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その7 寄せ集めの兵士達

 僕達は三伯コルベジーク伯爵領へと到着した。

 今は丁度、町の上空。

 東門を出た所に、武装した人達が集まっている。

 新当主ハルデン率いる、コルベジーク伯爵軍である。

 ラダ叔母さんは胴体内補助席から身を乗り出すと、ファル子を横に押しのけた。


『スマンなファルコ。ちょっと外を見せてくれ。おお、いるいる。ふむ、ざっと見積もって千人といった所か』

『ファルコ、狭いんだからこっちに来て大人しくしてなさい』

「ギャウー!(イヤー!)」


 ティトゥに抱きかかえられてジタバタと暴れるファル子。

 ハヤブサは迷惑そうにティトゥの足元に潜り込んだ。

 僕の操縦席が狭くてゴメンね。

 しかし、これ以上二人が大きく育ったらどうしよう。


『内訳としては、騎士団員と兵士とで二対八か。意外と兵士の募集に人が集まらなかったようだな』

『どうしてなのかしら? かなり大きな町だし、千人くらいは集まるという話でしたのに』

「う~ん。多分、アレかな。今回の目的が演習と発表されたからじゃない?」


 今回の作戦目的は言うまでもなく、領内を荒らし回っているトゥラグ山賊団の殲滅である。

 とはいえ、町のどこに山賊団の手下の目と耳があるか分からない。

 そのため、対外的には新当主ハルデンによる軍事演習という事になっていた。


「今回の目的が山賊の退治と発表されていれば、ちゃんと予定通りに集まったのかもしれないね」


 それだけトゥラグ山賊団は町の人達の恨みを買っている――という訳ではない。

 兵士に応募してくる者達の目当ては、単純にお金。つまりは、山賊の溜め込んだお宝の略奪。いわゆる【乱取り】を期待しての事である。

 乱取りとは乱妨(らんぼう)取り。(いくさ)に参加した農民や雑兵が、現地で働く略奪行為の事である。

 桶狭間の戦いで織田信長が今川義元という格上の大名を討ち取れたのも、今川兵達が乱取りに夢中になっていたせいで、本隊の守りが手薄になっていたから、とも言われている。

 ちなみに織田信長は、足軽にちゃんと給料を払い、乱取り行為を許していなかったそうだ。

 占領地で放火や略奪を働いた者は、【一銭切(いっせんぎり)】と言って斬首の刑に処されたという。


『世知辛いですわね』


 ティトゥは呆れ顔で呟いた。


『それよりハヤテよ。いつまでこうして上空を飛んでいるつもりだ? そろそろ地上に降りてもいいんじゃないか』


 どうやら叔母さんは、元祖・海賊狩りの王女プリンセス・オブ・パイレーツの血が騒いで仕方がないらしい。

 僕は翼を翻すと、街道に着陸したのだった。




 地上走行(タキシング)でゆるゆると近付くと、コルベジーク騎士団らしき男達が慌てて兵士達を整列させた。

 素直に言う事を聞かない兵士や、ダラダラして反応の悪い兵士には、容赦なく鉄拳制裁をお見舞いしている。


『・・・乱暴ですわね』

「・・・ていうか、彼らが必死過ぎて引くんだけど」

『うん? 軍隊なんてこんなもんだろ? 殴られたって別に死ぬ訳じゃないんだし』


 そして叔母さんの認識が酷過ぎる件。

 まあ、戦場で反抗的な態度を取られたら、部隊全体が危険に晒されるかもしれない訳し、ある程度の体罰はやむを得ないのかもしれないけど。

 兵士達の列が割れると、馬に乗った青年がこちらにやって来た。


『レブロン伯爵夫人。ナカジマ殿。ようこそ来られました。本日はよろしくお願いします』


 コルベジーク伯爵家の新当主ハルデンだ。

 今日の彼はピカピカの立派な鎧に身を包み、派手なマントをなびかせている。

 ちなみにこのマント。見栄えが良くてカッコいいから、という理由だけで付けられているのではないらしい。

 一応、背後からの攻撃を防ぐ、という実用的な面もあるそうだ。

 日本でも戦国時代、騎馬武者は大きく膨らませた布製の袋のようなものを背負っていた。

 これは【母衣(ほろ)】と言って、背後からの投石を防いだり、背中に矢が刺さらないようにするための、立派な武具だったんだそうだ。

 ちなみにさっき話に出た桶狭間の戦い。織田信長配下で今川義元の首を取った武将は、その功績で母衣衆に加えられたという。

 当時は、母衣(ほろ)を背負って戦場を駆ける母衣(ほろ)衆は部隊の華、選ばれしエリートだったのだ。

 更に言うと、信長は、母衣(ほろ)を黒く染めた黒母衣衆と、赤く染めた赤母衣衆という、二つの部隊を編成していたという。

 黒母衣衆では佐々成政(さっさなりまさ)。赤母衣衆では前田利家といった武将が有名どころとなる。


 てな感じで、僕が雑学を思い出している間に、ティトゥ達の挨拶は終わったようだ。

 ラダ叔母さんは操縦席に、ティトゥは騎士団の人からファル子を受け取っている。

 退屈したファル子はティトゥの隙を突いて脱出。操縦席から飛び降りた所を、騎士団員にキャッチされていたのだ。


「ギャウー!(イヤー!)」

『みんなお仕事をしているんですのよ。邪魔をしたらダメでしょう』


 ティトゥは騎士団員にお礼を言うと、暴れるファル子を抱きかかえて操縦席に戻って来た。


「コラ、ファル子。勝手に外に出たらダメじゃないか。言う事が聞けないなら、もう乗せないよ」

「ギャーウー(ゴメン、パパ)」


 ファル子はしゅんとしおれると、甘えるようにティトゥの手に頭を擦り付けた。


『ハイハイ。じゃあハヤテ、行って頂戴。前離れー! ですわ』

『前離れー!』


 ラダ叔母さんの声に、騎士団員達は慌てて兵士に道を空けさせた。

 ていうか、叔母さんが何かしたり言ったりする度に、いちいち彼らが過剰に反応するのが気になって仕方がないんだけど。

 ホントに叔母さん、彼らに何をやった訳?

 僕はエンジンをブーストすると加速。兵士達の「「「おお~っ!」」」というどよめきを背に受けながら、冬の空に飛び立ったのであった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ヴーン・・・


 ドラゴンの姿が西の空に遠ざかって行く。

 ビア樽腹の中年男性、コルベジーク騎士団団長は、額に浮かんだ冷や汗を拭うと大きなため息を吐き出した。


「ふう・・・。やっと行ったか」


 ようやく人心地ついた彼に、新当主ハルデンは微妙な視線を向けた。


「団長・・・」

「わ、若君、こ、これはその――ウオッホン! さて、そろそろ出発致しましょうか」


 団長は馬上で大きく胸を反らすと、慌てて先程の醜態を取り繕った。

 そんな事で誤魔化される訳はないが、そろそろ出発しないと時間がないのも事実である。


「今日は東の町で泊まるのだったな」


 東にある隣町までの距離は約20キロメートル。

 これは軍隊が徒歩で移動する場合の、一日に移動可能な距離に大体等しい。

 ちなみに昔の日本陸軍では、「行軍一日の行程は、普通の情況の諸兵連合の大部隊では昼夜約24キロを標準とする」としていたと言う。


「さようでございます。今夜は東の町で一泊した後、明日からは街道を外れて本格的な(・・・・)演習(・・)に入る予定となっております」


 本格的な演習。

 言うまでもなく、トゥラグ山賊団の討伐の事である。

 知っているのは騎士団の者達だけ。寄せ集めの兵士達にはその時が来るまで秘密になっていた。

 ハルデンは、緊張にゴクリと喉を鳴らした。


「ワッハッハ! 若君、肩に力が入り過ぎですぞ! 初陣は誰しもが緊張するものです。ですが、軍事には気持ちの緩急が必要です。常に張り詰めていては体がもちませんぞ。その点、私など心に余裕があるものだから、毎日の飯が美味くて仕方がない。おかげで御覧なさい、この腹を。初対面の相手に「詰め物でもしているんですか?」などと聞かれた事があるくらいですわい!」


 団長は、そう言うと豪快に笑った。

 騎士団員達も微笑ましい物を見る目で、自分達の当主を見ている。

 ハルデンは気恥ずかしさで顔が熱く火照るのを感じた。


「忠告ありがとう、団長。直ぐには無理だけど、出来るだけリラックスするように心がけるよ」


 ここでハルデンは少しだけ意地悪をしたくなった。

 彼は困り顔でかぶりを振った。


「しかし、あれだ。出来ればもう少し早く聞きたい所だったな。レブロン伯爵夫人を前にうろたえる姿を見た後だと、折角の良い言葉もありがたみが半減してしまう」


 効果はてきめんだった。

 団長は顔色を変えると、棒を呑んだようになった。


「ぐうっ。・・・お、お前ら、何を見ている! さっきの言葉が聞こえなかったのか?! 出発だ! 急げ!」

「「「は、はいっ!」」」


 団員達にとっては、いいとばっちりである。

 彼らは慌てて割り当てられた兵士に命令を下した。


「出発! 出発ーっ! ついて来られないヤツは置いて行くぞ!」

「お前達は荷車を引け! 次の小休止になったら他の班の者と交代だ!」

「バカ者! 用を足すなら街道から離れてやれ! 他の者達に迷惑だろうが!」


 騎士団員達に命じられ、兵士達は隊列も組まずにバラバラに行軍を開始した。

 彼らが寄せ集めの兵士だから――という訳ではない。

 この世界の軍隊はどこもこんなものである。

 日本でも軍隊が隊列を組んで行軍をするようになったのは、明治時代の後、近代化された軍隊が編成された後の事である。

 それまでは彼らのように、バラバラに行軍していたと言われている。

 コルベジーク軍は街道を東へ移動して行った。

 西へ飛んで行ったハヤテとは、まるで真逆の方向である。

次回「山賊団のアジト」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 母衣衆のことは知ってたけど母衣で飾りじゃなく防具やったんか…知らなかったぜ…。
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