その5 招宴会への案内
マリエッタ第八王女はあの日から二日後に僕のテントに訪れた。今日も侍女のビビアナさんとの二人連れだ。
話を聞くと一度ティトゥの泊まっている宿に訪れて、そこでメイド服に着替えてここに来たらしい。
ティトゥの泊まっている宿は貴族も利用する宿なので、宿の裏に直接馬車で乗り付けることが出来るんだそうだ。
ちなみにメイド服に着替えた後は普通に歩いてここまで来ている。
なんとも大胆な王女様だ。
ていうか他国の騎士団の訓練所に良く普通に入れるものだね。
騎士団のチェックはザル過ぎるやしないかい?
他人事ながら心配になるんだけど。
『マチェイ家のメイドと思われているので大丈夫ですわ』
ティトゥが僕の疑問に答えた。
そういや最初はティトゥが連れて来てたんだっけ。
外国の要人と言っても、写真もないこの異世界では下っ端騎士団員ごときではマリエッタ王女の顔を見たことはないはずだ。
ましてや僕とティトゥはこの壁外演習場ではアンタッチャブル、触れてはならない存在だ。
仮に彼女たちの関係が気になる人がいても、面と向かって追及されることはないだろう。
「カミル将軍には気を付けてね」
言葉は通じないけど一応注意をしておく。
カミル将軍の名前で僕の言いたい事を察してくれたのか、ティトゥが頷いた。
『カミル将軍閣下は当然マリエッタ様を見知ってますわね。注意しておきますわ』
ちなみに今、ティトゥはマリエッタ王女と一緒に僕のブラッシング中だ。
王女はふうふう荒い息をつきながらも楽しそうにブラシをかけている。
そんな主の姿をビビアナさんはやきもきしながら見守っている。
さらにそんなビビアナさんをティトゥのメイド少女カーチャが生暖かい目で見守っている。
――という不思議空間を、騎士団の見た目出来る女のカトカ女史が不思議そうな顔で見守っている。
なんだこれ?
しかしいつの間にか僕のテントって女性ばかりの集まりになっているね。
もしこれがWeb小説ならハーレムタグが付くところだ。
『こうやってハヤテさんとの絆を深めているんですね』
『そうですわ』
まあ一概に違うとも言えないところがまたなんとも・・・。
実際僕のために体を動かしてくれているティトゥの姿にほだされたのも事実だ。
マリエッタ王女もティトゥを慕っているし、ティトゥには人を惹きつける魅力があるのだろう。
『そうそう、今日は貴方にお礼を持って来たんですよ』
ブラッシングも終わり、お茶を飲みながらマリエッタ王女がカーチャに話しかけた。
『わ・・・私にですか』
『ええ。先日は危ないところを助けてもらいましたね』
王女がビビアナさんの方を見ると、ビビアナさんは足元の手荷物から包みを取り出した。
『私のドレスですが、少し手直ししています』
『まあ、素敵なドレスですわ。ランピーニ聖国式ですわね。良かったわねカーチャ』
包みから取り出されたのは鮮やかな青いドレスだ。
何でもランピーニ聖国では貴人は青色や藍色を好むらしい。
思わぬプレゼントにカーチャがわたわたと慌てた。
『こ・・・このような立派なお召し物を頂くわけには・・・』
『そう言われても、もう仕立て直してますし。この間お借りしたメイド服に合わせてますからきっとピッタリですよ』
『そうね。きっとあなたに良く似合うわ』
そんなカーチャを微笑ましく見つめる二人。
いや、ビビアナさんもどこか嬉しそうだ。
なんだかカーチャは全員の妹キャラみたいだな。
さらに丸めた紙を取り出すビビアナさん。それを自分の主人へと渡す。
『来週私の主催で開かれる招宴会の案内状です。ぜひそのドレスで来て下さいな』
マリエッタ王女から直接案内状を手渡されて、目を白黒させるカーチャ。
『でも、私なんかが貴族様のパーティーに参加するわけには・・・』
『もちろん残念ながら屋敷の中のパーティーに呼ぶことはできませんね。でも当日は庭の一部を開放して一部の平民も呼ぶことになっています。あなたには是非そこで楽しんでもらいたいわ』
『庭なら私もそちらに呼ばれているから丁度良いわ。一緒に楽しみましょう』
なるほど。貴族とは別に大手の商人とかそういった有力な平民も呼んでいるのか。
庭の一部はそういった人に開放して、大部分は下士の貴族が使うと。
もちろん平民と交わりたくない貴族は平民に開放されていない場所で楽しめばいいというわけだ。
もっともマチェイ家の人達を見ている限り、下士位の貴族は平民に対する差別意識がさほど無いように思えるけどね。
『本当はハヤテさんもお誘いしたいところだけど・・・』
まあムリだよね。
そもそも城壁の門をくぐれないし、飛んで入ることを許してもらえるとも思えないから。
『駄目だと言われました』
『残念ですわ』
本当に聞いたんかーい。
カーチャとビビアナさんは苦笑いだ。
それはそうと、僕は前々から気になっていたことがある。
どうもこの国は防空体制が貧弱・・・というか存在していないように思えるのだ。
でもそんなことってありえるのだろうか?
僕がドラゴンと呼ばれる以上、この世界にドラゴンはいる。これは確実だ。
ならば当然どこかの国ではドラゴンを戦力にしているに決まっているのだ。
そうとは限らないだろうって? いやいや、戦争というのは何でも使うものなのだ。
例えば地球でも第二次世界大戦中、ポーランド軍で熊を戦力として利用した記録がある。
ちなみにその熊の階級は伍長。ビールやタバコが大好物だったそうだ。
ちゃんと終戦まで生き延びて、余生は動物園で過ごしたらしい。
戦争よもやま話だ。
そういうわけで、ドラゴンなり何なり、空から他国の航空戦力が襲ってきたらこの国はどうするつもりなのだろうか?
先月の戦争の時といい、この国は制空権に対しての意識が甘すぎる。
僕は近代戦を知っているから、この国ののん気さには恐怖すら覚える。
今までだってそんなことは無かったんだから今後もきっとあるはずない、そんな甘い考えを根拠も無く信じきっているんじゃないだろうか?
だとしたらこの国はいつか取り返しのつかない痛手を被るかもしれない。
そう考えると心配でならない。
その時には僕が体当たりをしてでもティトゥ達が逃げる時間を稼いで見せる。
僕は楽しそうにお茶をする少女達を見ながら密かに決意を新たにするのだった。
◇◇◇◇◇◇◇
「今日も有意義な一日でした」
町の大通りをティトゥ達と連れ立って歩きながら、マリエッタ王女は心地よい疲労感に身をゆだねていた。
ティトゥはハヤテのあの大きな体を一人で隅々までブラシをかけているという。
自分もハヤテに選ばれた竜 騎 士だ。いつかは彼女同様、一人でブラッシングをしたいと思う。
まずは身長が伸びないと話にならないが。
今日は危険だからと翼の上には上がらせてもらえなかったのだ。
マリエッタ王女は自分の前を歩くティトゥの後ろ姿を見つめた。
自分もいつかはあの身長に追いつけるだろうか。
そしてティトゥの立派な胸を思い出した。
・・・あの胸に追いつくことはできないかもしれない。
自分の母親の慎ましい胸元を思い出し、少し落ち込む王女であった。
ちなみに王女達はまだメイド服だ。
メイドを三人も連れたティトゥの美貌も相まって、この集団は恐ろしく目立っているが、普段から人に見られることになれているマリエッタ王女は気にならないようだ。
ティトゥも王女の手前、淑女としての顔を崩さない。
長年カーチャが小言を言い続けた甲斐もあったというものだ。
さりげなく異国の街並みを眺めながら歩いていた王女だが、ふと町の一角に目を止めると立ち止まった。
すかさず護衛のカトカ女史が鋭く辺りを伺った。
「姫様?」
「止まって、ビビアナ」
王女はビビアナの体に隠れるようにして道の先を見つめている。
王女の変化にティトゥ達も気が付いた。
「マリエッタ様、どうしたんですの?」
「ティトゥさん。あそこを見て下さい」
マリエッタ王女はビビアナの影から路地裏を指差した。
そこには2~3人の浮浪者と、目立たない格好をした一人の男の姿があった。
「あれってまさか!」
カーチャも気が付いたようだ。マリエッタ王女が頷いた。
「あの日私を追ってきた浮浪者達です。間違いありません」
「「「「えっ?!」」」」
全員が驚いた。なぜかカーチャまで驚いたことに王女は訝し気な表情になったが、時間が無いので話を続けることにした。
「あの時は慌てていたので気が付きませんでしたが、偶然にしてはタイミングが良すぎました」
マリエッタ王女は浮浪者と話し込んでいる男を睨んだ。
間違いない。こうして話しているうちに男は浮浪者にいくらかの金を握らせたのだ。
「全てはあの男が仕組んだことだったんです!」
ちなみにカーチャは浮浪者たちの顔など覚えていない。
今もポカンとした顔をしている。
あの時は本気でいっぱいいっぱいだったのだ。それも当然といえよう。
しかし、ならばさっき彼女は何に反応したのだろうか?
男は浮浪者と別れると・・・不意にこちらを向いた。
慌ててビビアナの後ろに身を隠すマリエッタ王女。
だが遅かったようだ。
男の顔に驚きの表情が浮かんだ。
男がこちらに近づいてくる気配を感じてマリエッタ王女は焦りの表情を浮かべた。
「やあどうも。マチェイ嬢じゃありませんか。」
「アダム班長こそ路地裏で何をしていらしたんですの?」
不思議そうにティトゥが尋ねた。
さっきまで浮浪者と話していた男は、マチェイから王都まで同行した騎士団のアダム班長だったのだ。
次回「協力体制」