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その5 ティトゥ・ナカジマの憂鬱

◇◇◇◇◇◇◇◇


 今も開発ラッシュに沸くナカジマ領。そんなナカジマ領が抱える最大の問題は人材不足である。

 行政を担う役人の数は、この国を長年に渡って支えて来た元宰相、ユリウスによる急速育成によって、どうにか見通しがつきつつある。

 しかし問題は、律令制度における令外官(りょうげのかん)――警察官と裁判官を合わせたような役職。この国では騎士団がそれにあたる――の人員不足である。

 こちらは深刻で、常にティトゥ達の頭を悩ませていた。


「港町ホマレで、犯罪組織同士の抗争が激化しつつあります」


 ここはナカジマ家の屋敷の代官執務室。

 代官のオットーの部下が、ティトゥ達に報告した。

 オットーの眉間に深いしわが寄った。


「この間、盛り場で大喧嘩をしでかした組織は、主だった幹部を全員捕えたはずだが?」

「それとは別の組織です。聖国から流れて来た者達だと考えられます」

「・・・海賊共か」


 この世界では、基本的には領地単位で独自に行政が行われている。

 治安維持のための警察活動も各領地の騎士団によって行われている。

 そのため、仮に犯罪者が領境を越えて他領に逃亡すれば、それ以上追う事は出来なくなり、逃亡先の騎士団に任せるしかなくなってしまう。


 日本でも江戸時代、役人達は自分達の所属する州の法律に従って、自領内の犯罪者を取り締まっていた。

 その頃、関東一円――いわゆる関八州(上野・下野・常陸・上総・下総・安房・武蔵・相模一円)――では、浪人や無宿人達による治安の悪化が問題となっていた。

 彼らは犯罪を犯すと、隣接する隣の州に逃亡。手を出せなくなった役人を尻目に、関八州を転々としながら好き放題、犯罪の限りを尽くしていた。

 この事態を重く見た幕府は、勘定奉行の配下に新たに関東取締出役を設立。

 これが俗に言う”八州廻り”である。

 八州廻りは関八州の領地をまたいで巡回出来る権利が与えられ、関東一円の無宿人達を震え上がらせた。

 海外ドラマや映画で有名なFBI――アメリカ連邦捜査局も、いわばアメリカ版八州廻り。

 州をまたいで犯罪者を追い詰める、関東取締出役と同様のコンセプトの組織なのである。


 話を戻そう。

 港町の多いランピーニ聖国では、犯罪を犯すと船で別の港町に逃亡。騎士団の手を逃れると、今度はそこでまた犯罪を繰り返す。といったやり方を組織的に行っている犯罪グループが数多く存在している。

 オットーの言った”海賊”とは、そういった法の抜け穴を突いた犯罪組織の事なのである。


「海賊なら早めに叩き潰しておかないとマズいな・・・」


 領境を行き来する犯罪者の場合、何らかの形で土地の人間と繋がりがあることが多い。

 しかし、海賊の場合、移動は自分達の船で行い、港町でも自分達の仲間としか関係を持たない。

 つまり、組織の人間との繋がりは強いが、外の人間との繋がりは極めて希薄なのである。

 だからどんな非道な行為も平気で行う。

 彼らにとって仲間以外は自分達の食い扶持――獲物でしかないのだ。

 そして犯罪を犯しても、船で違う土地に移動すればリセットされる。

 自然、彼らは衝動的に他者を傷付けても平気になり、自己中心的、サイコパスな生き方をするようになる。

 海賊が凶悪な犯罪者として恐れられるのも当然と言えた。


 難しい顔をして考え込むオットーに、部下は「その事なんですが」と提案した。


「聖国の海賊なら、カシーヤス様に協力をお願いする事は出来ないでしょうか?」

「モニカさんか・・・」


 モニカ・カシーヤスは、ティトゥ達竜 騎 士(ドラゴンライダー)に惚れ込んで、聖国王城からこのナカジマ家にやって来たという、一風変わった経歴を持つメイドだ。

 実は彼女は聖国の宰相夫人カサンドラから、「ハヤテを見張れ」という命令を受けた密偵なのだが、それを本人がどう考えているのかは分からない。

 そしてナカジマ家でも、客のような使用人のような、何だか良く分からない人として、腫れ物に触るような扱いをされていた。

 いや、衣食住はともかく、給料は出ていないようなので、一応は客人扱いでいいのだろうか?


「相談ぐらいはしてみてもいいか。ご当主様、それで構いませんか?」


 オットーはティトゥに向き直った。

 ティトゥは上の空で窓の外を見つめていたが、再度オットーに呼びかけられてハッと我に返った。


「ええと、ごめんなさい。何の話かしら?」

「・・・ハヤテ様の事が気になるんですね?」


 オットーの言葉にティトゥは気まずそうに目を反らした。


 ハヤテは今朝から再び、深い眠りについていた。

 眠りについている、というのはハヤテの息子、ハヤブサの言葉で、ハヤテ本人は自分の状況を、霊能力を持つ少女の頭の中に憑依していた、と説明していた。

 にわかには信じ難い話だが、もしもハヤテの言葉を信じるのなら、きっと今も自分の体を離れ、少女の頭に乗り移っているのだろう。


「ハヤブサ様は、ハヤテ様は別に危険な状態ではない、と言っていたのでしょう?」

「ええ。寝ているようなもの、と言っていましたわ」


 ハヤブサはドラゴンの超感覚で、ハヤテの状況を「深い眠りについているようなもの」と話していた。

 これに関してはハヤブサの姉、ファル子も同様らしく、二人は全くハヤテの事を心配していなかった。

 ただ、話しかけても返事の無い父親に、その事だけは寂しく思っている様子である。


「ハヤテ様が目覚めたら呼びに来るように部下に命じています。まだ何の連絡も無いという事は眠ったままなんでしょう」

「そうなんでしょうね。・・・ハヤテ。あなたは今、どこで何をしているの?」


 ティトゥは寂しそうに呟くと、再び窓の外を見つめるのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


(怖い怖い怖い怖い! ギャーッ! ヤバイヤバイ! ホント、ヤバイから! 僕こういうのムリだから!)

(ギャーギャーうるせえ! テメエも男なら、こんくらいの高さでビビってんじゃねえよ!)


 いやいや、高い所に男とか女とか関係ないから!

 落ちたらヤバイから! マジで死ぬから!


 ヤラが寄せ場で選んだ仕事は、港の倉庫の建築現場の作業員だった。

 小柄で身軽なヤラに割り当てられたのは屋根の上の大工の手伝い――高所作業員。つまりは鳶職(とびしょく)だった。


(怖い怖い怖い・・・って、ちゃんと足元見て歩いてよ! 危ない、危ないから! ああっ! そんなにヒョイヒョイ歩かないで! 躓いたらどうすんだよ! 落ちたら死ぬ、死ぬんだって!)


 高い所が怖いって、お前戦闘機じゃないかって?

 日頃はもっと高い所を平気で飛んでいるだろうって?

 いや、そうなんだけどさ。

 自分の体で飛ぶのと、人の体の中に入って高い所に登るのじゃ違うって言うか。全くの別ジャンルって言うか。

 昔、テレビ番組で、レーサーの誰かがジェットコースターが苦手、と言っているのを観た事がある。

 アナウンサーは「他の車と争うレースと違って、ジェットコースターはレールの上を走るんだから安全でしょ?」と尋ねたが、レーサーは「自分で操縦している方が安心できる」と答えていた。


 今、僕はそのレーサーの気持ちが分かる。痛い程良く分かる。

 他人が運転?している高所ってヤバイ! 超怖い!


(ひいいいい・・・もうヤダ。帰してくれえええ。安全なテントに帰してくれえええ)

(なんだよ、情けねえな。下を見るから怖いんだよ。上を向いて雲でも見てな)


 ヤラの面白そうな感情が伝わって来る。

 あまりに怯える僕の様子に、次第に楽しくなって来たみたいだ。

 くうっ。我ながら情けない。自分の機体(からだ)ならこんな事はないのに。

 うううっ。でも怖いよう。


(何という屈辱感・・・)

(まあ、怖いってのは自分じゃどうしようもないからな。なあに、こんなのは慣れだって。ハヤテもすぐに平気になるさ)


 あ~、気分が悪くなって来た。ヤバイ、吐きそう。体がないから吐けないけど。

 昔、メイド少女カーチャが初めて僕に乗った時に、怖がって大騒ぎしていたのを思い出す。

 あの時は正直、迷惑と思っていたけど、もっと気を使ってあげれば良かった。

 今度彼女を乗せる時には、出来るだけ優しく飛んであげよう。

 いやまあ、さすがに今ではすっかり慣れたみたいで、飛行中に怖がるどころか、普通に居眠りとかしているけど。

 ああ、高い所怖い高い所怖い。繊細な僕には辛い。カーチャのふてぶてしさが欲しい。あの図太さが羨ましい。僕のイメージの中のカーチャが、『ハヤテ様には言われたくありません!』とか怒ってる気がするけどそれはそれ。今は無事に地上に下りたい。安全な大地が恋しくてたまらない。


『嬢ちゃん、そこの道具箱を取ってくれ。下にも人がいるから、絶対に落っことすんじゃねえぞ』

『あいよ。分かってるって』


 おいっ! だからそんなに無造作に歩かないでくれえええ!

 ここは地上じゃないんだよおおお!


(ていうか、何でみんな墜落制止用器具を付けてない訳?! 命綱も無しで足を滑らせたらどうするんだよ!)

(墜落――何だって? 紐なんて付けてたら、どこかに引っ掛けてかえって危ねえだろ?)


 どうやらヤラは、前にもこういった鳶職(とびしょく)を経験した事があるようだ。

 そして信じられない事に、この世界では高所作業でも命綱を付けないのが当たり前らしい。

 恋しい! 安全意識の高い日本が無性に恋しい!

 まさかこんな理由で故郷を懐かしむ日が来るとは思わなかったよ!


 ヤラは屋根の上をヒョイヒョイと歩きながら、大工達の仕事の手伝いを続けた。

 身軽で素直な彼女はすぐに職人達に受け入れられ、昼食の休みで下に降りる頃には、すっかり彼らの間に溶け込んでいた。

 ヤラは職人向けのボリュームたっぷりの料理を口いっぱいに頬張りながら、満足そうにうなずいた。


『うん、こりゃイケる! アタシ、ここの仕事が向いてるのかもな!』

(・・・そりゃ良かったね)


 食事をお腹一杯に詰め込み、満足そうなヤラに対し、ずっと叫び続けていた僕は精神的にすっかり消耗していたのだった

次回「初仕事の終わり」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 空飛べる鳥だって、とび職のオッサンの腰に括り付けられたら普通に怖いですわな。 [一言] >>サイコパス 実は生まれつきなのがサイコパスで、環境要因でなるのがソシオパスだとかなんとか。 と言…
[一言] 今回はヤラがハヤテの仲間として加入後にどういったポジションになるかって仕込みって感じかな
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