プロローグ 二人のメイド
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ティトゥの屋敷にやって来たランピーニ王家からの使者。
それは年の初めに聖国王城で開かれる新年式に、彼女を招待するための使者であった。
招待主は聖国第二王子カシウス。
社交場嫌いのティトゥは当然渋ったが、聖国王子直々の招待とあっては断る事は出来ない。
代官のオットーや元宰相のユリウスらの懸命な説得もあり、彼女は嫌々ながら式典参加を決めるのだった。
暮れも差し迫る年末。ティトゥはハヤテに乗って、聖国王城へと訪れた。
王女達の熱烈な歓迎に、居心地の悪い思いをするティトゥ。
そして可愛らしいリトルドラゴンズは、聖国王女達にも大受けだった。
特にファル子はラミラ王女に気に入られ、散々に構い倒された結果、ストレスを溜め込むのであった。
そして年が明けると共に、新年式が始まった。
第一王子エルヴィンの提案でハヤテまで式典に参加する事になったり、儀仗兵の隊長を乗せて空を飛ぶ事になったりと、いくつか予想外の出来事はあったものの、式典は無事終了した。
後は城下町でのパレードを行い、王城で閉会式を行うのみとなる。
一人、中庭のテントでのんびりするハヤテの下に、チェルヌィフ商人のシーロが訪れる。
そしてハヤテは、現在、聖国王城が問題を抱えている事を教えられるのだった。
問題の発端は二年前の海賊騒動。(第四章 ティトゥの海賊退治編 より)
これにより、宮廷貴族派の筆頭、三侯オルバーニ侯が大きな力を持つに至った。
現在、彼は自分の甥となる第二王子カシウスの後ろ盾として、王城内で権力を握っている。
力を伸ばす三侯に対し、逆に領主貴族派である三伯は近年、力を落としていた。
その結果、三伯レンドン伯爵家の娘を母に持つ第一王子エルヴィンは厳しい立場に追いやられていたのである。
ハヤテとティトゥにとって、聖国王家の継承権争いは、あくまでも他国の問題。
本来であれば関わるような事ではない。
だが、ナカジマ領はランピーニ聖国と経済的な繋がりが非常に強い。
聖国の情勢が不安定になると、ナカジマ領の発展にまで影響を及ぼす心配があった。
それにハヤテの心情的にも、どこか冷たい第二王子カシウスよりも、気安い印象を与える第一王子エルヴィンの方に好感を抱いていた。
更にはティトゥも、退屈な式典にわざわざ自分を招いた第二王子と、無理やり見合い相手を押し付けて来る三侯・ラザルチカ侯に、何か仕返しをしたいと考えていた。
こうして竜 騎 士の心は一致?した。
二人は式典が終わると直ぐにファル子達を乗せ、レブロンの港町へと飛んだのであった。
(以上、第十九章 聖国新年会編 より)
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ここは港町レブロン。
半島からやって来る船にとっては、ランピーニ聖国の玄関口となる。
三台の馬車がガタガタと揺れながら、町の門をくぐった。
先頭を行く大型の高級馬車に、道行く者達が思わず振り返る。
「こりゃまたスゴイ馬車だな。一体、どこの貴族様がやって来たんだ? そこらの男爵家の馬車とは思えんし・・・誰か知っているヤツはいるか?」
「さて? 俺は伯爵家以上の貴族家の家紋は全部知ってるつもりだが、あんな珍しい家紋にはまるで心当たりはないな。多分、外国の貴族なんじゃないか?」
馬車に描かれた家紋はこの国では見慣れないものだった。
いや、この国だけではない。大陸でも見ない奇妙なデザインである。
もし、ここにミロスラフ王国のドラゴン、ハヤテを知っている者がいれば、彼の尾に(※垂直尾翼に)描かれた模様がこれと同じ事に気付いただろう。
そう。この絵柄は日本の天皇家に代々伝わる三種の神器の組み合わせだったのである。
大きな丸は八咫鏡。直剣は草薙剣。コの形をした円は八坂瓊曲玉。
つまり、この馬車はナカジマ家の馬車だったのだ。
ちなみにティトゥは、三種の神器の事など何も知らない。
しかし、このシンプルでどこかエキゾチックなデザインが彼女の心の(中二心の)琴線に触れたらしい。
ティトゥはこの絵柄をいたく気に入り、自分の家紋にしたのであった。
豪華な馬車の中で揺られているのは、当主のティトゥ――ではない。
聖国メイドのモニカと、メイド少女カーチャだった。
「ようやく追い付きましたか。ご当主様にも困ったものですね」
聖国メイドのモニカが、ポツリとつぶやいた。
困った、と言いながらもどこか楽しそうな彼女の様子に、メイド少女カーチャは不思議そうな表情を浮かべた。
「なにかしら?」
「あ、いえ。出発がバタバタしてすみませんでした。ティトゥ様は本当にお止めする間もなくあっという間に。しかもハヤテ様に乗って飛んで行ってしまったので」
彼女達の主人、ナカジマ家当主ティトゥ・ナカジマは、聖国王城の新年式が終わると同時に、「先にレブロンの港町まで行っていますわ!」とだけ言い残し、ドレスを着替える間もなく飛び出して行ったのである。
ティトゥに置いて行かれたナカジマ家の使用人達は、急いで主人の後を追う事にした。
その過程でモニカも当たり前のような顔で彼らに合流。全員でレブロンの港町を目指す事になったのである。
「仕方がないですね。ご当主様は王城での不自由な生活にかなり不満を溜めていたご様子でしたし」
「す、すみません。そんなつもりで言ったんじゃないんですが」
モニカは代々、ランピーニ王家に仕えるカシーヤス家の娘。つまり聖国王城側の人間である。
カーチャは主人に代わって、慌てて頭を下げた。
モニカは軽口に真面目に返すカーチャの反応を見て、ジッと目を細めた。
「ええと、なんでしょうか?」
「さて。前々からあなたのそういう所を見ていると、私の良く知っている誰かを思い出すと思っていましたが・・・そうですね。カーチャは兄に似ている気がします」
「えっ?! モニカさんのお兄さんにですか?」
モニカは頷いた。
彼女の兄はエドムンド・カシーヤス。聖国第一王子エルヴィンの補佐官を務めている。
「兄は真面目な堅物で、飄々としたエルヴィン殿下にはいつも苦労させられているようですね。今回は色々と忙しかったので会う機会がありませんでしたが、次に機会があれば紹介してあげましょうか? 案外、二人で話をしてみたら、意気投合するかもしれませんよ?」
「ええっ?! あの、その、ご、ご遠慮しておきます」
カーチャは元はただの村娘である。仕事の外で王子の補佐官などという偉い人と会うなどとんでもない話である。
そもそも、そんな話題で意気投合するかもしれないと言われて、それはいいですねと喜べる訳もない。
モニカも、本気で提案した訳ではなかったらしい。彼女は「そう」と相槌を打つと、窓の外を流れる景色に目を向けたのだった。
(モニカさんが自分から家族の事を話題にするなんて珍しい。こんな風に浮かれた様子のモニカさんを見たのは初めてかも)
久しぶりの里帰りに心が弾む、というなら気持ちも分かる。
しかし、今は故郷から離れる旅。それに帰りの旅では――聖国王城に向かう旅では、モニカはやる気に満ちていたと言うか、どこか張り詰めた空気を感じさせていた。
(王城から遠ざかっていく方が楽しそうな顔になるなんて・・・。ひょっとしてモニカさんはあまり王城に良い思い出がないんでしょうか?)
カーチャはモニカが聖国王城で辛い目に遭っていたのではないかと心配した。
モニカはカーチャから注がれる気遣わしげな視線に全く気が付いていなかった。
これも彼女にしては珍しい事である。
それだけモニカの心は浮つき、注意がおろそかになっていたのである。
(そうそう。やはり竜 騎 士はこうでなきゃ。ハヤテ様達が、聖国の式典に参加しただけで大人しくナカジマ領に帰るなんてあり得ないわよね)
彼女がここまで浮かれている理由。
それはハヤテとティトゥ、竜 騎 士の二人にあった。
トラブルや騒ぎの中にこそ生きがいを感じる彼女にとって、どこかに行くだけで何かを引き起こす――あるいは巻き込まれる――竜 騎 士の二人は、まるで憧れのアイドルのような存在であった。
(それに私、三侯ってキライなんですよね。結局、侯爵家の血筋を生かした、正面切ってのゴリ押しで終わる事が多くて。底が浅いと言うか。まあ、彼らに繊細な駆け引きを望むのが間違っているんでしょうけど)
一年ぶりに戻った聖国王城は、すっかり様変わりしていた。
各所で三侯オルバーニ侯爵家が幅を利かせ、我が世の春を謳歌していた。
変わり果てた王城の姿に、彼女は魅力を感じられなかった。
(その点、ハヤテ様は違います。流石はドラゴンと言いますか、とんでもない発想力ととんでもない行動力で、誰も思い付かないような結末にたどり着きます。そしてその影響力たるや。もしもハヤテ様がやる気を出したら、一年もたたないうちに大陸の地図がガラリと書き換えられるんじゃないでしょうか?)
ハヤテは基本的に、一日中自分のテントの中で大人しくしている。
晴れた昼間は外に出て日向ぼっこをするし、時々、パートナーのティトゥを乗せて空も飛ぶが、やっている事といえばそれくらい。
しかし、ひとたび事が起き、怠惰の衣を脱ぎ捨てて動き出せば、あっという間に周囲を巻き込んでとんでもない事をしでかしてしまう。
(あるいはハヤテ様が日頃は何もしないのは、その辺に理由があるのかもしれませんね)
ハヤテは心優しいドラゴンである。
仕方なく戦いに参加する事はあっても、むやみに人間を傷付ける事は望まない。
それだけハヤテは、パートナーであるティトゥに、そしてティトゥと同族の人間という存在に対して敬意を払っている。
強大なドラゴンである自分が行動を起こせば、矮小な人間社会はどうしてもその影響を受けてしまう。
人間を尊重するハヤテにとって、自分の存在が彼らに影響を与え、意図しない形に歪めてしまうのは、耐えがたいものなのかもしれない。
だからハヤテは日頃から自分の行動を厳しく戒め、極力、何もしないようにしているのではないだろうか?
――以上はモニカの推測であり、想像である。
勿論、全て彼女の買い被り。ハヤテに対しての過大評価である。
もしも今の内容をハヤテ本人が聞けば、『なんだかモニカさんまでティトゥみたいな事を言い出したんだけど?!』と、ショックを受けるに違いない。
ご存じの通り、ハヤテの体は四式戦闘機・疾風。だがその精神は現代日本の青年。ごくごく普通のただの一般人である。
最初に彼を発見したティトゥがドラゴンと言い始め、なぜかそれが世間に広まった事で、なし崩しにドラゴン認定されてしまっているだけなのである。
日頃怠惰にしているのも、特に深い理由などない。
ハヤテの体は食事をする必要がない。睡眠も必要ないので寝泊まりする場所すらも必要ない。
つまりは金銭を必要としないため、働く理由がないのである。
だからといって、戦闘機本来の使用目的――人殺しの道具として利用されるのもイヤなので、これ幸いと大人しいドラゴンのフリをしているだけなのであった。
(今回の舞台は私の母国、ランピーニ聖国。私も良く知るこの国でお二人が何をしでかすのか。これは楽しみで仕方がありませんね)
ワクワクが止まらないモニカと、そんな彼女を気遣うカーチャ。
そんな二人のメイドを乗せ、馬車はティトゥの宿泊先――レブロンの港町の外れにある、レブロン伯爵の館へと向かうのであった。
次回「三伯の一 コルベジーク伯爵家」