その30 その名は竜騎士《ドラゴンライダー》
すみません。サブタイトルを変更しました。
船の中から奴隷らしき人達と手足を縛られたオリパ叔父さんが現れた。
海賊達が一体、何をするつもりなのかと疑問に思っていると、彼らは叔父さんに切りつけ、海へと突き落とした。
「えっ?! そんな! どうして?!」
『仲間同士じゃないんですの?!』
叔父さんは必死で船によじ登ろうとしていたが、船の舷側はオーバーハング気味に反り返っている。
加えて、今の彼は縛られていて手足の自由が利かない。
僕達が息をのんで見つめる中、やがて彼は力尽きたのか、波間に姿を消してしまった。
「・・・・・・」
人が死んだ。
ヤラ達をだました憎い相手だが、目の前で人が苦しんで死ぬ所を見せられて、さすがに平気ではいられない。僕の心はまだそれほどは壊れていない。
頭の芯が痺れたように重くなる僕とは違い、船の上の海賊達は拍手喝采の大盛り上がりを見せている。
楽しそうな彼らの姿に、僕は改めて海賊達の残忍さを思い知らされ、激しい怒りと嫌悪感を覚えた。
その時、彼らのリーダー格と思われる男が、奴隷達の中から少女の手を掴んで引っ張り出した。
「カタリナ!」
それはヤラの妹、カタリナだった。
僕の脳裏にオリパ叔父さんの最後がフラッシュバックする。
僕は頭にカッと血が上ると急降下。海賊達に襲い掛かったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
罪人への裁きは終わった。
いや、あれは裁きではない。死が約束された実質的な処刑である。
残酷なショーに興奮冷めやらぬ海賊達。
この瞬間だけは、頭上を怪物が――ハヤテが――旋回している現実も忘れているようだ。
船長の狙いは見事に成功したようである。
生贄を殺す事で、すっかり下がってしまった士気を上げる。
犠牲者の血を好む残忍な海賊ならではの人心掌握術と言えた。
船長は自らの手腕に満足すると、空を見上げた。
「・・・チッ。オリパの死体には食い付かねえか」
彼が忌々しげに睨む先には、巨大な翼――四式戦闘機・疾風が悠々と空を舞っている。
肉食獣は草食獣を狩る際、群れから離れた個体や弱い個体、子供や衰えた個体に狙いを付ける。
船長は頭上の化け物も、そういった弱った獲物を探しているのではないかと考え、あえて仲間を一人、犠牲にしたのである。
しかし、期待したような結果は得られなかったようだ。
「あの化け物め、一体何がしたいんだ? いや。海に落としたのが失敗だったのかもしれねえか」
オリパが海に沈んでしまったのがいけなかったのかもしれない。
あるいは化け物は獲物の血の匂いを好むのか? あり得そうな話だ。
船長は化け物が人間を食うという勝手な思い込みに何の疑問も抱いていなかった。
というよりも、それ以外に化け物がこの船を襲った理由が思いつかなかった。
「仕方がねえ。丸損になるが命あっての物種だ。予定通り、奴隷達を化け物の餌にくれてやるか」
船長は奴隷達の方へと振り返った。
彼らは目の前の残酷な処刑シーンにすっかり怯え、身を寄せ合って震えている。
奴隷達は暗い船倉の檻から、突然、甲板の上に引っ張り出された。
目の前に飛び込んで来た光景は彼らの度肝を抜くものだった。
船の帆はボロボロに焼け落ち、三本の帆柱も一本が切り倒されて、もう一本は半ばまで焼け焦げている。
視界を遮る物が無くなり、すっかり見通しが良くなった甲板は、あちこちが無残に焼けている。
更にはヴーン、ヴーンと響く低い唸り声。
空を見上げると、巨大な翼が船の上空を旋回している。
この船に一体何があったのか? そして何が起きているのか?
奴隷達は予想外の状況に、混乱と動揺を隠せなかった。
そんな中で行われた処刑騒ぎ。
奴隷達は訳も分からず、ただただ恐怖に怯えていた。
「適当に何人か切りつけりゃあ、ヤツも食い付くだろう。テメエら、こっちに来い!」
船長はサーベルを肩に担ぐと、奴隷達に迫った。
怯えて退く奴隷達。
そんな中、一人の少女だけがその場に取り残された。
「ん? コイツは――オリパの姪だったか? 餌としては小ぶりだがまあいい。逆にガキの方が化け物が食い付くかもしれねえ」
ハヤテが聞けば「ああん?」と凄みそうな言葉を呟きながら、船長は少女の――カタリナの腕を掴んだ。
カタリナはハッと我に返ると怯えた目でこちらを見上げた。
「ふむ。まだガキだが、もう四~五年もしたら中々の上玉になるかもしれねえな。化け物の餌にくれてやるにはちと惜しいが・・・運がなかったな」
船長はそう言うとカタリナの腕を握る手に力を入れた。
「手の一本も切り落とせば十分だろう。何人かキズを付けて甲板に放置しとけば、化け物が降りて来て勝手に始末するだろうよ」
彼らは”生餌”だ。
しかも血の滴る新鮮な餌だ。
化け物がこの生餌に食い付いている間、自分達は船の中に隠れてやり過ごす。
腹さえ膨れれば、化け物もここを立ち去るだろう。
後は全員の服を繋ぎ合わせてでも帆を修理して、この場から逃げ出せばいい。
カタリナの目が恐怖に見開かれた。
その時だった。
「せ、船長! あれを! 化け物だ! 化け物が来る!」
「なにっ?!」
部下の悲鳴に船長は慌てて空を見上げた。
青い空をバックに、巨大な化け物の姿がグングンと大きくなって来る。
「なんで急に?! ヤツは獲物が弱るのを待っていたんじゃなかったのか?!」
ズドドドドドド
「ギャアアアア!」
「ヒイイイイイ!」
化け物の両翼と頭がチカチカと瞬くと同時に、海賊達に灼熱の弾丸が降り注いだ。
「よせ! 来るな! 来るなああああ!」
船長はカタリナを放り出すと一目散に逃げ出した。
しかし、この場面でこの行動は完全な悪手だった。
船長が船の中に逃げ込むよりも、化け物の――ハヤテの速度の方がずっとずっと早かった。
そしてカタリナという身を守る盾を失った船長を、ハヤテが見逃すはずはなかった。
ドドドドドド
――ゴツン!
船長は走り出した勢いのまま、顔面から甲板に倒れた。
衝撃で頭が割れ、額から血が噴き出す。
だが幸いな事に、彼が痛みを感じる事は無かった。
船長の体は20mm機関砲の弾丸に大きく抉られ、そのショックで既にこと切れていたからである。
こうして海賊サエラス一家の一味。奴隷船の船長は死んだのだった。
ハヤテは海賊船を踏みつけるように上空を通過。そのまま水平飛行へと移った。
そして数百メートル先でUターンすると、再び攻撃の構えを見せた。
「うわあああああっ!」
「ひえええええっ!」
「た、助けてくれええええっ!」
海賊達は我先に船内へと駆け込んだ。
これまで、海賊達は何度もハヤテの空襲を受けていた。
しかし、その攻撃は全て船の帆に集中していた。直接攻撃を受けたのは初めてだったのである。
その威力は彼らの予想を超えた凄まじいものだった。
そもそも20mm機関砲は航空機関砲。大型爆撃機に対処するために開発されたものであり、人間のような軟標的に対しては完全なオーバーキルなのである。
海賊達は訳も分からないうちに、バタバタと倒れた。
たった一度の攻撃。それもほんの数秒の攻撃で、怖いもの知らずの荒くれ者が何人も命を失った。
信じられない光景。タチの悪い冗談のような光景。悪夢のごとき光景。
しかしこれは現実だった。
海賊達の恐怖心は限界を超えた。
彼らは船内に逃げ込むと、硬くドアを閉ざした。
こうして甲板の上は殺された死体、負傷して動けない海賊、そして腰を抜かして動けなくなった奴隷達だけが残された。
焦げ臭い匂い。負傷者のうめき声。そして奴隷達の嗚咽。
全員が息を殺し、誰一人動けないその中で、ただ一人、幼い少女だけが立ち上がった。
外洋の潮風が少女の金髪をなびかせる。
「緑の竜・・・ナカジマ家のドラゴン」
この船の誰もが化け物に怯える中、彼女だけは知っていた。
この一ヶ月、港町ホマレで生活していた彼女は、化け物の――襲撃者の正体に気付いたのである。
そして襲撃者の目的が自分達の救出にある事にも気付いていた。
残念ながら彼女自身は一度もその姿を見た事はない。(※ヤラが来て以来、ハヤテの精神は昼間は彼女の頭の中に捕らえられていたので、当然、空を飛ぶ事は出来なかった)
しかし、その噂がホマレの住人達の口の端に上らない日はなかった。
ナカジマ家当主、ティトゥ・ナカジマとその契約竜。
国王カミルバルトと共に、五万の帝国軍を追い払い、王家に反旗を翻したメルトルナ家の軍隊を打ち倒したこの国の守護者。
その名は――
「竜 騎 士」
カタリナの呟きは風に乗って海原に流れていった。
次回「ヤラの目覚め」