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その10 カサンドラとエルヴィン

 今までの緩い空気から一転、中庭は突然の緊張感に包まれた。

 僕とティトゥが戸惑う中、どこか涼しげな印象の青年が現れた。

 彼こそがこのランピーニ聖国の王位継承権第一位、第一王子エルヴィン。

 エルヴィン王子は僕を見て目を丸くした。


『近くで見たのは初めてだが、これがハヤテというドラゴンか。いゃあ、実に大きいねぇ』

『エルヴィン殿下! なぜここに?!』


 宰相夫人カサンドラさんが慌てて彼に詰め寄った。

 彼女はエルヴィン王子の後ろの、出来る執事風の男性をジロリと睨み付けた。


『エドムンド! あなたが付いていながら、なぜ殿下をお止めしなかったの?!』


 出来る執事ことエドムンドは苦虫を噛み潰したような顔になった。


『申し訳ございません』

『姉上、そうエドを叱らないでやって下さい。王家からの招待を受け、遠くミロスラフ王国から来た客を王族である私が出迎える。これのどこがおかしな話なんですか?』

『あなたが出て来るような事じゃないわ! 王女である私達だけで十分よ!』

『王女って、姉上は今は三侯の人間で王族じゃないでしょう』

『マリエッタ達がいるわ!』


 エルヴィン王子はマリエッタ王女達に振り返った。


『やあ、パロマ、ラミラ、マリエッタ。それとセラフィナも久しぶり。その子も随分と大きくなったね。さあ、後の事は僕に任せて君達はもう下がっていいよ』

『エルヴィン殿下!』


 カサンドラさんに怒鳴りつけられて、エルヴィン王子は少しだけ不満顔になった。

 というか、いくら自分の弟とはいえ、部下達の前で国の王子をこうもポンポン怒鳴るなんて、この人は相変わらず豪胆だね。


『姉上はそうやって、いつも僕がドラゴンに近付こうとすると邪魔をする。けど、今日ばかりは僕も大人しく従うつもりはありませんよ。なにせ初めて訪れた好機ですからね』

『エルヴィン殿下はハヤテの事を何も分かっていない。あなたにもしもの事があったらこの国はどうなるのよ』


 もしもの事って、カサンドラさんは僕の事を何だと思っている訳?

 体長10メートル超えのドラゴンですか。

 なる程。それは確かに、国の跡継ぎを近付けるのは危険ですね。

 納得。

 エルヴィン王子は姉の心配をあっさりと切り捨てた。


『もしも私に何かあっても、次の王ならカシウスがいるでしょう。姉上の実の弟じゃないですか』

『エルヴィン! あなた自分が何を言っているか分かっているの?!』


 何だろう。二人の間には色々と複雑な事情がありそうだ。

 別に姉弟仲が悪いという雰囲気ではないが、立場がそれを許さない、といった感じだろうか?

 まあ、あくまでも僕の印象だけど。

 ここでマリエッタ王女がおずおずとエルヴィン王子に声を掛けた。


『エルヴィン殿下。差し出口を挟むことをお許し下さい』

『何だいマリエッタ。可愛い妹の頼みなら大歓迎さ』


 エルヴィン王子は軽いノリでマリエッタ王女に応じた。


『昨年、私とパロマ姉様はナカジマ殿とハヤテさんに命を救われています。その時のお礼も言いたいですし、色々とお話もしたいのです。どうかそのための時間を頂けないでしょうか』


 エルヴィン王子はムッと困った顔になった。

 彼は僕とティトゥ。そしてカサンドラさんへと視線を動かした。

 僕達が黙って見守る中、彼はしばらく悩んだ末に『はあ~っ』と大きなため息をついた。


『そういう事なら仕方がないか。分かった。この場はマリエッタ達に譲るとしよう。ナカジマ殿。ハヤテ。妹達の事をよろしく頼むよ』


 エルヴィン王子はそう言うと、何度も名残惜しそうに僕の方を振り返りながら城の中へと去って行ったのだった。




 王子の姿が城内に消えると、中庭に弛緩した空気が流れた。

 ていうか、あの人が聖国の次期国王なのか。

 超マイペースというか、何とも言えない独特の雰囲気を持った人だった。

 とはいえ、僕個人的には結構、好感が持てたかな?

 ちょっと頼りなさそうな所は、国のトップとしてはどうかと思うけど、物腰が柔らかで偉ぶらない所が、”話せる人”といった感じでポイントが高かった。

 マリエッタ王女がティトゥに振り返った。


『すみませんでしたナカジマ殿。急な事で驚かれたのではないですか?』

『エルヴィン殿下とお会い出来て光栄でしたわ』


 我関せずと傍観を決め込んでいたティトゥは慌てて取り繕った。

 彼女達の後ろでは、気を取り直したラミラ王女が逃げてしまったファル子とハヤブサの姿を捜している。

 それを見たメイド少女カーチャが、僕の操縦席に逃げ込んでいた二人のリトルドラゴンズを黙って外に押し出した。


「ギャウー!(カーチャ姉、酷い!)」

『あっ! ドラゴンちゃん! そんな所にいたのね!』

「ギャウ! ギャウー!(ハヤブサ、今度はアンタが捕まりなさい!)」


 先程ラミラ王女に構い倒されたのがよっぽどイヤだったのだろう。

 ファル子は懸命にハヤブサをラミラ王女の方へと押しやった。

 だが、ラミラ王女は目の前のハヤブサをスルー。ファル子を素早く抱き上げた。


『ドラゴンちゃん、捕まえた!』

「ギャウ?!(また私?!)」


 人を呪わば穴二つ。弟を生贄になんてしようとするからだ。

 ハヤブサは姉が犠牲になっている間に、ティトゥの足元へ逃げ込んだ。


『あっ、ハヤブサちゃん、帰って来たんですね』

『どうぞですわ』

「ギャウッ?!(また?!)」


 ティトゥはハヤブサを捕まえると、流れるような動きでマリエッタ王女に手渡した。

 そこに美貌の人妻、セラフィナさんが声を掛けた。


『私にもドラゴンの子を抱っこさせて欲しいわ』

『ええ、セラフィナ姉様』

「ギャウー(ええ~、まあいいけど)」


 セラフィナさんは赤ん坊を乳母に預けると、マリエッタ王女からハヤブサを受け取った。


『あら、意外と軽いのね。それにとってもすべすべ』

「ギャウー(くすぐったい)」

『くすぐったかったのかしら? ごめんなさいね。今度はどう?』


 ・・・・・・。

 ハヤブサ。パパは今、お前の事がとっても羨ましいぞ。


『・・・ハヤテ様』


 操縦席のメイド少女カーチャがジト目で僕を睨んだ。

 カーチャ、君って子は相変わらずイヤな所だけ妙に鋭いね。

 ファル子達リトルドラゴンズを囲んで、キャッキャウフフする聖国の王女達(プラス、ティトゥ)。

 そんな中、赤毛の美女、宰相夫人カサンドラさんだけは、難しい顔をしたまま、エルヴィン王子が消えたドアを黙ってジッと見つめていたのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 エルヴィン王子は城の廊下を歩きながら、「あ~あ、残念」と肩をすくめた。


「折角、ドラゴンを近くで見る事が出来ると楽しみにしていたのに」


 王子の側近、エドムンドが主人の言葉を聞きとがめた。


「殿下。まさか殿下はそのためだけに中庭に出向いたのですか?」

「そうだけど? 何かおかしいかな?」


 予想外の言葉にエドムンドは絶句した。


「たったそれだけのために、あなたは宰相の機嫌を損ねたというのですか?」

「宰相、じゃない。宰相夫人。聖国宰相は姉上の夫のセレドニオの方だよ」


 エルヴィン王子はどこか楽しそうに側近の間違いを指摘した。


「・・・同じ事です。アレリャーノ侯爵夫妻は二人で聖国宰相。それは誰もが知る事実です」


 仏頂面のエドムンドに、エルヴィン王子は「まあね」と軽く応じた。


「・・・・・・」

「何? まだエドは僕に言いたい事がある訳?」


 エルヴィン王子の問いかけに、エドムンドは少し言葉を探しながら答えた。


「分かりません。というよりも、私や普通の人間には殿下の考えている事を理解するのは難しいでしょう」

「それって遠回しに僕がおかしいって言ってる? 酷いな」


 酷いな、と言いながらもエルヴィン王子は笑顔を崩さない。

 そもそも気にしていないのか、それとも人より面の皮が厚いのか。

 エドムンドは「はあ~」と、これ見よがしな大きなため息をついた。


「私はたまに――特に今回のように殿下が突飛な行動を取られた時、殿下が本当に私達と同じ人間かどうか疑問に思う時があります。ひょっとしてこの人は人間の皮を被った別の生き物なんじゃないか。夜、ベッドの中では擬態を止めて、誰も知らない人外の本性をさらけ出しているんじゃないか、と」

「いやいや、人外扱いとか流石にヒドくない? ベッドの中でも僕は僕だからね。妻のエスナに聞いて貰ってもいいから」


 エルヴィン王子は側近の言葉をとがめたが、相手はいつもの真顔のままだったので、彼が冗談のつもりで言ったのか、本心の吐露だったのか判断が付かなかった。

 王子は諦めてかぶりを振った。


「僕は僕だよ。ふむ、我ながら良い言葉だね。覚えておいてどこかで使おう。エド。僕はね、自分の心に従っているだけなんだよ。僕はハヤテに魅力を感じている。だから自分の目で見てみたい、会ってみたい。そう思った。思ったからこそ、こうして行動に移した。その結果、姉上に怒られてしまった。本当にただそれだけの事なんだよ」


 エルヴィン王子はそう言うと、ふと何かに気付いたように遠い目をした。


「・・・さっきハヤテを見た時、僕は不思議な何かを感じたんだ。何と言えばいいのかな。僕は彼の事をどこか他人とは思えなかったんだよ。あるいは僕とハヤテは、似たような運命を持って生まれた者同士なのかもしれないね」


 大国の王子と風来坊のドラゴン。

 人間と人外。生まれも立場も全く違う、共通点を見つける事すら難しい二人だが、王子は不思議と似た物を感じたらしい。


 エドムンドはバッサリと切り捨てた。


「またですか。あなたはいつもそんな事をおっしゃいますよね。先日も詩集の中に自分の運命を見つけたから詩人になりたい、とか言ってましたよね。可哀想に、教育係は陛下に怒鳴り付けられていましたよ」


 エルヴィン王子はジト目で側近を睨んだ。


「――エド。君はいつもそんなに口うるさいから、自分の妹にも避けられているんじゃない? モニカだっけ? 城に戻って来ているのに一度も姿を見せないとか。可哀想に。すっかり嫌われちゃってるね」

「なっ・・・?! わ、私の事は別にいいじゃないですか! ほっといて下さい!」


 エドムンドは、明らかな動揺を見せた。実は本人も密かに気にしていたらしい。

 エルヴィン王子は先程の意趣返しが出来た事に密かに満足すると、再び歩き始めるのだった。

次回「王城のティトゥ」

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― 新着の感想 ―
[良い点] エルヴィン王子は昼行灯を装った切れ者のなのか…それとも学者肌なだけなのか…?ハヤテとしては兄妹喧嘩に巻き込まないでほしいというのが正直なとこだろうけど(笑)
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