その3 第二王子の思惑
僕のテントで若いメイドが、ティトゥの説明に「なる程」と相槌を打った。
『私がいない間にそんな事があったんですね』
この一見、人好きのしそうな若いメイドはモニカさん。聖国の王家に代々仕えるカシーヤス家のご令嬢――のはずなんだけど、今ではナカジマ家の食客のような扱いになっている。
最近はもっぱら港町ホマレの方で寝泊まりしていて、屋敷には二~三日に一度。報告のために訪れるようになっていた。
『散々苦労した甲斐あって、どうにか開発のめどは立ちました。今後は報告を受けるだけなので、これからはまたナカジマ家のお屋敷でお世話になります』
『分かりましたわ』
どうやらホマレの開発事業は立ち上げの時期を過ぎたらしく、無事にモニカさんの手を離れたようだ。
これからはまた、ティトゥの屋敷でメイドとして働くつもりらしい。
ていうか、この人はいつまでナカジマ領にいるつもりなんだろう? こんな事をしていて実家の両親に怒られないのだろうか?
『それで、カシウス殿下がよこしたという使者の方はどこに?』
『それなら朝食を食べ終えると屋敷を出て行きましたわ』
聖国王城から来た使者の男は、一泊した後、早々に屋敷を後にした。
昼の船で聖国に戻るそうだ。
『余程ベアータの料理が気に入ったみたいでしたわね。今朝も何度もお替りをしていましたし』
どうやらベアータの作るドラゴンメニューを随分と気に入ったらしく、かなり心残りの上での帰国だったらしい。
王城からの使者だから、もっと貴族風を吹かした付き合い辛いタイプの人かと思ってた。
本人はもっとベアータの料理を食べていたかったようだが、あまりのんびりされると、彼が戻るよりも先にティトゥが聖国に到着する、なんて事にもなりかねない。
もうすぐ年末だからね。彼には気の毒だけど、早く帰って王子に報告して貰わないとみんなが困ってしまうのである。
ご愁傷様。
メイド少女カーチャが主人に振り返った。
『ティトゥ様は聖国で開かれる新年式に参加される事が決まったんですよね? いつ出発なさるのですか? 色々と準備もあるので早目に言って頂かないと困るんですが』
『・・・私はまだ納得した訳じゃありませんわ。今回の事はオットーが勝手に決めただけですわ』
ティトゥは仏頂面のまま足元のファル子を捕まえると撫で回した。
「ギャウ! ギャウギャウ!(ママ! そこくすぐったい! くすぐったいってば!)」
ファル子はママに構って貰えたのが嬉しいのか、身をよじって悶えている。
あくまでも往生際の悪いティトゥにカーチャは呆れ顔になった。
使者に「参加する」と伝えた以上、ここでゴネてもどうしようもないだろうに。
本人にもそれが分かっているはずなんだけど・・・それでも不満なモノは不満らしい。
これ以上言っても、ティトゥがへそを曲げるだけか。
仕方なく僕は話題を変えるためにモニカさんに尋ねた。
『モニカサン オウジ ダレ?』
『王子? ハヤテ様はカシウス殿下について知りたいのですか?』
『そう! それですわ! 私もモニカさんが戻って来たら聞こうと思っていたんですの。なぜ、カシウス殿下は会った事もない他国の貴族の私を、王家が主催する式典にわーざーわーざ招待したのかしら?』
わざわざの部分が妙に力が入ってイヤミっぽく聞こえた気がするけどそれはさておき。
ティトゥの疑問に、モニカさんは彼女にしては珍しく困った表情を浮かべた。
『私は聖国の王城側の人間なので、あまり立ち入った話をするのはちょっと。ですが聖国の貴族であれば誰でも知っているような話で良ければ――』
彼女はそう前置きをした上で、僕達に聖国王家の説明をしてくれたのだった。
ええと、取り合えず聞いた話を自分なりに整理してみようか。
聖国国王は現在四十代後半。この世界の感覚としてはアラフィフは割とベテランで、そろそろ次の国王に位を譲るべき時期に来ているようだ。
王妃は四人。
子供は、王子が三人。王女は六人。
一番年上は、宰相夫人のカサンドラさん。一番年下は第八王女のマリエッタ王女。
マリエッタ王女が八番目の女の子なのに王女が六人しかいないのは、王女が二人、若くして病気で亡くなっているためである。
今回、ティトゥに案内状を送って来たのは、第二王子のカシウス。
カシウスは長男の王太子エルヴィンの一つ年下で、兄とは腹違いとなる。
現在二十四歳。既婚者。文武両道で、非常に優秀な人物として知られているそうだ。
逆に兄のエルヴィンはと言うと――モニカさんの口からはハッキリとは語られなかったが、どうやら凡庸でイマイチの人物、という評判のようだ。
「なんだろう。どこかで聞いたような話なんだけど。具体的に言うならこの国の王家」
『・・・私も同じ事を思いましたわ』
ミロスラフ王家の王子も、凡庸で政治に関心の無い兄と、文武両道で優秀な弟だった。
聖国と似て非なるのは、あちらは国王が健在で二人がまだ王子のままでいるのに対し、この国の場合は国王が崩御したために不出来な兄が王位を継いで優秀な弟が臣籍降下してしまった、という点だろう。
その兄王も昨年、ミュッリュニエミ帝国との戦いの前に病気で亡くなり、今は弟のカミルバルトが国王の座に就いている。
不謹慎な話だけど、聖国の人達の中には、この国の現状を羨ましがっている人もいるかもしれない。
「そういえば前国王の国葬は今年の春先に行われたんだっけ」
『その頃、私達は丁度チェルヌィフ王朝に行っていましたわね』
ナカジマ家からは誰が葬儀に参加するか、結構、揉めたらしい。
僕達は当然、チェルヌィフにいるから連絡が付かないし、春になって開発が本格始動した所だから代官のオットーも領地を離れられない。
客分のユリウスさんにお願いした所、「バカを言うな。ワシはナカジマ家の家臣ではないからムリじゃ」とピシャリと断られてしまった。
結局、オットーの部下が代理で出席する事になり、随分と肩身の狭い思いをしたそうだ。
おっと、話が横に逸れてしまった。
それで一体なぜ、その優秀なカシウス王子がティトゥに声を掛けて来たんだろうか?
『そこまでは私も――いくつか推測する事は出来ますが・・・』
さっきから気になっていたけど、今日のモニカさんは珍しく言葉の歯切れが悪い。
どうやら自国の王家の話をどこまで他国の貴族に(※ティトゥの事ね)話して良いか判断に迷っているようだ。
『いえ、ハヤテ様にどこまで話して良いか分からずに困っていました。聖国としては今後もハヤテ様と良い関係を続けて行きたいので。私の話でハヤテ様が聖国王家に妙な先入観を抱いてしまっては大変ですからね』
『ハヤテなら大丈夫ですわ。ハヤテはドラゴンの中のドラゴン。人間よりも気高い精神と人間を遥かに凌ぐ優れた頭脳を持っているんですわ』
『だからです。私の迂闊な一言から、どんな真実が暴かれるかと心配致しまして』
いやいや、君達何を言っている訳?
僕の中身はただの一般だから。気高い精神とか、優れた頭脳とかどこを探しても見付からないから。ていうか、いつの間にティトゥの中で、僕はドラゴンの中のドラゴンになってる訳?
僕は僕以外のドラゴンなんて、ファル子とハヤブサしか知らないから。そりゃあまあ、あの二人に頭や飛行能力で劣ってるとは思いたくないけど。そう考えれば確かにドラゴンの中のドラゴンになるけど。分母はたったの三だけど。
「イイカラ キカセテ」
『・・・分かりました。可能性の一つ目ですが、カシウス殿下はナカジマ様に近付く事で、最終的にハヤテ様を取り込もうとお考えになっているのかもしれません』
『それはムリですわね。ハヤテは若い女性としか契約しませんもの』
『そうですね』
うぉい! 君達、何を当たり前のように言ってる訳?!
いい加減、その設定をこするのを止めてくれないかな!
とんだ風評被害だよ! 僕はそんなエッチなドラゴンじゃないから!
『まあそうなんですが、カシウス殿下の周囲の者達はそれを知りませんから』
モニカさんも乗らないでいいから!
ていうか、あなた多分、気付いてるんじゃない?
気付いた上で僕をからかって楽しんでいるんでしょ? そうだと言ってよ、お願いだから。
『周囲の者達?』
『はい。殿下の周囲には、彼を支持する宮廷貴族達が集まっていますから』
どうやら聖国王城内部では権力闘争が繰り広げられているようである。
カシウス第二王子派が僕に手を伸ばして来たという事は、現状はエルヴィン第一王子派の方が優勢なのかもしれない。
いやまあ、普通、兄の方が継承権が上になるんだから当然か。
『二つ目の可能性として考えられるのは、宰相夫人カサンドラ様がお二人をお呼びになられたのではないか。つまりは宰相ではなく、王家の者がナカジマ様を招待した、という形にするため、カサンドラ様が弟であるカシウス殿下の名前を使ったのではないか、という可能性です』
『それに何か意味があるんですの?』
ティトゥは不思議そうにしているが、モニカさんの言いたい事も分からないではないかな。
カサンドラさんは元々は聖国の第一王女だが、今は宰相の旦那さんと結婚してアレリャーノ家だっけ? の人間になっている。
聖国王家の招いた客とアレリャーノ家が招いた客。どちらの方がより箔が付くかは言うまでもないだろう。
まあ、貴族界での見栄えどころか、社交場そのものに興味の無いティトゥにはいまいちピンと来ないようだけど。
『三つ目の可能性は、騎士団が動いている場合です。最初の話に似ていますが、こちらの場合だと、国王陛下が関与している可能性があります』
『どういうことですの?』
モニカさんの推測によると、先日、海賊退治に強力して貰った聖国海軍騎士団。バース副隊長から海軍騎士団に僕の情報が上がり、それを受けた海軍騎士団が本格的に僕を取り込みに動いた可能性があるそうだ。
『ハヤテ様は昨年、カルシーク海の海賊退治でもご活躍していますから、十分に考えられると思います。海軍騎士団の上の者達が国王陛下に具申。陛下は新年会の参加を口実に、殿下にお二人を王城に呼ぶようにお命じになった。こう考えれば筋が通ります。カシウス殿下としても陛下と海軍騎士団の双方に貸しを作れる事になりますからね。悪い話ではなかったのではないでしょうか』
『ええっ?! 聖国の国王がティトゥ様とハヤテ様を呼ぶように命じたんですか?! スゴイ事じゃないですか!』
『だったら海軍騎士団の人達が直接私に言えばいいんですわ。どうしてこんな持って回ったややこしいやり方をするんですの?』
カーチャは目を丸くして驚いたが、ティトゥは不快げに唇を尖らせている。
まあ君が騎士団のトップなら、こんな風に手を回したりしないで直球ど真ん中、ストレートに行くだろうね。
『四つ目の可能性としては――』
『まだあるんですの?!』
驚くティトゥ。ちなみにファル子とハヤブサはとっくに飽きて僕の翼の上で昼寝をしている。
いつも思うのだが、二人は金属の皮材の上で寝てお腹が冷えないのだろうか?
モニカさんの話はその後も続いたが、七つ目を終えた所でとうとうティトゥはギブアップ。『考え過ぎて、何が何やら分からなくなってしまいましたわ』と投げ出してしまった。
モニカさんは苦笑しながら『聖国とはそういう国ですので』と答えた。
『はあ・・・こんな事に頭を使うなら、新年会に参加せずに済む方法でも考えていた方がまだマシですわ』
『流石にそれは不可能かと』
『ティトゥ様。いい加減に諦めて下さい』
相変わらずブレないティトゥのボヤキで、この場の話は終わりとなった。
全員がテントを後にする際、僕の良く聞こえる耳は、モニカさんの『私がしばらく王城を離れている間に、各派閥に何か動きがあったのかもしれません。早急に最新の情報を手に入れる必要がありますね』という小さな呟きを拾っていたのだった。
次回「聖国へ」