閑話19-1 吾輩はドラゴンである
まだお話の途中なので、閑話を挟むつもりはありませんでしたが、遂に総合評価が10,000ptの大台を超えたので、その記念に急遽更新することにしました。
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吾輩はドラゴンである。
らしい。
らしい、と言うのは、周囲の者達からはそう呼ばれているが、吾輩には自分がドラゴンであるという自覚が無いためである。
ちなみに彼らは人間という種族だそうだ。吾輩と違い、後ろ脚で立ち上がって歩き、背中に翼も持っていない。
そうそう。先程は、吾輩はドラゴンである、と名乗ったが、それは吾輩の種族名だ。
吾輩個人を指し示す固有名詞は別にある。個人を表す固有名詞――すなわち、名前というヤツだな。
吾輩の名はハヤブサ。
それが吾輩の名前である。
らしい。
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コノ村から港町ホマレの屋敷に引っ越してから、今日で十日程。
そろそろみんなこの屋敷にも慣れて来たかな? などと思っていたら、ティトゥが血相を変えて僕のテントに飛び込んで来た。
『ハ、ハヤテ! ハヤブサがとんでもない事になってしまいましたわ!』
「・・・ギャウ(騒々しいぞ、母君。吾輩の頭上で叫ばないで欲しいのだが)」
ティトゥが抱きかかえた緑色のリトルドラゴンが迷惑そうに呟いた。
えっ? 母君? 吾輩? ひょっとして今のって、ハヤブサが言ったの?
「ど、どうしたんだいハヤブサ?! なんだか言葉のチョイスが中二みたいだよ?!」
「ギャウー(お気に障ったのなら申し訳ない)」
『ちょっとハヤテ! 私みたいってどういう事ですの?!』
思わず漏れた僕の言葉に対して、ティトゥがプンスとむくれる。
いや、今はそれどころじゃないから。ハヤブサ、一体どうしちゃったの?
ティトゥに遅れて、桜色ドラゴン・ファル子を抱えたメイド少女カーチャが現れた。
『ティトゥ様! やっぱりハヤテ様の所に来ていたんですね?! ハヤブサ様はケガをしているんですからムチャをさせないで下さい!』
「ギュウ・・・(私、悪くないモン)」
ハヤブサがケガ? 一体どういう事?
そしてカーチャの腕の中では、ファル子が拗ねたように目を反らしている。
ていうか、一体何があった訳? いい加減にちゃんと説明して欲しいんだけど。
『申し訳ありません。私が悪いんです・・・』
カーチャは申し訳なさそうに頭を下げた。
ティトゥがハヤブサの頭をそっと傾けると・・・なる程、確かに。頭に大きなコブが出来ている。
『どうやら、ファル子様とハヤブサ様がケンカをしたみたいで』
メイド少女カーチャの説明によると、彼女が少し目を離した隙にファル子とハヤブサがケンカをしたらしい。
とはいうものの、二人のケンカ自体は割と日常の光景だ。
じゃれ合いというか、ストレス発散というか、要は子供にとっての運動のようなものなので、酷い事にならないようなら僕達も二人の好きにさせている。
だが、今回はケンカをしていた場所が悪かった。
二人がいたのは屋敷の屋根の上。
ファル子に叩かれたハヤブサは、屋根の上を転がり落ち、地面に転落してしまったのである。
「それは・・・いや、無事で済んで良かったよ」
イヤミとかじゃなくて本当に。
ファル子達は翼が成長して空が飛べるようになってから、好んで高い所に登るようになっていた。
今まで住んでいたコノ村は平屋の家しか無かったので、特に気にしていなかったが、新しい屋敷は二階建て。
しかも、天井の高さ自体がコノ村のどの家よりも高い豪華仕様。
普通の家で考えると、優に三階建てくらいの高さがあるんじゃないだろうか?
そんな高い場所から転落したのだ。一歩間違えば、最悪、首の骨を折って死んでいたかもしれない。
『小さな子供は目を離してはいけないと知っていたんですが・・・申し訳ありません。私の責任です』
「ギュウ・・・(私、悪くないモン)」
ファル子もとんでもない事をしてしまったという自覚があるのか、いつもの元気をなくしている。
彼女とは後で話すとして、問題はハヤブサの方だ。
「ギャウギャウ(ふむ。汝が吾輩の父君か。吾輩の記憶がなくて済まぬな)」
そう。彼は転落の時、頭を打った拍子に記憶喪失に陥ってしまったのである。
いや、記憶を失くしたのはともかく、喋り方が変わってるんだけど?
『まるで別人みたいですわ』
『・・・ええと、先程からティトゥ様はそうおっしゃっているんですが、そうなんでしょうか? 私の目にはいつものハヤブサ様とあまり変わらない感じに見えるんですが』
ああ、うん。カーチャは僕達と違ってファル子達の言葉が分からないからね。
この違和感が理解出来ないのも仕方ないかな。
「キオク ナクシテル」
『ええっ?! やっぱり?! あ、いえ、ティトゥ様の言葉を信じていなかった訳ではないのですが、ハヤテ様から見てもそうなんですね』
カーチャは驚いて目を丸くした。
僕のテントに屋敷のみんなが集まった。
ティトゥから説明がされると、代官のオットーが頷いた。
『昔、私の傭兵仲間にも、戦場で頭を強く殴られた事で、記憶を失くした者がいました。その男は全くいつもと変わりないように見えて、その日の事をすっかり忘れていましたよ』
オットーの言葉に、騎士団員達が納得顔でウンウンと頷いた。
どうやら彼らも同じような人間を見た事があるようだ。中には実際に記憶を失った経験をした者もいるのかもしれない。
おっかないな、王都騎士団。
『ハヤブサの場合、記憶を失うどころか、喋り方から全く変わっているんですわ』
『あの、アタシの目にはいつものハヤブサ様と同じに見えるんですけど? 性格とかは変わってないんでしょうか?』
ナカジマ家の料理人、ベアータが尋ねた。
性格か。確かにおっとりとした感じは、いつも通りのハヤブサなんだけど・・・いや待て。
そうか。そうだよ。
僕としたことがうっかりしていた。コレって正に――
『! ハヤテ! 何か気がついたんですの?!』
「ハヤブサ! 君、まさか、別の世界の記憶を思い出したりしていないよね?!」
そう。コレって正に異世界転生作品のお約束の展開じゃないか。
異世界転生を扱った作品にはいくつかのパターンがある。
生まれた時から前世の記憶があるという物もあるが、物心がつくまでは記憶が封印されていて、一定の年齢に達するか、何らかの刺激を受けた事で前世のそれが目覚めるというパターンもある。
まさか僕の息子は前世の記憶持ちだったとか?
興奮する僕に、ハヤブサは「話を聞いてた?」とでも言いたげな目で見上げた。
「ギャウ(別の世界の記憶? 父君は何を言っておるのだ? そもそも、吾輩は記憶が無いと言っておるだろうが)」
ティトゥは呆れ顔で肩を落とした。
『ハヤテ。少しは真面目に考えて頂戴』
僕だって真面目に考えているっての!
真面目に考えてその結果かよって? 漫画や小説と現実を混同してるんじゃないかって?
いやいや、本当に異世界転生ってあるんだよ。だって僕がそうだから。
だったらワンチャン、ハヤブサも転生者だったって可能性だってあるんじゃないの?
僕っていう転生者の息子なんだからさ。
ティトゥは、密かに悶え続ける僕に見切りを付けると、オットーに振り返った。
『それで、オットーの知っているその人は、記憶を失くした後、どうなったんですの?』
『いえ、普通に変わらない生活を送っていましたよ。頭を打った日の記憶が抜けているだけで、それ以外には何の問題も無かったですから。確か私が知っている最後は、今後はトレジャーハンターとしてやっていくとかで傭兵を辞めた所までですかね』
えっ? 何それ。どんな流れでそんな事になったのかちょっと気になるんだけど。
ていうか、オットーもそうだけど、傭兵ってのはいろんな人がいるもんなんだな。
ティトゥは騎士団員達を見回したが、彼らも困り顔をしただけだった。
『私の場合は、訓練の最中に頭を強く打ったらしく、訓練に出てからの記憶がスッポリと抜けていました』
『私も同じです。後で同僚に言われましたが、何度も周りにその時の事を聞いたみたいですね。自分には聞いた記憶すらないんですが』
『ああ、それは俺も言われた。記憶を失くした時にはみんなやるみたいだな』
どうやら記憶喪失は王都騎士団あるあるらしい。いや、どんなあるあるだよ。
ていうか、まさか全員とは思わなかった。
一体どうなってんの? 王都騎士団。
そんな危険な訓練ばかりやってるから、みんな頭のどこかがおかしくなって、脳筋集団になっちゃうんじゃない?
代官のオットーがハヤブサを抱き上げた。
『記憶を失うというのは、頭を強く打った時に良く起こる症状のようです。ハヤブサ様の場合は少し特別なようですので、詳しい医者に診て貰いましょうか。確かユリウス様が腕の良い医者を王都から呼んでいたはずです。彼を呼びましょう』
「ギャウ(ふむ。代官殿、よろしく頼む)」
「・・・ギュウ(なんか、このハヤブサ、やだ)」
妙に落ち着きを増したハヤブサに、ファルコが嫌そうに顔をしかめた。
結論から言うと、医者にも、ハヤブサがなぜこうなったのか、その原因は分からなかった。
まあ、あくまでも彼は人間を相手にしているお医者さんだからね。ドラゴンなんて謎生物を診断出来ないのは仕方がないと思う。
そのハヤブサだけど、三日もすると記憶が戻り、それと同時にあの中二っぽい言葉遣いも消え、元の喋り方に戻ったのだった。
結局、アレは何だったんだろうか?
一つ考えられる理由としては、ファル子達リトルドラゴンズは、元は赤い石から生まれたなんちゃって魔法生物だという点。
状況から考えて、その誕生にはおそらく、僕の意志というかイメージが関わっていたんだと思う。
そして、あの場所には僕の他にもティトゥがいた。(※カーチャもいたけど、あの時は確か寝ていたはずだ)
ならばティトゥもハヤブサ達の誕生に、何らかの影響を与えていたとしてもおかしくはない。
ただしそれはあくまでも影響を与えたというだけの事。ほんの微量な影響。
誰も気付かない程度の僅かなそれが、今回の記憶を失うという異常事態で表に出て来たとすればどうだろうか?
そう考えれば、ハヤブサのあの喋り方も理解出来る気がする。
なぜならあの時のハヤブサの喋り方は、昔、ティトゥが書いた捏造歴史書物『ナカジマ領誕生50周年の記録』に書かれていた僕とちょっと似ていた感じだったからである。
もし、そうだとすれば、ティトゥはある意味、本当に二人の母親という事にならないだろうか?
最も、全ては僕の想像。推論であって、実際の所は分からない。
今となっては確認出来る話でもないし。
ハヤブサが記憶を失くしていた三日間。僕達は散々気を揉まされたし、色々な事もあった。
この辺はいずれ話す機会もあるかもしれない。
けど、一先ずは何事もなく無事に元のハヤブサに戻った事を喜ぼうか。
お帰りなさい、ハヤブサ。
第二十章は、今更新している他作品(※『私はメス豚に転生しました』)の執筆がひと区切りつき次第始めますので、もう少々だけお待ち下さい。
いつもこの小説を読んで頂きありがとうございます。