その11 ハロー、ハロー
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ここはナカジマ家の屋敷。その執務室。
代官のオットーは、ナカジマ家の食客となっている元宰相・ユリウスに相談していた。
「ガラの悪い男達だと?」
「はい。ホマレの港には、町に流れて来た労働者達に日雇いの仕事を斡旋する場所があるそうです。ハヤテ様は『寄せ場』と言っていましたが、最近そこで問題が起きているようです」
急速に開発が進む港町ホマレでは、土木建築を始めとする各地の工事で人手不足が発生している。
寄せ場は、短期雇用者を求める雇い主と、仕事を求める労働者達の需要と供給を満たす場所なのだが、ハヤテが言うには、最近、ガラの悪い男達が強引な手段で人手を集めている、との事である。
「ふむ? どういう事だ?」
「ええと、労働者達の間にそういう噂が流れている、という話らしいのですが・・・」
昨夜の事だ。
いつものように四式戦闘機の機体に戻って来たハヤテは、珍しくオットーを呼び出した。
『これってあくまでも、僕が聞いた噂なんだけどさ。最近、港町ホマレの寄せ場に犯罪組織が入り込んでいるらしいんだよね』
「――と言ってますわ」
「犯罪組織ですか? それは一体、どういう事なんでしょうか?」
不穏な内容にオットーの表情が引き締まった。
噂の出所は寄せ場に集まった労働者達。
最近、ガラの悪い男達が寄せ場に頻繁に現れるようになり、強引な手段で人手を確保するようになったのだという。
『ヤラが仕事場で知り合った人の中にも、実際、被害に遭った人がいるらしくてさ。寄せ場で仕事を探していたら、問答無用で腕を掴まれて、仕事場行きの荷車に連れ込まれたんだって。抵抗した人は男達に袋叩きにされたって言ってた。仕事自体は少しキツイものの普通の土木工事だったらしいけど、一日働いて普通の半分ぐらいしか給金は出なかったんだって。当然、みんな不満顔をしてたけど、男達が恐ろしくて何も文句は言えなかったらしいよ』
「――と言ってますわ」
幸い、ヤラ本人は被害に遭っていないが、それは男達が捜していたのが少しでも作業量をこなせる労働者達――力仕事に耐えられる男手だからだと思われる。
そして作業員の給金が少なかった理由は明白だ。
「その男達が中抜きをしている。と」
『サヨウデゴザイマス』
普通に考えれば男達の背後には何らかの組織がある。
噂ではその組織が雇用主と繋がって、労働力の供給を請け負っているらしいのだ。
『みんな、何らかの犯罪組織が絡んでいるんじゃないか、って言ってるんだよね。このままだと寄せ場自体に危なくて近付けなくなるし、どうにか出来ないかな?』
「――と言ってますわ」
「――そうですね。分かりました。明日、ユリウス様に相談してみます」
『ヨロシク』
その後ハヤテは、自分が思い付いたアイデアと、この数日間で気付いたいくつかの事をオットーに伝えた。
「なる程。そちらの方も検討してみます。しかし、実際に町で生活してみないと気付かない事もあるんですね。大変興味深い話でした。どうもありがとうございます」
『ほらね、ほらね、ティトゥ。オットーもこう言ってるだろ? 僕だって毎日無駄に過ごしている訳じゃないんだよ。実際に町で生活してみないと気付かない事だってあるんだよ。少しは理解してくれたかな?』
「言ってる事は分かるけど・・・。もう。オットーは少しハヤテに甘いんじゃありませんの?」
ハヤテはオットーが呼ばれるまで、いつものようにティトゥから文句を言われていたのだろう。
嬉しそうにはしゃぐハヤテ。
ティトゥは少し悔しそうにしながら、オットーを横目で睨んだのだった。
ユリウス老人は白くなった髭をしごいた。
「ふむ。ハヤテがそう言ったと? その噂は本当に信用出来るものなのか?」
「私は信用して良いと思っています。実際に町に住んでいるからこそ――言い方は悪いですが、労働者達は弱い立場の者達だからこそ――彼らは犯罪組織の噂に敏感なのでしょう。自分達の危険に直結しますからね」
「なるほどな。それでどうする? 単純に騎士団に警備させれば済む、という話ではあるまい?」
「はい。寄せ場にずっと騎士団を張り付けておくのは現実的ではないでしょう。人手は常に不足していますし。かと言って、今よりも巡回の数を増やするだけなら、ヤツらは騎士団員が離れている間に行動するだけの事でしかありません」
「牽制以上の効果は期待出来ん、という訳か」
それに、仮に騎士団の見回りが男達の勧誘現場にバッタリ出くわしたとしても、彼らは違法行為をしている訳ではない。
多少強引に勧誘しているかもしれないが、別に人をさらっているとか、強盗を働いているという訳でもないのだ。
「注意するだけで終わる、か。そして、騎士団が去ればまた同じことを繰り返すと。・・・う~む。この点についてハヤテは何か言っていたか?」
「はい。ハローワークを作ってはどうかと言っていました」
「はろー・・・何じゃと?」
ユリウス老人は聞きなれない単語に眉をひそめた。
ハヤテの出したアイデアは単純だ。
要は、寄せ場を自主的に運営させているから、犯罪組織が入り込む隙が生まれるのである。
ならば為政者が管理すれば――この場合は領主であるナカジマ家が管理すればいいのである。
「ハヤテ様は、ナカジマ家が職業安定所を作ってはどうかと言っていました。労働者を雇いたい雇用主はハローワークに求人を申し込み、仕事が欲しい労働者はハローワークから仕事を斡旋して貰う。間に入る者を締め出せば中抜きも無くなる。つまりは犯罪組織の入り込む隙が無くなる、という事だそうです」
「・・・理屈は分かるが。全てをこちらで取り仕切るとなると、随分と大掛かりになるな」
「はい。私もそうは思います。しかし、ハヤテ様が言うには、この数日だけでも町に随分と労働者の数が増えているそうです。おそらく、ホマレの噂を聞き付け、隣のネライ領から出稼ぎ目的の労働者達が集まりつつあるのでしょう」
ホマレには仕事がある。
その噂を聞いたネライ領の農家の男達が、冬の農閑期に少しでも収入を得ようと、このホマレに流れ込んでいるのである。
「人の流れは、今後も増える事はあっても減ることはないでしょう。という事は――」
「という事は、今後益々、犯罪組織の動きは活発化する、か。手を打つなら早いうちに越したことはないな。
よし。当面は騎士団員の巡回を増やす事で対応するとして、ハロー、ハロー、「ハローワークですか?」・・・うむ。そのハロー何とかの件はワシの方で引き受けよう。
この間、王都から流れて来た者を雇ったじゃろう。あヤツを貰うぞ。確かモノグル家で鉱山の帳簿を担当していたと言っておったはずじゃ」
「ドラゴンメニューを求めてウチにやって来た者ですね。――最近、そういった者も増えましたね」
この夏、王都で行われた、新国王カミルバルトの戴冠式。
ティトゥが屋敷で開いた招宴会は、カミルバルト国王に聖国の第六王女も来賓するなど、異例の物となった。
その席上で振る舞われたのが、ナカジマ家の料理長、ベアータの作ったドラゴンメニューである。
ドラゴンメニューは、来客者達の度肝を抜き、強いインパクトを残した。
あの味が忘れられない。もう一度味わいたい。いや、何度だって、毎日だって味わいたい。
そんなドラゴンメニューの虜になった者の中には、今の仕事を辞め、ナカジマ家に仕えたいと押しかける者達もいた。
ユリウスが言っていた男も、そういった経緯でナカジマ家に雇われた者であった。
ユリウスは思案顔で長い顎ヒゲをしごいた。
「それにしても、ドラゴンメニューに釣られてナカジマ領に来た者達といい、ドラゴンのハヤテといい、ナカジマ家の当主殿はよくよく周りに人が集まる星の下に生まれたらしい。まあ、かく言うワシもその一人になるのじゃろうがな」
オットーは広い執務室を見回すと、小さく苦笑した。
「この世界で唯一無二。特別な運命をお持ちの方なのは間違いないと思います。
私は初めてこのペツカ地方に赴任して来た時、正直言って、絶望しかけていました。どこから手を付ければいいかも分からない、完全に破綻した領地でしたからね。
それがまさか。たった一年でこんな立派な執務室で仕事が出来るようになるなんて。あの時の私には想像すら出来ませんでしたよ」
一年前。オットーは悲壮な覚悟を決めて、ティトゥが王家から拝領したこのペツカの地へとやって来た。
妻と息子をマチェイに残し、今生の別れを告げての赴任だった。
しかしナカジマ領の現状は、そんな彼の覚悟と決意をあざ笑う程、過酷なものだった。
消費量は生産量を上回り、税を取るどころか、他領から小麦を買わなければ領民の生活すら成り立たない。
目ぼしい産業は何も無く、あるのは長年に渡って国の開発の手を阻み続けた広大な湿地帯だけ。
しかも、夏になると湿地帯が原因の流行り病まで起こるという。
そう。ここは領地とは名ばかり。生産性皆無の最低最悪の僻地だったのである。
まるで見通しの立たない残酷な現実に、オットーは押しつぶされそうになっていた。
どうすればいいのかも、どこから手を付ければいいのかも分からない。
進むべき道も見えず、未来の見通しも立たない。
彼は自分の無力さに打ちひしがれ、激しく絶望した。
しかし、その状況はティトゥがハヤテと共にやって来ると同時に180度反転した。
ティトゥは商工会と折り合いの付かなかったポルペツカの町を出ると、海岸沿いの漁村、後のコノ村に拠点を移した。
そしてハヤテと共に王都へ飛ぶと、王都騎士団を勧誘。その上で王家が持て余していた捕虜のゾルタ兵を、開発の労働力として確保して来たのである。
一度動き始めた竜 騎 士は、まだまだ止まらない。
今度はランピーニ聖国へと飛ぶと、莫大な資金を調達して戻って来た。
更には『ハヤテ作戦』で湿地帯を焼き払うと、王家が莫大な予算と十年以上もの年月をつぎ込んでも微塵も進んでいなかった湿地帯の開発にまで着手してしまったのである。
現在、焼け跡は第一次開拓地と呼ばれ、港町ホマレもその場所に作られている。
こうして何も無い広大な湿地帯は一転。今やミロスラフ王国の未来を担う新天地となったのである。
「ふっ。それを言われると耳が痛いな。当時、国の宰相として、当主殿にこの領地を与えるように手配したのはワシじゃからな」
「あ、いえ、そんなつもりで言った訳では――」
「分かっておる。が、いくら陛下のご命令だったとはいえ、あの時、ハヤテのバカげた力を知っていれば、間違いなく反対したであろうな」
当時、この国の宰相だったユリウスにとって、重要なのはこのミロスラフ王国を存続させる事。それが彼の行動の理念であり、最大の価値観であった。
色々と手段に問題はあったかもしれないが、ユリウスが王家の忠臣であった事、私利私欲なく国のために身を粉にして働いていた事だけは疑いようのない事実である。
そして彼は有能であったが故に、全てを自分の尺度で推し量る傾向が強かった。
ハヤテが――ドラゴンがこれほどまでに人知を超えた、規格外の超生物であるとは想像すら出来なかったのである。
「――そうなれば、今のペツカ地方の発展は無かった事になりますが」
「違いない。世の中とは思ったようにはいかないものよ。じゃが、過去に失敗から上手くいったからといって、今度も失敗して良いという理由にはならん。ハロー何とかの件は出来るだけ早く形になるようにしよう」
ハヤテは帝国の大軍勢すら単独で退ける怪物だ。
そんな彼の居場所を――ナカジマ領とティトゥの周囲の平穏を――騒がせる存在には、早めに対処しておくに限る。
ドラゴンの怒りがこの国に向けられる事だけは絶対に避けなくてはならない。
ユリウスは宰相を引退したとはいえ、この国に対しての忠誠心まで失った訳ではないのである。
それに、職業安定所の新設は、確かに大変な事業ではあるが、この手の事務仕事は彼が最も得意とする分野でもある。
ユリウスは頭の中で段取りを整えつつ、執務室のドアへと向かった。
「あ。お待ち下さい。ハヤテ様からはまだ他にも話を伺っております。このまま出稼ぎ労働者が増えると宿泊施設の不足が懸念されるそうなので、冬になる前に仮設住宅の増設を頼まれています。それと衛生面での問題も――具体的にはゴミの収集についての提案と、川の水質悪化の懸念について。後、子供の遊び場の問題。こちらは区画ごとに広場を作って、そこで遊ばせてはどうかと言われています。他には――」
「・・・分かった。全て聞こう。全て聞くが、その前に何か飲み物を頼む」
どうやら自分の仕事はハローワークだけでは済みそうにないらしい。
というか、ドラゴンという生き物はどれだけ細かい所まで気が付くのだろうか? ハヤテの日頃の昼行灯の姿からは想像も付かない程の細やかさである。
ユリウスはため息を堪えると、ドッカと執務室のイスに腰かけたのだった。
次回「職人達」