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その12 職人達

 相変わらずヤラは倉庫の建築現場で働いている。

 ガテン系の職場で女性の作業員は珍しいらしく、今では現場の職人全員に顔を覚えられているようだ。

 そんな彼女が歩いていると、あちこちから声をかけられ、手伝いをお願いされるようになっていた。


『嬢ちゃん、そっちを押さえておいてくれないか。そうそう、次はこっちだ』

『嬢ちゃん、そこにある釘の入った箱を頼む。そうそれだ。そこに置いて二~三本ずつ俺に渡してくれ』

『嬢ちゃん、こっちで俺の話を聞いてくれないか? 最近、娘と嫁が俺に冷たくてさ』


 いや、最後のは手伝いじゃないだろう。

 頼りなさそうな顔をしたまだ若い職人が、ヤラを手招きしている。

 ヤラは男をスルー。いや、そんな縋るような目で見ても話は聞かないから。「見捨てられた」みたいな顔をしたって知らないから。

 職人の全員が全員、最後の男みたいな訳ではないが、ひと癖もふた癖もある個性的な人達が多いのも確かである。

 鍛冶屋のドワーフ親方こと、ブロックバスターもそうだが、職人というのはちょっと変わった人が多いのかもしれない。




『――嬢ちゃん。こっちを手伝ってくれ』


 一仕事終えたヤラは、すぐに別の職人に声を掛けられた。

 頭に白髪が混じり始めた四十がらみの男。気難しそうな顔をした、いかにも「職人」といった感じのオジサンである。

 昨日まで別の現場で作業をしていたのだろうか。ここでは初めて見る顔だ。


『ああ、分かった』


 ヤラは服の袖で額の汗を拭うとオジサンの下に向かった。

 こうしてオジサンの手伝いを始めたヤラだったが、彼女はすぐに戸惑う事になった。

 彼は手に持った大工道具で作業箇所を指すだけで、ロクに指示を出さないのだ。

 ヤラを女だと侮って意地悪をしている、という訳ではないらしい。

 なぜなら、ヤラがどうしていいか分からずに立ち尽くしていると、オジサンはちゃんと作業の手を止めて説明をしてくれるのだ。

 その表情に不満一つ見せていない事から、どうやら人見知りと言うか、単なる口下手のようだ。

 こういう所も何と言うか、ある意味、職人らしい。

 ヤラもそれが分かってからは、自分から積極的に声をかけながらオジサンの作業を手伝うようになった。

 ヤラが話しかけて、オジサンがそれに答える。

 そんな二人の作業がしばらく続いた。

 しばらくするうちに、オジサンもヤラに気を許し始めたのだろう。ポツリポツリと口を開きはじめた。


『嬢ちゃんと話していると、いなくなった娘を思い出す』

『ふうん。いなくなったって、町に働きにでも出たのかい?』


 反射的にそう答えたヤラだったが、オジサンは黙ったままで首を横に振った。

 その沈鬱な表情を見て、ヤラから「しまった。マズい事を聞いちまった」という焦りの感情が伝わって来る。

 まさか家出――


『結婚して家を出て行ったんだ』


 そっち?! やたらと深刻な表情をしてるから、地雷を踏み抜いてしまったのかと心配したよ!


(全く、脅かさないで欲しいよね。てっきり娘さんが家出でもしたのかと思ったよ)

(・・・アタシは死んだのかも、って思ってた)


 そこまで考える? いやまあ確かに。さっきはそれくらい沈んだ顔をしていたけどさ。

 ていうか、このオジサン。口下手だし、ずっと気難しそうな顔をしてるから、表情が読み取り辛いんだよなあ。


『娘もそんな風に、歯に衣着せずに話すヤツだった。俺に対してもいつもケンカ腰で、口うるさいヤツだと思っていたが・・・いなくなると寂しいもんだ』


 ああ・・・何となく、その場の光景が目に浮かぶようだ。

 家に帰っても口下手で、ぶっきらぼうな父親。そしてその父親に対してズバズバと遠慮なく話す娘。

 父親は「ああ」とか「うん」とかしか言わないけど、それで会話が成立している。そんな親子の関係。

 やがて娘に好きな人が出来て結婚。

 娘は家を出てその人の所に行ってしまった。

 うるさかった娘がいなくなり、家の中は火が消えたように静かになってしまった。

 そんな寂しい光景。ポッカリと心に穴の開いたような寂しい気持ち。


『・・・・・・』


 ヤラも僕と同じような想像をしてしまったのだろう。彼女から寂しい気持ちが伝わって来た。


(ヤラ。だったら今日くらいオジサンの話し相手になってあげなよ)

(ふん。なんでアタシがそんな事しなきゃいけないんだよ。そりゃあ仕事の事を聞くくらいならするけどよ。このオジサン、口数が少ないから、アタシの方から聞かないと何していいか分からねえし)


 全く、素直じゃないんだから。

 何だかんだと言いながらも、彼女もこのオジサンに何かしてあげたいと思っていたのだ。


(なにニヤニヤしてんだよ。感じ悪ィ)


 ヤラから不機嫌そうな気持ちが伝わって来る。

 感じ悪いって何だよ、感じ悪いって。そこはもっとこう、温かい目で見守っているとか、他に言いようがあるんじゃない?


『知るか。・・・それで次は何をすりゃいいんだ?』

『ああ、次は――』


 ヤラは僕との会話を打ち切ると、オジサンに声をかけた。

 それからの彼女は、さっきまでよりも、ずっと積極的にオジサンに話しかけるようになった。

 僕の目には、オジサンも心なしか嬉しそうにしているように感じたのであった。




 夕方になり、現場の終了時間となった。

 結局、ヤラはあの後ずっとオジサンと一緒に作業をしていた。

 これでオジサンの心も多少は癒されたんじゃないだろうか。

 ヤラは少し物寂しいような、後ろ髪を引かれるような気持ちを抱きながらも、今日の作業を終了した。

 するとそんな彼女の背中から、能天気な声が掛かった。


『何だ嬢ちゃん。こんな所で作業をしてたのか。なあなあ、俺の話を聞いてくれよ。最近、娘と嫁が俺に冷たくてさ』


 例の頼りなさそうな顔をした若い職人だ。

 余韻も何もかも台無しである。

 ていうか君、どれだけヤラに愚痴を聞いて欲しい訳?

 若い職人は、ヤラの後ろにオジサンの職人を見つけると、「あれ?」と驚きに目を見開いた。


『義父さん、今日はこっちの作業場に来てたんだ。何だよ、居たのなら声を掛けてくれればよかったのに』


 どうやら二人は知り合いだったようだ。ていうか、ちょっと待った。今、義父さんって言わなかった?

 オジサンは不愛想に『むっ』と唸り声を上げた。

 若い職人は気にする事無くオジサンに話しかけた。


『そうそう。今日は出かける時に、嫁が娘を義母さんに預けるって言ってたんで、帰りに娘を引き取りに寄るから』

『ちょ、ちょっと待った!』


 ここでヤラが慌てて口を挟んだ。


『嫁って、あんたの奥さんって、このオジサンの娘だったのか?』


 若い職人は、一瞬、キョトンとした顔になった。


『そうだけど?』

『オジサンの娘は結婚して家を出たって聞いたぞ』

『まあ、そうだけど。けど、家を出たって言ったって、数件先の俺の家だぜ? 嫁も毎日とは言わないが、娘を連れてしょちゅう家に帰ってるし』


 そもそも、妊娠中はずっと実家に戻って母親の世話になっていたそうだ。

 娘を産んでからは、さすがに家に戻って来たが、それでも、今もかなりの頻度で実家には顔を出しているらしい。


『それよりも聞いてくれよ。最近、娘が「イヤ」を覚えたらしくて、俺が何を言っても「イヤ」「イヤ」って冷たいんだよ。嫁は「気にするな」「アンタは神経質過ぎ」って言うけどさ。アイツは大雑把な所あるから信じていいか不安なんだよ。なあ、同じ女の子として嬢ちゃんはどう思う? これって反抗期なのかな?』


 なんだそれ。

 ていうか、それはどう考えても奥さんの方が正しいだろ。話を聞く限り、それっていわゆる「イヤイヤ期」。

 二歳くらいになった幼児が、自己主張を始める通過儀礼のようなものだ。

 第一次反抗期だから確かに反抗期には違いないが、多分、君が思っているような物じゃないから。

 君が考えているのは第二次反抗期。中高校生の年齢で訪れる反抗期だから。

 ヤラは呆れ顔でオジサンに振り返った。


『・・・ずっと家に戻ってないのかと思ってた』


 気持ちは分かる。

 オジサンが娘が家を出て寂しがっていると思ったので、気の毒に感じて話しかけてたら、その娘は週に何度も家に戻っていると分かったのだ。

 なんだそれ? と狐につままれたような気になっているのだろう。

 若い職人は、ヤラの表情と言葉から事情を察したらしい。

 ちょっと困った顔で苦笑した。


『ああ、大方、義父さんは嬢ちゃんにも「娘がいなくなって寂しい」とか言ったんだろう? 嫁は、「自分が家にいた時には全然見向きもしなかったくせに、いざ出て行ったら、急に寂しいとか言い始めて、あれって何なの?」とか文句を言ってたな。義母さんも「あの人は面倒くさい人なので気にしなくていいわ」とか言ってたし』


 オジサン、娘と奥さんから散々言われてるんだけど。

 そしてちょっと嬉しそうなのは何故? 今の言葉に喜ぶ要素って無くない?

 ひょっとしてアレか? ヤラのズバズバとした物言いが、嫁に出た娘を思い出す。その言葉自体はウソじゃないけど、オジサン的に本当に嬉しかったポイントはそこではなく、単純に女性から雑に扱われるのが嬉しかったと。つまりはそういう人だったと。


 ええ~っ。何それ。それってどうなの?


 呆れる僕。ヤラの方は呆れを通り越して不機嫌にまで至ってしまったようだ。

 彼女は「ふん」と鼻を鳴らすと、踵を返した。


(・・・ええと、ヤラ。何かゴメンね)

(うっせ! 別にハヤテが謝る事じゃねえだろうが!)


 いやまあ、確かにその通りなんだけどさ。一応はホラ。あの時は、僕もオジサンと話をしてあげようとか言った訳で。

 その責任もあると言うか、何と言うか。

 けどまさか、こんなオチが付くなんて思いもしなかったよなあ。

 若い職人が、立ち去るヤラを慌てて呼び止めた。


『ああ、嬢ちゃん、待って待って! まだ返事を聞いてないよ! ねえ、やっぱり反抗期なのかな?!』

『アタシが知るか!』


 ヤラはピシャリと男の言葉を遮ると、大股でその場から歩き去ったのであった。

 ていうか、何なのこれ。

 うん。やっぱり職人は変わった人が多いのかもしれない。

次回「ヤラの霊能力」

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