その8 王女達の出迎え
すみません。予告とサブタイトルを変えました。
見直したら、以前にも同じサブタイトルを使っていたので。
ランピーニ聖国に着いた僕達は、そのまま聖王都に向けて飛び、いつものように王城の中庭に着陸したのだった。
という訳でここは聖国王城の中庭。
ここでいつもなら、宰相夫人カサンドラさんが怒りの形相で飛び出して来る所だが、今日はたまたま仕事が忙しいのか、まだ姿を見せていない。
メイド少女カーチャが怯えた表情で心配そうに辺りを見回した。
『あの、ハヤテ様は当たり前のようにお城の中庭に降りましたが、これって本当に大丈夫なんでしょうか?』
うっ。た、確かに。
毎度の事だからいつの間にか感覚がマヒしてたけど、これって冷静に考えたらスゴイ事をしてるよね。
思わず言葉を失う僕にティトゥは『何を今更』と切り捨てた。
『そもそもモニカさんからココに降りろと言われたんですわよ』
そういえばそうだった。事前に僕達は、聖国王城に勤めるモニカさんから、いつもの場所に降りるようにと、指示を受けていたんだった。
そう。僕は彼女の言葉に従っただけ。いつものノリで深く考えずに着陸してしまったような気もするけど、それは多分、僕の気のせいに違いない。うんうん。
『・・・ハヤテ様、何か誤魔化してませんか?』
カーチャがジト目で僕を睨んだ。
カーチャ。こんな時だけ妙に鋭い子だよ。
『――ゾンジアゲマセンワ』
『ホラ、やっぱり! ハヤテ様が婦人言葉を喋る時は、決まって何かを誤魔化そうとしている時なんです!』
マジで?! 僕にそんな癖があったとは!
どうやら僕は、迂闊な言葉で自らの手で墓穴を掘ってしまったらしい。
『ハイハイ。二人共その辺にしておきなさい。お城から誰か出て来ましたわよ』
ティトゥの声に慌てて周囲を見回すと、城の中から護衛を連れた女性達が現れた。
着飾った若い四人の女性。
一番幼い銀髪の少女は、すっかりお馴染みのマリエッタ第八王女。
日本で言えば高校生くらいの金髪の二人組は、パロマ第六王女とラミラ第七王女。
赤ん坊を抱いた女子大生くらいの落ち着いた雰囲気の美女は・・・はて? 誰だろう?
マリエッタ王女達と一緒にいるって事は、あの人もこの国の王族なんだと思う。多分。
実はマリエッタ王女のお母さん、なんて可能性もワンチャンあるか?
『セラフィナ様――この国の元王女殿下ですわ。絵姿の通りのお美しいお方ですわね』
ティトゥが説明してくれた。
あの美女の名はセラフィナ元第四王女。二年前に侯爵家に嫁いだそうだ。
若い頃は(今でも十分に若いけど)聖国一の美姫としてその名を知られ、その美しさに魅せられた画家達によって数多くの肖像画が描かれたという。
そのうちの一枚がミロスラフ王国にも献上され、ティトゥはお城の新年会の時にその絵を見ているそうである。
新年会に参加するために、実家の王城に帰って来ているんだな――と思ったら、普通に王城に住んでいるそうだ。
そもそも聖国の侯爵家は城内に屋敷を持っていて、日頃からそこに住んでいるらしい。
「確かにあの人も美人だけど、ティトゥも負けないくらいキレイだと思うよ」
『あら、どうもありがとうございますわ』
僕の称賛の言葉にティトゥはちょっとはにかんだ。
前世の僕ならこんな言葉、絶対にこっぱずかしくて口に出来なかったけど、ご存じの通りティトゥはアニメから飛び出して来たような2.5次元美少女だ。
事実を言うだけなんで、自分でも驚く程自然に言えたよ。
『カーチャ、ファルコを押さえておいて頂戴。ハヤテ』
「了解。ファル子、大人しくね」
僕はメイド少女カーチャがファル子を取り押さえるのを確認してから風防を開いた。
今まで閉めていたのかって? 冬だからね。ティトゥ達に寒い思いをさせないようにしていたんだよ。
ティトゥは防寒用の外套を脱ぐと立ち上がった。冬の風が彼女の長いレッドピンクの髪をサッとなびかせる。
その凛々しい姿に、僕の周囲を取り囲んだ騎士達がハッと息を呑むのが分かった。
今日のティトゥは正式に聖国王城を訪ねるとあって、いつもの陸軍航空衣袴ではなく、茜色のドレスを着ている。
ミロスラフ王国風のドレスだ。
ティトゥはいつものように操縦席からヒラリと飛び降りようとして、今日はドレスを着ている事を思い出し、スカートの裾を押さえながら窮屈そうに降りた。
『ボソッ(ああもう。やっぱりドレスなんか着て来るんじゃなかったですわ)』
ご愁傷様。気の毒とは思うけど、君も社会人なんだからTPOはわきまえないとね。
招待を受けた客なんだから、ドレスコードは守らないと。
聖国の王女達を前に改めてかしこまるティトゥ。
例の美人が――セラフィナ元王女が、年かさのメイドに赤ん坊を預けると、ティトゥの前に進み出た。
『ようこそナカジマ殿。それと――』
ここでセラフィナさんは僕を見上げた。
穏やかで涼しげな眼に四式戦闘機の姿が映る。
同じ美人でもティトゥが”動”ならこの人は”静”。
まるでタイプの違う美女(人妻だけど)を前にして、僕は少しだけドキドキしてしまった。
『そちらはハヤテだったかしら? 妹達とモニカから色々と話は聞いているわ。――お願いだから王城は壊さないでね』
不穏な言葉に護衛の騎士達がギョッと目を剥いた。
ちょっとセラフィナさん! 突然、何を言い出す訳?!
僕はそんな乱暴者じゃないから! こんな大きな姿はしているけど、性根はむしろ小心者だから!
モニカさん、この人に何を言った訳?! もの凄く気になるんだけど!
銀髪のストレートヘアの少女――マリエッタ王女が、慌ててセラフィナ元王女の袖を引っ張った。
『セラフィナ姉様。ハヤテさんをからかわないで下さい』
『ごめんなさい。あなた達から話を聞かされていたから、つい。悪気は無かったのよ』
どうやらセラフィナ元王女は、見た目によらず意外とお茶目な人のようだ。
後で聞いた話になるが、子供の頃から聖国メイドのモニカさんと姉妹同然に育ったらしい。
なる程、だったらこの性格も理解出来なくはないかな。(何が?)
次にパロマ第六王女とラミラ第七王女がティトゥに声を掛けた。
『ナカジマ殿、お久しぶりです。招宴会で会って以来ですね。あの時は楽しい時間を過ごさせて頂きました』
『私とは一年以上前になりますね。ナカジマ殿、お久しぶりです』
二人共、初めて会った時には、濃い目のお化粧に金髪縦ロールの、”いかにも意地悪令嬢”といった感じの子達だったが、今では年相応のお化粧に普通のストレートヘアになっている。
まるで高校時代にヤンチャをしていた子が、社会人になって普通の姿になっているような感じ、と言って伝わるだろうか?
次いで二人は揃って僕を見上げた。
『ハヤテはいつも通りね』
『今度はパロマだけじゃなく、私も乗せて頂戴ね』
今から丁度一年前。帝国軍との戦いの際、パロマ王女にはトマスとアネタの実家、オルサーク男爵家との仲立ちをお願いした事がある。
ラミラ王女が言っているのは、その時の話だ。
最後にマリエッタ王女がティトゥに声をかけた。
『ナカジマ殿、お元気そうで何よりです』
そして僕を見上げた。
『ハヤテさんに子供が生まれたと聞きましたが、先程からチラリと見えているのがそうなんでしょうか?』
『ええ、そうですわ。ファルコ、ハヤブサ、ご挨拶をなさい』
ティトゥに呼ばれてファル子とハヤブサが操縦席から身を乗り出した。
「ギャーウー(私はファル子)」
「ギャーウー(僕はハヤブサ)」
二人のリトルドラゴンが挨拶をすると、周囲から大きなどよめきが上がった。
『な、なんだあの生き物は?!』
「ギャウ?! ギャウ?!(何?! 何?!)」
「ギャウー(なんか怖い)」
『何も怖くなんてありませんわ。いいから二人共こっちに降りていらっしゃい』
二人は少しためらいながらも、バサバサと翼をはためかせてティトゥの足元に降り立った。
『こちらが女の子のファルコ。こちらが男の子のハヤブサですわ』
『うわっ、可愛い・・・』
ラミラ王女が思わず身を乗り出そうとした所をパロマ王女に止められている。
マリエッタ王女は驚きに目を見開いた。
『セラフィナ姉上の部屋で見たぬいぐるみにそっくり・・・』
『ええ、本当。本物もピンク色と緑色なのね』
セラフィナさんのぬいぐるみ? ひょっとしてポルペツカの町で売っているぬいぐるみの事?
そういえばあのぬいぐるみは元々、聖国メイドのモニカさんが作ったのを、セイコラ商会が許可を取った上でコピーしたんだった。(第十二章 ティトゥの怪物退治編 閑話12-4 キャラクターグッズ より)
オリジナルは聖国に送られたと聞いていたけど・・・どうやらあれは、セラフィナさんの出産祝いのプレゼントとして作られたものだったようだ。
『あ、あの、ティトゥお姉様。その子を私に抱かせて貰えませんか?』
ラミラ王女が鼻息も荒くワキワキと手を動かした。
興奮し過ぎて、公式の場にも関わらずティトゥの事をお姉様呼びしてしまった事にも気付いていないようだ。
護衛の騎士が慌ててラミラ王女を止めた。
『殿下。危のうございます。小さくとも相手はドラゴン――』
『ええどうぞ』
「ギャウッ?!(ママ?!)」
ティトゥは迷うことなくファル子を差し出した。
ファル子は「ここはハヤブサじゃないの?!」と驚いた顔をしている。
『ありがとうございます! うわーっ! 可愛い!』
「ギャウー! ギャウー!(イーヤー! 放してー!)」
『あ、あの、ナカジマ殿。良ければ私も』
『はいどうぞ』
「・・・ギャーウー(まあ、こうなると思ってたよ)」
そしてハヤブサは諦め顔でマリエッタ王女に抱かれた。
『温かーい! それにすべすべー! キャーッ、可愛いー!』
「ギャウー! ギャウー!(イーヤー! はーなーしーてー!)」
『こっちの子は随分と大人しいですね』
マリエッタ王女は、ラミラ王女の腕の中でジタバタと暴れるファル子を眺めがらハヤブサの頭を撫でた。
『マリエッタ、次は私に抱かせて頂戴』
『ええ、パロマ姉様。本当にこの子は大人しいですよ』
ふと気が付くと、いつの間にかセラフィナさんが自分の赤ん坊を抱っこしていた。
どうやら妹達の楽しげな姿を見ているうちに、羨ましいというか、手持ち無沙汰になってしまったようだ。
その時、お城の中から燃えるような赤毛の美女が、急ぎ足でやって来た。
聖国の宰相夫人カサンドラさんである。
『待たせたわね! 王城の奥にいたから連絡が届くのが遅れ――って、アンタ達何やってるの?』
カサンドラさんは楽しそうにリトルドラゴンを撫で回す妹達と、そんな妹達を羨ましそうに見ながら我が子をあやしているセラフィナさんに呆気に取られるのだった。
次回「エルヴィン・ランピーニ」