その2 新年式への招待
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屋敷に入ったティトゥ達は、すぐに使用人に見付かって呼び止められた。
「ご当主様。オットー様が捜しておられました。すぐに執務室に行って下さい」
「りょーかい、ですわ。カーチャ、ファルコとハヤブサを部屋に連れて行った後、私の着替えの用意をしておいて頂戴」
「はい! 分かりました! 行きましょう、ファルコ様、ハヤブサ様」
「ギャーウー(りょーかい)」
「ギャウギャウ!(イヤー! ママといる!)」
メイド少女カーチャは嫌がるファル子を抱きかかえると、ハヤブサを連れて屋敷の奥へと去って行った。
ティトゥが執務室に入ると、代官のオットーが待っていた。
彼の説明によると、聖国王城からの使者は、正確には聖国第二王子カシウスからの使者だという事だ。
ティトゥは、ひょっとして第八王女マリエッタがよこした使者なのでは? と思っていたので、意外な名前が出た事に驚きを隠せなかった。
ティトゥは第二王子は勿論の事、聖国の王子の誰とも面識がなかった。
「――で、何ですのオットー。その顔は」
「現在、使者の方は応接室で待って頂いております。それよりも、ご当主様にお聞きしたいのですが・・・」
真顔で詰め寄るオットー。ティトゥはイヤそうにのけぞった。
「お二人が聖国王城で何をやったのか、今のうちに言っておいて下さい。使者の方から話を聞かされる前に覚悟を決めておきたいので」
どうやらオットーの中では、完全にティトゥとハヤテが何かやらかした事になっているようである。
心当たりのないティトゥはムッとしたが、これは仕方がないだろう。なにせ竜 騎 士には前科が有り過ぎるのだ。
これぞまさしく自業自得。日頃の行いが人の信頼を作る、という生きた見本と言えるだろう。
「何も知りませんわ。最後に行ったのはモニカさんを迎えに行った時だから、もう何か月も前の話になりますし。そもそも今年に入ってからは聖国王城には数回しか行ってませんわ」
「・・・普通、他国の王城というのは年に何回も行くようなものじゃないんですが。ご当主様とハヤテ様にそれを言っても仕方がないんでしょうね」
オットーに呆れられようがどうしようが、ティトゥに聖国王城から何か言われるような心当たりはない。
――いや、正確に言えば、他国の王城にハヤテで乗り付けている事自体が非常識なのだが、それを今更、問題にされるとも思えない。
そもそも、二人にそうするように言ったのは、聖国からの押しかけメイド、モニカである。
文句があるのなら、先ずはモニカに言うべきではないだろうか?
「とにかく、私にもハヤテにも何も心当たりはありませんわ。部屋で着替えて来るので使者の方にもそう伝えておいて頂戴」
オットーはそれでも「本当かなあ」という疑いの表情を崩さなかった。
ティトゥはオットーの疑惑の眼差しに気分を悪くしながらも、カーチャの待つ自室へと急ぎ足で向かったのであった。
使者の男は、いかにも宮廷貴族、といった風体の尊大な男だった。
男は気取った調子で装飾過剰の前置きを長々と続けた上で、ようやく本題を切り出した。
「カシウス殿下はナカジマ殿の数々の勇名を聞き、また、ナカジマ領が聖国と密接な関係にあると知り、たいそうお喜びになられました。つきましては更なる親睦を深めるためにも、是非、王城で主催される新年式へご招待したいと、そのように申された次第でございます」
「ししし、新年式への招待?! ・・・そ、そうですの。ま、誠に光栄に存じますわ。オホホホ」
新年会への招待と聞き、思わず声が裏返るティトゥ。乾いた笑いが室内に響き渡る。
オットーは気の毒そうな目でティトゥを見つめた。
ティトゥは今朝、王城から新年式の中止の知らせが届いて以来、すこぶる上機嫌だった。
式典に参加せずに済んだと喜んでいたら、よもやその日のうちに、今度は聖国から新年式の招待が来ようとは。
使者の男は、どうだ有難いだろう、とでも言いたげな態度で、式典への参加の確認をした。
「勿論、参加するでしょうね?」
「あ、あの、実はこの国でも毎年、王城で新年式が行われていまして、私はそちらに――「参加させて頂きます! ええ、勿論!」
オットーは慌ててティトゥの言葉を遮った。
ティトゥは親の仇を前にしたような顔で、オットーを睨み付けた。
「ジロリ!(オットー! 一体どういうつもりなんですの?!)」
「ジロリ!(ご当主様こそ、何を言うつもりだったんですか?! 王城の新年式は中止になったと連絡がありましたよね! 相手は聖国王家ですよ! ヘタなウソをついて、後でバレたらどうするおつもりですか!)」
「ジロリ! ジロリ!(黙っていればバレませんわ!)」
「ジロリ! ジロリ!(だからバレた時にどうするのかと言っているんです!)」
二人の視線がぶつかり合い、熱い火花を散らす。
以心伝心。流石は毎日、同じ部屋で書類仕事をしている絆? は伊達ではないようだ。
聖国の使者は、参加の言質が取れた事で満足したらしく、目の前で繰り広げられている無言のバトルには気付いていなかった。
「それではこちらを。新年式の案内ですぞ」
「頂戴致します。参加するに当たってお尋ねしたい事も多々ありますが、長旅でお疲れでしょう。部屋を用意していますので、昼食の準備が整うまで先ずはそちらでおくつろぎ下さい。おい、使者殿を部屋までご案内さしあげろ」
「はい。こちらへどうぞ」
使者の男は「食事ですか。それはありがたいですな」などと言いながら、使用人に続いて部屋を後にした。
彼が去った後、部屋ではティトゥとオットーの激しい口論が繰り広げられる事になるのだが、勿論、彼はそんな事を知る由も無かったのであった。
使者の男に用意された部屋は、聖国調に整えられた一室だった。
品の良い住み心地の良さそうな客室だが、使者の男の琴線には触れなかったようだ。
使用人が部屋の外に下がり、一人になると、男は部屋を見回して「ふん」と鼻を鳴らした。
「質素でつまらん部屋だ。まあこの辺りがミロスラフ王国の建築家の限界だろう。とはいえ、使者の私を聖国風の部屋に案内した点だけは評価してやるか。ミロスラフ風の部屋なんぞを用意されていたらと思うとゾッとするわい」
男はその後も、内装や調度品をチェックしてはいちいちケチを付けて回った。
不平屋、と言うよりも、おそらくは人の悪い所を見付け、指摘しなければ落ち着かないタイプの人間なのだろう。
ちなみに彼は勘違いしているようだが、この客室は別に聖国人の彼に配慮して用意した部屋ではない。この屋敷の客室はみんなこんな作りなのだ。
その理由は、この屋敷を建てたのが、聖国メイドのモニカが国から連れて来た建築家だからである。
聖国の建築家が建てたのだから、内装が聖国風になるのも当然だろう。
国でも有名な建築家で、貴族の屋敷や別荘のデザイン。それに建築にも数多く関わっているという。
先程男は「質素でつまらん部屋」とバカにしたが、彼の名を知る者達が聞けば、さぞや男の見る目の無さを嘲笑ったに違いない。
男は一通りケチを付けた事で満足したのか、気取ったちょび髭を撫で付けながら独り言ちた。
「しかしカシウス殿下はなぜ、ミロスラフ王国の、しかも地方領主ごときを聖国王家の主催する新年式に招待するとお決めになったのだろうか? 確かに、先程見たここの領主は中々の美人ではあったが、所詮は半島の小国の田舎臭い貴族娘。殿下がわざわざ気にかける程ではないだろうに。大方、あの娘が飼っているドラゴンに興味がご有りなのだろうが、聡明なカシウス殿下らしくもない軽はずみな行動としか思えんな。これではまるで、兄のエルヴィン殿下のようではないか」
その後も男の口からは文句が出るわ出るわ。
誰も聞く者がいないのに――いや、誰にも聞かれていないのをいいことに、彼は王城の不満から家族の不満。この国の不満にナカジマ領の不満と、ありとあらゆる不満をこぼしまくった。
コンコンコン。
ノックの音に男はハッと振り返った。
「何だ?」
「食事の用意が出来ました。食堂にご案内致します」
男はサッと身だしなみを整えた。
人の事を悪く言う者に限って、自分が悪く言われるのを極端に嫌うものである。
(ふん。成り上がりの小娘がどれほどの食事を出せるのか、お手並み拝見といこうか。とはいえ、所詮は半島の地方領主。私のような生粋の聖国貴族の舌を満足させる料理が出せるとは到底思えんがな)
男は、「せめて食事には聖国酒を出して欲しいものだ。粗末な食卓も我が国の酒があれば少しはマシに思えるだろう」などと口の中で呟いた。
食堂に到着すると、テーブルには既にティトゥが座っていた。
一見、取り繕っているようだが、男の目には彼女の不満そうな様子がありありと読み取れた。
男は「どうやら食事の手配が上手くいかなかったようだ」と推測した。
(おそらく、屋敷の料理人程度では聖国王城からの使者を――つまりは私を――満足させられる料理が用意出来なかったのだな。それが分かったからこの娘は苛立っているのだ。まあ、仕方があるまい。なにせ今から恥をかくのが分かっているのだからな)
男はティトゥの事情を察した上で、しかし、表面上はいかにも嬉しそうなふりをしてみせた。
「さて、一体何をご馳走して頂けるのでしょうか。実に楽しみですな」
この程度のイヤミや当て擦りは、宮廷貴族の間では軽い挨拶のようなものである。
男はティトゥの反応を期待したが、彼女はあっさりと「白身魚のフライだと言っていましたわ」と答えただけで、特に慌てる様子も恥じ入る様子もなかった。
(何だ? 料理人に怒っているのかと思ったが、違ったのか?)
そう。違う。
男は想像だに出来なかったが、ティトゥは折角、国の新年式が中止になったにもかかわらず、別の国の新年式に参加しなければならなくなった事に不貞腐れていたのである。
とはいえ、男がその可能性に気付かなかったのも仕方がないだろう。彼の常識では、聖国王家が開催する式典に招待される事は貴族社会での大きなステータスであり、ましてや王子から直接招待される事は誰もが憧れて止まない名誉なのである。
それがまさか「社交場嫌い」などという理由で、この栄誉を「迷惑」と考える貴族がこの世界にいようとは。
更に言えば、ティトゥは勝手に式典への参加を決めたオットーに腹を立てていただけではなく、案内状を持って来た使者すらも――つまりは彼すらも――逆恨みしていたのだが、流石にそこまでいけば彼でなくても理解に苦しんだ事だろう。
男が会話を続けようとしたその時、最初の料理、スープが運ばれて来た。
物を食べながら話をするのはマナーに反する。男は黙って引き下がった。
「なっ?! 何だこの緑色のスープは?!」
しかし、皿に乗った緑色の液体を見た瞬間、彼は思わず叫んでいた。
「野菜のポタージュですわ」
ティトゥはあっさりと答えた。
現在、この国の王都で流行しているエセ・ドラゴンメニュー。
それらはハヤテの機体色にちなんだ緑色をした料理を「ドラゴンメニュー」と呼んでいるだけのシロモノであり、ティトゥ達、本物のドラゴンメニューを知る者達からの評判は非常に悪かった。
だが、当のハヤテ本人は、「料理に正しいも偽物もないんじゃない?」という考えで、「これはこれでいいと思うけど」と前向きに受け止めていた。
『偽物は偽物。緑色だからドラゴンメニュー、というのでは納得いきませんわ』
「そう? だったら逆に偽物からパクってやるってのはどう?」
こうしてハヤテが提案したのが緑色のフレンチスープ。ほうれん草のポタージュであった。
使者の男は、今まで見た事も食べた事もない料理に混乱していた。
「ドラゴンメニュー? ドラゴンから伝えられた料理? これが?」
「次の料理が来ましたわよ」
その後も男が一度も見た事がない料理が次々と運ばれて来た。
そしてそのどれもが食べた事がない程美味しかった。
まさか聖国王城の外でこれほどの美食に巡り合う事が出来るとは。
男はいつものイヤミな批評も忘れて、一心不乱に美味しい料理を掻き込んだ。
そうして最後のデザートを食べ終えた時、彼はようやく満足のため息をついたのであった。
(おや? そういえば何かを忘れていたような・・・。そうだ、食中酒として聖国酒を用意させるつもりでいたんだった)
しかし男は「まあいいか。聖国酒は国に戻ればいくらでも飲めるし」とあっさりと諦め、美味しい食事の後の心地よい満腹感に浸ったのだった。
次回「第二王子の思惑」