その11 王城のティトゥ
翌朝。テントの外でガチャガチャと金属が擦れる音がした。
護衛の騎士の鎧の音だ。
と思ったら、テントの入り口が開いてファル子を抱いたティトゥが現れた。
ティトゥに続いて、ハヤブサを抱いたマリエッタ王女が。
最後に手ぶらのメイド少女、カーチャが、どこか手持ち無沙汰そうな顔で現れた。
「「ギャウ! ギャウ!(パパ! パパ!)」」
『王女殿下、ハヤテのためにテントを用意して頂き、ありがとうございますわ』
『いえ。どうですかハヤテさん。何か不具合はありましたか?』
このテントにどこか不具合があるのかって?
僕は力強く答えた。
『ヨロシクッテヨ!』
『・・・ええと、それは問題が無かった、という意味でいいんでしょうか?』
マリエッタ王女は少し困り顔で僕を見上げた。
『もちろんですわ。立派なテントにハヤテも喜んでいますの』
ティトゥの言葉はお世辞のようだがお世辞ではない。
ぶっちゃけ、僕が日頃使っているテントは大分ガタが来ている。
あちこち繕った跡もあるし、薄汚れているしで、こうしてキレイなテントで過ごしてみると、いかに自分のテントがボロだったかイヤでも思い知らされてしまった。
いやね。別にテントが汚くてもキレイでも、居住性自体にはなんら違いはないんだよ。
僕って基本、テントの中ではジッとしてるだけだし。
けど、こういうのってホラ。気持ちの問題だから。
正直、キレイなテントはかなりテンション上がります。ハイ。
『――と言っていますわ』
『ハヤテさんに喜んでもらえて良かったです。何か必要な物があれば、外の騎士達に命じて下さいね』
そう? 何も無いと思うけど、覚えておくよ。
昨日、聖国王城に到着したティトゥは、マリエッタ王女達に出迎えられた後、ファル子達と一緒に聖国王城へと案内されて行った。
メイド少女カーチャは僕のテントが組み立てられるのを見ていたが、こちらもしばらくするとメイドさんが呼びに来て、どこかに連れて行かれてしまった。
どうやらお城に前乗りしていたモニカさん達、ナカジマ家の使用人達と合流したようだ。
そうこうしているうちにテントの準備が終わり、僕は騎士達の手でテントの中に入れられたのであった。
その後は今朝まで特に何も無かった。
せいぜい、夜中に巡回の騎士達が顔を出して、『何も問題ないな?』と聞かれたくらいかな。
『トクニゴザイマセンワ』と答えたら、『お、おう』と微妙な顔で出て行ったけど。
あれっ? 今思えば、アレって僕に向けた質問じゃなく、仲間内で会話をしていただけだったのかも。
これはあれだ。電気屋や服屋で商品を見ている時にたまにあるアレ。店員がこちらにやって来るの気付いたから、「商品の案内をしてくれるのかな?」と思って、相手をするつもりで顔を上げたら、実はその店員は別の客の用事でこっちに来ただけで、「すみません。少々お待ち下さい」と断られて居心地の悪い思いをした時の感じ。・・・って、そんな経験してるのは僕だけ?
「コホン。――とまあ、僕の方は大体そんな感じかな。ティトゥの方はどうだった? お城に泊ったんでしょ? 楽しかった?」
『楽しかった? ええ、まあ、そうですわね・・・』
ティトゥはチラリとマリエッタ王女の方を見ると、力なく肩を落とした。
そしてティトゥは、あの後の出来事を僕に話してくれたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ティトゥが案内されたのは城内にいくつもある応接間の一つだった。
暖炉には火がくべられ、部屋の中は春の日ような暖かさに包まれている。
メイド達は王女達とティトゥから外套を預かると、テーブルにお茶とお菓子の準備を整えた。
「ナカジマ殿、どうぞあちらに」
「わ、分かりましたわ」
少々、内弁慶の気があるティトゥは、借りて来た猫のように大人しくテーブルに着いた。
「あら? これは――」
「あっ! やっぱり気が付きました? ティトゥお姉様なら気が付きますよね?」
目を丸くするティトゥ。パロマ王女が嬉しそうに手を打った。
「これって、ナカジマひよ子じゃありませんの?」
そう。皿の上に乗っているのは、丸々と愛らしい姿の小さなお菓子。
ティトゥにとってお馴染みの、”銘菓ナカジマひよ子”だったのである。
パロマ王女は「イタズラ大成功」といった顔で頷いた。
「ええ、そう。ティトゥお姉様の屋敷で開かれたパーティーで私が食べたナカジマ銘菓。ティトゥお姉様が来ると聞いて、料理人に命じて作らせたのよ」
マリエッタ王女が「ええっ?!」と声を上げた。
「これってティトゥお姉様の屋敷で食べられているお菓子なんですか?!」
「そう、そうなのよマリエッタ。すっごく美味しいんだから」
パロマ王女は自分の事のように自慢げに胸を張った。
パロマ王女の同い年の姉妹、ラミラ王女が、興味津々といった顔で皿の上のお菓子を覗き込んだ。
「へえ~、これが以前、パロマが言っていたナカジマ銘菓ね。スゴく可愛い。私は好きかも」
ちなみにラミラ王女は膝の上にファル子を乗せたままだ。
ファル子は散々暴れて精も根も尽き果てた様子で、「もう、どうでもいいや」とグッタリとしている。
ティトゥは、日頃、散々手を焼かせているファル子の、こんなにも大人しくしている姿を見るとは思わなかった。
(まるでハヤブサが二人に増えたみたいですわ)
ティトゥは微妙な感想を抱きつつも、聖国王女の手腕? に戦慄を覚えていた。
「見た目はこの通り、再現出来たんだけど、味の方はどこか違うのよね。是非、ティトゥお姉様に食べて貰って、違いを教えて貰いたかったの」
「そうですの。それでは頂きますわ。――あら? 確かにベアータが作った物とは大分違いますわね」
ティトゥはお菓子を一口食べると、不思議そうな表情を浮かべた。
「そう! そうなの! 何と言うか、あの時食べたお菓子は、もっと優しい味だったのよ!」
「あっ、美味しい。私には十分美味しく思えるけど?」
「美味しいじゃない。パロマはこれのどこがダメなの?」
「・・・美味しいです」
ティトゥに続いて、セラフィナ元王女が。そしてラミラ王女とマリエッタ王女が、ナカジマひよ子を口に運んだ。
「これはこれで美味しいですわ。確かに、ベアータの作った物とは違うけど・・・申し訳ありません。私には違いは分かっても、どうすればあの味になるかまでは分かりませんわ」
ティトゥは困り顔でパロマ王女に謝った。
貴族のティトゥは料理を作るどころか、ロクに厨房に入った事すらない。
味の違いは分かっても、どうすれば元の料理に近付けるかまでは分からなかった。
ちなみに結論から言うと、味の違いの原因は使われている材料にあった。
ナカジマ家の料理人、ベアータの作る甘味は基本的に水あめが使われている。
それに対して、聖国王城の料理人が再現したナカジマひよ子には、この世界ではまだ高価な砂糖が使われていたのである。
砂糖、と言っても、我々現代人が日頃から使っている白砂糖ではない。
蜜分を多く含んだ含蜜糖――いわゆる黒砂糖である。
黒砂糖の成分には、カルシウムや鉄、亜鉛などの体に必要な各種ミネラルが含まれているが、原料である植物由来の渋みや苦味も含んでいる。
蜜分に含まれるそれらの”雑味”が、繊細な菓子の風味を損なっていたようである。
「けど、これはこれで大変美味しゅうございますわ」
「ティトゥお姉様がこうおっしゃっているんだから、これでいいんじゃない? パロマ」
「私には十分美味しかったですよ」
パロマ王女はそれでも不満顔を崩さなかった。
それ程ベアータの作る料理は彼女の心を捉えていたのである。
パロマ王女は未練がましくティトゥに提案した。
「ティトゥお姉様。そちらの料理人、ベアータを城に連れて来る事は出来ないかしら? あの子に教えて貰えば、ウチの料理人もあの味を再現出来ると思うんだけど」
「ベアータを聖国の王城に、ですの?! そ、それはどうかしら・・・」
ベアータは今でこそ小上士位ナカジマ家の料理長を務めているが、元々は料理の腕一本で各地を渡り歩いていた平民の料理人でしかない。
そんな人間を聖国の王城に連れて来て、王族の料理を作る料理人に料理指導をさせて上手くいくとは、ティトゥには思えなかった。
困り果てるティトゥ。
ここでパロマ王女の姉、セラフィナ元王女が口を開いた。
「・・・ナカジマ殿。お話の途中で口を挟んで申し訳ないけど、ずっと気になっていた事があるの。ちょっといいかしら?」
セラフィナ元王女は、膝の上に乗せたハヤブサを撫でながら、真面目な顔でティトゥに尋ねた。
彼女は顔立ちが整っているだけに、こうして表情が消えると独特の凄みを感じさせる。
ティトゥは緊張にゴクリと喉を鳴らした。
「な、なんでしょうか? セラフィナ様」
「さっきから妹達はみんなあなたの事を家名ではなく、名前で呼んでいるんだけど、私もそうした方がいいのかしら?」
ティトゥは思わずイスから転げ落ちそうになった。
「い、いえいえ。とんでもありませんわ。なぜか皆さんが名前で呼んで下さるだけで――」
「ティトゥお姉様はティトゥお姉様よ」
「そうそう」
「流石に公式の場ではそう呼ぶ事は出来ませんが、こういう砕けた場では別です」
「あらそう。なら私もティトゥさんと呼ぼうかしら?」
や、止めて下さい! とは言えない空気がそこにはあった。
こうしてティトゥはマリエッタ王女、パロマ王女、ラミラ王女からは「ティトゥお姉様」。セラフィナ元王女からは「ティトゥさん」と呼ばれる事になったのだった。
(な、なんでこんな事に・・・)
予想もしていなかった展開に、ティトゥは密かに頭を抱えるのであった。
次回「王城のカーチャ」