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その4 聖国へ

◇◇◇◇◇◇◇◇


 聖国メイド、モニカはナカジマ家の屋敷に入ると、代官のオットーの下へと向かった。


「・・・しかし、カシウス殿下がこのような手段に出るなんて。この事をカサンドラ様はご存じなのかしら?」


 先程、モニカはハヤテに尋ねられ、聖国王家の事情を簡単に説明した。その話自体にウソは無かったが、全てを包み隠さずに話した訳ではない。

 特に第一王子エルヴィンと第二王子カシウスとの関係。

 いや、正確に言えば、第一王子派閥と第二王子派閥の確執。

 そして宰相夫人カサンドラ。

 彼女はその優れた頭脳と決断力で数々の実績を積み上げ、今の不動とも呼べる地位を築いている。

 影では『聖国の真の支配者』、『国王陛下ですら彼女の意のまま』とまで噂される程である。

 現在の聖国王城は聖国国王クレメンテの権力の下、これら三つの勢力が複雑に入り混じり、モニカですらその全容を把握しているとは言い難かった。


『ハヤテ様達、竜 騎 士(ドラゴンライダー)に関しては超重要案件。全ての判断はカサンドラ様自らが行う。そう聞いていたのに』


 カサンドラはハヤテとティトゥ、二人の竜 騎 士(ドラゴンライダー)を決して甘く見ていない。

 特にハヤテ。

 それは(例え本人から立候補したとはいえ)モニカという優秀な諜者を張り付けている点からも分かるだろう。

 そう。カサンドラはそれ程ハヤテを危険視している。

 モニカはカサンドラが、もしも可能ならばハヤテを排除――つまりは殺してしまいたいと考えている事を知っている。

 ミロスラフ王国との関係がこじれようが、ドラゴンという脅威の前には問題にならない。カサンドラとはそういう判断が出来る人間なのである。

 実際、モニカは過去に一度、カサンドラからハヤテを始末するように話を持ち掛けられた事がある。その時、彼女は「私の力では不可能です」と切り捨てている。

 彼女は武人ではない。強大なドラゴン相手に正面から挑んでも勝ち目はない。

 そして寝込みを狙おうにも、ハヤテは夜になっても寝る様子がない(※後にハヤテ本人からも「自分には睡眠が必要無い」と聞かされている)。

 毒殺をしようにも食事を摂らない。なにせハヤテは水すら飲まないのだ。

 モニカはハヤテの能力を知れば知る程、人間の力ではどんなことをしてもドラゴンを殺す事は不可能としか思えなくなっていった。

 そもそも、高空を飛ぶハヤテには弓矢が届かない。

 矢の速度はアーチェリーの場合で時速200キロ。対して四式戦闘機の飛行速度は巡航速度ですら時速380キロ。最大速度ともなれば時速600キロを超える。

 ハヤテは矢よりも何倍も速く空を飛べるのである。どんな弓の名手でも、果たしてそんな相手を狙えるだろうか?

 そしてハヤテの武器である龍咆哮閃光枝垂れ(しだれ)こと20mm機関砲と、双炎龍覇轟黒弾こと250kg爆弾(※共にティトゥ命名)。

 その圧倒的な破壊力の前にはいかなる鎧も盾も意味を成さない。

 こちらの攻撃が届かない上空から、こちらの攻撃が当たらない速度で、こちらの防御をものともしない圧倒的な火力を叩きこまれる。

 一体、そんな相手とどう戦えと言うのだろうか?

 今年の初め、モニカは国境の砦でハヤテが帝国軍と戦っている姿を見る機会があった。

 たった一匹のドラゴンが五万もの帝国軍を蹂躙する姿に、さしものモニカも戦慄を禁じえなかった。


 ハヤテとは敵対してはならない。

 最悪、聖国王家だけではなく、聖国という国すら滅びる危険性がある。


 モニカはその思いを強くする事になった。


 今となれば、ハヤテがいつまでもは飛んでいられない事。そして彼の武器にも一日の使用回数に制限がある事も分かっている。

 しかし、その程度の欠点に何の意味があるだろうか?

 ハヤテは知恵なき野蛮な獣ではない。自分の能力も、その弱点も限界も知っている。

 常に飛んでいられる訳ではない? ならば休む時は安全な場所まで飛んで行き、そこに降りればいいだけの事である。

 武器の一日の使用回数に限界がある? 逆に言えば全ての武器を使い切っても、翌日になればまた同じ攻撃が出来るという事でもある。ならば毎日往復すればいいのである。

 少し考えるだけでそれだけの対策が思い付くのだ。人間を遥かに超えた知能(※あくまでもモニカの主観です)を持つハヤテが気付いていないはずはない。

 その上でハヤテは度々、戦闘では数の力には敵わない、といった旨の発言をしている。

 ハヤテの力を妄信しているティトゥは「そんなはずはない」と不満に思っているようだが、モニカはこれ程の能力を持ちながら全く奢る事のないハヤテに底知れぬ恐怖すら感じていた。


「ナカジマ様はそんなハヤテ様の首に付けられた細い鎖。人間が強大なドラゴンを御する事の出来る唯一の装具。しかし、逆に言えばナカジマ様に何かあればハヤテ様が黙っていない。つまりナカジマ様の存在は人間にとって諸刃の剣でもある。

 カサンドラ様はそれを良くご存じのはずなのに。だったら今回の件は一体・・・」


 もしも第二王子カシウスの暴走であれば事は重大だ。

 ハヤテという強力な力を取り込もうとしてどんな無茶をするか分からない。

 一般にはカシウスは優秀な王子として認められているが、モニカはいささか厳しい目で彼の事を見ている。


「カシウス殿下も優れたお方ではあるものの、せいぜい常識的な秀才の範囲内。まあ普通に考えるならそれで十分なんだけど、姉であるカサンドラ様がいるからどうしても、ね。物足りない所ではあるわ」


 そう。カシウス王子の不幸は実の姉が彼よりも優秀だった事にある。

 モニカの目にはどうしても姉の下位互換として映ってしまうのだ。


「単純な能力という点だけで考えれば、カシウス殿下がカサンドラ様を出し抜けるとは思えない。――けど、殿下の周囲には殿下の取り巻きの宮廷貴族達がいる。それを考慮に入れると、能力がそのまま力関係とはならない。意外とカサンドラ様の立場も揺らいでいるのかも」


 ひょっとすると、その原因の一部はモニカにもあるのかもしれない。

 知っての通り、港町ホマレの開発には聖国からかなりの資金がつぎ込まれている。その資金が国庫を圧迫し、宰相夫妻の立場を弱くしている、という可能性も十分に考えられる。

 もしそうだとすれば――


「もしそうだとすれば、カサンドラ様らしくないミスね。あの人も何をやっているのやら」


 政敵に自らの過失を突かれているのなら、それは弱みを作った方が悪い。

 決して自分が悪いとは考えないモニカであった。


 そんな事を考えているうちに、彼女は屋敷の執務室へと到着した。

 代官のオットーは、いつものように部下達と書類仕事と格闘していた。

 モニカは開口一番、聖国王城の新年式に招待された件について尋ねた。


「ナカジマ様が連れて行く使用人。その中に私も加えて頂けないでしょうか?」

「それでしたら願ってもない。こちらからもモニカさんにお願いしようと考えていた所です」


 オットーは二つ返事で頷いた。

 使者の男から式典に出席する際のルールやしきたりは一通り教わったが、実際に参加するとなれば、当然、色々と分からない点や迷う事も出て来るだろう。

 若い頃から聖国王城で働き、式典やマナーにも詳しいモニカの存在は、ナカジマ家にとって非常にありがたかった。


 ちなみにティトゥが参加するのは決定事項である。

 いくら本人が往生際悪く、認めようとしなくても関係ない。

 ティトゥには代わりに行ってもらうような家族もいなければ、代理を任せられるような地位の高い家臣もいないためである。

 オットーが行くのは論外である。現在も港町ホマレには問題が山積みなのだ。

 ハヤテの助言の効果もあって最悪の事態は避けられているが、だからと言って彼の仕事が減った訳ではないからである。


「という訳でご当主様が参加するのは決定事項なんですが、それはそれとしてご当主様の姿を見かけませんでしたか? 少し休憩する、と言って部屋を出てから戻って来ないんですが」

「ナカジマ様ならハヤテ様のテントにいましたよ。これからファルコ様とハヤブサ様の体を洗うと言っていました」

「そうですか。おい」


 オットーの言葉に部下が立ち上がった。


「炊事場に向かえ。どうせお湯を用意するついでにベアータかハムサスにナカジマ銘菓を作らせているに違いない。菓子が出来るまで動かない、とか言い出すだろうが、構わないから連れて来るように」

「はい。ついでに我々の分も作って貰いますね」

「それがいい。部屋でみんなで食べると言うんだ。我々に仕事を任せておいて一人で食べるとは流石に言えないだろう」


 部下は頷くと急ぎ足で部屋を出て行った。


「それでは私もこれで。出発前にしておかねばならない事もありますので」


 モニカは慇懃に頭を下げると部屋を後にしたのだった。




 それから二日後。モニカは使用人と護衛を連れて屋敷を出発した。

 ティトゥよりも先に聖国に現地入りし、受け入れ態勢を整えるためである。

 受け入れ態勢を整える、という言葉から分かるように、ティトゥは遅れて聖国入りする。

 オットーとユリウスは言葉を尽くして説得したが、ティトゥはハヤテで向かうという点だけはガンとして譲らなかったためである。


「またですか? ご当主様。貴族というのは式典にだけ出席すればいいという訳ではないのです。行く先々でその土地の領主や代官と顔を合わせ、もてなしを受けるのも当主たるものの務めなのですよ」

「ご当主よ。お主もいい加減にナカジマ家の当主としての自覚を持つがいい。お主が貴族社会で不義理を働けば、ナカジマ家の家臣達が――ひいてはナカジマ領の領民達が肩身の狭い思いをする事になるのだぞ。ハヤテの事ならメイドの娘が乗っていけばいいだろう。ドラゴンの子らもあの娘には良く懐いている訳だし」

「何と言われようが、イヤ! ですわ! どうしても馬車で行かなければならないなら、私は式典に出席しませんわ!」


 どこまでも頑固なティトゥに、オットーとユリウスはほとほと困り果て、モニカに助けを求めた。

 モニカは二人の救援要請をあっさりと切り捨てた。


「そこまでおっしゃるなら、ナカジマ様のなさりたいようにされればよろしいのでは?」

「! さすがはモニカさん! 良い事言いますわ!」

「待ってくださいモニカさん! それだと貴族の当主としての務めが――」

「貴族社会での立場が――」

「どうせホマレから出た船はレブロンの港に到着します。あの町を治めるレブロン伯爵のご夫人、ラダ様はナカジマ様の事を良くご存じです。特に不快に感じる事はないと思います。どうしても気になるようでしたら、後日、ハヤテ様で直接会いに行かれれば良いのですし」


 モニカは「それよりもレブロンから聖王都へと向かう旅の途中の方が問題でしょう」と続けた。


「申し訳ないですが、聖国人はミロスラフ王国の事を良く知りません。どのような貴族家があって、どのような領地があるか。むしろ詳しい者の方が少ないはずです。ましてやナカジマ家は昨年出来てからまだ一年。失礼ながら、おそらく誰も知らないのではないでしょうか? そのような土地でナカジマ様が肩身の狭い思いをするくらいなら、いっそそのような不快な旅程は全て飛ばし、ハヤテ様で直接王城に行かれた方が良いのではないでしょうか?」


 モニカの指摘に、ティトゥは我が意を得たりと頷いた。

 オットーとユリウスも、決して外国でティトゥが邪険に扱われても良いと思っている訳ではない。

 二人は困り顔を見合わせた。


「・・・そうまで言うのなら、今回は仕方がないかもしれませんね」

「うむ。勝手を知らない外国の話じゃからな。ここは聖国を良く知るカシーヤス殿に従うべきかもしれん」


 オットーはそれでも「今回だけですからね。いつもはちゃんと馬車で行って下さいね」と念を押すのを忘れなかった。

 ティトゥは元気よく「勿論覚えておきますわ!」と約束した。

 覚えておく、とは言ったが、言う通りにする、とは言っていない。

 どうやらオットー達とティトゥの戦いは今後も続きそうである。


 それから更に数日後。ティトゥを乗せたハヤテは聖国に向けて飛び立ったのであった。

次回「第二王子派の誤算」

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― 新着の感想 ―
[良い点] あ、これ道中で接触を図ろうと思ってたのにすっ飛ばして王宮に直接来られて涙目になるやつだ(笑)毎回壊されてるのでそろそろ王宮にもハヤテの着陸用の滑走路とかできてそうw [一言] そういや今さ…
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