その3 エアクラフト ミーツ ガール
現在僕は小さな池のふちに佇んでいる。
水面に映るのはいつも見慣れた冴えない引きこもりの男の姿。ーーではない。
「間違いない、この機体は四式戦。それも僕が作ったヤツだ」
そう。頭を打って死んだ?僕は、この異国の空を太平洋戦争中に日本が作った戦闘機、四式戦・疾風の身体になって飛んでいたのだ。
そして遅まきながら、このままダラダラと無駄に飛んで燃料を消費し続けるのはマズイんじゃないか? と気が付き、急遽人目に付き辛そうなこの小さな森に着陸。一旦落ち着いて今後の身の振り方を考える事にしたのである。
ところで少し話は変わるが、スケールモデルを作る人間なら誰しも一度は資料集めをしたことがあると思う。
兵器に興味のない人にとっては意外な話かもしれないが、古い兵器というものは、案外当時の色が正確に分かっていないことがあるのだ。
実物が博物館にあっても、それらは当然後になって塗り直されたもの(そうでなければ今頃錆びた鉄屑だ)だし、写真が残っていても、そもそも古い写真は色あせするし、撮影環境によっては微妙な色合いも変わってくる。もちろん本などの印刷物でも同じことが言える。
日本人なら誰でも知っているゼロ戦ですら、初期の塗装は人によって飴色だと言ったり、銀色だと言ったり、白っぽい灰色だと言ったりするのだ。
このように色というのは正確な資料として残り辛い模型製作者泣かせなモノなのだ。
なぜ急にこんな話をしたのかというと、要は色によって僕は「この身体は自分が作った四式戦である」と考えた、ということである。
「この機体の色は、映画『大帝都燃ゆ』で主人公の部隊の四式戦カラー。僕が調色したものに間違いない」
本来の四式戦は陸軍機によくある深い緑色だ。
だが『大帝都燃ゆ』の四式戦は、劇中でヒロインが「命萌ゆる若葉の色」と表現した少し明るい緑色である。
今の僕の姿は劇中そのままの若葉色。さらに垂直尾翼には劇中同様、皇室に伝わる三種の神器をイメージした部隊マークが描かれている。
つまりこの身体は、あの日僕が丹精込めて作ったプラモデルをそのまま実物大にした姿だという事になるのだ。
「あ、この辺ちょっと塗りムラがある」
感慨深く全身を眺めてると、拡大された弊害だろうか、あの時は気が付かなかった塗りムラが目に入ってしまった。
いや、こういうのは塗った本人だから目に付くのであって、他人は言われなければ気が付かないものだ。
だから大丈夫。セーフ、セーフ。
・・・下地の磨きが甘かったか~。
だが、コッソリ反省する僕であった。
「いやいや待て待て。そんなことより今は根本的な問題について考えよう。」
え~、コホン。
「僕、四式戦になってる」
そう、改めて言ってみても何が何だか訳が分からない。
当事者である僕ですら、何が起こっているのか分からないんだから、恐らく誰に話しても理解してもらえるとは思えないだろう。
一番高い可能性は、あの時頭を打って死んで異世界に転生したといったところか?
・・・一番高い可能性がそれって。
というか、普通こういう転生モノは最低限でも生き物に転生するものではなかろうか?
そもそもどうやって今の僕が生まれたのかも分からない。
僕が作ったあのプラモデルが成長したのが今の僕だったりするのか?
超プラスチック生命体。
でもなんとなく、今の自分の身体がプラスチックではなく、普通に金属であることは分かる。
いや、流石にこのサイズをプラスチックで作るには素材の強度的にムリがあるよね。
ちなみに、ここは今の僕みたいな意思のある機械しか存在しない世界である、といったSFチックなオチでないことはすでに確認しいる。
普通に鳥とかいくらでも飛んでるし、そもそも上空から人間の姿をちらほら見かけることが出来たからね。
茂みで踏ん張っていたオッサンもいたから生身で間違いないだろう。つーか何をしているかとついつい興味深く観察しちゃったよ。それでもって後悔したよ。ちゃんと葉っぱで尻も拭いてたよ。
さらにどうやら僕の住んでいた時代の地球ではないことも確かなようだ。
飛んでいる最中に、僕は搭載されている無線機がラジオの周波を拾えそうなことに気が付いた。
で、いろいろと試してみたのだが、どれだけ幅広く探しても意味のある電波を拾うことは出来なかったのだ。
どうやら本当に僕は、異世界あるいは昔の地球にタイムスリップしてしまったようだ。
少なくとも、ここは自動車も電線もラジオもないヨーロッパの国だ、と考えるよりは無理が無い気がする。
タイムスリップか・・・もしそうだったら、それはそれで微妙だな。
異世界なら魔法とか謎パワーで現状を何とかできるかもしれないけど、中世ヨーロッパじゃハイオクの航空燃料どころか精油されたガソリン燃料も手に入らないだろう。
今タンクの中にある燃料が無くなって飛べなくなったら、後は鉄屑になって朽ち果てるしかなくなってしまう・・・
それは最悪の未来だ。
『え~と。ドラゴンさん?』
そんな風に考え込んでいたせいだろうか。
迂闊にも僕は人が近づいて来ている気配に全く気が付いていなかったのだ。
突然かけられた声に僕は驚いて振り返・・・ることはできない身体なので、慌ててそちらに視線を向けた。
そこで僕が見たモノは・・・
多分、今僕が元の身体であったなら、バカみたいに口を開けて呼吸をするのも忘れていたに違いない。
そこに立っていたのは、まるでCGキャラがモニターの向こうから飛び出してきたような、見たこともないような外国の美少女だったのだ。
ちょっとアニメっぽいレッド・ピンクのゆるふわヘアー。
大学生? 高校生? そのくらいの年齢だろうか?
彼女は頬を染め少しほほ笑みながらこちらをじっと見つめていた。
僕が頭を真っ白にしてフリーズしてしまったのも仕方がないことだろう。
何せこんな2.5次元美少女をリアルで見たのは初めての経験だったのだ。
ましてやそんな子に話しかけられたんだから・・・
・・・いや待て、本当に僕に話しかけたのか?
知らない人から声をかけられたと思って振り返って返事をしたら、実はその人はたまたま自分の隣を歩いていた全然知らない人に声をかけていた。というハズカシ経験は誰しもしたことがあると思う。
おおう。危うく迂闊に返事をして、2.5次元美少女から「このオジサン誰?」みたいな目で見られる所だったよ。夜中に思い出しては涙で枕を濡らす所だったわ。
そうだよ、勘違いだよ。それに僕、この子の言うドラゴンさんじゃないしね。
なぬっ?
さっきドラゴン、とか言いませんでしたか?
いきなりの展開に固まってしまった僕にしびれを切らしたのか、少女はゆっくりと僕のそばに近付いてきた。
あ、やっぱり僕に話しかけてたんですよね?
ちょ・・・やめて。あまり距離を詰めないで。
その時新たな女の子の声が。
『お嬢・・・ティトゥ様! もうお屋敷にもどりませんと!』
もう僕はいっぱいいっぱいです。今度は誰?!
次回「エアクラフト ミーツ ガールズ」