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その13 小さな家族

 ええと、先ずは落ち着いて状況を整理しようか。

 コルベジーク伯爵家の新当主ハルデンによる山賊討伐は、大成功に終わった。

 あれから三日後。僕達はもう一度彼らと話し合いを――第一王子エルヴィンの力になって貰うための話し合いを――行うべく、コルベジーク伯爵家へとやって来た。

 そもそも、なぜ、ハルデンが山賊退治をやる事になったのかと言うと、彼のお爺さん、先々代当主のオスロスさんと、彼の父親、先代当主トマーツさんの仲がこじれているのが原因だった。

 ちなみにオスロスさんは奥さんとの仲も冷え込み、家庭内別居状態にあるという。

 ハルデンはそんなお爺さんに自分の力を認めて貰うべく――つまりはバラバラになった家族の仲を取り持つべく、当主としての実績を示す事にしたのだった。

 ここまではオーケー?

 よし。問題無いね?

 で、だ。目の前の光景なんだけど、誰かコレ、説明してくれないかな?




 僕がコルベジーク伯爵家の屋敷の中庭に着陸すると、二匹の子犬に出迎えられた。


「ワンワン! ワンワン!」

「・・・キューン」


 黒い子犬は果敢に僕に吠え掛かり、もう一匹の茶色い子犬は怯えて小屋に逃げ込んでいる。


「ギャーウー(ママ。なんか小さいのがいるよ)」

『ハヤブサ、あれは子犬ですわ。でも、前に来た時にはいなかったですわよね?』


 小首を傾げるティトゥ。

 すると屋敷から先代当主トマーツさん夫婦と先々代当主のオスロスさん夫婦、それにどことなく微妙な表情のハルデンが現れた。

 トマーツさんは吠え続ける黒い子犬を、大きな手で抱き上げた。


『コラ! ファルコ! お客さんに吠えるんじゃない!』

「ギャウ?!(私?!)」


 僕の操縦席でファル子が驚きに目を見張った。

 いや、トマーツさんはお前の事を叱ったわけじゃないと思うぞ。

 どうやらあの黒い子犬はファルコという名前らしい。


『あなた、ハーグちゃんが怯えていますわ』

『うむ。大丈夫だぞハーグ。よしよし』


 そしてオスロスさん夫婦は、犬小屋の中で震えている茶色の子犬を抱き上げた。

 ハルデンはそんな家族の姿を横目に見ながら、ティトゥ達に挨拶をした。


『・・・ええと、レブロン伯爵夫人、ナカジマ殿、ようこそいらっしゃいました』

『ああ。犬を飼い始めたのか?』

『あ、はい。私が騎士団を率いて家を離れていた間に』


 どうやらハルデンが山賊退治に行っている間に、両親とお爺さん達が町の商人から犬を買ったらしい。

 トマーツさん達は新しく増えた小さな家族を僕達に紹介してくれた。


『この子はファルコだ!』

「ギャウギャウ!(だからそれ私の名前!)」

『この子はハーグちゃんですわ』


 黒い元気な子供はファルコ、茶色い大人しい子はハーグ、と。

 そして黒犬ファルコの名前が呼ばれる度に、ウチのファル子が反応して困る。

 まあ子犬の話はさておき。


『何だか、普通に話をしていますわね』


 そう、それ。僕もティトゥと同じ事を思ってた。

 最初の話だと、オスロスさん夫婦、それにオスロスさんとトマーツさんは仲が悪い――というか、顔も合わせない程関係が冷え込んでいると聞いていた。

 しかし今はこうして一堂に会しているばかりか、オスロスさんは奥さんと、そしてオスロスさんとトマーツさんも普通に会話をしているように見える。

 いやまあ確かに、ハルデンはこうなる事を狙って、当主としての実績を上げるために山賊退治に行った訳だけど・・・


「いくらなんでも効果抜群過ぎじゃない?」

『スゴイ効果ですわ』

『・・・何をおっしゃりたいのか大体分かりますが、違いますから。私が帰って来た時には、もう既にこんな感じでしたから』


 ハルデンは相変わらず釈然としない表情のままだ。

 数日前には大きく見えた背中が、今は何だか煤けているようにも見える。

 ここでラダ叔母さんが、茶色の子犬とオスロスさん夫婦、そして黒い子犬とトマーツさん夫婦を見て、納得した顔でこちらに振り返った。


『なる程、そういう事か。ふむ。これはファルコ達のお手柄だな』

「ギャウギャウ!(だからそれは私の名前なんだって!)」

「ギャーウー?(今のはファル子の事を言ったんだと思うよ?)」


 ファル子はまた犬の名前を呼ばれたと思ったらしく、バサバサと翼を振って抗議した。

 ホント、ややこしいな。

 それはそうと、ファル子達のお手柄ってどういう事?

 僕とティトゥはラダ叔母さんの言葉が理解出来ずにキョトンとするのだった。




「あーなる程。つまり一種のアニマルセラピーみたいなものか」

『あにまる・・・? 何ですの?』


 アニマルセラピーとは動物を介在させた医療行為の一種。ペットとの触れ合いで人の心を癒す行為の事である。

 トマーツさん夫妻は余程ファル子達の事を気に入ってくれたらしい。

 しかし、僕が山賊退治の手伝いで屋敷を訪れなくなったせいで、二人はファル子達に会えなくなってしまった。

 物足りなくなったトマーツさんは使用人達に相談した。


『ファル子達のようなドラゴンはどこかにいないだろうか?』


 相談された使用人達は困った顔を見合わせた。

 彼らは、流石にドラゴンはムリなので、他の生き物を飼ってはどうでしょうか、と主人に提案した。


『ふむ・・・それでもいいか』


 こうして屋敷にやって来たのが黒犬ファルコである。

 その現場をオスロスさんの奥さんが見つけた。

 実は彼女もファル子達が来なくなって寂しい思いをしていた。

 そこで彼女は、自分も犬を飼いたいと出入りの商人に頼んだ。

 こうしてやって来たのが、茶色犬ハーグであった。

 この愛らしい子犬達に、オスロスさん夫婦とトマーツさん夫婦はすっかりやられてしまった。

 二匹は同じ母犬から生まれた姉弟犬らしく、食事をするのも寝るのもいつも一緒だった。

 ファルコはトマーツさん夫婦の、ハーグはオスロスさん夫婦の飼い犬とはいえ、自分達の都合で仲の良い二匹を引き離すのはしのびない。

 最初はギクシャクしていた親子だったが、仕方なく間に子犬を挟んで一言二言話をしているうちに、徐々にその気まずさも薄れて行った。

 元々、憎んでいた訳でも嫌っていた訳でもない、ただのすれ違いだったのだ。


『ファルコは元気一杯だな! 大きくなったら俺と山に狩りに行こうな!』

『ハーグよ。夏になったら湖に行こうか。昔は毎年のように家族で行っていた避暑地だが、最近は全く行っておらんかったからな』


 それに親子の間の会話にストレスを感じた時は、可愛い子犬達の相手をすればいいだけなのだ。


『あなた。ハーグちゃんが庭を掘り返してますわ』

『宝物でも埋めているのかもな。って、コラ! それは封蝋ではないか! そんな物を一体どこから取って来たのだ?! ああ、歯形まで付けて・・・。ハーグ! いい子だからこちらに渡しなさい!』

「グウウウ・・・」


 更には好奇心旺盛な元気な子犬達がいれば、会話の話題にも事欠かない。

 ハルデンが山賊退治に出て屋敷にいない間に、この二匹の小さな新参者は、すっかりコルベジーク家の家族の中心になっていたのであった。


『僕の苦労は一体何だったんでしょう・・・』


 ハルデンは子犬にデレデレの両親を見てため息をついた。


『それは・・・お気の毒ですわね』

「「ギャウー!(しっかりー!)」」


 黄昏るハルデンにティトゥとファル子達は慰めの言葉をかけた。

 ラダ叔母さんは面白そうにクックッと笑った。


『なあに、ムダという訳ではなかったさ。いつかは領内の大掃除はしなければならなかったのだ。今回はそのいい機会だったではないか。それにハルデン殿の将来にとっては悪い事ばかりではあるまい?』

『僕の将来? どういう意味でしょうか?』


 叔母さんは『こういう事は外から見ないと分からないかもしれんな』と呟いた。


『オスロス老とトマーツ様は多少、性格が違えど、領主という仕事に真面目に取り組む当主として知られていた。だが、どうやらその分、趣味などは持ち合わせていなかったようだな。いや、ある意味、仕事が趣味のようなものだったのかもしれん。そんな二人がハルデン殿に当主の座を譲り、領主の仕事から身を引いた。あの人達は自分の心のやり場を失くしていたのだろうよ』


 叔母さんの指摘に思い当たる節があったのだろう。ハルデンがハッと目を見開いた。

 そういえば、前世の日本でも、仕事を生きがいにしている仕事人間が、定年後に家庭で自分の居場所を見つけられずに孤独になるケースが問題になってたっけ。

 趣味でもあればいいのだが、若い頃からずっと仕事に追われていると、なかなかそうはいかないようだ。

 ティトゥは小首を傾げた。


『それがなぜ、ハルデン様の将来に関係してくるんですの?』

『あの姿を見て分からないか? ハルデン殿も当主になったのだ。そのうち嫁を貰って跡取りを作るだろう。そうすれば、彼らの犬に向いている気持ちが、今度は自分達の孫やひ孫に向くとは思わないか?』

『ああ、確かにそうですわね』


 ペットをあれ程可愛がる人達なのだ。自分の孫やひ孫なら目に入れても痛くない程可愛いと思うに違いない。

 つまりコルベジーク伯爵家を襲っていた家族の不和は、ハルデンの子供が生まれるまで。

 元々、一過性のものだったという事だ。


「えっ? じゃあ何? 別に僕達が何もしなくても、何年後かにハルデンに子供が出来たら、自然に解決していたかもしれなかったって事?」

『・・・なんて人騒がせな一家なのかしら』


 呆れ顔のティトゥにジト目で見られて、ハルデンは申し訳なさそうに首をすくめた。

 ラダ叔母さんは、釈然としない様子のティトゥの背中を叩いた。


『あくまでも、そうかもしれない、という話だ。ひょっとしたら数年後は今よりこじれて、取り返しが付かなくなっていたかもしれないだろう? 家族が仲直りするのは少しでも早い方がいいに決まっているさ』

『それは・・・そうなんですけど』

『そんな事より、私達はここに来た目的を果たそうじゃないか。ハルデン殿、エルヴィン殿下の件で話がしたいのだが、構わないだろうか?』

『あ、はい。父と祖父も今日はその話をするためにお二人を待っていました。屋敷の中にどうぞ』


 ハルデンはオスロスさんとトマーツさんに声を掛けると、ティトゥ達を案内して屋敷の中に入って行った。

 残された夫人達は、それぞれ自分の飼っている子犬を抱きかかえると僕の所にやって来た。


『ドラゴンさん。あなたの子供に、この子達を紹介したいのだけどいいかしら?』

『ファルコちゃんいらっしゃい。この子を紹介してあげるわ』

「ギャーウー?(今のは私の事?)」

「ギャウー(だと思うよ)」


 ていうか、黒犬に付けられたファルコって名前が、ホントややこしいな。

 ちなみにこの名前はトマーツさんが付けたそうだ。

 それだけファル子の事を気に入ってくれたと思うと嬉しいけど、だからといって何も同じ名前を付けなくても・・・。

 正直、紛らわしくて仕方がないんだけど。

 最初は僕達を警戒していた子犬達だったが、直ぐにファル子達と仲良くなって一緒に庭を走り回るようになった。

 すっかり友達になった彼らが遊んでいるのを見ているうちに、ティトゥ達が屋敷から出て来た。


『話し合いは終わったぞ』

『コルベジーク伯爵家はエルヴィン殿下に協力する事を約束してくれましたわ』


 余程話し合いがすんなり行ったのだろう。ラダ叔母さんとティトゥの顔には自然に笑顔が浮かんでいた。

 これで三伯の一つ、コルベジーク伯爵家を味方に付けられた事になる。

 最後は、何だかなぁな気持ちにさせられたものの、幸先の良い滑り出しと言っていいだろう。

 残る三伯はあと二つ。お隣のレンドン伯爵家と、少し離れた西に領地を持つビブラ伯爵家である。

 僕達は伯爵家の人達と二匹の子犬に見送られながら、コルベジーク伯爵家の屋敷を後にしたのだった。

次回「後始末と次の地へ」

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