その15 年が明けて
夜だというのに城の中が騒がしい。
僕のテントの中にまで外の喧噪が伝わって来る。
今年も残す所、後数時間。いよいよ新しい年が始まるのである。
城の中は今日一日、明日から始まる新年式の準備でピリピリとした空気に包まれていた。
例え毎年行われるイベントとはいえ、式典には聖国王家の威信がかかっている。
完璧な形で成功させるのが当たり前。些細なミスさえも許されない。
使用人達は右へ左へ。朝から城中を忙しく走り回り、近衛の騎士達は総動員で警備の目を光らせ、役人達は式典の段取りのチェックに余念がない。
昼間、ティトゥが新年式が五日間続くと知って、膝から崩れ落ちた事なんて些細な問題である。いやホント。
そんな騒ぎは太陽が落ちた後も続いている。
きっと年が明けて新年式が始まるまで続くのだろう。
ここで新年式の予定をザックリ説明しよう。
元日である一日目は基本、この城の中だけで行われる。参加するのは王族と三候。つまりはランピーニ王家の者達と三つの侯爵家の代表のみである。
要は、本社の重役だけで行われる式典、という訳だ。
当然、ティトゥは参加しない。当日は部屋で待機である。
二日目は三候とその傘下の貴族達による、国王陛下への謁見が行われる。
参加するのは三候関係の貴族だけなので、勿論、この日もティトゥは待機となる。
三日目はそれ以外の貴族達の謁見日。
ここでようやくティトゥも参加を許される事になる。
この予定を聞かされて、ティトゥはまあ、愚痴る愚痴る。
『だったら三日目に来れば良かったんですわ!』
「いや、そうはいかないんじゃない? お城の警備の問題とかある訳だしさ」
『それでも年末から来る意味は無かったんじゃないですの?!』
とはいえ、ティトゥの気持ちも分からないではない。流石に二日も部屋で待機はつまらないよね。元引きこもりが何を言っているんだって? そりゃまあ、ネットやゲーム機があるなら話は別だけどさ。
そういえばチェルヌィフの叡智の苔ことバラクの本体はスマホだった。
あの洞窟には小叡智用の生活空間もあったけど、カルーラとキルリアの姉弟もバラクを使ってゲームアプリで遊んだりとかしているんだろうか?
ちなみにこういう時、他の貴族の皆さんはどうしているかと言うと、お茶会を開いて四方山話に花を咲かせたり、町から芸人(お笑い芸人の事ではなく、吟遊詩人や軽業師)を呼んで暇を潰しているという。
何というか、凄く貴族的です。
さて。話を戻して、ティトゥが参加する三日目の謁見日。
この日に王城にやって来る、三候の傘下以外の貴族がどういう立場の人達なのかと言うと、属国の使者や領主でも最後になってランピーニ王家に従った者達だそうだ。
つまりはアレだ。江戸時代で言うなら、三侯爵家含む三候関係の貴族家が譜代大名。それ以外の貴族家が外様大名。
今風に言うなら、ランピーニ王家と三候の貴族家が本部。それ以外の貴族家が本部と契約をしている加盟店、といった所だろうか。
四日目には騎士団が王都内を練り歩くパレード。その後は城内で舞踏会が開かれる。
そして五日目のお昼に閉会式が行われて終了。というのが新年式の流れだそうだ。
実際は、その後も貴族街の各屋敷では、二次会、三次会が行われ、しばらくお祭り騒ぎが続くのだという。
この話を聞いて、いかにも貴族だな、と感じた僕は、根っからのド平民なんだろうか?
深夜。僕は計器盤の時計を確認した。
「後数分で午前零時。今年もいよいよ終わりか」
この世界は日の出と日没を基準とする、いわゆる不定時法が使われている。
そのため同じ一時間でも、夏は日中の一時間の方が夜の一時間よりも長く、冬は夜の一時間の方が日中の一時間よりも長くなる。
つまりは計器盤の時計の針が示している時刻は、この世界の時刻とは微妙にズレているのだ。
だから後数分で午前零時になるのは僕の時計の上だけで、この世界の午前零時とは少しズレている事になる。
まあ、こういうのは気分だよ、気分。
昼間、ティトゥは僕に散々、愚痴をこぼしていたが、去年の今頃は、丁度ミュッリュニエミ帝国との戦争が最終局面を迎えていた所だった。
新年のお祝いなんてとんでもない。
ナカジマ領が、いや、ミロスラフ王国そのものが、攻め滅ぼされるかどうかの瀬戸際だったのだ。
それを考えれば、パーティーに参加するしないで文句を言えるのは、凄く贅沢な事だと思う。
「今年も色々あったなあ。ていうか、あり過ぎたよなあ」
年末から引き続いての戦争。そしてチェルヌィフ王朝への旅。巨大ネドマとの戦いとファル子とハヤブサの誕生。ナカジマ領に戻って来た途端の王都での新国王即位式。そこから始まった反乱騒ぎ。トレモ船長の故郷の島にも行ったし、収穫祭では綱引き大会の主催者もやらされた。そしてヤラとカタリナの二人との港町ホマレでの生活。
正確には僕自身がホマレで生活していたんじゃなくて、ヤラの頭の中に間借りしていただけなんだけど。
それでも、四式戦闘機としてこの異世界に転生して以来、人に混じって生活したのは初めての経験だった。
この世界の人達の生活を感じられる貴重な体験だったよ。
思い出してみると大変な事の方が多かった気がするけど、こうして無事に新年を迎えられている。
これで式典の参加がどうのと文句を言うのは贅沢というものだろう。
自分が参加しないから適当言えるんだろうって? まあそうなんだけど。
いや、仕方がないんだよ。だってホラ、僕ってこんなに大きなわがままボディだろ? 式典やパーティーに参加しようにも、お城の中に入れなくて。
いや~、残念だなあ。こんな体でなければ、ティトゥをエスコートしてあげられるのになあ(棒)
ふう、やれやれ。出来ない事を残念がっていても仕方がない。
無理なモノは無理。今年も残り一分少々。前向きな気持ちで新しい年を迎えようじゃないか。
という訳で、残り三十秒。
二十秒。十秒。
三、二、一・・・。
「ゼロ! 新年、明けましておめでとうございます!」
新しい年の幕開けだ! 今年はトラブルもなく、穏やかに過ごせますように!
その直後、テントの外で立哨をしていた騎士達が血相を変えて飛び込んで来た。
彼らは明かりを手に、『何だ?! 今の声は!』『一体何があった?!』とテントの中を見回している。
一体何事?! と思ったら、原因は僕にあったようだ。どうやらテンションが上がり過ぎて、思っていたよりも大きな声が出ていたらしい。
そりゃまあ、深夜に意味不明な言葉で大声を出されたら驚くよね。
僕は新年早々、早速のトラブルに、苦労しながら言い訳をするはめになるのだった。
翌朝。
早朝から王城の中はざわついている。
いかにも祭りの朝。といった雰囲気に、僕はウキウキしながら外の気配に耳を澄ましていた。
おや? 外で誰かが騎士と言い争いを始めたようだ。
聞き覚えの無い男の声だ。ティトゥの声は聞こえない。
テントの入り口が開くと、見るからに神経質そうな中年男性が入って来た。
どうやら彼が声の主だったらしい。男は僕を見ると驚きに目を見開いた。
『こっ・・・これがドラゴンか?! で、デカイな! ふぅむ。何という面妖な面構えだ。とてもこの世のモノとは思えん』
まあ、確かにこの世のモノではないね。四式戦闘機は異世界製のレシプロ機だから。それはそうと、この人は誰?
中年男性は背後を振り返ると部下らしき男達に指示を出した。
『まあいい。とにかく、コイツがここにいては準備が出来ん。急いでテントを片付けるのだ』
テントを片付ける? ちょ、ちょっと待って。一体何をしようっていう訳?
『マッテ ナニスルノ?』
『『『『しゃ、喋った?!』』』』
彼らはギョッと目を剥くと一斉に僕を見上げた。
立哨の騎士が呆れ顔で中年男性に言った。
『先程、私が言いましたよね。このドラゴンは言葉を話すのです』
『バカを言え! 私はそんな話は聞いていないぞ! 言葉が分かると聞いたのだ!』
『あ、いえ、それでも同じ事だと思います。このドラゴンは人間の言葉が分かるんです。だから何をするかちゃんと説明してやって下さい』
どうやら騎士の方はこの男が何をしに来たのか知っているようだ。
男は騎士と僕を交互に見比べた後、おずおずと僕に話しかけた。
『あ~、ドラゴンよ。本当に私の言っている言葉が分かるのかね?』
『ヨロシクッテヨ』
『わ、分かるのか?! それになぜ婦人言葉?! ――あ~、これから中庭で式典の準備をしなければならん。ここにお前がいると邪魔になるので、場所を少し後ろに移動させたいのだ。構わんよな?』
ん? 式典に中庭を使うなんて話は聞いていないけど、騎士達が何も言わない所を見ると決まっている事なんだろう。
後ろに移動する位なら何の問題もないから別にいいけど。
『ヨロシクッテヨ』
『そうかそうか。ではテントが塔の壁にくっつくまで動かすぞ。ふむ、お前の姿が壇上から良く見えるように少しだけ東向きにするか』
えっ? 壇上から何を見るって? ていうか、中庭で式典をするなら、その間僕はどうしていればいい訳? どこかに移動するにしても、準備をされた後だと滑走距離が取れなくて飛び立てないんだけど。
僕が慌てて男に尋ねると、男は呆れ顔で答えた。
『何を言っているのだお前は。式典にはお前も参加するに決まっておるだろうが。エルヴィン殿下(※第一王子の事)直々のご命令で、三日目の式典はここで開く事になっておる。お前の主人も参加するのだ。恥をかかせないように大人しくしているのだぞ』
はあっ?! 僕が参加?! 式典に?!
ちょ、ちょっと待って! そんな話、全然聞いてないんだけど?!
後で知った事だが、どうやらエルヴィン第一王子の要望で、三日目の式典は城の中庭で開く事が決まったらしい。
いや、僕、ドラゴンなんだけど。そんな謎生物のいる場所で式典なんて開いていい訳? 誰か危険だと思わなかったの?
と、思ったら、案の定、重臣達のほぼ全員から大反対されたそうだ。ですよねー。
決定の決め手となったのは聖国の王女達。
マリエッタ王女、パロマ王女、それにラミラ王女まで『ハヤテなら大丈夫』と請け負ってくれたんだそうだ。
『ハヤテだったら大丈夫。私はハヤテに乗ってミロスラフ王国まで飛んだ事があります。ハヤテは大人しい利口なドラゴンでしたわ』
『私もミロスラフ王国からレブロンまで、乗せてもらった事があります。人に危害を加えるような危険なドラゴンではありませんでした』
『ハヤテはファルコとハヤブサのパパだから大丈夫よ!(?)』
『ハヤテが本当に危ないドラゴンなら、二人は無事では済まなかっただろうね。それに仮にドラゴンが暴れたとしても、君達なら、きっとドラゴンから我々王家の者達を守ってくれると信じているよ』
聖国の王女達、そして次期国王からこうまで言われては、彼らも否とは言えない。
彼らにも聖国という大国を支える重臣としてのプライドがあるのだ。
こうして急遽、三日目の式典は中庭で、ドラゴン参加の上で行われる事になったのだった。
ええと、マジで?
次回「聖国新年式(一日目)」