった一機の戦闘機で数千、数万の兵を相手になんて出来ないから。
まあ、ティトゥはこれで意外と気が小さい所があるから、本当の事を言って不安にさせても可哀想だし。ここでは何も言わないけどさ。
『ん? そろそろ見えて来ましたね』
『あれがレンドンの港町ですわね』
遠くに青い水平線が見えたと思うと、無数の船がひしめく大きな湾口が現れた。
あれが聖国の西の玄関口。レンドンの港町か。
中々立派な町並みじゃないか。
『レンドン伯爵家の屋敷は、レンドンの町の南の丘の上にあると聞いております』
『きっとあれですわね』
ティトゥが指差した方向を見ると、確かに。
町の外れに広い敷地を持つ大きなお屋敷があった。
どうやらあれがレンドン伯爵家の屋敷のようだ。
『ではいつものように屋敷の中庭に降りて頂きましょうか』
『そうですわね』
「そうだね――って、それで良い訳?」
僕は反射的に返事をした後でハッと我に返った。
毎回こんな事をやってるうちに、いつの間にかこれが当たり前の感覚になっていたけど、これってかなり失礼な事だよね?
今更何を言っているんだって? いやまあ、そうなんだけど。
ちなみにこの世界では土地の広さに対して人の数はそれ程多くはない。
これは五百年前に発生した未曽有の大災害で、惑星上の生物が大量死した事によるのだが、それはさておき。
といった訳でこの世界では基本、どこも土地が余り気味である。それもあってか、どの国の場合でも貴族の屋敷は、大抵「公園か?」と思う程の広さを持っていたりする。
つまり僕が何が言いたいかと言うと、貴族の屋敷の庭は滑走路に使うのにちょうどいいくらいの広さがあるんだよ、という事だ。
何だかんだ言っても、結局、屋敷の庭に降りるのかよって?
そうだよ。だって仕方ないだろ? 他に降りる所も思いつかないし。
『アンゼン バンド』
僕は心の葛藤を終えると、ティトゥ達に注意を促した。
『締めましたわ。――ファルコはこちらにいらっしゃい。モニカさんはハヤブサの方を捕まえておいて頂戴』
『かしこまりました』
「ギャーウー!(イーヤー!)」
ティトゥとモニカさんは安全バンドを締めると、ファル子とハヤブサを抱きかかえた。
う~ん、港町ホマレに帰ったら、ナカジマ領の家具職人オレクに、ファル子達用のチャイルドシートを頼んでみようかな。
けど、僕の操縦席には、これ以上イスを置くようなスペースがないんだよなあ・・・って、おっと、しまった。
ボンヤリと考え事をしていたせいで、危うく着陸コースに入り損ねる所だった。
僕は慌てて機首を下げると、聖国の三伯のひとつ、レンドン伯爵家の屋敷へと舞い降りたのであった。
次回「煮え切らない反応」