その6 協力体制
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「アダム班長こそ路地裏で何をしていらしたんですの?」
不思議そうにティトゥが尋ねた。
そろそろ暮れ六つの鐘が鳴り、今日一日が終わろうとする時間。
王都の大通りを歩いていたティトゥ達が出会ったのは髭の立派な男。
マチェイから王都まで彼女達に同行した騎士団のアダム班長だった。
「私はちょっと野暮用でして」「路地裏で誰かとお話していたようですわね」
ティトゥの指摘に、あちゃー、という顔を見せるアダム班長。
「ここだけの話にして下さいよ。実は私は今ちょっと病欠中でして」
意外な言葉にティトゥ達の目が丸くなった。
少女達を驚かせることにまんまと成功したためか、アダム班長はどこか満足気だ。
「彼らには私の病気に効く話を伺ってました」
メイドのカーチャはきょとんとしているが、ティトゥと、侍女のビビアナの後ろに隠れたマリエッタ第八王女はピンときたようだ。
アダム班長が話しているのはマリエッタ王女襲撃事件のことに違いない。
騎士団のカトカ女史は右から左に聞き流している。すでに理解することを放棄したようだ。
「ティトゥ様、こちらの方は?」
マリエッタ王女が控えた態度でティトゥに尋ねた。
アダム班長も二人のメイドが気になっていたようだ。
これ幸いとティトゥに尋ねた。
「こちらのお二方はご存じありませんな?」
「知り合いの家のメイドですわ。王都を案内してもらってますの」
ビビアナとマリエッタ王女はアダム班長にチョコンと礼をした。
「ふむ・・・そうですか?」
「こちらの方は王都騎士団のアダム班長ですわ」
何かが引っ掛かるのか釈然としない様子のアダム班長に、ティトゥがすかさず言葉を被せた。
「病欠中とおっしゃいましたが、確か随分と嬉しそうに娼館に行くと言ってましたね。病気でもうつされたんですの?」
「ちょ・・・なに言ってるんですかマチェイ嬢! 病欠ってそういう意味じゃありませんよ!」
蔑んだ目で距離を取る少女達に慌てて誤解を解こうとするアダム班長。
「貴方はこちらに近寄らないで下さい」
「それ酷くないか?!」
カトカ女史にバッサリ切り捨てられて涙目になるアダム班長。
アダム班長の注意がそれたスキにマリエッタ王女がティトゥに目配せをした。
王女の意図を読んだティトゥがアダム班長に話しかけた。
「お急ぎでないなら宿でお話でもしませんか? 父も貴方と話がしたいと思いますので」
「やっ・・・しかし、私も用事がありまして・・・。」
何か良からぬ雰囲気を察知して咄嗟に逃げを打つアダム班長。
危険を感じとるこの勘一つで彼は騎士団の班長にまで上り詰めたといっても過言ではない。
「まあそうおっしゃらずに」
「まあまあ」
しかし回り込まれた。
王女と王女に合わせたビビアナの二人にアダム班長は後ろを取られてしまった。
「さあ、行きますわよ」
ティトゥは有無を言わせず歩き出した。
しばらくその後ろ姿を恨めし気に眺めていたアダム班長だが、じきに諦めて後に続いた。
実のところアダム班長もマチェイ家当主シモン・マチェイに少し聞きたいことがあったのだ。
アダム班長はちらりと自分の後ろを歩くメイド少女を見た。
カーチャはアダム班長の視線に不思議そうに首をかしげるのだった。
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宿に戻るとティトゥはすぐ使用人のルジェックを呼んだ。
ルジェックは大男だが気は小さい。だがその巨体は相手を威圧するのに使えると考えたのだ。
アダム班長の後ろ、入り口のドアを塞ぐように立たせた。
「どうぞお座りくださいな」
本来なら美少女達に囲まれてまんざらでもないアダム班長なのだろうが、この場に漂う重い空気に居心地の悪さを感じているようだ。
少女たちの視線に促されてアダム班長は渋々イスに座った。
「あの・・・皆さんは座らないので?」
少女達はアダム班長を見下ろしている。
これではまるで尋問室だ。
アダム班長の知らない幼少のメイドがティトゥに目くばせをした。頷くティトゥ。
彼女がこの場を支配しているのか?
アダム班長が内心首をひねった。
「さきほどあなたが路地裏で浮浪者の方達と話しているのを見ました。あなたは彼らにお金を渡していましたね?」
そこまで見られていたのか。もっと慎重に行動するべきだったかもしれない。
アダム班長は心の中で舌打ちをした。
「彼らは先日、路地裏である少女を追い回していました」
ティトゥがアダム班長に詰め寄った。
ティトゥの美貌に詰め寄られ、アダム班長が思わず息をのんだ。
「あなたが指示してやらせたことではありませんか?」
アダム班長は視界の端の知らないメイド二人の視線が厳しくなるのを見た。
どうやら二人は例の件について何か知っているようだ。
――こりゃあ、ある程度の事情を話して信頼を得る方が良いな。
アダム班長は可愛い尋問官達に降参する事にした。元々彼女達に聞きたい事があって付いて来たのだ。
だが、念のため後一押ししておくことにする。
「その少女はどうなったか伺っても?」
「幸いたまたまカーチャが見つけたので無事でしたわ」
聞きたいことは聞けた。
アダム班長は肩から力を抜くと大きく頷いた。
彼女達は自分の知りたい情報を知っているらしい。
やはりこの場は信頼を得て協力してもらうべきだ。
「それを聞いて安心しましたよ、実は――」「一体何をしているんだ?」
ルジェックを押しのけるように部屋に入ってきたのはティトゥの父、マチェイ家当主シモン・マチェイであった。
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「ネライ卿の従者が?!」
「ええ。と言っても本当の従者ではなく、マコフスキー卿の方から遣わされた従者のようではあるのですがね」
それもどうやら怪しい感じで。
アダム班長はそう言うと肩をすくめた。
ティトゥ達は思ってもいなかった内容に驚きの表情を浮かべている。
ルジェックをドアの外に立たせて誰も近付かないようにした部屋で、アダム班長への尋問?はシモンへと受け継がれた。
シモンの質問にアダム班長は素直に答えたのだが、その内容は意外なものだった。
アダム班長は現在秘密裏にある人物の素性を探っているというのだ。
それはネライ卿のある従者についてだ。
彼は最近になってネライ卿の屋敷に出入りするようになった男だが、調べるとマコフスキー卿の屋敷にも出入りしているらしい。
「マコフスキー卿ですか?」
ティトゥは貴族の家柄に若干疎い。下士位である上に屋敷に籠って社交界に出ることが無かったからだ。
シモンはメイド姿のマリエッタ王女をチラリと見ると娘に向き直った。
なぜ王女がメイド服を着ているのか説明して欲しそうだ。
だが娘は彼の目を見ようともしない。
シモンはひとつため息をつくと、これ以上の追求を諦めて娘に説明した。
「上士位貴族の方だね。親ランピーニ聖国派として知られている。確か現当主はまだヤロスラフ卿だったか?」
ヤロスラフにはヤロミールという息子がいる。息子も今では25歳を超えているはずだ。
本来なら家督を継いでいても不思議ではない年齢である。
マリエッタ王女がシモンに頷いた。
「現当主はヤロスラフ様で合っていますよ。マチェイ殿」
「ありがとうございます。日頃マチェイで雑務に追われているもので政治には疎くて」
「自身の責務を果たす立派な行いだと思います」
このやり取りにアダム班長が目をむいて驚いた。
貴族の当主がメイドの幼女にへりくだって、周囲の人間もそのことに何の反応もしないのだ。彼が驚くのも当然だろう。
「誘拐・・・ですか」
アダム班長の話はまだ続いていた。
謎の使用人の足取りを追うと、数日前、路地裏の浮浪者を集めて何やら指示していたことが判明したのだ。
先ほどティトゥ達が見たのは、実際に指示を受けた浮浪者を突き止めたアダム班長が、ちょっとした情報料を払って彼らから事情を聞いていたところだったのだ。
たった一人で調査を始めてわずか二日ほどでここまでたどり着いたアダム班長は流石と言えよう。
王都騎士団の優秀さが分かるというものだ。
「ええ。可能なら誘拐。それができなければケガを負わせるだけでも良い。けど、命を奪うことだけは絶対に許さない、そう言われていたそうです。
誘拐が成功した場合、隠し場所の指示もあったそうです。私の記憶では現在使われていない倉庫で、騎士団の要巡回ポイントになってますね」
人気のない場所は犯罪行為の温床になりやすい。
騎士団ではそういった場所は巡回の時、特に注意するようにしている。
「つまり、もし、本当に誘拐が成功しても騎士団にすぐ助けられていたと」
「ええ、おそらくは」
考えられることは二つ。
指示した男はそのことを知らなかったのか、知っててあえてそう命じたのか。
「多分知っていたのではないでしょうか」
「とおっしゃいますと?」
マリエッタ王女はシモンの目を真っすぐに見ると自分の考えを語った。
「男の目的は私に恐怖によるストレスを与えることだと思われます。襲撃を受けたことで今後の活動に支障が出ることを望んでいるのでしょう。
あるいは・・・おそらくこちらの可能性が高いと思いますが、私の心象を反ミロスラフ王国の方向へと誘導することで、益を得る者が背後にいるのかもしれません。その場合はその者の差し金ということになります」
周囲で話を聞いていた女性達が怒りをあらわにした。
特にビビアナの怒りは凄まじい。実際に主人の身が危険にさらされたのだ。怒りを覚えるのも当然と言えよう。
「反ミロスラフ王国ですか・・・王女殿下が反ミロスラフ王国派になって益を得る勢力に心当たりがあるのですね?」
シモンの問いかけに反応したのはアダム班長だった。
「お・・・王女殿下ぁ?! 今、王女殿下とおっしゃいましたか?!」
思わずイスを蹴って立ち上がるアダム班長。
「アダム班長うるさいですわ」
「部屋の中で大声を出すな、アダム。うるさいぞ」
「アダム様・・・」
「・・・」
「スミマセン、座っていてもらえませんか?」
そんな班長に周囲の反応は厳しかった。
アダム班長は納得のいかない感情に自慢の髭を震わせながら、黙って倒れたイスを起こして腰掛けるのだった。
次回「聖国の裏事情」