その23 恋の刺客達
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聖国王城の大広間。
思わぬトラブルの発生(?)で少しだけ予定が遅れたが、ようやく立食形式のパーティーが始まっていた。
壁際の長テーブルには贅を凝らした数々の料理が並び、来客者達の目と舌を楽しませている。
彼らは美味しい料理に舌鼓を打ちながら、先程王城の上空で繰り広げられた見事なショーについて熱く語り合っていた。
「何という見事な飛行だったでしょう。私、見とれてしまいましたわ」
「私もそうでしたわ。気が付いたらあっという間に時間が過ぎていましたの」
「いやあ、それにしても流石はドラゴンですな。実の所、最初は、本当にあんなに大きな体で空が飛べるものなのか? ひょっとして我々はかつがれているのではないのか? などと疑っていたのですよ」
「はっはっは。それは私も同じですよ。しかし、悠々と大空を舞うドラゴンの姿には感動致しました。正に大空の覇者といった風格でしたな」
「左様左様。良いものを見させて頂きました。近衛の隊長には、少々気の毒な結果になりましたが」
彼らはハヤテに撃墜された儀仗兵隊長の姿を思い出して苦笑を浮かべた。
来客の中には、「私の飼っている鷹の方が飛ぶのが上手い」などと言う者もいたが、そのような目立ちたがり屋は、周囲からロクに相手にされていなかった。
突然開催されたハヤテの航空ショーは、概ね来客達の好評を博したようだ。
こうして城の大広間はハヤテの話題ですっかり持ちきりになっていた。
そんなパーティー会場の中、会話に加わらず、沈黙を守り続ける一団があった。
完全に周囲から浮いているこの一団。
この場にいるという事は、彼らも貴族の子弟なのだろうか?
十人程の若い男子だ。年齢で言えば高校生から大学生くらい。
白い肌。スラリと伸びた手足に整った容姿。
着飾った服と相まって、全員、どこか他の国の王子と言っても通りそうな雰囲気である。
もし、ハヤテがこの場にいれば、「何、あの乙女ゲームから抜け出したようなイケメン集団?!」などと言ったかもしれない。
そんな乙女ゲー男子(?)の一人。
服を着崩した、ワイルドな感じの少年が苛立ちに眉間にしわを寄せた。
「・・・遅い。ナカジマ殿はいつ現れるんだ」
流行りの髪型の、どこか遊び慣れしたような乙女ゲー男子が、あざけるように鼻を鳴らした。
「やれやれ、気が短い男だね君は。そんなに余裕がなくては女性の心を射止める事など出来はしないよ?」
ワイルド系乙女ゲー男子の眉がキリリと吊り上がる。
「テメエ、調子に乗ってんじゃねえぞ。考えてみりゃここでバカみてえに雁首並べて待ってる理由はねえんだよな。ライバルは少ない方がいいに決まってんだからよ」
彼が一歩前に出ようとした所を、大人びた雰囲気の長髪の乙女ゲー男子が遮った。
「止めたまえ。我々は本家から直々に命じられてこのパーティーに参加しているのだ。ここで君達に問題を起こされて台無しにされては迷惑だ」
眠そうな目をした、少し暗そうな乙女ゲー男子がポツリと呟いた。
「・・・止めなきゃ良かったのに」
小柄な少年系乙女ゲー男子が「そー、そー」と相槌をうった。
「ナカジマ家の当主だっけ? その子もこれだけ人数がいたら目移りしちゃうと思うよ。なんなら今のうちに二~三人減らしといた方がいいんじゃない?」
「だったら先ずはテメエから減らしてやろうか?」
「ああん? やれるもんならやってみろっての! ――あ、ウソウソ、今のは冗談。みんな仲良く、ね?」
ワイルド系乙女ゲー男子に睨まれて、少年系乙女ゲー男子はそそくさと大柄な少年の背後に――真面目そうな体育会系乙女ゲー男子の背後に――隠れた。
大人びた系乙女ゲー男子がワイルド系乙女ゲー男子の肩を掴んだ。
「止めろと言っているだろう。つまらんいざこざで、本家の――三侯ラザルチカ侯爵家の名を汚すつもりか」
「・・・ちっ」
ワイルド系乙女ゲー男子といえども、三侯の名を出されては引き下がらざるを得ないようだ。
青年は渋々、大人びた系乙女ゲー男子の言葉に従った。
彼ら乙女ゲー男子達は三侯、ラザルチカ侯ハベルの送り込んだ恋の刺客達。
ティトゥのハートを射止めるために集められた男子達である。
ハベルはティトゥを自らの派閥に取り込むために――引いては第二王子カシウスの覚えを良くするために――彼女のお見合い相手として、派閥の貴族家から未婚の男子を集めさせたのである。
彼らはその中でも選りすぐりのイケメン男子達。
ティトゥの男性の好みが分からないため、様々な要求に答えるべく、タイプの異なる男子を集めた結果、十人近い大人数になってしまったようだ。
正に乙女ゲームさながらである。
「そ、それにしてもナカジマ様は遅いですね」
気弱そうな小動物系乙女ゲー男子が入り口を見ながら呟いた。
少し影があるクール系乙女ゲー男子が小さくかぶりを振った。
「せっかく本家が俺達を無理やりこの会場にねじ込んだというのに、相手の女が来ないんじゃどうしようもない。――まあ、俺は行けと言われたから仕方なく来ただけで、相手が来ようが来まいが別にどちらでも構わないんだが」
「あーはいはい。そういうのいいから」
「そうそう。『実は来たくなかった~』とか、『俺は迷惑してる~』アピとか、ウザイだけなんで」
「う、ウザイだと?! 何を言う! あ、アピールとか、そんな訳ないだろうが!」
少年系乙女ゲー男子と遊び慣れ系乙女ゲー男子のツッコミを、クール系乙女ゲー男子は真っ赤になって否定した。
妙に焦っている所を見ると、案外、本気で図星を突かれたのかもしれない。
今まで黙っていた体育会系乙女ゲー男子が重い口を開いた。
「・・・そいつが言ったように、俺達、宮廷貴族の新年式は昨日。今日は領主貴族達が呼ばれる式典だ。俺達がこの場にいるのは異例の事。この特例を得るために、本家はかなり無理をしたと聞いている。それだけ本家は本気――俺達に期待を掛けているという事だ。もし、その期待を俺達のミスで裏切ればどうなるか。・・・いつまでもふざけている場合ではないと思うが?」
この指摘に、全員がハッと顔をこわばらせた。
誰かの喉が緊張でゴクリと鳴る。
黙り込んだ男子達を、大人びた系乙女ゲー男子が見回した。
「その通りだ。我々は各自の家の威信、そしてラザルチカ侯爵家の期待を背負ってこの場に立っている。それを忘れてはならない」
乙女ゲー男子達は神妙な面持ちで頷いた。
「そうだな。誰がナカジマ殿の相手に選ばれても恨みっこなしだ」
「ああ。とはいえ、君らがいくら頑張っても、ナカジマ殿のハートを射止めるのはこの僕に決まっているけどね」
「何が決まってるだ。俺がナカジマ殿なら、お前なんて絶対に選ばないっての」
「――お前だけはない」
「悪趣味」
「そうかそうか。今のうちに負け惜しみを言っておくがいい。いずれ僕に負けたショックで口もきけなくなるだろうからね」
どうやら緊張感も長くはもたないらしい。
大人びた系乙女ゲー男子は思わず天を仰いだ。
「全く、コイツらは・・・。まあいい。私がナカジマ殿をきちんとエスコートすればいいだけの事だ。それはそうと――」
彼は大広間の入り口に振り返った。
「本当に遅いな、ナカジマ殿は。一体何をやっているんだろうか?」
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来客達のいなくなった中庭で、僕はティトゥから操縦席を掃除される事になった。
当然、お城の使用人達は、『そ、そのような事は我々で致しますので!』と恐縮したが、ティトゥはガンとして譲らなかった。
『ハヤテはパートナーである私にしか体を触らせませんの!』
いや、全然そんな事ないから。全部君の脳内設定だから。
『ソンナコト――』
『ハヤテ!』
『――ナイ、アルヨ』
慌てて緊急回避したので、語尾が怪しい中国人キャラみたいになってしまった。
ないのかあるのか、どっちなんだい。
ティトゥは汚れてもいい服に着替えるために一度部屋に戻った。
待つ事しばらく。彼女はメイド少女カーチャを連れて戻って来た。
「ギャウー! ギャウー!(パパ! パパ!)」
「ギャーウ?(あれ? 何か変な匂いがするよ?)」
それとリトルドラゴンのファル子とハヤブサ。
ファル子はバサバサと翼をはためかせると、一直線に僕の操縦席に飛び込んだ。
「ギャウ!(臭い!)」
そして慌てて飛び出した。
「ギャウー! ギャウー!(ママ! パパが臭い! ものすごく臭い!)」
僕は娘にものすごく臭いと言われて、自分でも意外なほどショックを受けた。
メイド少女カーチャはいたわりの目で僕を見上げた。
『ハヤテ様、大丈夫です。ファルコ様は、決してハヤテ様が臭いと言っている訳じゃありませんから。いえ、匂いの原因を作ったのもハヤテ様なんですが』
ちょっとカーチャ。君は僕を慰めようとしているのかい? それとも、更に追い討ちを掛けようとしているのかい?
『ハイハイ。それでは掃除を始めますわ。道具はこれを使えばいいんですわね?』
『はい。それとお湯を沸かしておきました』
儀仗兵の騎士達が、城から湯気の立つ桶を運び込んでいる。
冬に外で水仕事をするのは辛いだろうとの気遣いだろう。
彼らが微妙に気まずそうな顔をしているのは、自分達の隊長の尻拭いをティトゥに押し付ける形になってしまったからに違いない。
『じゃあカーチャ。やってしまいましょうか』
『はい』
ティトゥとカーチャは協力して操縦席の掃除を始めた。
毎度毎度申し訳ない。
「ごめんね、ティトゥ」
『もう何度も謝って貰ったからいいですわ。次からは気を付けて頂戴な』
ティトゥは石鹸を操縦席の床に撒くと、ブラシでゴシゴシと擦った。
操縦席の掃除はティトゥが納得いくまで行われ、それが終わると、今度は胴体や翼の上の掃除も行われた。
隊長さんを降ろす時にあちこち当たって汚れているからね。僕としては、綺麗にして貰えるなら当然嬉しい。
けど、さっき呼び出し係の人は、式典の参加者達には大広間にお昼ご飯が用意してあると言っていたよね。
いつまでも僕の掃除をしていて大丈夫?
『ご飯ならさっき部屋で食べて来ましたわ』
僕はティトゥがお腹を空かせているのではないか、と心配したのだが、どうやら彼女は部屋に着替えに戻った時、食事も一緒に済ませていたようだ。
いつの間に。だったらいい、のか?
『そういえば寒くなってから、ハヤテ様のブラッシングを一度もしていませんね』
『確かにそうですわね。今日はお湯も用意してくれている事ですし、折角なので、一通り綺麗にしてしまいましょう』
どうやらティトゥとカーチャも二日間、部屋に閉じ込められっぱなしでストレスが溜まっていたようだ。
僕の掃除で体を動かしているうちに、興が乗って来たらしい。
こうして僕の掃除は時々休憩を挟みながら、日が西に傾くまで――広間でのパーティーが終わるまで続いたのであった。
次回「パレードの裏で」