その24 パレードの裏で
昨日は今年の初飛行という事もあって、つい調子に乗ってしまった。
撃墜してしまった儀仗兵の隊長さん、並びに、彼の後始末をする事になったティトゥ。迷惑をかけてゴメンナサイ。反省。
さて、その翌日。
僕は中庭のテントの中で独り言ちた。
「そろそろパレードが始まる時間かな?」
新年式も四日目。今日の式典は城の外で――聖王都で行われる予定になっている。
聖王都の中心。東西南北の大通りが交わる中央広場には、石で作られた巨大な像が建っている。
見た目は、観音様の像を洋風にしたような感じ、と言って伝わるだろうか?
なんでもこの国の初代国王の像らしい。
名前は・・・ええと何だっけ? ゴメン、ちょっと思い出せない。
今日の式典は、現国王がその石像を訪れて新年の挨拶をする、というものになっている。
国を興した偉大なご先祖様を子孫が敬う、と言えば聞こえはいいが、実際は王家の権威付け。
つまりは、国の内外に今の王家の正統性をアピールするための儀式でもある。
目的がアピールである以上、式典は大々的に行われる。
国民にとっては、今日の式典こそが新年式。これを見なければ年が始まらない、とも言われているそうだ。
といった訳で、今日は対外的な式典。宮廷貴族も領主貴族も関係なく、全員参加。
勿論、ゲストのティトゥも例外ではない。
ティトゥは『なんで他所の国の私まで』などと、ブツブツ文句を言っていたけど。
ちなみに昨日の式典には、何故か僕も参加する事になったが(そして式典後になぜか儀仗兵の隊長さんを乗せて飛ぶ事になってしまったが)、流石に今日は参加するようには言われていない。
こんな大きな体を置いておく場所もないだろうし、仕方がないよね。
昨日、僕からこの話を聞いたティトゥは声を荒げた。
『ハヤテだけズルいですわ! 羨ましいですわ!』
「いや、何言ってんの。大体、ティトゥ。式典に招待されたのは君だろ? 今日は何故か僕まで参加する事になっちゃったけど、本来、僕の役目は君をこの国まで運ぶだけなんだからね」
「ギャウー! ギャーウ!(ママ! 私! 私がパパの代わりに行く!)」
リトルドラゴンのファル子がバサバサと翼を振った。
「う~ん、ファル子には無理かな。式典の間、大人しくしている事なんて出来ないだろう?」
「ギャウ!(出来るもん!)」
いや、どう考えても絶対に無理だろ。
退屈して騒ぎ始める未来しか見えないんだけど。
「ほら、ティトゥ。君がわがままばかり言ってるから、ファル子までマネをし出すんだよ」
『もう! そんな事・・・。はあ。仕方がありませんわね。ファルコ、あなたはハヤブサと一緒にお留守番をしてなさい』
「ギャウー!(イヤーッ!)」
僕に指摘されてうなだれるティトゥ。自分でもわがままを言っている自覚はあったようだ。
ジタバタと暴れるファル子を、メイド少女カーチャがなだめた。
「いつもごめんね、カーチャ。ティトゥ一人のわがままだけでも大変なのに、ファル子まで増えちゃって」
『――ちょっとハヤテ、それってどういう意味ですの?』
『いえ、もう慣れましたから』
『カーチャ!』
『?』
ティトゥは真っ赤になってカーチャに噛みついた。
ちなみにカーチャはティトゥと違って、僕の喋る日本語が分からない。
だから雰囲気で『いつもファル子が迷惑をかけてごめんね』と謝られたのだと思って、『いえ、もう慣れましたから』と答えたらしい。
大体合ってるね。惜しい。
カーチャはティトゥからさっきの僕の言葉の意味を聞かされてビックリ仰天。慌ててペコペコと頭を下げた。
『も、申し訳ありません! そ、そんな意味で言ったんじゃなかったんです!』
『・・・本当かしら』
ティトゥは疑いの目でカーチャを見つめた。
そんな事があったからだろう。流石のティトゥもこれ以上はごねる事なく引き下がった。
今頃は仏頂面でパレードに参加している頃だろう。
この四日目の式典。王都ではものスゴイ騒ぎになるらしいが、そんな喧噪も流石に王城の奥までは届かないようだ。
静か過ぎて、さっきから小鳥のさえずりが聞こえている程である。
う~ん、のどかだ。
ちなみに僕一人とは言ったが、テントの外にはいつものように立哨の騎士が立っている。
今までであれば、彼らは時々、テントに入って僕の様子を確認していたのだが、何故か今日は――いや、昨日の夜からかな? 誰一人テントの中に顔を出していない。
どうやら自分達の隊長が僕に醜態を晒してしまったのが、部下として相当恥ずかしかったようだ。
あるいは隊長が操縦席を汚物で汚してしまった事が気まずいのか。
僕としても、別に彼らに構って欲しい訳じゃないので、これはこれで構わないんだけど。
その時だった。テントの外でガシャリと鎧の擦れる音がした。
立哨の騎士の誰何の声が響く。
『何者だ! 名前と用件を言え!』
『これはこれはご苦労様です』
ヘラヘラとこびへつらうような男の声が答えた。
おや? 何だか妙に聞き覚えのある声だ。
ていうか、なんでこんな場所で? 聖国の王城の中庭では絶対に聞くはずのない声である。
男の声は続いた。
『私はチェルヌィフの商人、シーロと申します。こちらにおられますハヤテ様にご連絡する事があって参りました』
やっぱり。
そう。声の主はチェルヌィフ商人、シーロだったのである。
シーロと初めて出会ったのは二年前の夏。この聖国沖での事である。
彼が漂流していた所を、僕とティトゥが発見。近くの船に保護を頼んだのである。
その後、彼は命を救われた恩を返すべく、ナカジマ領へとやって来た。
それから何だかんだあって、現在はチェルヌィフ商人のネットワークに所属。国中を渡り歩いては見聞きした情報を僕達に届けてくれている。
ネットもなく、テレビも新聞もないこの世界。僕らにとっても、シーロのもたらす最新情報は非常に貴重な物となっている。
確か最後に会ったのは・・・秋の収穫祭の時だったっけ?
一体、何がどうなって、ランピーニ聖国に――しかも王城の中にまでやって来るんだか。
相変わらず神出鬼没の男である。
テントの外ではシーロと立哨の騎士とやり取りが続いた。
やがてテントの入り口が開いた。
トレードマークとなっている胡散臭いその笑顔。チェルヌィフ商人のシーロである。
シーロはテントに入って来ると慇懃に頭を下げた。
『ハヤテ様、ちーす』
『チース シーロ ヒサシブリ』
ホント、久しぶり。
ていうか、良く王城になんて入れたね。
『そこは蛇の道は蛇というヤツで。――いえ、実はですね』
シーロの説明によると、彼はナカジマ家のご意見番、元宰相のユリウスさんに頼まれて、昨年末から聖国の港町に来ていたそうだ。
『今の所、港町ホマレの取引先はレブロンの港からの船に限られています。ドラゴン港もかなり本格化して来ましたし、ユリウス殿としては、将来的にはレブロン以外にも取引先を増やしたいおつもりのようです』
ドラゴン港とは港町ホマレの港に付けられた名前である。命名者はティトゥ。
正直、何にでもドラゴンって付けるのはどうにかして欲しいんだけどなあ・・・。
おっと、話を戻そう。シーロの説明によると、彼はユリウスさんに頼まれて聖国に来ていたそうだ。
目的は新規取引先の開拓と、そのための事前調査。
聖国は貿易国家である。当然、各地の港町は商人の国チェルヌィフとも深いつながりがある。
チェルヌィフ商人ネットワークに所属しているシーロは、うってつけの人材なのである。
『でまあ、年の暮れも迫って来たんで、そろそろ報告のために一度ナカジマ領に戻ろうかと、レブロンの港町に行ったんですがね』
そこでシーロはこの国の貴族に泣きつかれたのだと言う。
『正確にはこの国のチェルヌィフ商人の取引相手の貴族なんですが。何でも仕事で大きなミスをして王都に戻れなくなったらしく、顔見知りのチェルヌィフ商人を頼って来たんだそうです。で、その人間から俺の所に話が回って来まして』
何でシーロに? と思ったら、どうやらその貴族はナカジマ家に関わりがあるらしい。
話を聞いてビックリ。相手はなんとティトゥに新年式の案内状を持って来た使者の男だったのである。
彼が一体、何のミスをしたのかは知らない。けど、王都に戻れない程だから余程大きな失敗をしてしまったのだろう。
シーロは彼の口から、僕達が王家の主催する新年式に参加するために、この国に来ている事を知ったそうだ。
『それを聞いて、ハヤテ様達が、またぞろ厄介事に巻き込まれているんじゃないかという予感がしましてね。私の情報が少しでもお役に立てばと、こうして足を運んだ次第でして』
現在、王城には新年式のために、数多くの御用商人が出入りしている。
その中には当然、チェルヌィフ商人の大手商会だってある。シーロはその人の口利きで王城に入る事が出来たそうだ。
シーロは『とはいえ、流石に城の奥まで入り込むのはかなり大変でした』と苦笑した。
『相当な額の袖の下を使わされましたよ。いやあ流石は聖国の宮廷貴族。がめついのなんのって』
『ゴクロウサマ』
シーロが言うには、現在、王城は三侯の一つ、オルバーニ侯爵家の派閥によって、ほぼ占められているらしい。
随分と羽振りが良いらしく、かなり強気の価格設定で要求されたそうだ。
現在の王城におけるオルバーニ侯爵家は、日本で言う所の、平安時代の朝廷における藤原氏みたいな感じなのかもしれない。
『まあ、私の苦労話なんざどうでもいいんですがね。――で、ここからが本題になります』
シーロは僕に近付くと声を潜めた。
『現在、聖国は不穏な状況にあります。原因は次期国王の座を巡っての跡目争い。近々、大きな政変が起きる可能性があります』
次期国王の座を巡っての大きな政変。
つまりはクーデターか。
次回「二人の王子」