その11 強行軍
ここはコルベジーク伯爵家の治める町から東。
領内を東西に貫く街道の真ん中で、僕は新当主ハルデンの指揮する兵士達に取り囲まれていた。
『レブロン伯爵夫人、ナカジマ殿、急に一体どうしたんですか? 皆さんには偵察をお任せしていたはずですが』
『・・・・・・』
『・・・え、ええと、それがちょっと困った事が起きましたの』
ティトゥは、さっきからなぜかずっと黙り込んだままのラダ叔母さんを横目で気にしながら、ハルデンの質問に答えた。
コルベジーク伯爵家の当主ハルデンの指揮する、寄せ集め部隊が出発した。
表だっての名目は、新当主による初の軍事演習。
しかし、本当の目的は領内を荒らし回るトゥラグ山賊団の討伐にあった。
僕達は彼らに協力して、隣の領地との境の山に作られた、山賊団のアジトを見張る事となった。
だが、その途中の街道で、僕達は山賊団に襲われそうになっている馬車を発見してしまう。
馬車の人達を助けるか、それとも、彼らを見殺しにしてでも、このまま見張りを続行するか。
迷っていたのは僅かな時間だった。僕達は馬車の人達を助けるために引き返す事に決めたのであった。
『大変! 馬車の人達がもう襲われていますわ!』
「行くよティトゥ! このまま山賊達を攻撃する!」
ティトゥの声に僕は地上ギリギリを低空飛行。馬車の天井をかすめるように飛び越えると、襲撃者達に向かって胴体内機関砲を発射した。
真っ赤に燃えた火線が二条。山賊達に襲い掛かる。
ドドドドドド・・・!
四式戦闘機の武装はご存じ20mm機関砲が四門。二門は機首に、そして残りの二門はそれぞれ左右の翼に取り付けられている。
翼内機関砲は、銃身を内側やや上向きに設置されている。これは弾道が前方で収束、ないしは交叉した点で最大破壊力を得るようにするためである。
ちなみに上向きにしているのは、弾丸が放物線を描いて飛ぶため――重力に引かれてドロップするため――である。
その交差点は操縦席から750フィート。大体230メートル先に調整されている。
つまり、僕の機関砲の有効射程は約230メートル、という訳だ。
僕が馬車の上を飛び超えた時、山賊達との距離は200メートルを切っていた。
そのため僕は翼内機関砲の発砲は控え、胴体内機関砲の二門だけを使ったのである。
パパパパッ!
着弾の土煙が山賊達を覆う。
次の瞬間、僕は山賊達の上空を飛び越えていた。
すれ違いざまの先制攻撃に有した時間は一秒から二秒。しかし、二式機関砲の発射速度は一分間に750発。
その鉛の量は人間と言う軟標的を破壊するには十分過ぎる程だった。
『ラディスラヴァ様?!』
ティトゥの声にハッと我に返ると、いつの間にか安全バンドを外したラダ叔母さんが風防に張り付き、背後を振り返っていた。
「ちょ! ラダ叔母さん何やってるの?! 攻撃するから安全バンドをしといてって言ったよね?!」
『おい・・・ハヤテ、お前今、一体何をやったんだ』
「?」
ラダ叔母さんは信じられない物を見る目で外を見つめていた。
何をやったってどういう事? 僕は山賊達を攻撃するって言ったよね?
しかし、そんな風に戸惑っていたのは僅かな時間だった。
山賊達は突然の襲撃に混乱しているが、正気に戻れば馬車の人達を人質に狙うかもしれない。
今は攻撃に集中しないと。
僕は翼を翻すと、再び山賊達に攻撃を開始した。
ドドドドドド・・・!
四門の20mm機関砲が火を噴いた。
今回の死者は三人? 四人? とにかく、相手が浮足立っているうちに出来るだけ数を減らさなければならない。
そうして目の前の敵を粗方片付けた後の事だった。近くの林から馬に乗った男達が駆け出した。
無関係な一般人? たまたま林の中に十人もの旅人が休んでいた? いや、そんなバカな。
『やっぱりラディスラヴァ様の考えていた通り、林の中にも山賊の仲間が潜んでいたんですのね! ハヤテ! 急いで追いかけましょう! ここで逃がしてしまってはマズイですわ!』
「分かってる!」
山賊の目撃者を逃す訳にはいかない。僕は翼を翻すと彼らの後を追った。
しかし、流石は山賊、と言うべきであろうか。彼らは地形を巧みに利用する事で、上手く僕の目を掻い潜った。
それでもどうにか半分程は仕留める事が出来たが、残りの者達は完全に姿をくらませてしまった。
「ゴメン、ティトゥ。これ以上はもう捜しても見つからないと思う」
『・・・仕方がありませんわね。馬車の人達が無事だっただけでも良かったですわ』
「ギャウー! ギャウー(※興奮している)」
ティトゥは、20mm機関砲の音に興奮して暴れるリトルドラゴン、ファル子を捕まえながら、小さく微笑んだ。
残念ながら一部の山賊は取り逃がしてしまったが、幸い、馬車の人達に被害は無かったようだ。
ここでようやくラダ叔母さんが風防から顔を離すと、ジッとティトゥを見つめた。
『・・・お前は、これで何も思わないのか?』
『? 何がですの?』
『だから! ――いや、何でもない』
ラダ叔母さんは何かを言いかけたが、ハッと僕の方を振り返ると、途端に言葉を濁した。
何だろう?
僕は眼下の光景を見下ろした。
――ああ、そういう事か。
街道のあちこちに点々と転がった山賊達の死体の数々。体が千切れ飛び、ズタボロになった哀れな死体。
それら惨たらしい光景を見ているうちに、僕の胸に苦い思いがこみ上げて来た。
そりゃあ、こんなのを見せられちゃ、警戒もするよね・・・。
それは戦いの時には忘れていた――いや、あえて考えないようにしていた感情だった。
普通の感受性の持ち主なら、こんな事をしでかす僕という存在を恐ろしいと思うのが当然だ。
思わないのは、普通じゃない感性の持ち主――例えば僕を全肯定するティトゥぐらいなものだろう。
『ハヤテ?』
僕の沈んだ空気を察したらしく、ティトゥが心配そうに声を掛けて来た。
「何でもないよ。それよりも山賊を逃がしてしまったのはマズかったよね」
『ええ。ハヤテの事が相手にバレてしまいましたわね。これじゃ見張りは出来ませんわ』
見張りが出来ないだけならまだいい。逃げて来た仲間から話を聞いた山賊団が、アジトを捨てて隣の領地へ逃げ出すかもしれない。
そうなれば、ハルデンの山賊討伐計画は空振りに終わるだろう。
『そうですわね。一体、どうすればいいのかしら?』
「どうすればって・・・正直にハルデンに説明するしかないんじゃない?」
僕の言葉にティトゥは渋ったが、やってしまったものは仕方がないし、そもそも、ちゃんとした理由があってやった事だ。
ここはキチンと説明して、素直に謝っておくべきだろう。
『それは・・・そうですが、それってハヤテがやってくれないんですの?』
「ゴメン。謝るのは出来るけど、説明はティトゥにやって貰う事になるかな。ホラ、僕だと無駄に時間がかかりそうだし」
『だったらラディスラヴァ様にお願いするのは・・・何だかムリっぽいですわね』
ラダ叔母さんはさっきから胴体内補助席に座ったままで黙り込んでいる。
ティトゥは、叔母さんから漂う「今は話しかけるな」オーラに、諦め顔でため息をついた。
『――分かりましたわ。私達は人助けをした。それは決して後ろめたい事ではないですものね。堂々と説明する事にしますわ』
「イヤな役目を任せてゴメンね」
「「ギャーウー(ゴメーン)」」
ティトゥはリトルドラゴンズに返事をする代わりに二人を抱きしめた。
こうして僕は、こちらを見上げる馬車の人達に翼を振って応えると、ハルデン達の下へと向かったのであった。
といった事情をティトゥはハルデン達に説明した。
騎士団団長は眉間に深い皺を寄せた。
『それで、山賊を取り逃がしたという訳ですか・・・これはマズイですぞ。山賊のような悪知恵が働く者共は、あれで意外と臆病なものです。仲間がドラゴンに襲われたとあれば、すぐにでも隠れ家を引き払って逃げ出すでしょう』
『それは・・・馬車の人達を守るために仕方がなかったのですわ。それにひょっとしたら、山賊達はハヤテの事をドラゴンだとは分からないかもしれませんわ』
『どちらだろうが同じ事です。ドラゴンだろうが知らない怪物だろうが、ヤツらにとっては自分達の縄張りに紛れ込んだ危険な生き物に違いはありません。仕事にならなくなった場所から逃げ出した所で、何ら不思議はありません』
それは・・・確かに。
「普通に考えれば、逃げ出すのが当然だよね。もしこれが異世界転生小説なら、仲間を集めてドラゴン退治に乗り出す所だろうけど」
そういえば僕の読んでいたネット小説にもそんなエピソードがあったけど、あれの続きはどうなったんだろうか?
今でも続いているのか、あるいはもう完結したのか、それとも作者が書くのに飽きてエタってしまったのか。続いているなら結構な長さになっていそうだけど。
団長さんは怪訝な顔で僕を見上げた。
『今、ドラゴンは何と言ったのですかな?』
『それよりもこれからどうするんですの? このままでは山賊に逃げられてしまうかもしれないんですわよね?』
僕達の周囲で聞き耳を立てていた募集兵達の間にざわめきが広がる。
そういえば彼らは、新当主が軍事演習を行うという名目で集められていたんだっけ。
しまったな。聞かれないように離れた場所で相談すれば良かったのか。
何というか、重ね重ね申し訳ない。
僕はいたたまれない気持ちで一杯になっていた。
『それはそうだが・・・流石に直ぐには決められん』
『その時間がないと言っているんですわ。――そこでですが、ここはハヤテの素晴らしいアイデアを聞いて貰えませんこと?』
『ハヤテの?』
ティトゥの言葉に、ずっと黙ったまま考え込んでいたハルデンが、伏せていた顔を上げた。
それはそうとティトゥ。僕の素晴らしいアイデアとか、サラッとハードルを上げるのを止めてくれないかな。
僕の小さな心がハートブレイクしちゃうから。
『若君!』
『待て、団長。話だけでも聞こう。ナカジマ殿、それでハヤテは何と言っているんですか?』
ティトゥは誇らしげに大きな胸を反らした。
『ここで荷物を捨てて、みんなで走るんですわ!』
『『?』』
ちょ、ティトゥ! それじゃ誰にも分からないって!
え~コホン。僕の提案はこうである。
僕の存在が山賊達にバレた以上、最初の計画は――東の町まで行って、そこから街道を外れて山賊のアジトのあるガイドシーク山を目指すという計画は――破綻したと考えていいだろう。
ならば偽装は止めて全力で西に、直接ガイドシーク山を目指す。
整備された街道を使い、最短距離を行けば、予定よりも随分早くガイドシーク山に到着する事が出来るはずである。
『それは・・・確かにそうかもしれんが、それでもここからだとガイドシーク山まで最低でも三日はかかりますぞ?』
『だから荷物になる装備はここで捨てていくんですわ。体一つで走ればもう一日くらいは短縮できますわ』
『装備を捨てる?! バカな! それでどうやって山賊団と戦えと言うのか!』
そこは本隊に先駆けて早馬を飛ばして、近くの町で武器を用意させておけばいいだろう。最悪、準備が出来ずに竹ヤリや棍棒で戦う事になるかもしれないが、こちらの人数は相手の十倍以上。その上、山賊は僕の攻撃で二十人以上を失っている。
装備の差は数の力と気合で補えばいいんじゃないかな?
『そんなムチャな』
『いや、団長。ハヤテの言葉には一理ある。それに兵は拙速を尊ぶと言う。今は十分な準備を整えるよりも山賊を逃がさない事こそが肝要だ。ゆっくり迷っている時間はないぞ』
『わ、若君?!』
ハルデンは慌てる団長を尻目に、その場に武器を放り出すと鎧を脱ぎ始めた。
『お前達も急げ! 全員装備を外して身軽になるんだ! 置いて行く装備は町に戻った時に誰かに取りに来させる! 見張りに三人程残しておけ! 騎馬隊は先行して道中の食事、それに人数分の武器の手配をしろ! 時間はないぞ! 急げ!』
『『『『は、はいっ!』』』』
ハルデンの命令に騎士団員達は慌てて動き出した。
こうしてハルデンの指揮する山賊討伐部隊。その強行軍が始まったのである。
次回「コルベジーク伯爵家の屋敷で」