その21 ドキドキ絶叫ツアーへようこそ【聖国王城編】
第二王子カシウスは壇上から冷たい目でジッと見下ろしていた。
その顔からは感情が消えていて、何を考えているのか分からない。
ティトゥは彼が、しかも直接招待した客である。
今の兄の――エルヴィン第一王子の行動は、自分の招いた客を横から奪う行為とも言える。
当然、面白いはずはない。
そういった事情を知っている参加者達は、固唾をのんで事の成り行きを見守っていた。
長い時間――実際はほんの数秒だったかもしれないけど――が過ぎた。
カシウス王子は視線を切ると呼び出し係の男に振り返った。
『――何をしている』
『は? な、何を、でございますか?』
『式典は終わったのだろう? 先程お前はそう言ったはずだ。次の指示はどうした? なぜいつまでも黙ったままでいる』
『え? ・・・あ、は、はい! 大変失礼いたしました! 国王陛下と王家の皆様は別室にてお食事を。参加者達の皆様は城の大広間に食事の用意をしておりますので、そちらまで移動して頂きます』
『そうか。――では陛下』
『・・・うむ』
国王クレメンテはカシウス王子に促されて立ち上がった。
来客者は慌てて片膝をついて王家の皆さんの退場を見送る。
最後尾のマリエッタ王女が、心配そうにこちらを振り返りながら王城の中に消えると、ようやく会場に張り詰めていた空気が緩んだ。
『それでナカジマ殿。ハヤテには乗せて貰えるのかな?』
エルヴィン王子が嬉しそうにティトゥに尋ねた。
来客者達が驚いて振り返る。
えっ? あなたまだいたんですか?
てっきり、家族と一緒に退場したのかと思っていたよ。
『エルヴィン殿下、お待ち下さい!』
儀仗兵達が慌てて割って入る。
『ドラゴンに乗るなど、そのような危険なマネはお止めください!』
『ハヤテには以前、妹達も乗った事があるそうじゃないか。お前が言うような危険はなかったと思うのだが?』
『それでもです! どうしてもとおっしゃられるなら、我々の命に替えてでもお止めしてみせます!』
う~ん。個人的には隊長らしき彼の方に同情しちゃうかな。
隊長は相手が王子であるにもかかわらず、いかつい顔を真っ赤にしながらガンとして譲らない。
王家を守る騎士としての職業意識の強さか、それとも見た目通りの頑固者なのか。
多分、どっちもかな?
◇◇◇◇◇◇◇◇
エルヴィン王子と儀仗兵達のやり取りを冷めた目で見ている者がいた。
来客の一人。三伯ビブラ伯爵家当主、クレトスである。
年齢は二十五歳。キッチリと固められた髪に切れ長で知的な目。整った顔立ちと引き締まった細身の体も相まって、しなやかなネコ科の獣、といった印象を受ける。
「・・・何という茶番だ」
「旦那様?」
妻が不思議そうな顔で振り返った。
クレトスは「何でもない」とかぶりを振った。
(王城は想像以上に第二王子カシウスの派閥が幅を利かせているらしい)
王城で権勢をふるう三つの侯爵家。
そのうち、アレリャーノ侯爵家は現宰相として。残るオルバーニ侯爵家とラザルチカ侯爵家は、第二王子カシウスの派閥の二大巨頭を築いている。
(オルバーニ侯爵家は騎士団に強い影響力を持っていると聞く。あの隊長もおそらくオルバーニ侯爵家の縁者なのだろう)
ティトゥとハヤテ、二人の竜 騎 士を招いたのは第二王子カシウスである。
それが何を目的としたものなのかは分からないが、今のエルヴィン王子の行動は、カシウス王子の面子を潰す行為になりかねない。
何の事はない。隊長は本心からエルヴィン王子を危険から守りたい訳ではない。それを口実にして、オルバーニ侯爵家に――ひいては派閥のトップのカシウス王子に胡麻をすっているだけなのである。
(あの男にとって、エルヴィン殿下がドラゴンに近付く事すら看過出来ないのだろうよ。
それにもしも本当にドラゴンが危険な生き物ならば、あの男は殿下を止めるどころか、黙って行かせたに違いない。殿下が死ねば、彼らの派閥のトップ、カシウスが継承権第一位となるのだ。
「自分はお止めしたのに殿下が聞き入れなかった」そう証言すればオルバーニ侯爵家が証人として守ってくれるだろうしな)
つまり目の前で行われているのは、危険な事を行おうとしている主人と、体を張って主人を諫めようとしている忠臣とのやり取り――ではない。
勿論、騎士達に王家に対する忠誠心が無い訳ではないだろうが、彼らにとって本当に大切なのは自分達の利益。ひいてはオルバーニ侯爵家の利益であって、エルヴィン王子を止めようとしているのは、王子の行動が侯爵家の意向にそぐわない可能性があるからなのだ。
なる程。先程クレトスが、思わず「何という茶番だ」と呟いてしまった訳である。
(王城はここまで三侯に支配されてしまっているか。力を増す三侯に対し、我々三伯はどうだ。コルベジーク伯もレンドン伯も領地が上手くいっていない。現状維持をしているのはウチくらいか)
三伯とは、元々、中央の三侯に対しての地方の三伯、という意味合いでそう呼ばれている。つまりは三侯と三伯は政治的に対立する立場にあるのだ。
だが、ここまで三侯の力が一方的に増している今、これまで通り彼らに対抗姿勢を見せていてもいいのだろうか?
(これは本気で身の振り方を考えなければならない時期に来ているのかもしれんな)
その時、客達が一斉に動き始めた。
考えに沈み込んでいたクレトスは、状況の変化に付いて行けずに慌てて周囲を見回したのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
地上ではエルヴィン王子が羨ましそうにこちらを見上げている。
『ではこの安全バンドで体を固定して下さいまし』
『う、うむ。こ、これで良いのか?』
そしておっかなびっくりといった様子で操縦席に座っているのは、儀仗兵の隊長さん。
ティトゥは彼の体を安全バンドで固定すると、軽く風防を叩いた。
『いいですわよ、ハヤテ』
「了~解」
『おわっ! と、閉じ込められた?! お、おい、本当に大丈夫なのか?!』
風防を閉めると、隊長さんは情けない声をあげた。
いや、君、ビビリ過ぎだって。さっきまでの男らしい姿はどこに行っちゃったのさ。
ティトゥが主翼の上からヒラリと降りる。
『前、離れー! ですわ』
ティトゥの声に、こちらの様子を見上げていた来客達が慌てて壁際まで下がった。
『さあ、殿下も離れて下さいまし』
『分かっている。安全が確認出来たら、次は私を乗せて飛んで貰うよ。約束だからね』
エルヴィン王子はティトゥに念を押すのを忘れない。
僕に乗ってみたい王子と、危ないからとそれを許さない隊長さん。二人の争いは平行線を辿っていた。
いつまでも続く言い争いにうんざりしたエルヴィン王子は、ティトゥの意見を求めた。
『ナカジマ殿。彼にあなたのドラゴンが安全だと認めさせたいのだが、どうすればいいと思う?』
『そ、そうですわね・・・』
ティトゥは顎に指をあてて少し考え込んだ。
『でしたら隊長がご自身で確認したらよろしいのではないでしょうか?』
『私自身でですと? 一体どのように?』
『ああ、そうか。確かにその手があるね』
こうして僕は隊長さんを乗せて、城の周囲を軽く飛んで見せてみる事になったのだった。
そうと決まれば善は急げ。みんなお昼ご飯を抜いて待ってくれているのだ。
城の使用人達が総出で滑走路を開けてくれた。――と言っても、中庭から暖気取りの壺を片付けただけなんだけど。
ステージを片付けるような時間は流石に取れなかったからね。まあ、注意して着陸すれば大丈夫だろう。
「エナーシャ回せ! エンジン点火!」
グオン! ババババババ
『おおっ! 羽根が回り始めたぞ!』
『なんてスゴイ唸り声だ!』
観客達から歓声が上がる。
『ひっ、ひっ、ひっ・・・』
そして顔面蒼白で死にそうな顔の隊長さん。
いや、ホント。そんなに怖いなら、無理せずに断れば良かったのに。
「じゃあ行きますよ~。離陸準備よーし。離陸」
グオオオオオオオ・・・・
エンジンがブーストされると僕は中庭を疾走。
『た、た、助けてくれえええええええええええええ』
隊長さんの悲鳴を後に引きながら、新年初フライトへと飛び立ったのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ヴーン、ヴーンと、低い唸り声が天から響いて来る。
四式戦闘機、疾風の飛行音である。
「おー、スゴイ。本当に飛んでいますぞ」
「あんな大きな体で空を飛ぶなんて信じられん。流石はドラゴン。驚くべき生き物ですな」
来客達は空を見上げながら感心している。
彼らの率直な賛辞は、ティトゥの自尊心を激しく刺激した。
ティトゥは満足そうに大きな笑みを浮かべると、エルヴィン王子の方へと振り返った。
王子は王城の周囲をグルグルと回るハヤテを目で追いながら、自分の番が来るのを今か今かと待ちわびていた。
ティトゥはそんな王子の姿に好感を持った。
(同じ聖国の王子でも、カシウス殿下とは大違いですわ)
ティトゥは、壇上から冷めた目でこちらを見下ろす第二王子カシウスの姿を思い出した。
彼は「ドラゴンなどまるで興味がない」とでも言いたげな態度で、この中庭から去って行った。
ティトゥは自身が相手から無視されるのは構わない。しかし、わざわざ招待しておきながら、カシウス王子がハヤテの事を冷遇しているのは我慢がならなかった。
カシウス王子に対し、モヤモヤとした感情を溜め込んでいたティトゥは、エルヴィン王子の嬉しそうな声にハッと顔を上げた。
「おおっ! 正に天を突く勢いじゃないか! スゴイぞ! 一体どこまで登って行くつもりなんだ!」
ティトゥが慌てて空を見上げると、ハヤテは機首を上に、一直線に駆け上がって行く所だった。
彼女はハヤテのこの動きに見覚えがあった。
というよりも、今までに何度も見て来た。
ある時は王都へと向かう旅の途中で。またある時はナカジマ領になったばかりの頃のコノ村で。そして屋敷の料理人ベアータの実家の町で。そしてチェルヌィフの砂漠の町で。そして王都の貴族街で。
いや。しかし、そんな事はあり得ない。
この飛行はハヤテの安全を確認するためのものであり、王城の周りをグルグルと回るだけだったはずである。
「えっ? ウソですわよね。ハヤテ、あなたまさか・・・」
そう。そのまさか。
ハヤテはフラリと機体を揺らすと、機首を真下に――地面へと向けた。
これから何が始まるか知らない観客達は、のん気に空を見上げている。
そんな中、ティトゥだけは信じられない物を見る目でハヤテの姿を見つめるのだった。
次回「撃墜王ハヤテ」