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その25 二人の王子

◇◇◇◇◇◇◇◇


「国王陛下バンザーイ!」

「ランピーニ聖国バンザーイ!」


 割れんばかりの歓声の中、王城を出た馬車の列は町の中央広場へと向かっている。

 今日は王家の主催する新年式の四日目。

 この日は初代国王の像の前で新年の挨拶が行われる事になっていた。


「・・・はあ。何で外国人の私が、他所の国の式典に参加しなければならないんですの」


 ティトゥは馬車の中で一人、ため息をついた。

 まだ式典が始まるどころか、会場入りすらもしていないのに、彼女のテンションはダダ下がりである。

 ティトゥの不満も最もだが、もし仮にこの式典が彼女の母国、ミロスラフ王国の式典であったとしても、やはり彼女は同じように文句を言ったに違いない。

 とは言っても、式典が好きな人間などそうそういないと思われるので、その事で彼女を責めるのはフェアではないだろう。

 ただ、今のティトゥは貴族家当主であり、ナカジマ領の領主でもある。人の上に立つ立場である以上、面倒な事でも仕事として割り切らなければならない。その点は問題視してもいいのではないだろうか。


「早く終わって欲しいですわ」


 ちなみに、式典の後は城で舞踏会が開かれる予定になっている。もし、何らかの理由で式典が早く終わったとしても、舞踏会の始まる時間が早くなるだけである。

 そして、黙って立っていればいいだけの式典とは違い、舞踏会では参加者達と会話を交わしたり、ダンスを踊ったりしなければならない。

 どちらもティトゥが最も苦手としているジャンルである。


「はあ・・・」


 ティトゥのため息は続く。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 王城の中庭のテントの中。チェルヌィフ商人のシーロは僕に近付くと声を潜めた。

 

『現在、聖国は不穏な状況にあります。原因は次期国王の座を巡っての跡目争い。近々、大きな政変が起きる可能性があります』


 次期国王の座を巡っての大きな政変。

 彼はこの国でクーデターが起きると言っているのだ。


『センソウ オキルノ?』

『センソウ――つまりは内乱ですか? いやあ、そいつはどうでしょうかね』


 シーロは小首を傾げた。

 あれ? 政変って、軍事クーデターの事じゃないの?


『ああいや、ハヤテ様はご存じないんですね。実はこの国の事情はちょっと変わっていまして』


 どういう事?

 実はこの聖国という国は、国民性なのか、はたまた歴史的・地政学的要因なのか、伝統的に「軍事で解決するなんて野蛮だ」という風潮があるのだそうだ。

 そのため、よっぽどの事がなければ内乱なんて起きないらしい。

 だからと言って、当然、争いの全く無い平和な国、なんてこの世には存在しない。

 しかしこの国では、敵と戦う時には、軍事という分かりやすい暴力に訴えるのではなく、政治力や経済力、あるいはもっとイリーガルに暗殺という手段を使って敵を排除するんだそうだ。

 なんで? と言われても、それがこの国にとってのセオリーだから仕方がない。

 恐らく、クリオーネ島は地政学的に長年、大陸からの野心に晒されていた関係で、常に対外的な隙を見せる訳にはいかず、その結果として、このような独特な価値観が作られたのではないだろうか?

 つまり、争うなら、外国の干渉を受けないようにコッソリ争おうぜ。といった感じなのだろう。

 この国の貴族達にとって、軍事力でライバルを始末するのは”品が無くて野蛮”であり、”カッコ悪い”行為で、例えそんな形で権力を手に入れても、周囲は誰も支持してくれないのだそうだ。

 だったら暗殺は野蛮じゃないのかって? いや、そんな事を僕に言われても。

 そうだね。立場のある人なら、護衛を雇ったりして身の安全の備えをするのは当然。暗殺者に殺されるのは本人に隙があるから、とかそういう考えなんじゃない? 知らんけど。


『といった訳で、おそらく内乱にはならないと思います。最も、絶対にない、とは言い切れませんが。そもそも、そんな手段に訴えなくても、現在、第二王子を押す三侯オルバーニ家の力は随分と大きくなっています。あえて周囲を敵に回すような危険を冒すとは思えませんので』


 そう、それだ。第二王子カシウス。

 この国に来てから、第一王子エルヴィンが押され気味なのは何となく感じて来たけど、なぜ、こんな事になっているのか。そもそもの原因というか、今の形になるに至った流れが分からない。

 その辺、もし知っているなら解説プリーズ。


『後継者争いの内幕ですか? 私よりもそちらのおっかないメイド(聖国メイドモニカさんの事?)に聞いた方が詳しく知っていると思いますがね』


 シーロは一応、そう前置きした上で話してくれた。




 聖国国王クレメンテ。三十年ちょっと前、彼が王妃を娶る事になった際、真っ先に候補に上がったのは三侯の娘達だった。

 おそらく、表には出せないようなドロドロとした宮廷闘争があったに違いない。

 その結果、王妃に選ばれたのはオルバーニ侯爵家の娘。今の第一王妃アマランタであった。

 やがてアマランタは第一子を出産した。

 これが今の宰相夫人、カサンドラさんである。

 その後もアマランタ王妃は二人の子供を産むが、両方共に女子。そして気の毒な事にどちらの子も幼くして病没してしまった。

 これが今は亡き第二王女と第三王女となる。


 さて。立て続けの王女達の死。そして未だに国を継ぐべき王子が生まれない状況に、周囲からは日増しに「アマランタ王妃ではもうダメなのではないか」「そろそろ第二王妃が必要なのではないか」という声が高まっていった。

 事は王家の存続に関わる重大事である。流石のオルバーニ侯爵家もこの流れには逆らえなかった。

 こうして三侯・ラザルチカ侯爵家の娘が、新たな王妃として迎え入れられた。

 これが第二王妃ドゥミリアである。

 ラザルチカ侯爵家の期待を一身に背負ったドゥミリアだったが、国王との間には中々子供が生まれなかった。

 そこで今度は三伯から、レンドン伯爵家の娘が輿入れする事になった。

 これが第三王妃ツェナレである。


 さて。この時点で王妃は三人。

 第一王妃。三侯・オルバーニ侯爵家の娘アマランタ。

 第二王妃。三侯・ラザルチカ侯爵家の娘ドゥミリア。

 第三王妃。三伯・レンドン伯爵家の娘ツェナレ。である。

 ちなみに子供は第一王女カサンドラさんだけとなる。(※第二王女と第三王女は亡くなっている)


 やがてこの国の跡継ぎとなるべき男子が誕生した。

 これが第一王子エルヴィンである。

 エルヴィンを産んだのは第三王妃ツェナレ。三侯の娘達を差し置いて、三伯の娘から第一王子が生まれた事になる。

 その一年後、今度は第一王妃アマランタも男の子を出産する。

 これが第二王子カシウスである。

 後、一年早く懐妊していれば。

 オルバーニ侯爵家は、次期国王の外戚になれる最大のチャンスを、タッチの差で逃してしまったのだった。

 オルバーニ侯の無念さ、口惜しさは想像を絶するものであったろう。


 待望の王子が生まれた事でプレッシャーから解放されたのだろうか。

 三年後、ようやく第二王妃ドゥミリアにも子供が生まれる。

 これが四王女セラフィナさんである。


 その後は第三王妃ツェナレが第五王女と第六王女(※パロマ王女)を。第二王妃ドゥミリアが第七王女(※ラミラ王女)を。

 更にはこれまた第三王妃ツェナレが第三王子を出産する。随分と子沢山だね。

 この頃にはレブロン伯爵家から第四王妃が嫁いで来ており、僕らにもお馴染みのマリエッタ王女もこの年に生まれている。

 いささか駆け足での説明だったが、これが聖国の今の王子、王女となる。

 



 大体の事情は分かった。

 なる程。王城に――つまりは宮廷貴族達の間に――第二王子カシウスを推す声が多い訳だ。

 カシウスが国王になれば、三侯・オルバーニ侯爵家は外戚となり、今の権力がより盤石なものとなる。

 オルバーニ侯のライバルである三侯・ラザルチカ侯も、第一王子エルヴィンが王位に就くよりは――三伯の力が増すよりは――まだましと考えているようだ。

 なんでもエルヴィン王子は、陰では”混ざり者”と呼ばれているらしい。

 権力云々(うんぬん)を抜きにしても、先祖代々、ランピーニ王家に仕えて来た三侯にとっては、領地貴族の血が半分入っているエルヴィン王子よりも、自分達三侯の血を引くカシウス王子の方が王家を継ぐのによりふさわしい存在なのだろう。

 なる程。そりゃあ、エルヴィン王子の立場が弱い訳だ。


 しかし、いくら三侯に嫌われていようが、権力基盤が弱かろうが、王位継承権はエルヴィン王子の方が上である。

 カシウス王子派は虎視眈々とエルヴィン王子を引きずり下ろすチャンスを狙っている状態である。

 一応、三侯の一つ、アレリャーノ侯は中立の立場を守っているらしいけど。ああ、アレリャーノ侯は宰相夫人カサンドラさんの旦那さんね。

 もしもそれが無ければ、今頃エルヴィン王子の命も危なかったのではないだろうか?


「・・・・・・」


 僕はたったの二度しか――しかもほんの短い時間しかエルヴィン王子と話をしていない。

 しかし、その僅かな時間でも、彼が僕に好意を持ってくれているのは良く分かった。

 彼はお姉さんのカサンドラさんに止められても、儀仗兵の隊長さんに止められても、僕に近付くのを止めようとはしなかった。

 まあ、式典に僕まで参加させるように周囲にゴリ押ししたのは、正直、やり過ぎだったと思うけど。

 けど、それさえも、ティトゥを招いておきながら、ずっとほったらかしにしているカシウス王子よりは随分マシだろう。

 少なくとも彼は、僕の事をティトゥの乗り物ではなく、一人の客として扱ってくれた。

 僕はミロスラフ王国でもそんな扱いをして貰った事は一度もなかった。

 実は式典に参加しなければならなくなった時、僕は「面倒な事になったなあ」という思いと同時に、少しだけ嬉しかったのである。


『ハヤテ様?』

『・・・エルヴィン ダイジョウブ?』

『大丈夫とは? エルヴィン王子が王位を継げるかどうかという意味ですか?』

『ソウ』

『そうですね・・・俺は聖国王城について詳しい訳じゃありませんが、こちらのチェルヌィフ商人の話を聞く限り、かなり厳しい印象に感じました』


 シーロはため息と共に肩をすくめた。


『正直、エルヴィン王子が王位を継いでくれた方が俺も港町ホマレも助かるんですがねえ』

次回「ティトゥの判断基準」

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