その14 炎の戦乙女
『さて、今日は何を食うか。まだ行った事がない、通りの向こうにでも行ってみるか?』
『うん』
ヤラの言葉に、妹のカタリナが嬉しそうに頷いた。
初めて出会った時には、見るからに痩せこけていた二人だが、最近では随分と健康的になって来た。
さすがにふっくらとまではいかないが、それでも肌艶が良くなっているのは間違いない。
以前は毎日のように近くの出店のスープばかり食べていたが、いくら美味しいからといっても、さすがに同じ物ばかり食べていては栄養のバランス的によろしくない。
僕は粘り強くヤラを説得した。
最初は渋っていたヤラだったが、試しに食べた他の出店の料理も結構美味しかったらしく、それからは色々な料理を食べるようになった。
それはカタリナも同じで、二人は少しずつ行動範囲を広げては、違う料理を食べるようになっていた。
とはいえ、まだ食堂に入るのは気後れするらしく、出店で買って座り込んで食べているんだけど。
(う~ん、出店の料理だけだと、どうしても葉野菜を摂るのが難しくなるからなあ。二人のビタミン不足が心配だな)
確か、通りに果物屋があったはずだ。店頭に赤いザクロっぽい果実が大量に並べられていたのを見た気がする。
帰りに買うようにヤラに言っておくかな。
『あっ! 人形劇!』
カタリナが嬉しそうに小さな広場を指差した。
どれどれ。あ、ホントだ。
木箱がイス代わりに並べられ、その前には人形劇用の舞台が作られている。
背景のセットまで作られていて、結構、本格的だ。
周囲には三~四件の屋台が出ているが、あそこで何か買えば座って見られるのだろうか?
買っていない人は広場の外から眺めているようだ。どうやら遠くで見る分にはタダらしい。
舞台では丁度、盛り上がりのシーンに差し掛かっているらしく、みんな楽しそうに劇に見入っている。
ふうん。あの『炎の姫』って赤毛のお姫様が主役なのか。
ん? 赤毛のお姫様? これってまさか・・・
(あ~、コホン。ねえ、そろそろいいんじゃない? いつまでも見てたら食事が遅くなるよ)
イヤな予感に襲われた僕は、出来るだけ平静を装い、やんわりとヤラにこの場を離れるように促した。
(なんだよハヤテ。ここにいたら何かマズイ事でもあるのかよ)
くっ。相変わらず感情が筒抜けなのはやり辛いなあ。
だがここで焦っては負けだ。
(何を言っているのかサッパリ分からないね。ここには食事をしに来たんだよ? 僕はカタリナがお腹を空かせているんじゃないかと心配してあげただけなんだけど)
そう。これぞ僕の切り札、「カタリナのために」だ。
この切り札は妹想いのヤラに効く。
この一言で、ヤラの心はこの場を離れて食事をしに行く方へと傾いたはずだ。
もう後ひと押し
その時、人形劇を見ていた子供達の間から歓声が上がった。
『あっ! ドラゴンだ! ドラゴンが来た!』
『やっちゃえ! ドラゴン!』
ぐはっ! やっぱりそう来たか!
劇中ではピンチになったお姫様の下に、緑色のドラゴンが到着。僕の予想通り、あの赤毛の姫はティトゥだったらしい。ていうか、絶対そうだと思ったよ。
ドラゴンの羽ばたきによって、敵兵は次々と吹き飛ばされていく。
そして食い入るように劇に見入るカタリナ。
このドラゴン、相変わらず子供受けが大変よろしいようで。
『ほ~ん、ドラゴンねえ・・・(ニヤニヤ)』
(何? 君、前に僕がドラゴンだって言ったのを信じてなかったんじゃないの?)
ヤラはニヤニヤと意地が悪そうな笑みを浮かべた。
以前、僕は彼女に、僕の正体はティトゥのパートナーのドラゴンだと打ち明けている。
僕なりに覚悟を決めての告白だったが、彼女は僕の言葉を信じてくれなかった。
何でも『ドラゴンってのは空を飛ぶんだろ? 高い所を怖がるようなドラゴンがいるかよ』との事である。ぐぬぬっ、ごもっとも。正論過ぎて何も言い返せない。
ていうか僕は以前、ティトゥに「実は僕はドラゴンじゃないんだよ。四式戦闘機という飛行機なんだよ」と打ち明けた時にも、信じて貰えなかった苦い過去がある。
なぜ、僕が覚悟を決めて打ち明けた時に限って、毎回女の子から信じて貰えないのだろうか?
う~む、解せぬ。
性格か? この僕の庶民的な性格が信ぴょう性を失わせてしまうのか?
(そりゃあハヤテがドラゴンだ、なんて言われたって、信じる気にはなれねえよ)
(・・・もういいよ、そこは諦めたから。ドラゴンじゃなくてもいいから、早くご飯を食べに行こうよ)
今は一刻も早くこの場を離れたい。
具体的には、ヤラとカタリナに間違った知識を覚えて欲しくない。
芝居はロクに観てないけど、絶対に間違ってるって分かるから。もうね、主役の姫が直接敵と戦ってる時点で、これは違うって分かるから。僕はティトゥが剣を振ってる所なんて一度も見た事無いから。
『じゃあカタリナ、今日はここで晩飯を食うか』
『本当?! やったー!』
(ちょおおおおおおっ! 何言い出すんだよ、ヤラ!)
正気か?! じゃなくて、本気か?! 本気でこんなお芝居を観る気?!
僕の気持ちが通じていたなら分かっていると思うけど、これってかなりデタラメなお話だよ?
(ハヤテは自分ではドラゴンだって言うくせに、何度聞いても何も話してくれねえからな。丁度いいや。ドラゴンがどんな生き物か、人形劇で学ばせて貰うぜ)
ぐぐっ。・・・痛い所を突いて来る。
確かに僕はヤラに具体的な話は全然していない。
いや、だって、戦争に参加した話をしてしまったら、人を殺した事も話さなければならなくなるし。
そういうのを人に自慢げに話せる程、僕は自分の行いを割り切っている訳じゃないのだ。
ティトゥを乗せて他国に行った話でもいいけど、どの道、ヤラが信じてくれるかどうか。
そう考えると、何を話していいか分からなくなってしまったのである。
その時、僕にとってはタイミングの悪い事に、丁度お芝居が終わってしまった。
木箱に座っていた客達が立ち上がると、次々に広場を後にしていく。
面白かったのか、みんな結構、満足そうな顔をしているように見える。
『席が空いたよ。行こう、お姉ちゃん』
(ええ~っ。さっきクライマックスは見ちゃったじゃん。それでもういいんじゃない? 別に最初から見なくてもいいと思うんだけど)
ちなみに僕はネタバレをされると冷めるタチだ。
知り合いにラストをバラされたせいで、観に行くのを止めた映画だってあるぐらいだ。まあ後日、動画配信サービスに来た時に観たんだけど。
カタリナは待ちきれない様子で、嬉しそうに姉の手を引いた。
『まあ待て。先に食べ物を買っとかないと。オジサン、そのスープを二つとパンを一つ』
(一食五ベルクか。ねえ、高くない?)
『はいよ。前の席が空いてるからそこで座って食べな』
ヤラは屋台で肉団子の入ったスープを買うと、片方をカタリナに手渡した。
『慌てて落とすなよ』
『大丈夫!』
ちなみにスープの値段は五ベルク。(※約250円)
二人のお気に入りのスープが三ベルク(※約150円)だから、いつもの倍近い金額になる。
同じ料理じゃないので一概には言えないが、差額は多分、人形劇の観賞料という事なんだろう。とは言っても、たった100円の違いなんだけど。
二人は一番前の真ん中の席に座った。
え~っ。こんなかぶりつきで観るの? マジで?
ヤラはパンを二つに割ると、妹と半分半分にした。
カタリナはもう待ちきれない、といった感じだ。
『えへへっ。楽しみだね。早く始まらないかな』
(そう? 僕はこのまま始まらなくてもいいと思うけど。ていうか、今からでも観るのを止めない?)
(さっきからうるせえぞハヤテ。いいから黙って芝居が始まるのを待ってろって)
ヤラから、からかいの感情が伝わって来る。
ちぇっ。いい気なもんだ。
(ねえ、ヤラ。僕の気持ちが伝わっているなら気付いていると思うけど、この人形劇はフィクションだからね。この芝居を作った人は、絶対に僕達の事なんて知らないから。だからくれぐれも真に受けないようにね)
(へいへい、そーかい。おっと、始まるみたいだぞ)
チョンチョンと軽快な出囃子が鳴ると、派手目な恰好をしたオジサンが舞台の袖から現れた。
『ようこそいらっしゃいました。これより「炎の戦乙女と緑の竜」の人形劇を始めます』
客席からパチパチと拍手が送られる。
炎の戦乙女がティトゥの事で、緑の竜が僕な訳ね。
別にいいけど、僕の方だけ修飾語がおざなりじゃない? いや、ホント、気にしてないけど。
オジサンは続いて、これは王都で大評判となったお芝居である事を強調した。要はあれだ、「全米で大ヒット」とか、「観客動員数第一位」とかそういうアレ。
カタリナはすっかりオジサンの口上に煽られて、頬を朱に染めて興奮している。
(・・・ていうか、ヤラまで乗せられてどうするんだよ)
(・・・んなこたぁねえよ)
僕のツッコミにヤラは仏頂面で答えた。
いや、僕には分かってるから。君のちょっとワクワクしてる気持ちが筒抜けだから。
『それでは最後まで、ごゆっくりお楽しみ下さい!』
オジサンは頭を下げると舞台の裏に下がった。
客席から割れんばかりの拍手が送られる。
カタリナも小さな手で精一杯パチパチと打ち鳴らしている。
スルスルと幕が上がると劇が始まった。
あーやだやだ。とうとう始まってしまった。こうなってしまえば覚悟を決めるしかないか。
これは長い時間になりそうだ。
次回「緑の竜」