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その3 驚くべき陰謀

◇◇◇◇◇◇◇◇


「ようこそいらしてくれました、ネライ卿。」


 娼館の店員の案内でパンチラ元第四王子が連れてこられた部屋で待っていたのは、恰幅の良い中年の男だった。

 パンチラ元第四王子の目が軽く泳いだ。


「こちらはヤロスラフ・マコフスキー卿。マコフスキー家の当主であられます」

「ふん、当然知っておるわ。久しいなマコフスキー卿」


 メザメ伯爵の部下の男の助け船に不遜な態度で返し、マコフスキー卿へと挨拶を返すパンチラ元第四王子。


「ネライ卿におかれましては先月の隣国ゾルタの暴挙に際し――」

「前置きは良い。話はこの男から聞いておる。俺の力が借りたいそうだな」


 マコフスキー卿の言葉を遮り、パンチラ元第四王子が落ち着きなく今日の密会の本題に入るよう促した。


「はっ。分かりました。ではこちらでお話致します」

「うむ」


 パンチラ元第四王子はマコフスキー卿に勧められたイスへと座った。

 メザメ伯爵の部下は黙ってコップに酒を注ぎ、二人の前へと置く。


「これは・・・クリオーネ酒か」

「ご慧眼、感服の極み。私はこれに目が無くて」


 ふむ、ふくよかな香りだ。パンチラ元第四王子は一口含み鼻に抜ける香りを楽しんだ。

 クリオーネ酒はクリオーネ島で採れるベリーから作られた果実酒で、ランピーニ聖国の名産品として有名である。

 上士位であるマコフスキー家は代々ランピーニ聖国と親密な関係にあることは、この国のまともな貴族であれば知らぬ者などいない。

 知らないのはネライ卿のようなまともでない貴族くらいだ。

 また、これは絶対に公にはできないものの、マコフスキー家は長年の功績によって内々に聖国から伯爵位を賜っている。

 当然国家に対する背信行為であり、王家に知られればその責は一族郎党に及ぶ大罪である。

 美しい自然と文化と教養にあふれたランピーニ聖国だが、各国内部にマコフスキー家のような存在を抱える謀略国家としての一面も持っているのである。

 海を挟んで数々の列強国と面しているランピーニ聖国が長年独立を保つためには綺麗事だけでは渡っていけないのであった。



「先日の隣国ゾルタの侵略にランピーニ聖国が手を貸していたというのは本当のことか?」


 パンチラ元第四王子がマコフスキー卿に詰問した。


「私のところに流れてきた情報によれば確かかと」


 パンチラ元第四王子は怒りに身を震わせた。

 メザメ伯爵の部下は、元王子という国の中枢に近い者が、自分が教えるまでこの噂を知らなかったことにあきれた。


「おのれ聖国め! よくも我が領土を!」


 激昂するパンチラ元第四王子をマコフスキー卿が慌てて抑えた。


「お待ちくださいネライ卿。聖国の全てが企みに加担したわけではありませんぞ」


 メザメ伯爵の部下はこっそりとため息をつきたい気持ちを押さえた。

 ネライ卿の屋敷でそのことはすでに話したはずなのだが。


「そうだったな。確かノールデルメール伯爵だったか。」


 どうやら全く覚えていないわけでは無かったようだ。

 ノールデルメール伯爵。ランピーニ聖国でメザメ伯爵と並ぶ名家である。

 この度の友好使節団の代表に第八王女マリエッタをねじ込んだ人物でもある。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 密談は一時間以上に及んだ。

 最後はネライ卿とマコフスキー卿は互いの肩を抱き合うほど友情を深めた。

 満足したネライ卿は、来た時はあれほどグズった娼館から意気揚々と去って行った。

 しばらく時間をおいてマコフスキー卿も出て行く。こちらは人目を避けての行動だ。

 それが普通の感覚なのだが・・・


 メザメ伯爵の部下は最後まで残って部屋の中を全て片付けると安心して出て行った。

 確かに部屋には今夜の会談の跡は何も残っていない。

 だが、メザメ伯爵の部下も気が付かなかったことだが、隣の部屋には会談を証明する人物がいたのである。


 王国騎士団の団員アダム班長である。


「オイオイ、あのお方マジでやる気かよ・・・」


 アダム班長は震える手で立派な髭をしごきながら考えた。

 手にはじっとりと汗をかいているが、そのことにも気が付かない。


 これは自分や、自分の直属の上司が手を出すには荷が重すぎる。


 アダム班長がそう結論を出すのは早かった。

 というよりも知るだけでも危険だ。一番良いのは何も聞かなかったことにしてこの場を立ち去ることだ。

 ふと、アダム班長の脳裏にこの数日、共に旅をしたマチェイ家の面々とドラゴンのハヤテの姿が浮かんだ。


「ここで逃げ出したら、次に再会した時どんな顔をすりゃあいいんだろうな」


 アダム班長の口に皮肉な笑みが浮かんだ。

 何のことはない、アダム班長は彼らをダシにして自分で逃げ道を封じただけなのだ。

 自分は王都を守る誇りある騎士団員でいたい。だが素直にそう言えるほどはもう若くない。ただそれだけのことだ。

 そのことを自覚したからこその皮肉な笑みであった。


「仕方がない。頭越しの報告は気が重いが、カミル将軍に直接報告するとしようか」


 アダム班長は一つ膝を打つと、勢いを付けて立ち上がった。

 そうしてそのまま駆け足で娼館を出て行った。

 近頃カミル将軍は夜遅くまで王城の騎士団詰め所の執務室で式典の警備計画を練っている。急げばまだ帰ってないに違いない。

 それに走って行けば王城に着くまでには汗で酒も抜けて丁度良い。


 正直こんな話、素面でしたくはないけどな。


 だが、こんな話は酒が入っていては信用してもらえまい。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「お前は・・・確かマチェイまでネライ卿と共に警護の任についた・・・」

「アダム・クリストフ、乙三班の班長であります!」


 幸いなことにカミル将軍は一人で仕事をしていた。

 夜番の騎士団員は丁度見回りに出ているようだ。

 詰め所の中にはほとんど人もいない。


「俺にたっての話だと?」


 よほど仕事が溜まっているのだろう、カミル将軍の表情はいつになく厳しい。

 イライラと手にしたペンで机を叩いた。


「はい。先ほど王都内東区の商業区の宿屋を利用していたのですが・・・」


 王都内東区の商業区といえば貴族も利用する高級商業区だ。そこの宿屋となればどんなサービスをしているか知らない者はいない。

 その瞬間、カミル将軍の眦がつり上がった。

 アダム班長が一言でもふざけた事を言おうものなら、ただでは済されないだろう。


「そこに現れたのがネライ卿と従者の男でして」


 カミル将軍のペンが机を叩く音が止まった。将軍は無言のまま目で話の続きを促した。


 アダム班長の話が進むにつれ、将軍の表情が次第に厳しくなっていく。

 息をするのもはばかられる緊張感の中、アダム班長の話は続いた。



 話を最後まで聞き終えたカミル将軍はアダム班長をじっと見つめた。

 信じがたい話だ。だが、カミル将軍はこの話は真実だと直感していた。


「この話は俺の他に誰が知っている」「私しか知りません」


 予想していた質問だ。アダム班長は間髪入れずに答えた。


「・・・賢明だ。もし直属の上司にでも話していたらその者の当番割も替えねばならないところだった」


 そう言うとカミル将軍は棚から書類を取り出してめくり出した。

 すぐに一枚の書類を見つけ、アダム班長の前に置いた。


「病欠届だ。お前は10日間流行り病にでもかかっていろ」


 拘束されるということだ。まあ仕方がない、これも予想していた。

 だが、この大変な時に一人だけ何もできないというのは残念だ。


「休めるなどと考えてないだろうな? お前には特別任務についてもらう」

「・・・特別任務ですか?」


 カミル将軍はイスの背もたれに体を預けた。


「ネライ卿の連れていた従者というのが気にかかる。そいつの素性を調べてくれ。これは顔を見ているお前にしか頼めん」


 なるほど。

 実はアダム班長もその男は気になっていたのだ。

 従者は部屋ではほとんど口をきかなかったが、廊下でわずかに喋った言葉には少し訛りがあったのだ。

 よほどの僻地の者か、あるいはこの国の者ではないのかもしれない。


 この大陸は今でこそ無数の国家が存在するが、かつては大ゾルタ帝国が大陸全土を支配していた。

 今もその名残で、多くの国では当時の公用語が使われている。

 とはいうものの、長年の間に地域性というのが出来たようで、各国で方言のような訛りが存在するのだ。


「報告は直接俺に上げろ。名目は・・・」

「では私の捜している「甥」ということでは?」


 カミル将軍は「それでいい」と頷いた。



 アダム班長が室内用の略礼をして部屋を出る。

 扉が閉まるとカミル将軍大きくため息をついた。


 もう今日は作業が手に付きそうにない。帰り支度をした方が良いだろう。


 だが、今は何もする気が起きなかった。

 ただ無性に酒が飲みたかった。

 素面で考えられる話ではなかったのだ。



 元第四王子達が聖国のマリエッタ第八王女を襲撃するという計画だったのだから。 

次回「大きなうねり」

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