その14 後始末と次の地へ
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出兵から帰って数日後。
コルベジーク伯爵家の新当主ハルデンは、屋敷の執務室で一通の手紙を受け取っていた。
出兵の目的であったトゥラグ山賊団自体は、ドラゴン・ハヤテが頭領のトゥラグを殺していた事もあって、一日もかからずに討伐に成功した。
しかし、今回の出兵は山賊団の討伐そのものよりも、その後の後始末の方が大変だった。
捉えた山賊団を締め上げて得た情報によって、コルベジーク伯爵家を裏切り、山賊から賄賂を受け取っていた者達が数多く判明したからである。
「元々、領境を守る守備隊の中に山賊団と繋がっている者がいるのは予想していたが、まさかその中に寄り子の男爵家の庶子まで含まれていたとは・・・」
ハルデンが呟いた名前は、コルベジーク伯爵家とも繋がりの深い有力な男爵家であった。
男爵家としては、いくら相続権の無い庶子とはいえ、身内の不祥事をよりにもよって寄り親の当主に知られた事になる。
知らせを聞いた男爵家では上を下への大騒ぎになっているそうである。
ハルデンは手紙を広げるとザッと目を通した。
「当主自身が直接、僕に謝りに来たい、と。引いては都合の良い時間をお知らせ下さい、か。まあ、あちらとしてはそうするしかないよね」
当主が今回の一件を知らなかったのはこちらで調べた時に分かっているが、こうした件はなあなあで済ませると後々に禍根を残す事になりかねない。
「あまり気は乗らないが・・・いや、これを機会にレブロン伯爵夫人から頼まれていた件――エルヴィン殿下をお支えする件に男爵家を巻き込むという手もあるか」
寄り子の当主が何を言おうが、既にコルベジーク伯爵家はエルヴィン殿下の後ろ盾になる事を決めている。
しかし、彼らの理解があった方が気兼ねなく動けるのも事実である。
相手の弱みに付け込むようで多少気が引けるが、これもいい機会なのかもしれない。
ハルデンは家令に今後の予定を聞くと、空いている日に面会の予定を入れさせた。
「ワンワン! ワンワン!」
その時、開けたままにしていた入り口から、黒い子犬が飛び込んで来た。
「これ! 待たんか、ファルコ! いや、スマンなハルデン。体を洗ってやろうと湯を沸かしている間に、脱走してしまったのだ」
苦笑しながら部屋に入って来たのは、いかつい顔のガッチリとした体付きをした中年男性。
ハルデンの父親、先代当主トマーツである。
「フウーッ! ウウウウ!」
「こら、ファルコ! 暴れるんじゃない」
「父上・・・。犬を屋敷に入れられては困るとメイド長が言っていたではないですか」
ハルデンは、暴れる子犬に四苦八苦する父親に文句を言った。
「そ、それは分かっているが、今日は随分と冷え込みが厳しい。こんな日くらい、屋敷の中に入れてやらないと可哀想じゃないか」
「はあ・・・またですか。父上は何だかんだと理由を付けてファルコを近くに置きたがりますよね。それに犬を飼っている使用人から聞きましたが、動物ならこのくらいの寒さはどうという事はないそうです。大体、犬が外の寒さに耐えられないようなら、聖国より寒さが厳しく、冬の間は雪で覆われる大陸ではどうするんですか? 寒さで全滅してしまいますよ」
「そうは言うがな、ハルデン。俺が見た時、ファルコは寒さで縮こまっていたのだぞ。いや、本当だぞ」
「また父上はそんな事を。庭師は朝から子犬は二匹で元気に遊んでいたと言っていましたよ」
「むっ。騒がしいと思ったら、こんな所におったのか」
入り口から顔を出したのは、茶色の子犬を抱いた白髪の初老の紳士。
ハルデンの祖父、トマーツの父、先々代の当主オスロスだった。
「・・・お爺様も犬を屋敷に入れているのですね」
「ああ。妻がハーグの顔を見たがったのでな。おい、トマーツ。湯を沸かしているようだが、ハーグの体を洗うのに貰って構わないか? メイド長が犬を屋敷に入れるならキレイにしろとうるさいのだ」
「待ってくれ父上。あれはファルコを洗うために沸かしたのだ。さあファルコ、キレイにしような」
「フウウウウ!」
黒犬ファルコを抱えたトマーツは、父親のオスロスと「ファルコの方が可愛い」「いいや、ハーグの方が可愛い」と、下らない口論をしながら部屋を出て行った。
あれが数日前まで、会話どころか顔すら合わせなかった親子だろうか。
ハルデンは疲れた顔でため息をついた。
「僕も犬を飼った方がいいのかな・・・」
コルベジーク伯爵家の屋敷は、子犬が二匹増えた事で以前の何割か増しで賑やかになった。
先々代の当主オスロス夫妻と、先代当主トマーツ夫妻は、この小さな家族のおかげで、互いに会話を――まだ多少ぎこちないとはいえ――交わすようになった。
ではハルデンの山賊退治はムダだったのかと言うとそうではない。
単純に領内の治安が良くなっただけではなく、ハルデンの当主としての威厳を示す事にもなった。
更には、一つの事を成し遂げた事により、ハルデン本人の自信にも繋がったようである。
「それにしても、山賊は随分と溜め込んでいましたね」
「全くだ。それだけあくどい事をやっていたという訳だな」
そして山賊のお宝を確保した事により、若干の臨時収入にもなった。
山賊達は情報を全て吐き出させた後、公開処刑となる事に決まった。
この辺りの刑の重さは海賊も山賊も変わらない。
切られた首は街道の外れに晒される事になるだろう。
色々と協力してくれたナカジマ家の当主、ティトゥには、他の三伯、レンドン伯爵とビブラ伯爵に宛てた紹介状が渡された。
紹介状には、コルベジーク伯爵家がティトゥとドラゴン・ハヤテに恩を受けた事。そしてコルベジーク伯爵家はエルヴィン第一王子の後ろ盾になる事を決めた事、そして三伯全員でエルヴィン王子をお支えしようと呼びかける言葉が書かれていた。
ティトゥはそれを持って、次はレンドン伯爵の屋敷を尋ねる予定である。
「念のため、こちらからもレンドン伯爵に使いの者を送っておきました。いつでもいらして下さいとの事です。ビブラ伯爵に関しては、すみません。領地が離れていますので、まだ返事は戻って来ておりません」
「いえいえ、お手数をおかけしましたわ」
そしてハルデンが気をきかせてレンドン伯爵家に使いを出していた事により、ティトゥとハヤテはいつものような礼儀知らずのアポなし突撃をせずに済んだのであった。
コルベジーク伯爵家は、ハヤテ達竜 騎 士が訪れた事により、いくつかの変化が起きた。
それはいつもの竜 騎 士のやらかしに比べると、むしろささやかとも言える小さな影響だった。
しかし、巻き込まれた当事者達にとっては確実に良い影響、一つの節目となった。
これまでよりも風通しが良くなったコルベジーク伯爵家。
その変化をもたらした翼は、次にレンドン伯爵家の屋敷に舞い降りようとしていた。
次回「三伯の二 レンドン伯爵家」