その10 文律派の計画
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王都の高級商業区に建つ会員制のサロンで今、若手貴族からなる文律派が第八王女殺害計画を立てていた。
「ああ、我ら文律派の決起の時だ。王女も伯爵もまとめて始末する」
だが部屋の外でその計画を聞いている者がいた。
立派な髭の騎士団員、アダム班長である。
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またパンチラ第四王子絡みかよ! アイツ本当にロクなことしないな。
僕がアダム班長の話を聞いて最初に思ったのはそれである。
というか、今、マリエッタ王女の周囲でそんなことが起こっているなんて初めて聞いた。
アダム班長が言うには――
先ずはパンチラがモフスキー卿とマリエッタ王女を招宴会で襲撃して誘拐する計画を立てる。
ところがそれはアオダイショウことメザメ伯爵が裏で仕組んだことだった。
メザメ伯爵は自分の政敵と組んだ(と、伯爵が思っているだけで実際は違うらしい)マリエッタ王女が目障りだったのだ。
とはいうものの襲撃の事実を利用したいだけで、伯爵も王女の命まで奪うつもりはないらしい。むしろ死んでもらっては困るんだそうだ。
ところがモフスキー卿の息子は、この計画に乗じて王女(ついでに伯爵も)を殺してしまうつもりらしい。
下手人は当然パンチラだ。一緒に始末して罪を被せてしまうという計画だ。正に死人に口なし。
なんでモフスキー息子はそんな物騒なことを考えているかと言うと、彼は文律派という過激派に所属していて、現政権とランピーニ聖国とを敵対させることで自分達が表に出ようと画策しているかららしい。
・・・なんというか非常にややこしいな。
それぞれの考えや行動が入り組んでいる。
でも、ここまで分かっているなら王都騎士団で過激派を捕らえることはできないのだろうか?
『カミル将軍は数日前から勅命で国境に視察に出られているんだ』
OH・・・。トップ不在の巻。
トップ不在どころか、騎士団も将ちゃんに連れて行かれて大分数が減っているそうだ。
なぜよりにもよってこのタイミングで・・・。
勅命である上、あまり出発を後にずらすと戦勝式典に差し障りが出るため、今出るしかなかったらしい。
それにもめげずにアダム班長は引き続きパンチラの計画を探っていたところ、これらの情報を掴むことに成功したんだそうだ。
アダム班長、滅茶苦茶有能じゃん。見直したよ。ただの風俗大好きオジサンじゃなかったんだね。
『いや、本当にただ運が良かっただけなんだ。いや、運が悪かったのかな?』
調べ始めた時はこれほど大事になっているとは思わなかったんだそうで、指示を仰ごうにも将ちゃんとは連絡の方法が無いらしい。
そりゃまあそうだよね。
話を聞く限り一番危険なのは文律派とかいうテロリストだ。
文律派とはひと言で言うと「現政権を否定し、強い王を中心とした強い国を築こう」、というロマン主義者の集まりだそうだ。
法や条例を「成文律」と言うが、文律派の名前はそこから来ているらしい。
彼らが言うには、自分達こそかつて貴族が王家と交わした文律に従い、国のために立ち上がる真の憂国の士である。ということらしい。
若手貴族が中心になって今まで秘密裏に活動していた組織なのだそうだ。
こういう話を聞くとやはり日本人なら二・二六事件を思い浮かべてしまう。
統制派と呼ばれるいわば体制派(正確にはそうとも言い切れないがここはザックリ行こう)に対して、皇道派と呼ばれる陸軍の青年将校達が決起した、近代日本最大の軍事クーデターである。
当時の日本は恐慌や不況、農村の悲惨な実態等、さまざまな問題を抱えていた。
特に陸軍は農家出身の者が多かったこともあり、「現体制派は一部の金持ちの利権を守って国民を苦しめている」と陸軍の青年将校達は考えた。
彼らは自分達が蜂起して、そういう「君側の奸」を討つことで天皇陛下中心の強い日本になることを夢見たのだ。
ところが実際に武装蜂起してみれば、昭和天皇は自分達に協力してくれるどころか激怒して敵になってしまった。
結局彼らの主張は力を失い、わずか三日で鎮圧されてしまったのだ。
この日本最大のクーデターは不思議と今回の文律派と符合することが多い。
不況が原因になったところもそうだし、現政権を打倒して王家(天皇)中心の国家を目指すところも同じだ。
ちなみに文律派は無能な現国王も打倒して、優秀な元王子を担ぎ上げるつもりらしい。
優秀な元王子。言わずと知れた元第二王子・カミル将軍である。
決して元第四王子のことを言っているのではない。当然だ。
実は二・二六事件を起こした青年将校達も昭和天皇の弟、第二皇男子・秩父宮雍仁親王を担ぎ上げるつもりだったという説がある。
実際に昭和天皇の母親、貞明皇后は長男である昭和天皇とそりが合わず第二皇男子を鍾愛していた、という話もある。
二・二六事件に関しては未だに「もし成功していたら」のIFを語られることの多い題材である。
当時の人間でも後に「どんな理由があっても武装蜂起という方法は取るべきではなかった」と語る者もいれば「自分も実家が農家だったので成功して欲しかった」と語る者もいる。
アダム班長は僕に語り終えると少し気が楽になったのか、落ち着きを取り戻した。
さっきまでまるで不審者みたいだったからね。
今は懐から取り出した小瓶を煽っている。中身はきっとお酒だろうね。
しかしこれ、聞かされた僕はどうすればいいのだろう。
もちろん放ってはおけない。知り合いの命がかかっているのだ。
とはいえ僕一人ではどうにもならない。
・・・マリエッタ王女を連れて逃げるか。
それくらいしか考え付かない。
ティトゥ・・・では無理があるか。ルジェックあたりならガタイも良いしいいかもしれない。
ルジェックにマリエッタ王女を誘拐してきてもらって僕が王女を連れて逃げる、というのはどうだろうか?
もちろん狂言だ。
それに理由を話せばビビアナさんあたりが協力してくれそうな気もする。
こっちの世界ではどうかは知らないが、地球ではドラゴンといえばお姫様をさらう役割の代表格だ。
ドラゴンク〇ストだって一作目ではドラゴンが姫をさらっていたしね。
明日一日、王女をさらってそこらをぶらぶら飛んだら明後日には返しに来ればいい。
もちろんその間に、裏で卑怯な計画を立てていたメザメ伯爵は文律派とやらにやられちゃうかもしれないが、まあ自業自得だし。
あ、その場合はパンチラもやられちゃってるのか。うん、まあそっちも別に良いよ。
戻った後は面倒事がてんこ盛りだろうが、何、マリエッタ王女の命に比べればどうということはない。
いざとなれば僕が全て引っかぶって逐電すれば良いだけだ。
全てはドラゴンのやったこと。そういうことにしてくれればいい。
・・・ティトゥは悲しむかもしれないな。
そう思うと少し決意が揺らぐが、ティトゥも可愛い妹分の命がかかっていると知れば最後には納得してくれるだろう。
こっそりマチェイ家の裏の森にかくまってもらってもいいかもね。
よし! その方向で行こう。
後は・・・どうやって僕の考えをみんなに伝えるかだけど・・・。
先ずはそこで小瓶を片手に黄昏ている髭のおじさんに伝えることから始めなければならないだろうな。
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「陛下がいらっしゃるのですか?!」
マコフスキー卿は思わず使者の前で伏せた顔を上げて大声で叫んだ。
そして、それが王城からの使者に対して取る態度ではないことに気が付き、慌てて再び顔を伏せた。
使者は特に気にすることも無くメッセージを読み上げると――
「確かにお伝えしましたよ」
そうマコフスキー卿に告げ、メイドに案内されて部屋を出て行った。
マコフスキー卿は深くイスに身を沈めた。
まさか明日の招宴会に陛下が皇后を連れ立って訪れるとは・・・
「父上、明日の屋敷の警備は・・・」
「バカを言え。勝手に警備の者を置いてみろ、親衛隊の者に拘束されるに決まっている」
マコフスキー卿の後ろで使者を迎えていたマコフスキー卿の長男ヤロミールは舌打ちをこらえた。
「警備の者は屋敷の外と中庭に配置しろ。屋敷の中の警備は王城から親衛隊が来ることになる」
警備の者とはヤロミールが手引きした文律派の若手貴族のことだ。
計画では彼らが屋敷の内外で一斉に蜂起することになっていた。
そのスキにネライ卿はヤロミールの手引きで屋敷に侵入する。
ここまでは父親とネライ卿のシナリオ通りだ。
だが、ヤロミールはここで王女と伯爵とネライ卿を殺害するつもりでいる。
彼の描いたシナリオはこうだ。
ネライ卿と第八王女との間に口論が発生する。
ヤロミール達が少し席を外した間に激怒したネライ卿は第八王女を殺してしまう。
騒ぎに気が付き、慌ててヤロミールらが戻った時には、すでにネライ卿とメザメ伯爵が相打ちになって死んでいた。
ランピーニ聖国はミロスラフ王国を激しく非難するだろう。
当然だ。自国の代表でもある第八王女が殺されたのだ。国にケンカを売ったに等しい。
弱腰外交の現王家ではこの外圧をはねのけることはできないだろう。
当然現王家に対する貴族の支持は著しく下がるに違いない。
かつてない国難の中、彼らはきっと思い出すはずだ。
今の国王よりよっぽど優秀な王子がいたことを。
ヤロミールの頭の中にはカミル将軍が国王として立ち、その幕閣に自分達が選ばれる未来が思い描かれていた。
だが、肝心の屋敷の中を親衛隊の兵に押さえられていては行動が取れない。
たったの一手で完全に勝っていた盤面をひっくり返された気分である。
(何か・・・何か方法があるはずだ。せめてもう少し早くこのことが分かっていれば打つ手もあったものを!)
歯噛みするヤロミールだがそう都合の良い考えなど浮かぶはずもない。
ギリギリまで連絡を遅らせたのは皇后の意を受けた国王の指示だ。
国王は皇后の情報網からヤロミール達の計画を知り、自身が訪れるという形で対処したのである。
しかもカミル将軍の騎士団の若手貴族から情報が漏れることも考慮し、あえて騎士団本体を王都から離すという念の入れようだ。
ヤロミールの計画はここに潰えたかに思われた。
次回「招宴会の朝」