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エピローグ ホマレに降る雪

今回で第十八章が終了します。

「あ。雪だったのか」


 昨夜からの曇り空。

 今日は日向ぼっこも出来ずに、テントの中からボンヤリと外を眺めていると、視界の先で白い小さな点が風に吹かれてチラホラと舞い始めた。

 はて、ゴミにしては妙に数も多いし、一体何だろう? などと思っていたら、どうやら雪が降り始めていたようだ。

 今年の初雪である。


「あ~、これでしばらく飛行はお預けかぁ。ティトゥがガッカリしそうだな」


 この国は雨はそれ程降らないが、冬になると雪は結構降り積もる。

 半島沿の西の海を流れる暖流と、冬になると大陸から吹き寄せる季節風によるものだと思うが、正確な所は分からない。

 なにせ魔法が存在するような世界だ。ワンチャン、僕の知らない魔法的な原因の可能性だってあるだろう。


「ヤラ達が故郷に戻った後で良かったよ」


 僕は本格的に降り始めた雪を眺めながら独り言ちた。

 もしもこんな寒空の下、カタリナが外で姉を待ち続けていたとしたら・・・。想像しただけでも胸が締め付けられる。


「今頃は暖かい家の中で、この雪を見ているのかもしれないな」


 僕は見た事も無い遠い港町へと思いをはせた。




 ナカジマ家の代官、オットーの話によると、僕の提案した寺子屋は順調に進んでいるらしい。

 寺子屋とは言ったものの、実際は公設教育機関とでも言った方が正しいかもしれない。

 ナカジマ家がお金を出して教育機関を運営し、町の子供達に勉強を教える。

 つまりは学校だね。


 最初にこのアイデアを出した時、オットーは僕の意図を理解出来ずに首を傾げた。


『てらこや? ですか? 一体、何のためにナカジマ家の金を使ってまで平民に勉強を教えるんでしょう?』

「ああうん。教育それ自体ももちろん大事だけど、主な目的は子供の保護だね。仕事を探してホマレの町に来る人達が増えた事で、子供の数も増えているんだ。町には昼間、親が仕事に出ていない間、一人で親の帰りを待っている子供達が大勢いる。中には外で親を待たなきゃいけない子供だっているし、お昼ご飯を食べるお金すら貰っていない子だっているんだよ」

『――と言っていますわ。ねえ、ハヤテ。それってカタリナの事ですの?』


 そうだとも言えるし、違うとも言える。カタリナはヤラからお昼ご飯のお金を貰っていたからね。

 しかしカタリナは、似たような境遇の子達がお腹を空かせているのを見て、自分も食事を摂らずに我慢している時もあったようだ。

 これから冬になって雪も降り出す。

 子供達にとっては厳しい季節になるだろう。


『それは子供達が可哀想ですわね』

『それだけじゃありません。子供達の間に病気が流行れば、そこから彼らの親達、そして町の者達へと伝染する恐れもあります』

「そうそう。だから親が仕事でいない昼間の間、子供達を預かる施設を作るんだよ。そこで勉強を教えて、お昼ご飯を食べさせるんだよ」

『・・・う~む。親の理解が得られるでしょうか?』


 胡散臭いと思われるんじゃないかって事?

 そこはナカジマ家の名前を前面に出せば大丈夫なんじゃないかな。

 親にしてみれば、そのまま放っておくくらいなら、学校に預けても別に変わらないと思うし。


『いえ、勉強嫌いの子だっているはずですわ』


 ハイ。勉強嫌いの子から意見が出ました。

 自分がそうだからと言って、他人もそうだと思わないように。


「う~ん。度が過ぎて周囲に悪影響を与えるようなら、出て行って貰うしかないかな。ある意味、子供にとっては勉強が仕事で、お昼ご飯が仕事の報酬な訳だからね」


 とはいえ、ナカジマ家が――貴族が運営する施設で、そこまでわがままを言える子供が出るとも思えないけど。


 この話、名目上は子供の保護だが、単に保護するだけなら別に学校にする必要は無い。

 本当に何か仕事を――お手伝いのような事をやらせたっていいのだ。

 それを利益を産まない勉強という形にしたのは、ヤラとカタリナを見て来た影響が大きい。

 僕が二人に読み書きと計算を教えた経験が――二人が熱心に僕から勉強を教わっていた記憶が――僕の中に、「ヤラ達の他にも、勉強したくても出来ない子達がいるんじゃないか」という考えに繋がり、「そんな子達の願いを叶えてあげたい」という思いにつながったのである。


 でも、それを正直に口にするのは抵抗があった。

 もし、説明しても理解されなかったら。そう思うと、なかなか話す気になれなかった。

 それは僕の思いを、ヤラ達との思い出を否定されたのと同じ事になる。

 僕はそれがイヤだったのだ。


 オットーはそれでも気乗りしない様子だった。


『しかし、年末を前にしてこれ以上仕事が増えるのは・・・』

『オットー、ハヤテがここまで言っているんですわ。雪が降り始める前にどうにかして頂戴』

『・・・はあ。分かりました。至急の案件として、部下に命じておきます』


 領主のティトゥの鶴の一声で、オットーは渋々納得した。仕事を増やしてゴメン。でも、手遅れになってからでは遅いから。

 ちなみに、何がどうなったのか、ナカジマ家公営学校の初代理事長はオットーの奥さんに決まったそうだ。

 詳しい経緯は聞いていないが、昔から人にものを教えるのは得意だったらしい。

 オットーが若い頃は傭兵をしていた件といい、オットー一家は不意打ちでサラッとぶっ込んで来る傾向があるのかねえ。




「ギャウー! ギャウー!(パパ! パパ!)」


 賑やかな声にふと我に返ると、ファル子とハヤブサがテントの中に駆け込んで来た所だった。

 二人はメイド少女カーチャと一緒に、裏の林に散歩に行っていたのだ。


「お帰り。外は雪が降り出したけど、帰りは大丈夫だったかい?」


 ファル子はハッと立ち止まると、すぐさまテントの外に飛び出した。


「ギャウー! ギャウー!(雪! 雪!)」


 どうやら僕への挨拶を終えた途端、雪の事を思い出したらしい。

 相変わらず、ファル子の頭は二つの事を同時に処理できないようだ。


「ハヤブサはいいのかい? お前も雪を見るのは初めてだろう?」

「ギャーウー(う~ん、別に。さっきまで沢山見たし)」


 ハヤブサはテントの入り口の匂いをフンフンと嗅ぐと、プシュンと小さく鼻を鳴らした。


『ハヤブサ様、雪が積もったら雪だるまを作りましょうね』

「ギャウー?(パパ。雪だるまって何?)」

「雪で作ったお団子を重ねたものだよ」

「ギャウ?! ギャーウー!(お団子?! お団子食べる!)」


 ファル子がお団子という言葉に反応して、テントに飛び込んで来た。


『ファルコ様、テントの中で飛ばないで下さい!』

『賑やかですわね。ファルコ達が帰って来たんですの?』

「ギャウー! ギャウー!(ママ! ママ!)」


 上着を羽織って暖かな恰好をしたティトゥがテントの中に入って来た。

 ティトゥはじゃれついて来るファル子をあしらいながら、残念そうに外の景色を振り返った。


『とうとう降り始めてしまいましたわね。・・・はあ。これで当分、ハヤテに乗って空を飛ぶのはお預けですわね』


 それは仕方がないかな。

 とはいえ、コノ村に住んでいた時とは違い、裏庭を滑走路代わりに出来るようになっているから、多少の積雪程度なら飛ぶ事は出来るとは思う。

 まあ、『だったら』とティトゥがねだって来るのが分かっているから言わないけどさ。

 雪の中のフライトが危険な事に違いは無い訳だし。


『雪が積もると大変ですわ。ホマレの町でも、今頃、この雪に大慌てでしょうね』


 ホマレの町か――

 僕の脳裏に、ヤラの頭の中から見た、ホマレの町の光景が思い浮かんだ。

 この一ヶ月、僕は疑似的にとはいえ、あの町で暮らし、あの町の人達の中に混じって生活をしていた。

 異世界と地球。場所や文明が違っても、町が”人が住む場所”である事に違いはない。


 ヤラの霊能力の――僕は何らかの魔法現象だと思っている――の暴発。

 最初は、ただただ迷惑な気持ちしかなかった。

 しかし、途中からは好奇心の方が上回っていた。

 だってそうだろう?

 異世界の町の生活が疑似体験出来るのだ。

 空の上から見下ろしているだけでは分からない、人間の視点から見た景色。

 そして住んでいる人達の生活の息吹が感じられるあの光景。

 そこには四式戦闘機として転生して以来、二度と叶わないと思っていた人間としての生活があった。


 精神のリンクが切れて以来、僕はヤラに会っていない。

 ティトゥやカタリナが何度もヤラに声を掛けてくれたそうだが、色々と理由を付けては断られたそうだ。

 彼女の気持ちも分からなくはない。

 自分の頭の中に住んでいた男が、この世界ではドラゴンと呼ばれている謎生物だと分かったのだ。

 怖くて顔を合わせたくないのだろう。

 少し寂しいが、仕方のない事だと思う。


「――ねえ、ティトゥ。またカタリナの描いた絵が見たいんだけど」

『ええ。構いませんわ』


 ティトゥは僕の操縦席に乗り込むと、紙の束を取り出した。

 これはカタリナが僕のために描いてくれた絵本? 紙芝居? だ。

 タイトルは『炎の戦乙女と緑の竜』。

 そう。あの日、ホマレの町の広場で見た人形劇。あの話をカタリナが思い出しながら描いた力作である。

 この作品、タイトルこそ『炎の戦乙女と緑の竜』だが、炎の戦乙女はティトゥをモデルに、緑の竜は僕をモデルにして描かれている。

 ちなみに絵だけではなく、文章も全てカタリナ自身の手によるものだ。

 分からない文字や難しい文字は、カーチャや他の使用人に聞きながら頑張って書いていた。


 ファル子とハヤブサ、そしてカーチャがティトゥの手元を覗き込んだ。


『カタリナが描いていた絵ですね。ハヤテ様はこのお話が好きなんですね』

「ギャーウー?(パパとママ?)」

「ギャウー! ギャウー!(ママ! 読んで読んで!)」

『いいですわよ。――その日、お城では舞踏会が開かれていました』


 ティトゥの朗読を聞きながら、僕はカタリナの描いた絵を――その中の一枚の絵を眺めていた。

 『炎の戦乙女と緑の竜』とは全く関係の無いその絵。

 それはカタリナが仕事に行ったヤラを待ちながら描いていた、『眠れる森の美女』の絵だった。


 あの日、奴隷船の甲板の上でぶちまけられた二人の荷物。カタリナの描いた紙は風に吹かれて海に飛ばされてしまった。

 この絵は唯一、飛ばされずに残っていた物で、聖国海軍騎士団員が見つけたのを、僕がカタリナに頼んで譲って貰ったのである。

 海賊に踏まれたらしく、絵の真ん中には大きな足跡が残っている。

 カタリナは汚れた絵を僕に渡す事を申し訳なく思ったらしく、『だったら新しく描きますね』と、炎の戦乙女と緑の竜のお話を描いてくれたのである。


 カタリナの気持ちは嬉しいし、僕のために頑張ってくれた事も素直に有難いと思う。

 けど、僕が本当に欲しかったのは、足跡の付いたこの絵――僕がヤラの手を使って文章を書き、カタリナが絵を入れ、姉妹で文字の勉強をしていたこの絵。

 あの時の思い出の詰まったこの一枚だったのである。


「ギャウー! ギャウー!(パパだ! パパが来た!)」

「ギャーウー?(僕達は出ないの?)」

『これが作り話というのは分かっていますが、みんなドラゴンの事を女好きだと思っているんですね』

『・・・ハヤテが普段からもっとしっかりしないからですわ』


 物語は僕が登場するシーンに差し掛かっていたようだ。苦笑するカーチャに不満顔のティトゥ。

 いや、しっかりも何も、僕の女好き設定は、大抵君らのせいだからね。

 僕は男も乗せて飛んでるから。撃沈もしてるけど。


 外は雪がしんしんと降り注いでいる。

 僕はティトゥの声を聞きながら、ヤラ達との思い出に浸るのであった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ここは大陸の東。大陸最大の国家、チェルヌィフ王朝の王都ザトモヴァー。

 王城の外れに存在する小さな丘、王家の陵墓。

 対外的には王家の陵墓と言われているこの場所には、チェルヌィフ王朝の秘中の秘、叡智の苔(バレク・バケシュ)が存在していた。


 ピロリン。


 洞窟の中に甲高い電子音が響いた。

 異様な洞窟だ。大きな岩を中心に、見上げるばかりに壁一面、ビッシリと緑の苔に覆われている。

 苔は不思議な幾何学模様を描いている。

 もし、ここに現代人がいれば、まるで電子回路のプリント基板のようだと思った事だろう。


 そう。叡智の苔(バレク・バケシュ)の正体はスマートフォンの音声認識アシスタント。

 この模様は魔法生物でもある叡智の苔(バレク・バケシュ)の体から伸びたプリント基板パターン。

 その基盤模様の上に、長い年月の間に魔力を好む種類の苔が生えたものなのである。


 ろうそくの明かりで本を読んでいた少年が、慌てて叡智の苔(バレク・バケシュ)の本体――岩に埋め込まれたスマートフォンへと駆け寄った。


「オーケイ・バレク」


 ホコッ


 起動ワードを認識して、音声認識アシスタント、ボイス・ライフアシスト・コミュニケータ、通称VLAC(バラク)が起動した。


『ようこそエルバレク』


 女性の合成音が少年に答えた。

 少年の名前はキルリア・カズダ。叡智の苔(バレク・バケシュ)の言葉を翻訳する小叡智(エル・バレク)と呼ばれる存在である。

 キルリア少年は心配そうにバラクに尋ねた。


『バレク・バケシュ様、先程のお声は一体何だったのでしょうか?』


 キルリア少年が心配しているのには理由がある。

 この数日、バラクはどこか気もそぞろ(※音声認識アシスタントを相手にこんな表現をつかっていいものか分からないが)で、いつもより返事が遅れたり、そもそも返事が無かったからである。

 それは負荷のかかる計算をしていたため、音声認識アシスタントに割けるリソースが少なかったからである。

 だが、仮に説明されたとしても、その事を正しく理解できるのはこの世界でただ一人、同じ現代日本からの転生者であるハヤテだけであろう。


『先程の音はプログラム終了時に設定されているシステムサウンドです』

『プログラム、でしょうか?』

『はい。惑星リサールにおけるマナ分布と作用素の変位予測、それらデータ演算のために作成したプログラムとなります』


 キルリア少年は今の言葉を懸命に理解しようとしたが、単語の半分も理解出来なかった。


「・・・ハヤテ様なら分かったのかもしれませんね」

『ハヤテ。そう、ハヤテ』


 バラクは少年の呟きからハヤテという単語を聞き取り、彼女(彼?)にしては珍しく、声に感情らしき抑揚をにじませた。


『ハヤテを呼んで下さい。ハヤテに伝えなければなりません』

『それは! ・・・ゴホン。ハヤテ様は遠い他国におられます。お呼びするのは大変難しいかと』


 キルリア少年の返事に、バラクは今度こそハッキリと焦りの感情を表した。


『五百年前のマナ爆発。作用素の大量変位が再びこの惑星上で起きようとしています。急がなければいけません。早ければ一年以内。遅くとも数年以内にこの惑星の生物は大量死を迎えるでしょう』

『えっ?!』


 キルリア少年は相変わらずバラクの言葉が半分も分からなかった。しかし、生物の大量死という不穏な言葉だけはハッキリと理解出来た。


『それを防げるのは純粋なマナの塊。魔法生物しかいません。そして現在、惑星リサールには二体の魔法生物が存在しています。一体は叡智の苔(バレク・バケシュ)。そしてもう一体がハヤテなのです』

 少し長くなりましたがこれで第十八章も終わりとなります。

 いつもとは少し違った展開から始まりましたが、楽しんで頂けたでしょうか?


 この後はいつも通り閑話を挟みつつ。次の章に取り掛かる予定です。

 他作品の執筆がひと区切りつき次第戻って来ますので、それまでは気長にお待ちいただくか、私の他作品を読みながら待っていて頂ければと思います。


 最後になりますが、いつもこの小説を読んで頂きありがとうございます。

 まだブックマークと評価をされていない方がいましたら、是非よろしくお願いします。

 総合評価を上げてもっともっと多くの人に読んでもらいたいので。

 皆様からの感想もお待ちしております。

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― 新着の感想 ―
やはりハヤテは、他人想い素敵な性格ですね♡ 姉妹がハッピーエンドになって良かったです~♡ 素敵な小説ありがとうございます♡ いつも応援してます♡
[一言] 18章完走お疲れ様です 遂にこの物語も大詰めか?風呂敷を広げようと思えば広げられるし畳もうと思えばここで畳む事も出来るターニングポイントですね
[良い点] いつの間にか異世界恋愛小説を読んでいたようです。
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