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その18 史上初の参加者

◇◇◇◇◇◇◇◇


 新年も明けて三日目の朝。

 レンドン伯爵は妻子を連れ、聖国王城へと登城する馬車の中にいた。


「王城の中庭での開催とは・・・王家の気まぐれというのであれば良いのだが・・・」


 聖国王家の主催する新年会。

 その三日目は、王城の三侯を除く、彼ら領主貴族達が国王に謁見する日となっている。

 しかし今年に限っては、なぜか城の中庭で――つまりは屋外で行われる事になっていた。

 この報せが届いたのは、今から二日前の元日の事。どうやら決定自体が直前に決まったらしく、使者も慌てている様子だった。

 レンドン伯爵は三十代後半。長男となる息子は今年二十歳。

 二人共、領地で騎士団の指揮を取る事もあって、体は良く鍛えられている。

 しかし、夫人はそうはいかない。今日は外で行われる長時間の式典とあって、いつもより厚着をして寒さに備えていた。

 伯爵の呟きに、長男パトリチェフが答えた。


「そうですね。それとも何か謁見の間が使えないような事が起きたのでしょうか?」


 例年であれば、三日目の式典は謁見の間で行われる。

 急に中庭で行う事が決まったという事は、そこでは出来なくなったから。

 そうパトリチェフが考えたのも自然だろう。

 しかし、伯爵はかぶりを振った。


「分からん。もし、そうならばいいが、三侯の意向――特にオルバーニ侯あたりの考えが入っている可能性もある」

「オルバーニ侯が?! 父上はオルバーニ侯がエルヴィン殿下を貶めるために、策を弄したとお考えなのですか!?」


 元々、直情的な性格なのだろう。パトリチェフの顔が怒りでサッと朱に染まった。


「うむ。近頃、王城では三侯の専横が甚だしいと聞いている。中でもカシウス殿下を擁するオルバーニ侯の権勢は飛ぶ鳥を落とす勢いだそうだ。昨年、海賊騒ぎが終わった時に、真っ先に復興したのがアラーニャの港町だった。それにより、アラーニャを治めるオルバーニ候の権威が一気に増大してしまった。どうやらそれが原因のようだ」

「それは・・・レンドン(ウチ)は海賊から受けた被害が大きすぎたから・・・」


 アラーニャは、聖国最大の港町である。

 伯爵の治めるレンドンはアラーニャに次ぐ第二の港町。東のアラーニャあれば、西にレンドンあり、と言われる程の大きな港町である。

 昨年の春から夏にかけて、聖国近海を多くの海賊組織が荒らし回った。

 そしてその被害は、聖国王都から近いアラーニャよりも、海軍騎士団の目が届きにくいレンドンの方が大きかった。

 あれからもう一年以上。ようやくレンドンの町も受けた傷が癒えつつあった。


「本来であれば、我がレンドン伯爵家が三侯を向こうに回し、エルヴィン殿下をお支えせねばならないというのに、今の領地の状況ではそれもままならん。不甲斐ない事だ」


 レンドン伯爵は悔しそうに顔を歪めた。

 第一王子エルヴィンの母、ツェナレ王妃は伯爵の姉である。

 つまりエルヴィン王子は伯爵にとっての甥にあたる。

 それを考えれば、自分達こそが甥の最大の後ろ盾とならなければならない。それなのに、今やすっかりライバルである第二王子派に水をあけられている。

 こちらに非がない事とはいえ、伯爵が忸怩たる思いを抱えるのも当然であった。

 伯爵の妻が二人の会話に加わった。


「コルベジーク伯やビブラ伯はどうなのかしら? ウチが厳しい時だからこそ、あの方達が殿下のお力になって下さればいいのだけれど」

「コルベジーク伯にビブラ伯か。・・・どうだろうな」


 レンドン伯爵の表情は冴えなかった。


「コルベジーク伯爵家は、今の当主に変わってから上手くいっていないようだ。どうやら先代と先々代の仲がこじれているらしい。

 ビブラ伯爵家は――あそこは元々、あまりウチには協力的ではないからな。三伯から王家に王妃を出す際、ウチとあそこで候補者を出し合い、最終的に姉が王妃として選ばれた。おかげで恨まれている、とまではいかないが、しばらく気まずい関係にあったのは事実だ」

「ならあまり頼れませんわね」

「うむ・・・。この大事な時に、我ら三伯が殿下のお力になれないとは歯がゆい限りだ」


 三伯とは、レンドン伯爵家、ビブラ伯爵家、コルベジーク伯爵家の三つの伯爵家の事を言う。

 これは王城の宮廷貴族である三侯の対になる形での、領主貴族代表の三伯、という意味でそう呼ばれている。

 決して、聖国にはこの三つの伯爵家しかない、という訳ではない。

 ザックリ言えば、王家側の代表が三侯。地方領主側の代表が三伯。と考えておけばいいだろう。

 レンドン伯爵の息子、パトリチェフは悔しそうに呟いた。


「私が何事もなくレンドン伯爵家の跡を継げていれば、今頃、父上は聖王都に残って殿下をお支え出来ていたものを」

「・・・海賊共め。後々まで祟ってくれる」


 伯爵の苦々しげな言葉を最後に、馬車内の会話は途絶えた。

 気まずい空気の中、レンドン伯爵家の馬車は聖国の王城へと入って行ったのであった。




 馬車を降りたレンドン伯爵達は、王城の騎士達によって控えの間へと案内された。

 そこで待たされる事、約一時間。

 ようやく案内の者がやって来た。

 伯爵達は預けていた上着を受け取ると、新年式の行われる中庭へと向かった。

 そこで彼らは、同じように会場へと向かっている一団と遭遇した。


「これはこれはレンドン伯爵。変わりはないようだな」


 ガッシリとした体つきの、武人然としたヒゲの中年男性が、伯爵に声を掛けた。


「コルベジーク伯爵も元気そうで何よりだ」


 ヒゲの男は三伯の一家、コルベジーク伯爵。

 二人の妻と息子がそれぞれ挨拶を交わす。


「お久しぶりですレンドン夫人」

「一年ぶりになりますわね。お変わりないご様子でなによりですわ」

「よお、ハルデン。お前、少し痩せたんじゃないか? 顔色が悪いぞ」

「うん。父上から領主を受け継いだのはいいけど、仕事が山積みで。君は元気そうで何よりだよ」


 レンドン伯爵の長男パトリチェフは、快活で感情豊かな好青年。

 コルベジーク伯爵の長男ハルデンは、人の良さそうなやや引っ込み思案な青年。

 まるでタイプの違う二人だが、歳が同じという事もあってか、二人は昔から妙に反りが合った。

 彼らは再会を喜び、互いの肩を叩き合った。


「そう言えばさっきクレトスが馬車から降りる所を見たよ。領地の方で何か問題があったのかな。何だか不機嫌そうな顔をしてたよ」

「クレトスを? てか、アイツはいつもそんな顔をしてるだろ。しかしそうか・・・クレトスに続いてお前まで領主になったんだな。なのにこの俺は・・・」


 パトリチェフは悔しそうに俯いた。

 ハルデンは友人にかける言葉が見つからず、心配そうに見詰める事しか出来なかった。

 ちなみに話に出ていたクレトスは、三伯の一家、ビブラ伯爵家の現当主である。

 年齢は二人の五歳上。

 数年前にビブラ伯爵家の当主を継ぎ、領主になっている。

 ハルデンは昨年、クレトスと同様にコルベジーク伯爵家を継ぎ、今は領主に。そして海賊騒ぎさえなければ、パトリチェフもレンドン伯爵家を継ぐ予定になっていた。

 三伯が世代交代していく中、自分だけが一人出遅れている。

 パトリチェフが悔しい思いをするのも当然と言えた。

 そんな息子の姿を見かねたのだろう。彼の父、レンドン伯爵は、話題を変えようとゴホンと咳ばらいをした。


「ゴホン。あ~、そういえば、今年の新年式は中庭で行われるのだな。その事に付いて何か聞いているか?」

「ああ。何でもこの聖国の歴史始まって以来、初の参加者を迎えるらしいな。中庭で行う事になったのはそのためだそうだ」

「なに? 聖国史上初の参加者だと?」


 予想の斜め上の答えにレンドン伯爵は思わず聞き返した。


「俺だって良く知らん。大体、何で参加者が増えただけで中庭でやらなきゃならんのだ? 意味が分からん」


 コルベジーク伯爵(正確には前当主だが)は、「聞くな」と言いたげに顔をそむけた。

 そうしてそろそろ中庭に到着しようかというその時。

 夫人達が「あら?」と不思議そうな顔で立ち止まった。


「これは一体何かしら?」

「鳥にしては不思議な形ね」


 王城の廊下は、各所に数々の名画や彫刻、それに聖国陶器の壺などが飾られ、来客者の目を楽しませている。

 二人の目に留まったのは木で出来た置物だった。

 豪華な美術品の中にポツンと一つ、明らかに場違いな質素な物体(オブジェ)だ。

 コレは一体何を表現しているのだろうか?

 全長は約40cmほど。見ようによっては大きく翼を広げた猛禽類のようにも見える。

 しかし、鳥ではない証拠に、ツルリとした表面には羽根や羽毛の類は造形されていない。

 彼らはこの摩訶不思議な置物の周りに集まると、興味深く眺めた。


「ふぅむ。これは一体何を形どったものなんだろうな?」

「粗末なものにしか見えないが、作ったのは誰だ? 王城の廊下に飾られているくらいだ。さぞ名のある作家の作品なんだろうな」

「父上、ここを。台座の所に何か彫ってあります。ええと・・・」


 ハルデンは質素な台座に付けられたプレートの文字を読んだ。


「『本人完全監修 1/24 ドラゴン・ハヤテ木製模型』」

「「「「「ドラゴン?!」」」」」


 プレートには”02/99”の通し番号(エディションナンバー)も振られていた。

 そう。パロマ王女がティトゥ主催の招宴会に参加した際、お土産で貰ったハヤテの木製模型である。

 製作したのはナカジマ領の家具職人、オレク。

 もし、彼が自分の作った木製模型が遠く海を渡り、聖国の王城に飾られていると知れば、恐れ多くてショックで寝込んでしまうかもしれない。

 彼の精神衛生上のためにも、この情報が届かない事を祈るばかりである。

 ちなみにこれをここに飾ったのはパロマ王女。

 王女はミロスラフ王国から聖国に戻って以降、姉である宰相夫人カサンドラから、厳しい花嫁修業のノルマを課されている。

 これは彼女に出来るささやかな反撃。竜 騎 士(ドラゴンライダー)に対して複雑な感情を抱く姉に対しての、せめてもの嫌がらせであった。


「信じられん。これがドラゴンの姿なのか?」

「なんとも奇妙な形をしているのね」

「本当にこんな不思議な生き物がいるのかしら?」


 伯爵達はハヤテの模型をためつすがめつ眺めた。

 彼らは知らない。今自分達が向かっている先に、ドラゴン・ハヤテ、その本人がいる事を。

 そして聖国史上初の参加者というのが、そのドラゴンであるという事も、当然のように知る由はなかったのであった。

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[良い点] この木製模型絶対後世に残って国宝指定とかされそう(笑) しかし余興でドラゴン騎乗チャレンジするものがいなければいいけど(笑)
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