その18 史上初の参加者
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新年も明けて三日目の朝。
レンドン伯爵は妻子を連れ、聖国王城へと登城する馬車の中にいた。
「王城の中庭での開催とは・・・王家の気まぐれというのであれば良いのだが・・・」
聖国王家の主催する新年会。
その三日目は、王城の三侯を除く、彼ら領主貴族達が国王に謁見する日となっている。
しかし今年に限っては、なぜか城の中庭で――つまりは屋外で行われる事になっていた。
この報せが届いたのは、今から二日前の元日の事。どうやら決定自体が直前に決まったらしく、使者も慌てている様子だった。
レンドン伯爵は三十代後半。長男となる息子は今年二十歳。
二人共、領地で騎士団の指揮を取る事もあって、体は良く鍛えられている。
しかし、夫人はそうはいかない。今日は外で行われる長時間の式典とあって、いつもより厚着をして寒さに備えていた。
伯爵の呟きに、長男パトリチェフが答えた。
「そうですね。それとも何か謁見の間が使えないような事が起きたのでしょうか?」
例年であれば、三日目の式典は謁見の間で行われる。
急に中庭で行う事が決まったという事は、そこでは出来なくなったから。
そうパトリチェフが考えたのも自然だろう。
しかし、伯爵はかぶりを振った。
「分からん。もし、そうならばいいが、三侯の意向――特にオルバーニ侯あたりの考えが入っている可能性もある」
「オルバーニ侯が?! 父上はオルバーニ侯がエルヴィン殿下を貶めるために、策を弄したとお考えなのですか!?」
元々、直情的な性格なのだろう。パトリチェフの顔が怒りでサッと朱に染まった。
「うむ。近頃、王城では三侯の専横が甚だしいと聞いている。中でもカシウス殿下を擁するオルバーニ侯の権勢は飛ぶ鳥を落とす勢いだそうだ。昨年、海賊騒ぎが終わった時に、真っ先に復興したのがアラーニャの港町だった。それにより、アラーニャを治めるオルバーニ候の権威が一気に増大してしまった。どうやらそれが原因のようだ」
「それは・・・レンドンは海賊から受けた被害が大きすぎたから・・・」
アラーニャは、聖国最大の港町である。
伯爵の治めるレンドンはアラーニャに次ぐ第二の港町。東のアラーニャあれば、西にレンドンあり、と言われる程の大きな港町である。
昨年の春から夏にかけて、聖国近海を多くの海賊組織が荒らし回った。
そしてその被害は、聖国王都から近いアラーニャよりも、海軍騎士団の目が届きにくいレンドンの方が大きかった。
あれからもう一年以上。ようやくレンドンの町も受けた傷が癒えつつあった。
「本来であれば、我がレンドン伯爵家が三侯を向こうに回し、エルヴィン殿下をお支えせねばならないというのに、今の領地の状況ではそれもままならん。不甲斐ない事だ」
レンドン伯爵は悔しそうに顔を歪めた。
第一王子エルヴィンの母、ツェナレ王妃は伯爵の姉である。
つまりエルヴィン王子は伯爵にとっての甥にあたる。
それを考えれば、自分達こそが甥の最大の後ろ盾とならなければならない。それなのに、今やすっかりライバルである第二王子派に水をあけられている。
こちらに非がない事とはいえ、伯爵が忸怩たる思いを抱えるのも当然であった。
伯爵の妻が二人の会話に加わった。
「コルベジーク伯やビブラ伯はどうなのかしら? ウチが厳しい時だからこそ、あの方達が殿下のお力になって下さればいいのだけれど」
「コルベジーク伯にビブラ伯か。・・・どうだろうな」
レンドン伯爵の表情は冴えなかった。
「コルベジーク伯爵家は、今の当主に変わってから上手くいっていないようだ。どうやら先代と先々代の仲がこじれているらしい。
ビブラ伯爵家は――あそこは元々、あまりウチには協力的ではないからな。三伯から王家に王妃を出す際、ウチとあそこで候補者を出し合い、最終的に姉が王妃として選ばれた。おかげで恨まれている、とまではいかないが、しばらく気まずい関係にあったのは事実だ」
「ならあまり頼れませんわね」
「うむ・・・。この大事な時に、我ら三伯が殿下のお力になれないとは歯がゆい限りだ」
三伯とは、レンドン伯爵家、ビブラ伯爵家、コルベジーク伯爵家の三つの伯爵家の事を言う。
これは王城の宮廷貴族である三侯の対になる形での、領主貴族代表の三伯、という意味でそう呼ばれている。
決して、聖国にはこの三つの伯爵家しかない、という訳ではない。
ザックリ言えば、王家側の代表が三侯。地方領主側の代表が三伯。と考えておけばいいだろう。
レンドン伯爵の息子、パトリチェフは悔しそうに呟いた。
「私が何事もなくレンドン伯爵家の跡を継げていれば、今頃、父上は聖王都に残って殿下をお支え出来ていたものを」
「・・・海賊共め。後々まで祟ってくれる」
伯爵の苦々しげな言葉を最後に、馬車内の会話は途絶えた。
気まずい空気の中、レンドン伯爵家の馬車は聖国の王城へと入って行ったのであった。
馬車を降りたレンドン伯爵達は、王城の騎士達によって控えの間へと案内された。
そこで待たされる事、約一時間。
ようやく案内の者がやって来た。
伯爵達は預けていた上着を受け取ると、新年式の行われる中庭へと向かった。
そこで彼らは、同じように会場へと向かっている一団と遭遇した。
「これはこれはレンドン伯爵。変わりはないようだな」
ガッシリとした体つきの、武人然としたヒゲの中年男性が、伯爵に声を掛けた。
「コルベジーク伯爵も元気そうで何よりだ」
ヒゲの男は三伯の一家、コルベジーク伯爵。
二人の妻と息子がそれぞれ挨拶を交わす。
「お久しぶりですレンドン夫人」
「一年ぶりになりますわね。お変わりないご様子でなによりですわ」
「よお、ハルデン。お前、少し痩せたんじゃないか? 顔色が悪いぞ」
「うん。父上から領主を受け継いだのはいいけど、仕事が山積みで。君は元気そうで何よりだよ」
レンドン伯爵の長男パトリチェフは、快活で感情豊かな好青年。
コルベジーク伯爵の長男ハルデンは、人の良さそうなやや引っ込み思案な青年。
まるでタイプの違う二人だが、歳が同じという事もあってか、二人は昔から妙に反りが合った。
彼らは再会を喜び、互いの肩を叩き合った。
「そう言えばさっきクレトスが馬車から降りる所を見たよ。領地の方で何か問題があったのかな。何だか不機嫌そうな顔をしてたよ」
「クレトスを? てか、アイツはいつもそんな顔をしてるだろ。しかしそうか・・・クレトスに続いてお前まで領主になったんだな。なのにこの俺は・・・」
パトリチェフは悔しそうに俯いた。
ハルデンは友人にかける言葉が見つからず、心配そうに見詰める事しか出来なかった。
ちなみに話に出ていたクレトスは、三伯の一家、ビブラ伯爵家の現当主である。
年齢は二人の五歳上。
数年前にビブラ伯爵家の当主を継ぎ、領主になっている。
ハルデンは昨年、クレトスと同様にコルベジーク伯爵家を継ぎ、今は領主に。そして海賊騒ぎさえなければ、パトリチェフもレンドン伯爵家を継ぐ予定になっていた。
三伯が世代交代していく中、自分だけが一人出遅れている。
パトリチェフが悔しい思いをするのも当然と言えた。
そんな息子の姿を見かねたのだろう。彼の父、レンドン伯爵は、話題を変えようとゴホンと咳ばらいをした。
「ゴホン。あ~、そういえば、今年の新年式は中庭で行われるのだな。その事に付いて何か聞いているか?」
「ああ。何でもこの聖国の歴史始まって以来、初の参加者を迎えるらしいな。中庭で行う事になったのはそのためだそうだ」
「なに? 聖国史上初の参加者だと?」
予想の斜め上の答えにレンドン伯爵は思わず聞き返した。
「俺だって良く知らん。大体、何で参加者が増えただけで中庭でやらなきゃならんのだ? 意味が分からん」
コルベジーク伯爵(正確には前当主だが)は、「聞くな」と言いたげに顔をそむけた。
そうしてそろそろ中庭に到着しようかというその時。
夫人達が「あら?」と不思議そうな顔で立ち止まった。
「これは一体何かしら?」
「鳥にしては不思議な形ね」
王城の廊下は、各所に数々の名画や彫刻、それに聖国陶器の壺などが飾られ、来客者の目を楽しませている。
二人の目に留まったのは木で出来た置物だった。
豪華な美術品の中にポツンと一つ、明らかに場違いな質素な物体だ。
コレは一体何を表現しているのだろうか?
全長は約40cmほど。見ようによっては大きく翼を広げた猛禽類のようにも見える。
しかし、鳥ではない証拠に、ツルリとした表面には羽根や羽毛の類は造形されていない。
彼らはこの摩訶不思議な置物の周りに集まると、興味深く眺めた。
「ふぅむ。これは一体何を形どったものなんだろうな?」
「粗末なものにしか見えないが、作ったのは誰だ? 王城の廊下に飾られているくらいだ。さぞ名のある作家の作品なんだろうな」
「父上、ここを。台座の所に何か彫ってあります。ええと・・・」
ハルデンは質素な台座に付けられたプレートの文字を読んだ。
「『本人完全監修 1/24 ドラゴン・ハヤテ木製模型』」
「「「「「ドラゴン?!」」」」」
プレートには”02/99”の通し番号も振られていた。
そう。パロマ王女がティトゥ主催の招宴会に参加した際、お土産で貰ったハヤテの木製模型である。
製作したのはナカジマ領の家具職人、オレク。
もし、彼が自分の作った木製模型が遠く海を渡り、聖国の王城に飾られていると知れば、恐れ多くてショックで寝込んでしまうかもしれない。
彼の精神衛生上のためにも、この情報が届かない事を祈るばかりである。
ちなみにこれをここに飾ったのはパロマ王女。
王女はミロスラフ王国から聖国に戻って以降、姉である宰相夫人カサンドラから、厳しい花嫁修業のノルマを課されている。
これは彼女に出来るささやかな反撃。竜 騎 士に対して複雑な感情を抱く姉に対しての、せめてもの嫌がらせであった。
「信じられん。これがドラゴンの姿なのか?」
「なんとも奇妙な形をしているのね」
「本当にこんな不思議な生き物がいるのかしら?」
伯爵達はハヤテの模型をためつすがめつ眺めた。
彼らは知らない。今自分達が向かっている先に、ドラゴン・ハヤテ、その本人がいる事を。
そして聖国史上初の参加者というのが、そのドラゴンであるという事も、当然のように知る由はなかったのであった。