その20 式典の開始
遂に始まった新年式(三日目)in王城中庭。
僕から一番遠い場所にはちょっとした広さのステージが作られ、肘掛けの付いた立派なイスが置かれている。
おそらくあそこに国王が座るのだろう。
城の中庭には、数日前には無かった壺がいくつも置かれている。
ご存知、聖国陶器――ではなく、白い素焼きの壺である。
来客達がその周りに集められている事から、暖気取りのために置かれているものと思われる。
きっとあの壺の中で火が焚かれているんだろう。
パッと見、煙が出ているようには見えないから、多分、燃料は木炭じゃないだろうか?
要はアレだ。あの壺は巨大な七輪という訳だ。
後で知った事だが、石造りの城中は広くて冷え込むので、冬場は所々にこういった壺が置かれているそうだ。
来客者の数は数十人。多分、百人には届いていないだろう。
多いような少ないような・・・何とも判断が付きかねる人数だ。
彼らの前にはピカピカの鎧を着た騎士達が、綺麗に隊列を整えてズラリと並んでいる。
聖国王城の儀仗兵である。
その時、軍楽隊の奏でるファンファーレが鳴り響いた。
こういう儀式の場には音楽が付き物、というセオリーは、地球でも異世界でも変わらないらしい。
『ランピーニ聖国国王、クレメンテ・フィリップ・ランピーニ陛下、おなーりー』
呼び出し係の声に続いて、騎士達が一斉に踵を打ち鳴らす。
会場の来客達は片膝を付いて首を垂れた。
ていうか、ランピーニ聖国の国王はクレメンテって言うんだ。初めて知ったよ。
ちなみにクレメンテ・フィリップ・ランピーニの”フィリップ”の部分は先代国王の名前だそうだ。
この国では、国王は王位に就いた時、先代国王の名前を頂くらしい。
つまり、第一王子エルヴィンが王位を継いだ暁には、彼はエルヴィン・クレメンテ・ランピーニと名乗る事になる訳だ。
呼び出し係の人が困った顔で僕を見ている。
あれは「ドラゴンだけ首を下げないんだけどどうしよう」と思っている顔だな。
まあ、駐機中のレシプロ機の姿は、見ようによっては偉そうにふんぞり返っているようにも見えるかもね。
でもゴメン。僕は機体の構造上、機首を下には出来ないんだよ。
結局、彼は僕の事は忘れる事にしたようだ。
ホント、申し訳ない。
軍楽隊の音楽が鳴り響く中、案内役の男に続いて白髭の男が現れた。
この人が聖国国王か。
現宰相夫人のカサンドラさんは確かアラサーだったと思うから、彼女の父親である国王はおそらく五十歳前後だろう。
ドーランと言うのかな? 白粉を塗られて真っ白な顔。女性のように長く伸ばした髪。豊かな白い髭。
見るからにみんなが王様と聞いて想像するような王様、と言って通じるだろうか?
語彙が死んでてゴメン。
国王に続いて現れたのは、この国の王妃達四人。
最初に現れたのは、宰相夫人カサンドラさんがそのまま年を取ったような派手な印象の女性。おそらく彼女が第一王妃だろう。
次いで線が細くてどこか儚い感じのする女性。こちらは第二王妃か。
そして地味だけどどこか存在感のある女性が続き、最後に若くて可愛らしい感じのする女性が続く。
この二人が第三王妃と第四王妃に違いない。
王妃達に続くのはこの国の三人の王子達。
最初は僕達が到着した時に出迎えてくれた第一王子のエルヴィン。
彼の後ろを歩いている、真面目な体育会系男子、といった雰囲気の青年は、ティトゥをこの新年式に招いたカシウス第二王子。だと思う。
二人はそれぞれ奥さんらしき若い女性を連れている。
そして二人から一回り程歳の離れた中学生くらいの少年。彼が第三王子なのだろう。こちらは流石にまだ独身のようだ。
いかにもショタ好きのお姉さんに人気が出そうな、小動物系の少年である。
三人の王子達の後にはすっかりお馴染みのこの国の王女達が続く。
先頭を歩くのは、この夏にミロスラフ国王との婚約が発表されたばかりのパロマ第六王女。
次いで、初めて会った時にはパロマ王女と瓜二つの恰好をしていたラミラ第七王女。
最後は有名な吊るし首の姫「ジロリ!」――ゲフンゲフン。ええと、僕のもう一人の契約者、マリエッタ王女である。
彼らがランピーニ聖国のロイヤルファミリーとなる。
王女達の姉、宰相夫人カサンドラさん達は、結婚して今は王家から抜けているため――つまりは継承権を放棄しているため――ここには含まれないそうだ。
継承権で言えば国王の兄弟達(何人いるのかも知らないけど)も入るのだろうが、あくまでも現在、王城に住んでいる王家の一族と言えば彼らだけになる。
王家の面々が壇上に上がると、国王が・・・ええと、確かクレメンテ国王だっけ? クレメンテ国王が一歩前に出た。
『皆の者、本日はよく集まってくれた』
国王の声はマイクもないのに良く通った。
『昨今の大陸を取り巻く不穏な情勢の中、こうして災禍なく新年を迎えられた事を誠に喜ばしく思う。
これもひとえにこの地に眠る先祖代々の御霊が我らを見守ってくれているがため。そして今を生きる諸君達が不変の努力を絶やさず、この国のために尽くしてくれているからに他ならない』
クレメンテ国王はカンペを見る事もなく、滔々と新年の挨拶を読み上げていった。
流石は一国の王。演説もお手の物のようである。
いやまあ、我ながらこんな事で感心するのもどうかと思うけど。
こうして国王陛下の有難いお言葉を全員で傾聴することしばし。
国王は『以上である』と演説を締めくくると肘掛け椅子に座った。
『国王陛下のお言葉は以上となります』
呼び出し係の声に、来客達は立ち上がると一斉に拍手をした。
僕もお気持ちだけでも参加しておこうかな。パチパチパチ。
『次にアマランタ王妃殿下よりのお言葉を賜ります』
いや、まだ続くのかよ。
偉い人達の話は長い。
そんな当たり前の事を、僕は四式戦闘機に転生した事ですっかり忘れていたようだ。
来客達にとっては、自分達の国の王族の尊顔を拝し、玉声を聞く事の出来る有難いイベントなのかもしれないけど、ぶっちゃけ僕にとってはロクに知らない外国のお偉いさんだからなあ。なんなら国王の名前すら、今日初めて聞いたくらいだし。
まあ、この場にいる人間の中で、こんな事を考えているのは僕くらいだろうけど。
あ、もう一人いたわ。
ティトゥが退屈そうにしながら欠伸を噛み殺してる。
それに気づいたマリエッタ王女が申し訳なさそうな顔になった。
この直後、マリエッタ王女も挨拶をしたが、他の人達に比べると妙に短かったように感じたのは、決して僕の気のせいではないだろう。
次は来客の中から代表者達が壇上に上がって祝辞を述べた。
なんでも三伯とかいう偉い人達らしい。
三侯といい三伯といい、聖国は三という数字に何か特別なこだわりでもあるんだろうか? ――と思ったら、三つの侯爵家と対になる形で、伯爵家の中でも特に力の強い家が、順に上から三つそう呼ばれているんだそうだ。
つまりはアレだ。「伯爵家だからって侯爵家に負けてなるものか」みたいな感じかな?
それが終わった後は、宰相が現れ、簡単な連絡が行われた。いや、連絡というよりは所信表明? いや、どっちかと言えば社内スローガンの告知?
まあ、そんな感じの話が宰相から報告された。
その後はあれやこれやあって、お昼もすっかり回った所でようやく式典も終わりとなった。
いやあ、長かったよ。
ぶっちゃけ、ほとんどの時間は偉い人達の話を聞いていただけだったし。
なる程、これはティトゥが嫌がる訳だ。
ていうか、コレ、僕が参加する意味なかったよね。
一体なんでこんな事になったのやら。
などと判断するのはまだ早かったようである。
『これにて式典を終わります。国王陛下と王家の皆様は別室にて――』
『ちょっと待って貰っていいかな』
呼び出し係の言葉を涼しげな声が遮った。
声の主はエルヴィン第一王子だった。
彼は壇上を降りると、来客者達の方へと向かった。
王子の予想外の行動に、儀仗兵達がギョッと目を剥く。
安全のため彼を止めるべきか、持ち場を離れていいものか。
彼らが葛藤している僅かな時間に、王子は目的の相手の前に到達していた。
『ナカジマ殿。構わないかな』
『あひゃっ?』
緊張のあまり変な声を出したのは、僕のパートナー。
ティトゥ・ナカジマであった。
『ナカジマ殿。私をハヤテに乗せて貰えないかな?』
『は、ハヤテにですの?』
エルヴィン王子の言葉は意外なものだった。
会場に大きなざわめきが広がる。
ここでようやく儀仗兵達が動き出した。
『え、エルヴィン殿下! 元の場所にお戻り下さい!』
『そうですぞ、殿下! 安全のため我らの指示に従って下さい!』
彼らはエルヴィン王子を取り囲むように集まった、が、流石に王子の体に直接触れる訳にはいかないようだ。
周囲の客達を王子から遠ざけるだけにとどまっていた。
『さあ、あなたはこちらに。殿下から離れて』
騎士の一人がティトゥの腕を取った。
『待て。私はナカジマ殿と話をしているのだ。勝手に連れて行く事は許さん』
『はっ! あ、し、しかし・・・』
騎士はしどろもどろになりながら、隊長らしき年かさの騎士に振り返った。
『殿下。ご無理をおっしゃられませんように。我らには王家の方々をお守りする役目がございますれば』
『君達の仕事を邪魔するつもりはないよ。私はナカジマ殿に話をしているだけだからね』
エルヴィン王子は再びティトゥに向き直った。
『それでどうかな? ナカジマ殿。私は一度ハヤテに――ドラゴンというものに乗ってみたいのだが?』
どうやらエルヴィン王子は本当に僕に乗ってみたいだけのようだ。
彼の表情や声音からは、純粋に好奇心や憧れのような物が感じられた。
来客者達から驚きと戸惑いの声が上がった。
『ドラゴンに乗るですって?! なんて、恐ろしい!』
『いや、しかし、そんな事をして構わないのか?』
何人かがチラリと壇上を振り返った。彼らの視線の先にいるのは赤毛の青年。
この国の第二王子カシウスである。
彼らは、僕達を招待したのがカシウス王子だと知っているのだ。
カシウス王子は壇上から冷たい目で兄を――第一王子エルヴィンを見下ろした。
次回「ドキドキ絶叫ツアーへようこそ【聖国王城編】」