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その9 エルヴィン・ランピーニ

◇◇◇◇◇◇◇◇


 その日、メイドのモニカは聖国王城にいた。

 急ぎ足で廊下を歩く彼女の歩みに一切の迷いはない。

 それも当然、ここは彼女にとっての古巣、一年前までの職場なのである。

 使用人達の部屋から謁見の間、王族の私室から宝物庫まで、彼女は普通の使用人なら立ち入れないような場所まで隅々に至るまで知り尽くしている。

 仮に目隠しをされた上で城内を連れ回されても、彼女は自分が今、どこにいるかピタリと言い当てる事すら出来るだろう。

 モニカにとってそれほど聖国王城は詳しく、なじみ深い場所であった。


 モニカはやがて、とある一室に入った。

 この城にしては狭い部屋だ。城のあちこちにある控え室の一つである。

 だが、基本的にこの部屋が控え室として使われる事はない。それはなぜか?

 モニカは脇目もふらず部屋の中を突っ切ると、窓から外を見下ろした。


「・・・やはり動きはないわね。予定通りなら、今日、ナカジマ様がハヤテ様で到着するはずなんだけど」


 モニカの視線の先にあるのは大きな屋敷。三侯の一つ、ラザルチカ侯爵家の屋敷である。

 そう。控え室というのは周囲の目を欺くための偽装。この部屋は侯爵家の屋敷を見張るために作られた部屋なのである。


 ティトゥに先駆けて聖国王城に入ったモニカは、今回の一件――第二王子カシウスがナカジマ家に新年式の案内状を送って来た件――についての情報収集を開始した。

 たった数日のみの調査だったが、この件は宰相府があずかり知らない事、そして王家が関わっていない事――つまりは第二王子カシウスが完全に単独で行っていたという事が判明した。

 カシウス王子を頂点とする第二王子派の中心となっているのは三侯の一つ、オルバーニ侯爵家である。

 しかし、今回の件に関してはオルバーニ侯爵家は関わっていないらしい。

 主に動いているのは派閥内のもう一つの侯爵家、ラザルチカ侯爵家。

 オルバーニ侯爵家とラザルチカ侯爵家では、同じ三侯とはいえ大きな力の差がある。

 なぜそんなラザルチカ侯に任せたのか。モニカはカシウス第二王子の考えを読めずにいた。


「また、ラザルチカ侯の考えは、読め過ぎる程読めるのですが・・・」


 ラザルチカ侯ハベルは、典型的な宮廷貴族だ。上の者には取り入って旨い汁を吸い、下の者は利用するだけ利用して使い捨てる。他人を能力や人柄ではなく、生まれた家や育ちで計る。


「そんな人間がナカジマ家を利用しようとすればどういう考えに至るか。予想通り過ぎて何の面白みもありませんね」


 ハベルはティトゥが独身である事を知ると、慌てて自分の派閥の中から家柄の良い未婚の男達を集めさせた。

 彼が何を狙っているかなど一目瞭然である。


「そんな家柄だけの男達にナカジマ様がなびくはずがありませんが、わざわざ不愉快な思いをさせるのも気の毒です。先にこちらで手を打っておくべきでしょう。やれやれ、つまらない仕事を増やしてくれるものです。カサンドラ様も三侯など無くしてくれればいいのに」


 モニカの実家、カシーヤス家は伯爵家相当とされている。実家よりも地位が上の侯爵家には色々と含む所があるようだ。

 ハベルの企みに対してはそれでいいだろう。モニカにしてみれば企みとも呼べない稚拙な策だが。

 問題は思惑が読めない第二王子カシウスである。


「カシウス殿下に今の所動きはない――。派閥の侯爵家に何か命じた様子もない。自分で招いておきながら、まるで興味がないみたい。けど、本当にそんな事があるのかしら?」


 モニカの評価では、第二王子カシウスは姉の宰相夫人カサンドラの下位互換。

 完全に器が下。知力も度胸もカリスマ性も姉のカサンドラには敵わない。今まではずっとそう思っていたのだが・・・

 こうなるとその評価も改めなければならないのかもしれない。


「何か仕掛けてくるならこのタイミング。そう思っていたのですが・・・いや、まだ何も起きないと決め付けるには早いですね」


 その後もモニカは辛抱強く屋敷の監視を続けたが、結局、ラザルチカ侯爵家には何の動きも無かった。

 こうしてこの日の彼女の見張りは空振りに終わったのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 燃えるような赤毛の宰相夫人、カサンドラさんは、目の前の光景に呆れ顔になった。


『いや、アンタ達本当に何をやっているのよ』

『ごめんなさいね、姉さん。私も一度、噂のハヤテを見てみたかったの。今までは胎教に悪いとかでずっと会わせて貰えなかったんだもの』


 若き美貌の人妻、元第四王女のセラフィナさんは自分の子供をあやしながら苦笑した。

 セラフィナさんは赤ん坊を抱きかかえたまま、パロマ王女が抱いたハヤブサに近付いた。


『ホラ、チェリーもハヤテの子供を良く見せて貰いなさい』

『あーうー』

『セ、セラフィナ様! チェルザ様を近付けては危のうございます! 相手は小さくともドラゴンなのですぞ!』


 護衛の騎士達が慌てて止めに入る。

 ハヤブサはニュッと首を伸ばすと、赤ん坊の匂いをフンフンと嗅いだ。


『あら、この子、こんなに首を伸ばして。チェリーの事を気に入ってくれたのかしら?』

「ギャーウー(う~ん、別に)」

『ハ、ハヤブサもセラフィナ様のお子様のお姿を見る事が出来て、非常に喜んでいますわ!』


 ハヤブサの塩対応に、ティトゥがアタフタとフォローを入れる。

 そんなに心配しなくても、この中でファル子達の言葉が分かっているのは、僕とティトゥの二人だけなのにね。

 おっと、僕の操縦席でカーチャが微妙な表情をしている。この子は下手をすれば僕達よりファル子達の事が分かっている。

 ハヤブサが何を言ったかまでは分からなくても、態度と声音で何となく言っている事を察したようだ。

 ティトゥの言葉に、セラフィナさんは嬉しそうにパッと笑みを浮かべた。


『そうなの? だったらこの子が大きくなった時には、どちらかのドラゴンが契約してくれるのかしら?』

「ギャーウー(僕はパス。僕にはカーチャ姉がいるし)」

「ギャウギャウ!(私もイヤ! 契約するならパパとママの子供がいい!)」

『ファルコ! ハヤブサ! ・・・そ、それはちょっと分かりませんわ。互いの相性もありますし、そ、その・・・オ、オホホホ』


 ティトゥは乾いた笑い声を上げながら必死に誤魔化した。

 セラフィナさんは『相性ならきっと大丈夫ね。この子は私に似て可愛くなるから』などと言っている。

 なんだろう。ここでもドラゴンは若い美女としか契約しない事になっているみたいなんだけど。

 一体どこの誰がこの悪質なデマを拡散しているのだろうか?

 そしてファル子は、僕とティトゥの子供と契約するとか言っていたけど、自分が誰の子供か分かってないのかな?

 困り切ったティトゥに助け舟を出してくれたのは、宰相夫人カサンドラさんだった。


『聖国を預かる宰相としては非常に興味深い話をしているけど、そろそろ場所を城内に移しましょうか。続きは暖かい部屋でお願いするわ。――ナカジマ殿』


 カサンドラさんはティトゥに向き直った。


遠い所を(・・・・)わざわざお疲れ様。城中に部屋を用意しているから、三日後の新年式までゆっくり過ごして頂戴』


 遠い所を、の部分を妙に強調したように感じたのは僕の気のせいではないだろう。というか、そのタイミングで僕の方をチラリと見たので間違いない。

 この人は、船や馬車で何日もかかる距離も、(ドラゴン)ならひとっ飛びだって知ってるからね。お疲れ様、と言ったのは社交辞令だ。


『ハヤテはこの中庭にいて頂戴。すぐにテントを用意させるわ』

『サヨウデゴザイマスカ』


 僕の返事にセラフィナさんが目を丸くした。


『話には聞かされていたけど、本当に人間の言葉を喋るのね』

『セラフィナ姉様、ハヤテは言葉を喋るだけじゃないわ! 料理の知識もスゴイのよ!』


 パロマ王女が身を乗り出してここぞとばかりに力説した。

 彼女はティトゥの屋敷の料理長、ベアータの作るドラゴンメニューの大ファンだからね。

 マリエッタ王女がジト目で姉を睨んだ。


『パロマ姉様だけズルいです・・・』


 彼女はティトゥの屋敷(※あの時はまだコノ村の漁師の家だったけど)に泊まった事もなければ、ドラゴンメニューを食べた事もない。

 どうやらパロマ王女は、あの時の経験を妹に散々自慢しているようだ。

 マリエッタ王女は、ベタな演出ならキイーッとハンカチに噛みつきそうな顔をしている。

 そしてドヤ顔で優越感に浸るパロマ王女。


『ふうーっ。ふうーっ』

「ギャウー! ギャウー!(イヤーッ! イヤーッ!)」


 そして飽きることなくファル子を撫でくり続けるラミラ王女。ジタバタと暴れるファル子。

 聖国王女達のカオスな状況に、宰相夫人カサンドラさんが『ちょっとアンタ達、いい加減にしなさい!』と怒鳴り付けたその時だった。

 中庭の騎士の間に、突然、緊張が張り詰めた。

 周囲のただならぬ雰囲気に、王女達がハッと我に返る。

 すわっ、何事?!


『ど、どうしたんですの?』


 状況について行けずに慌てる僕とティトゥ。

 騎士達はザッと踵を打ち付けると直立不動の姿勢を取った。

 僕達が固唾をのんで見守る中、城の中から背の高い青年が現れた。


 ええと、誰?


 年齢は二十代中程。整った顔立ちに温和な表情。青味がかった艶のあるサラサラヘアー。

 派手さはないが、お金のかかった立派な服。

 すぐ後ろには、いかにもやり手の執事、といった風貌の男性が控えている。

 ティトゥが小声でポツリと呟いた


『ひょっとしてカシウス殿下?』


 カシウス殿下。

 ティトゥを突然、聖国の新年式に招いた、この国の第二王子である。


 彼がカシウス第二王子だとすると、自分が招待した客が来たと知って、自ら出迎えに来たのだろうか?

 ティトゥ呟きは本当に小さなものだったが、すぐ近くにいたマリエッタ王女には聞こえたようだ。

 マリエッタ王女は小さくかぶりを振って、ティトゥの言葉を否定した。


『違います、ティトゥお姉様。あの方はカシウス殿下ではありません。カシウス殿下の兄上、エルヴィン殿下です』

『カシウス殿下の兄上って・・・という事はこの国の第一王子?!』


 ティトゥは驚きのあまり絶句したのだった。

次回「カサンドラとエルヴィン」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] そういや聖王国って宰相一家や王女姉妹(今章は王子たちも)が話題の中心ですが王様の存在感がまったくないけどお飾りみたいな感じなのかしら?
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