表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
616/783

その17 聖国新年式(二日目)

 どうもハヤテです。皆様、新年あけましておめでとうございます。

 今年もどうぞよろしくお願いします。


 といった訳で年が明けて元日。

 そして今日はその翌日となる新年二日目。

 いやあ、昨日は一日中、テントの外が騒がしかったよ。

 聖国第一王子、エルヴィンの鶴の一声で決定したという、中庭での新年式(※三日目)。

 どうやら開催が決まったのはかなりギリギリのタイミングだったらしく、昨日、お城の使用人達はその準備に大わらわになっていたのである。

 上の決定に現場が振り回される。

 仕事あるあるである。

 昨日は夜遅くまで何かを運び込む音や、指示出しの声が途絶える事がなかったよ。

 それでも一日がかりの仕事でどうにかこうにか形にしたようで、今朝は昨日とは打って変わって静かなものだった。

 今日は三侯とその傘下の貴族達が集まる新年式(二日目)が行われる。式典とその後に開かれるパーティーで、明日の準備どころではないのだろう。


 例えて言うならば、今日開かれているパーティーは財閥系企業の本社社屋で開かれるパーティーだ。

 主要会社の――例えば関連銀行や関連商社、化学や電機の大手総合グループの――社長や役員達。数多くのお偉いさん(VIP)が一堂に会するという大イベントである。

 本社で働く社員としては、一つのミスも許されない。

 同時並行で(マルチ)仕事をする(タスク)など(もっ)ての外。持てるリソースを全部、今日のパーティーにつぎ込み、完璧な形で全てを終えなければならない。

 よって彼らは、まだ手の空いている昨日のうちに、三日目の式典の準備を終わらせてしまわなければならなかったのである。


 ちなみに明日の式典(三日目)に参加するのは、子会社や関連会社の社長達。

 それでも僕ら平民からすれば雲の上の人。ネットスラング的に言えば、いわゆる上級国民になるのだが、同じ上級国民――貴族でも、二日目の式典に集まる真のVIP達と比べると、どうしてもランクが一つ二つ下がってしまう。

 つまりはアレだ。今日の式典が一軍の試合で、明日の式典は二軍の試合、といった感じ。

 聖国王城では、今日の式典こそが本番、真の新年式で、明日の式典はついでみたいなものなのだろう。


 といった訳で、今日は朝から静かなモノである。

 たまに誰かがブラリとやって来て、誰かに何かを指示している声が聞こえるくらいだ。

 ぶっちゃけ、今、外がどういう事になっているのか気になって仕方がない。

 昨日はずっとテントの中にいたからね。音だけで想像するしかなかったのだ。

 まあ、こんな大きな図体をした謎生物がドデンと構えていたら、準備をしている人達も気になって仕方がないだろうから、目に入らないようにテントの中に押し込んでおくのも仕方がないとは思うけど。


 今頃ティトゥもこんな風に退屈しているんだろうか?

 僕は自分のパートナーがわがままを言って周囲に迷惑をかけていないか、心配で仕方がなかった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 その頃。ティトゥはテーブルの上に山と積まれた品に遠い目をしていた。


「・・・立派な額縁ですわね。どれも非常に高価そうですわ」

「額縁ではなく、是非、手に取って中の絵をご覧下さい」


 思わず現実逃避をするティトゥ。

 聖国王城からナカジマ家当主の――つまりはティトゥの――世話係としてよこされた中年メイドは、事務的な反応で冷静にティトゥを促した。

 ティトゥは助けを求めてかたわらのメイド少女、カーチャに救いの目を向けた。カーチャは慌ててかぶりを振った。


「フルフルフル!(ムリムリ! 私なんかが口を挟める訳ないじゃないですか!)」

「・・・チッ(役に立ちませんわね)」


 ティトゥは思わず小さく舌打ちをこぼした。中年メイドの眉毛がピクリと跳ねる。


「何かお気に召さない点でもございましたか?」

「お、オホホホ。何でもありませんわ」


(はあ・・・仕方ないですわね)


 ティトゥは渋々、一番上に積まれていた絵を手に取った。

 清潔感のある貴族の青年が、精緻な筆跡で写実的に描かれている。

 二十歳前後の若いハンサムな青年貴族の姿絵だった。


「そちらをお手になさるとは、流石、お目が高い。そのお方はカボーナ伯爵家のご三男、ボルフミル様。カボーナ伯爵家はラザルチカ侯爵家の遠縁に当たる家柄で、ボルフミル様の父方のお母上であられるビエタ様は、四代前のラザルチカ侯爵家当主ダサリカ様の叔父、ロブロック様のご長女であらせられます。カボーナ伯爵家は代々、有名な詩人を輩出する家系として貴族界でも知られており――」


 中年メイドは、まるでスイッチでも入ったかのように、滔々と絵姿の青年貴族と彼の実家についての説明を始めた。

 一体、彼女の頭の中にはどれだけ膨大な情報が詰まっているのだろうか?

 もし、この場にハヤテがいれば、「人間wikip〇d〇aか!」などとツッコミを入れた事だろう。

 彼女の説明には淀みがなく、一度も言葉に詰まる事が無かった。

 正に立て板に水。この中年メイドが非常に高い能力を持っているのが分かるだろう。

 しかし、残念ながらティトゥの心には何一つ届いていない様子だった。


(何で私がこんな話を聞かされなければいけないんですの)


 ティトゥは不満顔で、テーブルの上に山と積まれた絵姿をジト目で睨んだ。

 どの絵にも眉目秀麗な青年貴族が描かれている。まるでアイドルタレントのブロマイドの山だ。

 実はこの絵姿は今でいうお見合い写真。

 そう。これらは全て、ティトゥに婚約を申し込んで来た青年貴族達。彼らが描かれた絵姿だったのである。




 この中年メイドがティトゥ達の前に現れたのは今朝の事。彼女は挨拶を終えると共に、大量の絵姿を――お見合い写真を部屋へと持ち込んだ。

 ティトゥの本音としては、まるで興味の無い婚約話を持って来られても迷惑でしかない。

 出来ればこの女性ごと部屋から追い出したい所だが、彼女は聖国王城が正式に世話役として派遣して来た相手である。そんな相手を無下に追い返す訳にはいかない。

 そして悪い事に、ティトゥは昨日今日の二日間はこの部屋で大人しく過ごすように言われている。

 つまり、どこにも逃げ場はないのである。


(これなら、屋敷でオットーと書類仕事をしていた方がまだマシですわ)


 ティトゥは全く興味の無い男性の絵(それもおそらく、かなり盛られている絵)を眺めながら、興味の欠片もない説明を聞き続けるという拷問に耐え続けていた。

 言うまでもないが、これらは全て三侯、ハベル・ラザルチカによって仕組まれた事である。

 ハベルはナカジマ家当主ティトゥを取り込むために――ひいては第二王子カシウスの歓心を買うために――彼女にとって良縁となるような縁談を大量に用意したのである。

 彼は家柄の優れた未婚の貴族を集めると、ナカジマ家当主の下へと送り込んだ。

 しかし、彼の目論見は事前に事情を知った聖国メイドのモニカの手によって阻まれる事になる。

 彼女はティトゥを慕う聖国の王女達を使い、ティトゥを男達から引き離した。

 さすがの三侯、ラザルチカ侯爵家とはいえ、聖国王家の王女達には敵わない。

 ハベルが所属する派閥のトップはカシウス王子。いかにカシウス王子の立場が王女達より上とはいえ、この件は完全なハベルのスタンドプレー。王子の名で王女達を押しのけ、ティトゥと面会する事など出来はしなかった。

 そうこうしているうちに、あっという間に年末は過ぎ、年が開けて新年式が始まった。

 しかし、ハベルはまだ諦めていなかった。

 彼は三侯の権力をフルに使い、強引に手の者をナカジマ家の世話役に潜り込ませた。

 それがこの中年メイドである。

 彼女の役目は、ナカジマ家当主ティトゥに、ラザルチカ侯爵家の派閥の青年貴族を婚約者として推薦する事。

 幸い、今まで邪魔をして来た王女達は丸一日、式典への参加で手が離せない。

 そしてティトゥは式典の間中、部屋から外に出られない。

 今が絶好のチャンス。

 この機会にナカジマ家当主を篭絡し、ラザルチカ侯爵家の傘下に組み込む事が出来れば、カシウス王子も自分の重要性を認め、そばに置くようになるに違いない。

 ハベルは自分の成功した未来を幻視した。

 とはいえ残念ながら今の所、中年メイドの仕事が上手く行っているようには見えなかった。


(全く! いつまでこんな話を聞き続けなければならないんですの!)


 ティトゥは苛立ちを堪えながら絵姿の青年を睨み付けた。

 絵の中の青年は屈託のない笑みで微笑んでいる。

 その幸せそうな顔が、ティトゥのやさぐれた心に更なる不快感を掻き立てた。

 ・・・青年は何一つ悪くはない。全てはティトゥの逆恨み、完全な八つ当たりである。しかし、残念ながら絵に描かれた青年は喋ることが出来ない。彼は自分を弁護をする事は出来ないのである。


(それにさっきからラザルチカ侯爵家、ラザルチカ侯爵家と、何回、話の中に出て来れば気が済むんですの! いい加減、ラザルチカ侯爵家にはうんざりですわ!)


 そしてティトゥの苛立ちは、中年メイドの説明に何度となく出て来るラザルチカ侯爵家にも向いていた。

 いつしかティトゥは、自分がこんな苦痛な時間を過ごしているのは、ラザルチカ侯爵家のせいだと思うようになっていた。

 坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。

 これもティトゥの八つ当たり・・・と言いたい所であるが、こちらに関しては、ズバリ原因そのものであった。

 そう。ラザルチカ侯ハベルの計略は全くの逆効果。

 全くの偶然とはいえ、ティトゥは自分を苦しめている元凶を引き当てていたのである。

 とはいえ、ティトゥ以外の者でも、ここまで露骨にラザルチカ侯爵家上げが続けば、流石におかしいと気付いたであろうが。


(ぐぬぬ・・・。ラザルチカ侯爵家許すまじ。いつかこの仕返しをしてやりますわ)

(ティトゥ様、あの顔は絶対に何か変な事を考えてますね)


 メイド少女カーチャは、退屈して足元にじゃれついて来るリトルドラゴン、ファル子をあしらいながら、心配そうに主人を見つめるのであった。




 こうして正月二日目が終わった。

 ハヤテにとっては退屈な中、ティトゥにとっては理不尽な怒りを抱えた中、式典の二日目が無事に終了したのだった。

 そして明日はいよいよ三日目。

 ティトゥが、そしてハヤテも参加する、中庭での新年会が始まるのである。

次回「史上初の参加者」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ハヤテに感化されて価値観が変わる前なら貴族の娘として、列強の一角を担う聖国の貴族との婚姻は望むべき事だったろうけど考え方が変わっちゃった今となっては唯々煩わしい事でしかないわなぁ~
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ