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その20 裏切り

 ヤラが叔父さんに再会してから二日後。

 ヤラは妹のカタリナを連れて、叔父さんの宿泊している宿屋へ向かって、朝の港町を歩いていた。


『叔父さんの家ってどんな所なのかな?』

『さあ? アタシも行ったことはないからなあ。でも叔母さんは母さんみたいな感じの人だったから、昔のウチと良く似た感じなのかもしれないな』


 少し不安そうなカタリナを安心させようと、ヤラは笑顔で答えた。

 叔父さんと会ったその日、ヤラはカタリナの所に戻ると早速、事情を説明した。


『アタシは冬の間だけでも、叔父さんの家に泊めて貰った方がいいと思っている。カタリナ、あんたはどう思う?』


 カタリナは叔父さん夫婦の事を知らなかった。

 正確に言えば知ってはいるが、今から四~五年前、しかも親戚一同がそろった時に一度会っただけなので、おぼろげな記憶しか残っていなかったのだ。

 カタリナはしばらく不安そうな表情を見せていたが、やがてキッパリと『お姉ちゃんがそう言うならそれでいい』と言った。


『イヤなら無理をしなくてもいいんだぞ?』

『ううん。大丈夫』


 姉の言葉にカタリナは首を横に振った。

 彼女にも分かっているのだ。

 これから冬の寒さが厳しくなる。今後は今までのように、姉が仕事に行っている間、外で待ち続けるのは難しくなる。

 だからといって、姉と一緒に働こうにも自分はまだ幼過ぎる。力も弱いし体力だってない。大人と混じってガテン系の職場で働くのはムリというものだ。

 カタリナは、姉が叔父の誘いを受けるのは、自分の体を心配しての事だと気付いてた。

 だから、これ以上、自分が姉の負担になるまいと、不安を押し殺して賛成したのだ。


『そうか、分かった。じゃあ、叔父さんと一緒に西方諸国に行こうか』

『うん。西方諸国かぁ。どんな所なんだろうね?』

『このホマレみたいに飯が美味い所だったらいいな』


 二人はそう言って笑い合った。

 こうしてヤラ達は叔父さんの誘いを受けて、冬の間、彼の家に泊めて貰う事に決めたのだった。




 叔父さんの泊っている宿は、目抜き通りから外れて少しだけ奥に入った所にあった。

 流石は商人と言った所か。初めて来た町で、良くこんな目立たない場所にある宿屋を見付けたもんだ。

 実は叔父さんは結構やり手の商人なのかもしれない。

 ヤラ達は宿屋の中に入ると、掃除をしていたオバサンにチップを払って叔父さんを呼びに行って貰った。


『カタリナ。落ち着かないならどこかに座っているか?』

『ううん。大丈夫』


 ヤラは落ち着かない様子の妹に声を掛けた。


(ヤラだって、初めてここに来た時には随分と挙動不審だったじゃん)

(・・・仕方ねえだろ。宿屋なんてトコには一度も入った事がなかったんだからよ)


 まあ、ずっと地元で生活していれば、宿屋に入る機会なんてそうそうないだろうね。

 ちなみにヤラがここに来たのは二日前。叔父さんに申し出を受けたいと告げに来た時の事であった。

 ヤラの返事を聞いて叔父さんは凄く喜んでくれた。

 その時、叔父さんから、『悪いが仕事の関係で少しこの町にいなければならない』『二日後の昼の船でここを離れる』と言われたのだ。


『だからその時になったら、出発の支度をしてもう一度ここを訪ねてくれないかな。ああそうだ。船旅に何か必要ならこのお金で先に買っておくといい』


 叔父さんはそう言って百ベルク硬貨(約五千円)を数枚取り出したが、ヤラは『必要ない』と受け取らなかった。


『そうかい? 遠慮しなくてもいいんだよ』

『大丈夫。じゃあ、明後日の朝にカタリナを連れてここに来るから』


 ヤラはそう言うとそそくさと宿屋を後にした。


(そんな、逃げるように出て行かなくてもいいのに)

(うるせえ、ハヤテ。ああいう場所は落ち着かねえんだよ)


 そんなヤラの姿に、社交場嫌いのティトゥを思い出してホッコリしたのは内緒である。

 いやまあ、内緒にしたところで、僕の気持ちはヤラには筒抜けなんだけど。


『おはようヤラ、待たせてしまったかな? やあ、そちらが妹さんだね。僕の名前はオリパ。君のお父さんの妹の夫。君にとっては叔父という事になるね』


 おっと、いつの間にか叔父さんが来ていたようだ。

 彼の趣味なのかあるいはこだわりなのか、相変わらず派手目のチャラい格好だ。まあ似合ってるっちゃあ似合ってるけど。

 ていうか、初めて叔父さんの名前を聞いた気がする。ふんふん、オリパ叔父さんね。


『カ、カタリナです』


 カタリナが半分姉の後ろに隠れながら、おずおずと自己紹介をした。

 オリパ叔父さんはそんなカタリナを興味深そうに見つめた。


『綺麗な髪だね。将来は美人になりそうだ』

『それで叔父さん。荷物を持ってないけど、出発の準備は出来ているのか?』


 ヤラの言葉に、オリパ叔父さんはチラリと窓の外を見た。


『いや、まだ早いからね。宿を出るのは朝食を済ませてからにしようと思っていたんだ。君達も一緒に食べるかい? ここの食事は結構美味しいよ?』


 ヤラは『じゃあ貰おうかな』と頷き、カタリナは『・・・お腹が一杯だから』と残念そうに断った。


『そう。だったらカタリナは何か飲み物を頼むといい。おおい、朝食を用意してくれ。僕とこの子の分、二人分だ』


 食事をしながら話をしているうちに、カタリナも少しはオリパ叔父さんに打ち解けたようだ。

 それから叔父さんは部屋に戻って荷物を取って来ると、三人は徒歩で港へと向かったのであった。



 三人の乗る船は中型の外洋船だった。

 ヨットのような三角の(セイル)が特徴的な、割と良く見るタイプの船だ。

 オリパ叔父さんは先にヤラ達の分の料金も払っていたらしく、顔パスだった。

 ヤラはホマレの町並みを振り返った。


『・・・なんだか意外と呆気ないもんだな』


 ヤラは感慨深そうに呟いた。


『もう、ここにしか行き場はねえ。ここでダメならどうしようもねえ。そう覚悟を決めてこの町にやって来たってのによ・・・まさか一月もしないうちに離れる事になるだなんて思いもしなかったぜ』


 幼い妹を連れて、知り合いの誰もいない外国の町へとやって来る。

 若い彼女にとって、そこには相当な思いと覚悟があったのだろう。


(その上、まさか頭ン中に知らないヤツが同居するハメになるなんてよ。なあハヤテ)

(ホントだよ。僕もこんな経験をする日が来るなんて予想すらしていなかったよ)


 言葉だけ聞くとお互いに文句を言い合っているように聞こえるかもしれないが、僕とヤラにそのつもりはない。

 その証拠に、ヤラからは怒りや苛立ちといったマイナスの感情は伝わってこない。

 ちょっとした言葉の応酬。じゃれ合いみたいなもんだ。

 オリパ叔父さんがヤラとカタリナに声を掛けた。


『先に二人から乗りなさい』

『分かった。行くよカタリナ』

『うん』


 ヤラはカタリナと一緒に、船員が甲板の上から降ろした板に腰かけた。

 ブランコのように左右がロープで吊るされた板で、乗客はここに座って引き上げて貰うのである。

 ギシリとロープが軋むと、二人が乗った板がフラフラと昇り始めた。

 怯えたカタリナが姉にしがみつく。

 ヤラは妹の頭を優しく撫でた。


(ハヤテも高い所が苦手だろ。恐けりゃお前の頭も撫でてやろうか?)

(ちぇっ。君には一生そのネタでからかわれそうな気がするよ)


 僕は少しだけムッとした。


(アハハハハ。悪い悪い)


 ヤラからスッキリとした感情が伝わって来る。

 西方諸国での新しい暮らしには不安はある。しかし、今後は妹を一人残して働きに出なくても良くなる。

 彼女としては肩の荷を下ろしたような、解放された気分なのだろう。

 そんな晴れやかなヤラを見ていると、僕は何も言えなかった。


 二人の乗った板はすぐに甲板に引き上げられた。二人が荷物を持って降りる。

 甲板の上では船員達が出航の準備をしているらしく、ガラの悪い船乗り達が大声で怒鳴り合っている。

 何と言うか、アウェー感がハンパじゃない。カタリナが委縮して姉の後ろに隠れた。

 それはそうと、誰も案内はしてくれないのだろうか?


『お、お姉ちゃん!』


 その時、カタリナが姉の服を強く引っ張った。

 妹のただならぬ様子に、ヤラは何事かと周囲を見回すと、ギョッと目を見開いた。


『そ、そんな・・・なんでテメエがここにいやがる・・・』


 ヤラの顔色が変わる。

 怒り、憎しみ、嫌悪感、混乱、激しく荒ぶる感情が彼女から伝わって来る。

 二人が見つめる先。船内へと続く入り口から、みすぼらしい中年男性が出て来た。

 やつれた顔。櫛の入っていないボサボサの髪には白髪が混じっている。古びた服はヨレヨレであちこちがほつれている。

 知らない男だ。

 しかし、このヤラの――二人の反応を見ていれば、男の素性は想像がつく。

 絶対にここにはいるはずのない男。ヤラ達がここまで過剰な反応を示す存在。

 そんな相手は、僕の知る限り一人しかいない。


(ヤラ。落ち着いて。カタリナが怯えてるよ。ヤラ)


 しかし、ヤラは完全に頭に血が上ってしまい、僕の声が耳に入らないようだ。


『どうしたんだい? 二人共――ちっ。なんだよ義兄貴。出航するまでは二人に見付からないように船室で大人しくしていろって命令しといただろうが』


 男の声に振り返ると、船員の手を借りながら甲板に上がって来るオリパ叔父さんの姿があった。

 オリパ叔父さん――だよね?

 叔父さんの顔からは、いつもの浮かべている人の良さそうな笑顔が消えていた。

 いや、違う。多分こっちが彼の素の顔なんだ。

 あの笑顔は擬態。自分を親切そうに見せるための偽りの表情だったのだ。


 カタリナが怯えて姉にしがみつく。

 ヤラは叔父さんに食って掛かった。


『一体どういう事だ?! なんでアイツがここにいる?! お前は――痛っ!』


 オリパ叔父さんはヤラの腕を掴むと乱暴に捻り上げた。


『お姉ちゃん! 叔父さん、どうして?!』

『テ、テメエ・・・アタシらを裏切りやがったな』

『違うね』


 叔父さんはニヤリと口の端を釣り上げた。


『裏切ってはいない。俺はな、最初からお前達をハメるつもりで近付いたんだよ』

次回「サエラス一家」

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― 新着の感想 ―
[良い点] さてハヤテが助けに行くとしてもやはりこの同調を解かないと夜間に救出しにいったとしても騒動でヤラが起きてしまった時にハヤテが墜落しちゃう可能性があるからね… [一言] 作者:叔父さんだっても…
[一言] 某死なないでネタ並みの次回タイトルネタバレに、ヤラの感が働かなかったのはハヤテを憑依させているからか、それともマナ的な何かに反応していたからか
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