その8 山賊団のアジト
僕達はコルベジーク伯爵家の屋敷の上空を越え、西へ西へと飛んだ。
どこに向かっているのかって? トゥラグ山賊団の拠点のある、何とか山――ええと・・・そうそう、ガイドシーク山。
ガイドシーク山はコルベジーク伯爵領の西、レンドン伯爵領との領境にそびえ立つ、そこそこ大きな山である。
トゥラグ山賊団はその中腹に拠点を作り、街道を移動する商人達を襲っていたのであった。
そこまで分かっているなら、なぜ今まで放置していたのかって?
違う違う。分かっていたのではない。僕達が見つけて来たのだ。
先程も言ったが、トゥラグ山賊団が襲っているのは街道を通る商人達。
そのため、コルベジーク騎士団でも、街道に近いどこかにヤツらの拠点があり、そこから獲物を狙っているのではないかと考えていた。
しかし、何度僕が街道の上を飛んでも、それらしき施設はまるで見当たらない。
いい加減、お手上げ状態になっていたその時、ハヤブサが隣の領地に近いガイドシーク山におかしな所がある事に気が付いたのだ。
「ギャウ、ギャウ(パパ、山のあんな所に人が住んでいるのかな?)」
「? どういう事だい? ハヤブサ」
ハヤブサが言うには、山の中腹に小鳥が集まっている場所があるという。
「小鳥が? それが何で人が住んでいるって話になる訳?」
「ギャーウー(う~ん。何となく?)」
どうやら自分でも上手く説明は出来ないが、何となくそうなんじゃないかと思ったそうだ。
僕はとりあえず、その場所に向かってみる事にした。
「こ、これは!」
『きっと山賊団の住処ですわ! お手柄ですわよハヤブサ』
そこにあったのは、巧妙にカモフラージュされた小さな集落だった。
村にしては小規模過ぎるし、外から見つかり辛いように隠している(※とはいえ、空から見れば一目瞭然なんだけど)のがいかにも怪し過ぎる。
軍事施設でないのなら、何か後ろめたい事をしている連中の隠れ家と考えて間違いないだろう。
ハヤブサは、僕とティトゥに褒められて、面映ゆそうにした。
「ギャウ! ギャウ!(私も! 私も気付いてた!)」
『はいはい。ファルコ。ハヤブサが羨ましいのは分かるけど、弟の手柄を横取りしようとするのは良くないですわ』
「ギャウー!(違うもん!)」
ファル子が「自分も、自分も」アピールを始めたが、それはさておき。
なる程。鳥達は人間の食べ残しを狙って集まっていたのか。そして彼らの捕食者である大型の鳥や獣は、人間を警戒して近付かない。
そりゃあ小鳥達が集まる訳だ。山の中でも食事と安全が保障された、またとない場所なんだから。
「あまり近付いたら相手にバレるよね」
『そうですわね。遠目に場所と特徴だけ書き留めておいて、後はコルベジーク伯爵家の騎士団の判断にお任せしましょう』
ティトゥは、『ここにラディスラヴァ様がいれば、私達では分からない何かに気付いて貰えたかもしれないのに』と呟いた。
確かに。
ラダ叔母さんは今、コルベジーク騎士団を鍛え直している最中である。
他所の家の騎士団なのに、そんなことをしてもいいの? と思ったが、鍛える方も鍛えられる方も双方が乗り気だったので、部外者が口出しするような事ではないのだろう。多分。
といった訳で、僕達はガイドシーク山の謎施設の情報を持って帰った。
コルベジーク伯爵家の前当主、トマーツさんは、ティトゥから話を聞いた途端、『間違いない! それこそが山賊団の本拠地だ!』と色めきだった。
『ご自分で確かめなくていいんですの?』
『構わん! あんなところに砦を作った覚えはないし、そもそも、領境にそんなものを作ろうとすれば、レンドン伯爵家と戦になってしまうわ! 逆に山賊団のヤツらからすれば、本拠地を作るには絶好の場所に違いない! 何せ、山を越えさえすれば、直ぐに隣の領地に逃げられるのだからな!』
なる程、ごもっとも。
というか、聞けば聞くほど山賊達にとって絶好の場所なのに、何で今まで誰も疑わなかった訳?
『それは・・・商人達が襲われた場所は、ガイドシーク山から随分と離れていたからだ。それに砦こそ作っていないものの、他領との領境だ。監視のための部隊は常駐させとる。・・・が、何の報告も上がっていない所を見ると、既に山賊に取り込まれていると考えた方が良いだろうな』
ああ、そういう事か。
どうやらトゥラグ山賊団は僕が思っていたよりも、かなりしたたかで大掛かりな組織のようだ。
山賊団なんて呼ばれているから、もっと粗野で脳筋なショボいヤツらを想像していたよ。
勢い込んで立ち上がったトマーツさんを、周囲の騎士団員達が慌てて止めた。
『トマーツ様! どこに行かれるおつもりですか?!』
『決まっておる! 山賊共の居場所が分かったのだ! ならば俺、自らがヤツらに引導を渡しに・・・俺が行ってはダメか?』
力無く尋ねるトマーツさん。周囲の人達は大きく頷いた。
トマーツさんは僕に振り返った。
『ド、ドラゴンよ。お前はどう思う?』
『オススメ デキマセンワ』
『・・・そ、そうか』
トマーツさんはガックリとうなだれた。
そんなに落ち込まれると可哀想になってくるけど、折角、山賊団のアジトを見つけて来たのだ。
ここは予定通り、新当主ハルデンの権威付けに使ってもらいたいものである。
山賊団が思っていたよりも大掛かりな組織とあって、討伐は慎重に行われる事になった。
先ずは兵士を集める所から始めなければならない。
とはいえ、町の中にはどこに山賊の仲間が潜んでいるのか分からない。
そのため、兵士の募集は、『ハルデンが当主就任後初めて行う実戦形式の演習』という名目で行われた。
ハルデン率いる演習軍は、先ずはガイドシーク山と真反対の東の町を目指す。
言うまでもなくこれは偽装。山賊団の目を欺き、彼らを油断させるためである。
ここで演習軍は街道を外れる。本格的な演習を始めるため、というのがその理由であるが、勿論、本当の目的は違う。
演習軍は今は寂れている旧街道を使って、領地を西へと移動。
密かにガイドシーク山に到着すると、そこで初めて山賊討伐軍である事を兵士達に明かす事になっている。
ちなみに僕達の役割はそのお手伝い。
山賊団のアジトを見張り、彼らが作戦に気付いて逃げ出すようなら、急いでハルデンに知らせる事になっている。
てな訳で現在。僕達はガイドシーク山の上空に到着した。
トゥラグ山賊団のアジトは・・・。あったあった。何の変化も無いようだ。
僕は山賊達に見付からないように、少し離れた場所を通り過ぎた。
「後一、二回往復したら、一度レブロンの港町に戻ってお昼にしようか」
『そうですわね』
見張りとはいえ、ずっと上空に張り付いていたら、山賊達に見付かってしまう。
そうなれば本末転倒だ。
今回の僕達はあくまでも裏方。迂闊な事をして本隊の足を引っ張るような事があってはならないのである。
という訳で、二往復。
「別に何の動きもないね。じゃあレブロンに戻ろうか」
『・・・そうですわね』
ラダ叔母さんは、ガッカリするティトゥを見て苦笑した。
『ナカジマ殿。見張りの仕事などこんなものだ。変化がないのが当たり前。ナカジマ殿だって、最初から分かっていたのではないか?』
『それは・・・そうなんですけど』
分かっていても退屈なんだろう。
ティトゥはゴニョニョと言葉を濁した。
僕は翼を翻すと東に機首を向けた。目指すはレブロンの港町。
こうして山賊団討伐の初日の午前中は、何事もなく終わったのであった。
そして午後。
ティトゥ達のお昼ご飯を済ませた僕達は、再びガイドシーク山を目指す事にした。
「ファル子。午前中で分かったよね。今日は空を飛ぶだけだから退屈だよ。お前とハヤブサはカーチャと一緒にレブロンに残った方がいいんじゃない?」
「ギャウー!(イヤー!)」
「ギャーウー(う~ん。僕はどっちでもいいかな)」
ファル子はジタバタと暴れ、ハヤブサはメイド少女カーチャに抱きかかえられたまま、大きなあくびをした。
「ギャウー!(ダメ! ハヤブサも来るの!)」
「ギャーウー(え~。まあいいよ)」
まあいいのかい。
ティトゥとラダ叔母さんが現れた。
『そろそろ行きますわよ。ファルコ達はどうするんですの?』
「ギャウー!(行く!)」
「ギャーウー(僕も)」
『そう。じゃあ先にパパに乗ってなさい』
ファル子とハヤブサはバサバサと翼をはためかせると、操縦席に飛び込んだ。
「やっぱりラダ叔母さんも行くんだ。見張りだけだし、僕達だけでも十分なんじゃないかな?」
『――と言ってますわ』
『初日くらいは最後まで付き合うさ。聖王都から夫と子供達も帰って来た事だし、明日からはしばらく休ませて貰うがな』
なる程。美味しい場面が来るまで、家で家族とゆっくりしているという訳ね。
『前離れー! ですわ』
『前離れー!』
「「ギャーウー(はなれー)」」
僕はティトゥ達を乗せるとエンジンをブースト。レブロン伯爵領砦から飛び立ったのだった。
さて、出発してからしばらく経った後。
具体的にはコルベジーク伯爵家の屋敷の上空を過ぎて、少しだけ飛んだ頃。
この辺りまで来ると、街道も人通りがまばらになっている。
僕がそれに気付いたのは偶然だった。
「・・・今の、ひょっとして。いや、まさかね」
『どうしたんですの? ハヤテ』
退屈そうに空を眺めていたティトゥが、僕の言葉に反応した。
「さっきの人達だけど・・・あれって僕の気のせい? ねえ、みんなは気付かなかった?」
『だからさっきから何なんですの?』
『どうかしたのか、ハヤテ』
ラダ叔母さんも身を乗り出した。
「ええと、さっき通り過ぎた場所なんだけど、街道を取り囲むように何人かが隠れているように見えたんだ。いや、単に休憩していただけなのかもしれないけど・・・」
彼らが街道を外れて休んでいる旅人だったならそれでいい。
だけどもし、街道から見付からないように潜んでいたとしたなら、それは一体何の目的だろうか?
まさか、彼らは――
次回「トロッコ問題」