その24 あれが竜騎士《ドラゴンライダー》
海賊組織を追って聖国からこの港町ホマレに来ていた、聖国海軍騎士団、バース副隊長。
後は彼らに任せておけば、この事件も万事解決。ヤラの命は助かり、カタリナも海賊船から救出され、海賊達も捕まえられる。
・・・けど、本当にそれでいいのだろうか?
彼らに任せておくだけで――この僕に出来る事は、本当に何一つ無いのだろうか?
僕の脳裏にお腹をナイフで刺されたヤラの姿が浮かんだ。
想像の中で、彼女はグッタリとして動かないまま、暗く冷たい海の中へと沈んでいく・・・
(ダメだ! これじゃさっきまでと一緒だ! みんなに任せると決めたじゃないか!)
いや、違う。
みんなの力を貸して貰うとは決めた。けど、全てみんなに任せて僕自身は何もしない、という訳じゃない。
僕は僕で出来る事があるはずだ。
というか、このままここでジッと待ってるなんて出来はしない。
僕はティトゥに呼びかけた。
「ティトゥ、やっぱり僕も行くよ。君には止められたけど、居ても立っても居られないんだ。それに何も出来なくても――」
『そうですわね。話も終わった事ですし、私達も行きましょうか』
「何も出来なくても――えっ? 今、何て言った?」
私達? あれ? ちょっと待って。ひょっとして、君も行くつもり?
いやいやいや! 無理無理無理! ティトゥ、君、何言ってんの?!
「まさか君も行くつもりじゃないよね?! 危ないから! 今の僕はいつもの僕じゃないから?!」
今の僕はヤラの魔法で精神が捕らわれている状態にある。
僕が自分の機体に戻れるのは、ヤラが寝ている間――意識を失っている間だけ。
もしも飛行中、彼女が目を覚ましたら、その瞬間、僕の意識は彼女の頭の中に引き戻され、コントロールを失った機体は墜落するだろう。
「もし、ティトゥを乗せて飛んでいる間にそんな事にでもなったら大変だよ。君、四式戦闘機を操縦して無事に着陸する事が出来る? 無理でしょ?」
ちなみに僕は飛行機の操縦どころか、車の運転すら出来ない。
いつも飛んでるだろうって? あれは自分の体だから出来るだけだから。決して操縦している訳じゃないから。
大体、操縦しようにも、今の僕には操縦桿が付いていない。昔、マリエッタ王女を乗せるためにティトゥが引っこ抜いてそのままになっているのだ。
『だったら、ハヤテの体はどうなんですの? もしも地面に落っこちてバラバラにでもなってしまったら、あなたの意識はどうなるんですの?』
それは・・・どうなんだろう。戻る肉体を失って、ヤラの頭の中に居候し続けるのか、それとも、肉体的に死んだ瞬間、精神も死んでしまうのか。
でも、多分、そうはならないんじゃないかと僕は考えている。
と言うのも、さっきヤラが海に落ちた瞬間、僕は意識にパシッと強い衝撃を受けた感覚があったのだ。
その直後、意識が自分の体に戻っていた事から考えて、あれは多分、ヤラの魔法拘束が断ち切れた感覚だったんじゃないかと思う。
熱い物に手を触れた時、人は反射的にビクリと手を引っ込めてしまう。それと同じように、死を覚悟するような強いショックを受けた事で、ヤラの精神は無意識に委縮。その結果、僕という異物が彼女の頭の中から締め出されたのではないだろうか?
いやまあ、全ては僕の直感と推論であって、ちゃんとした証拠が示せる訳ではないんだけど。
『だったら私が乗っても大丈夫ですわね』
「いやいや、君、今の話を聞いてた? これはあくまでも僕の予想だから。実際は何も変わってなくて、ヤラは気を失っているだけで、目を覚ました途端、いつものように僕の意識はヤラの頭の中に戻ってしまうのかもしれないからね」
そんなあやふやな予想にティトゥの命を懸けるなんて、僕には出来ないから。
『だったら行かないんですの?』
「行くよ。けど、君を乗せては行かないってだけで」
『ハヤテが行くなら私も一緒に行きますわ』
「なんでだよ!」
『私達は二人で竜 騎 士。永遠の契約で結ばれたパートナーだからですわ』
・・・マジか。
『ねえハヤテ。もし、ハヤテと私、逆の立場だったらハヤテは残りますの?』
逆の立場?
ティトゥがどこかで危険を冒そうとしている時、僕は自分だけ安全な場所で待っていられるか? という意味だろうか。
無理だ。
付いて行けるようなら付いて行きたい。いや、無理をしたって付いて行くに決まっている。
『ハヤテがヤラを心配しているように、私もハヤテの事が心配なんですわ』
ティトゥはそう言うと少し寂しそうに微笑んだ。
――くそっ。僕はバカだ。
ティトゥの言葉に、僕は頭をガツンと殴られたような衝撃を受けた。
ティトゥは僕の事を心配してくれている。それなのに僕はヤラの事ばかりに心を奪われて、パートナーであるティトゥをないがしろにしてしまった。
いや、決してないがしろにしたつもりはないが、ティトゥに寂しい思いをさせてしまったのは事実だ。
思えばヤラの頭の中に囚われてから一ヶ月ほど。僕はティトゥとは夜に体に戻った時に少し喋る程度で、彼女と一緒に空を飛ぶ事も、彼女にブラッシングをして貰う事も無くなっていた。
勿論、これは僕の意志じゃない。僕だって巻き込まれた被害者だ。
けど、だからと言って、ティトゥの事を――僕の大事なパートナーの事を、後回しにしていい訳はなかったのだ。
「――墜落したら多分、無事では済まないよ? 本当にそれでもいいの?」
『良くはないけど仕方がありませんわ。私達はパートナー。一心同体なんですわ』
僕とティトゥは一心同体。二人で一人の竜 騎 士。
そうか、分かった。ティトゥがここまで言うならば、もう何も言わない。パートナーの意志を尊重しよう。
本当にティトゥを危険に晒したくないのなら、我慢して行かないという選択肢もあるにはある。
というか、普通に考えればそうするべきだろう。それが正しい選択だ。
しかし、僕はイヤな予感が拭えなかった。
このまま手をこまねいていれば手遅れになるような強い不安。居ても立っても居られなくなるような強い衝動。
頭が冷えた今だからこそ分かる。
これはひょっとして、ヤラが最後の瞬間に何か悪い予感を――霊感を感じ、その気持ちが僕に伝わったものではないだろうか?
自分の予感なら当てにならない。けど、この気持ちが、この不安が、ヤラの残したものだとするならば話は別だ。
今度こそ、僕はヤラの直感を無駄にはしない。
僕達二人がこの危機的状況をどうにかしてみせる。
行くと決めたらティトゥの行動は素早かった。
彼女は集まっていた使用人達に指示を出し、僕をテントの外まで運び出した。
『それでは行ってまいりますわ!』
彼女はいつもの飛行服に着替える時間も惜しんで、そのまま操縦席に乗り込んだ。
「ギャウー! ギャウー!(ママ! 私も! 私も行く!)」
興奮するファル子を慌ててカーチャが捕まえた。
『ファルコとハヤブサはお留守番ですわ。いいですわね』
ヤラとの精神的な繋がりは多分、切れている。――が、僕がそう感じているだけで絶対じゃない。
僕とティトゥが危険を冒すのは仕方が無いが、ファル子達まで巻き込む訳にはいかない。
僕は、カーチャの腕の中で暴れるファル子を叱りつけた。
「ファル子、ダメだ。屋敷にいなさい」
「キュウ・・・(パパ・・・)」
僕に強く否定された事が余程ショックだったのか、ファル子は頭を下げてしょげ返った。
寂しそうなファル子の姿に思わず心が痛んだが、ここで甘い顔は出来ない。
逆にハヤブサは、ゆらゆらと尻尾を揺らしながらのん気にしている。
「ギャーウー(パパ、ママ、いってらっしゃい)」
『行ってきますわ。前、離れー! ですわ』
「試運転異常なし! 離陸準備よーし! 離陸!」
僕はブーストをかけると滑走路代わりの裏庭を疾走。
「行くよ、ティトゥ!」
『ええ、ハヤテ! 行って頂戴!』
タイヤが地面を切ると、僕の体は冬の迫る秋空へと高く舞い上がった。
そういえばこうして空を飛ぶのも随分と久しぶりだ。
ジ〇リ映画で、「飛ばない豚はただの豚だ」という有名なセリフがあったけど、飛ばない戦闘機は何と言えばいいんだろう?
『ハヤテ?』
「何でもない。それよりもヤラが意識を取り戻す前に、港に行くよ」
僕はいつもの旋回を省略。目の前の港へと機首を向けたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
聖国海軍騎士団のバース副隊長は、呆然と目の前の光景を眺めていた。
彼のナカジマ家当主、ティトゥ・ナカジマに対しての印象は、いかにも田舎の貴族家の令嬢――世間知らずで思慮の浅い少しお人好しな令嬢――というものだった。
しかし、そう思っていたのも、つい先ほどまで。
ハヤテと呼ばれる大きな緑色のドラゴン。そのテントに来てからは、ティトゥはまるで人が変わったように異彩を放つようになっていた。
周囲の者達は、彼女の一挙手一投足から目を離さず、一言も聞き漏らすまいと注目している。
彼女が一声かければ、使用人達は即座に動き、彼女が視線を向けるだけで、いつでも動き出せるように集中している。
(何という存在感だ。ウチの団長でもここまで部下から信頼を集めていないぞ)
聖国の騎士団の中でも、特にエリート達が集まる海軍騎士団。
そんな海軍騎士団の副団長をも唸らせる意識の高さ。それはひとえにティトゥのカリスマ性によるものだろう。
いや、違う。ティトゥの、ではない。
それは竜 騎 士のカリスマ性。
姫 竜 騎 士に対しての絶大なる信頼性によるものなのである。
ドラゴンは轟音と共に空高く舞い上がって行った。
あの巨体が空を飛ぶ。
バース副隊長は昨年の夏、エステベの港町でドラゴンの姿と、空を飛ぶ所も間近に見ている。
だが、何度見ても、信じられない光景に変わりはない。
まるでタチの悪い冗談のようだ。
(あれが竜 騎 士。
カルシーク海にはびこる海賊共を震え上がらせ、名将ボリス・ウルバン将軍率いる帝国軍五万を、たった一騎で蹂躙したという驚異の力)
竜 騎 士は普通じゃない。
バース副隊長は、その力の一端に触れ、認識を新たにしたのであった。
次回「初遭遇」