その32 おとぎの国
◇◇◇◇◇◇◇◇
「のこった、のこった! のこった、のこった! ですわ! ――それまで! 勝者、水運商ギルドチーム!」
「「「「うわああああああっ!!」」」」
ティトゥの軍配が上がると共に、広場は大きな歓声に包まれた。
綱引き大会こと、第一回ドラゴン杯。その決勝大会。
記念すべき優勝チームが決まった瞬間だった。
優勝したのは、鍛冶職人のブロックバスター親方が率いる水運商ギルドチーム。
大本命のコノ村ナカジマ騎士団チームを敗っての堂々たる勝利だった。
「・・・勝ったのはチェルヌィフのチームか。コノ村ナカジマ騎士団チームには是非とも勝って貰いたかったが」
そう呟いて背を向けたのは、頬ヒゲの騎士団の男。
リーリアの護衛、バルトニク騎士団の隊長である。
彼は一緒に付いて来ようとした部下を手を振って下げると、一人で客席を離れた。
何となく一人になりたかったのである。
彼はブラリと酒樽が積まれた一角へと足を向けた。
「いらっしゃい、いらっしゃい! 熱い戦いには冷たい酒! 聖国の酒はいかがかな! ハヤテ様考案のドラゴンの美酒”カクテル”もありますよ!」
調子の良さそうなチェルヌィフ商人が、身振り手振りを交えて酒を売っている。
愛想も良く、人好きがするものの、どこか胡散臭い印象を与える青年だ。
そこに部下に呼ばれたナカジマ家の代官、オットーがやって来た。
「シーロ! お前、また無断でハヤテ様の名前を出しおって! 商売にハヤテ様の名前を利用するなと何度も言っているだろうが!」
「やべっ! ああ、お客さん、衛兵隊の方ですよね。ちょっと席を外すんで酒を見ておいて下さい」
シーロと呼ばれた青年は、すぐ側に立っていた鋭利な印象の騎士に店を預けると、オットー達に連れられて行った。
どこかでコッテリ絞られるのだろう。
バルトニク騎士団の隊長は、店を引き受けた衛兵隊の男に見覚えがあった。
「衛兵隊の隊長――ザイラーグか」
そう。そこにいたのは、彼らバルトニク騎士団と因縁浅からぬ相手。
宿舎団地の衛兵隊の隊長、ボルゾイ・ザイラーグであった。
ザイラーグ隊長も相手がバルトニク騎士団の隊長に気付いたようだ。
酒樽からカップに酒を注ぐと突き出した。
「勝手に飲んでいいのか?」
ザイラーグ隊長は黙って懐から代金を出すと酒樽の上に置いた。
「スマンな」
「構わん。どうせ飲みに来たんだろう?」
二人は揃って酒を飲んだ。
「・・・まさか水運商ギルドチームが優勝するとはなあ」
「・・・ああ。水運商ギルドチーム。あれは反則だ」
決勝大会の出場チームは全部で八チーム。
彼らは二つのブロックに分かれてトーナメントを戦い、それぞれ勝ち残ったチームが決勝戦でぶつかる。
厳正なるくじ引きの結果、ザイラーグ隊長の衛兵隊チームとバルトニク騎士団チームは別々のブロックに分かれてしまった。
直接戦えずに残念、とは思ったが、互いに勝ち進んでいけば、決勝の舞台でぶつかる事になる。
これはこれで戦い甲斐はあるし、なによりドラマチックである。
彼らは決勝まで勝ち上がるつもりで、意気揚々と試合に挑んだ。
そして決勝大会第一試合。
バルトニク騎士団チームの相手は、各村のナカジマ騎士団を破って決勝大会に進んで来た村代表ナカジマ騎士団チーム。
衛兵隊チームの相手は、ポルペツカの予選を勝ち上がって来たディアルガ(親子)チームだった。
「・・・まさかお互いに一回戦で負けるとはなあ」
「・・・お前の所はナカジマ騎士団チームに負けたからまだいいだろう。俺の所はポルペツカの町の力自慢の親子だぞ」
ザイラーグ隊長は「明日から部下にどういう顔で接すればいいんだ」と黄昏ている。
ちなみに決勝戦の組み合わせからも分かるように、彼らを敗ったチームはそれぞれ準決勝戦でコノ村ナカジマ騎士団チームと水運商ギルドチームに敗れている。
その点も彼らの面目が潰れている所以である。
せめて彼らを負かしたチームが優勝していれば、「優勝チームに負けた」と心を慰める事も出来たのだが。
「お前の方はまだましだ。優勝したのは同じブロックだった水運商ギルドチームなんだからな」
「そっちだって、ナカジマ騎士団のチームが固まっていただろう。負けてもまだ言い訳がたつだろうに」
くじ引きの結果、バルトニク騎士団のブロックには強豪と目される各代表のナカジマ騎士団チームが集まる、死のグループになっていた。
「それも決勝でコノ村ナカジマ騎士団チームが負けたので台無しだ」
「・・・水運商ギルドチーム。あれは反則だよな」
二人は苦々しい表情で酒を飲みほした。
次は俺が金を出す。いやいや俺が。といった飲み屋で良く見るやり取りの後、二人は再び酒の入ったカップを手に取った。
バルトニク騎士団の隊長がポツリと呟いた。
「・・・お前、メルトルナ騎士団の隊長だったんだな」
ザイラーグ隊長は元はこの国の大貴族、メルトルナ騎士団で部隊の隊長を務めていた。
メルトルナ家はこの国では珍しい武闘派の貴族家で、昔はバルトニク騎士団の母国、小ゾルタとも激しく戦っていた。
隊長は自分達を取り押さえたのが町の衛兵隊ではなく、勇猛で鳴らしたメルトルナ騎士団の隊長だった事を知り、驚きと同時に妙に納得もしていた。
「そうならそうと言ってくれれば良かったのに」
「・・・昔の話だ」
ザイラーグ隊長はナカジマ家に拾われるまで、傭兵団の団長として口に糊する生活を送っていた。
そんな彼にとって、かつての栄光を声高に触れ回るような見苦しいマネは到底出来なかったのである。
彼らの視線の先では、優勝した水運商ギルドチームが、大きな盃を掲げている。
コノ村のハヤテのテントの前にデンと居座る”大優勝杯”。そのレプリカだ。
馬鹿みたいに巨大な大優勝杯と違い、こちらは常識的な大きさである。
彼らはそこに酒を注ぎ、全員で回し飲みをしている。
ティトゥの前でこれ以上羽目を外さないように、ナカジマ騎士団達が彼らを追い払った。
とはいえ、何かある度に酒を飲み、特に何もなくても酒を飲むような連中だ。すぐにどこかで宴会を開くに違いない。
「そもそも俺なんかに驚いていてどうする。ナカジマ騎士団はこの国の元・王都騎士団だぞ」
「確かに」
頬ヒゲの隊長は苦笑した。
つい先日、同僚のオルサーク騎士団員達からその話を聞かされた時には、「なぜそれを早く言ってくれなかったんだ!」と悲鳴をあげたものである。
本人達は自覚していなかったが、彼らの自信の源として「自分達は元・ピスカロヴァー伯爵家の騎士団員だった」というものがある。
自分達は当主に乞われて男爵家の騎士団になったが、元々は伯爵家の騎士団だった。
そのプライドが彼らを支え、時には他者を見下す尊大な態度として現れていたのである。
しかし、ナカジマ騎士団は元・王家直属の騎士団員。
そしてティトゥは小上士位――準伯爵位。
ナカジマ騎士団に対し、バルトニク騎士団は、元々の立場でも負けていれば、現在の立場でも負けているのである。
ナカジマ騎士団の事を、「村に住んでいる田舎の騎士団」と侮っていた彼らは、自分達の自信の根拠が足元から崩れた気がした。
ちなみに、オルサーク騎士団がナカジマ騎士団の出自を知っていた理由は、かつてナカジマ騎士団は、王都騎士団の装備で帝国軍との戦いに参戦したためである。
(※第六章 帝国南征編 参照)
頬ヒゲの隊長はどこか遠い目をしながら呟いた。
「このナカジマ領はまるでおとぎの国だ」
「おとぎの国?」
突然、ファンタジーな単語が出て来た事を意外に思うザイラーグ隊長。
「そうだ。ここには伝説のドラゴンが住んでいる。
そして、この地を治めているのは若い女の当主。
その騎士団はこの国の元・王都騎士団。
家令を務めているのはこの国の前宰相閣下」
頬ヒゲの隊長はここでザイラーグ隊長に振り返った。
「それに元・メルトルナ騎士団の隊長が町の衛兵隊の隊長をやっている。どうだ? まるで作り話の中の世界のようじゃないか」
ザイラーグ隊長は小さく笑った。
「これだけの大物が集まっているんだ。俺なんかは衛兵隊の隊長がお似合いだな」
「おい、そういう意味で言ったんじゃないぞ」
ザイラーグ隊長は「分かっている。冗談だ」と答えると、酒を飲んだ。
頬ヒゲの隊長はつられて酒を飲みながら自分の考えをまとめた。
「俺が言いたかったのは、ここは普通じゃないという事だ。それこそおとぎ話の国のようにあり得ない土地だ。
なあ。俺は今まで一体、この世界の何を見て、何を知った気になっていたんだろうな?」
頬ヒゲの隊長は自分なりの言葉で、自分達がいかに井の中の蛙であったか、今回の件でいかにそれを思い知らされたか、と言いたかったようだ。
「なる程。それでおとぎの国か。言い得て妙というヤツだな」
ザイラーグ隊長は得心のいった様子でカップを傾けた。
「おっと、空になっていたか。どうだ? まだ飲むか?」
「ああ、貰おう。というかこんな話、シラフで出来るか」
「ふっ。違いない」
二人は笑いながら何杯目かの酒を傾けた。
共に部下を率いる隊長同士。そしてナカジマ領にやって来たばかりの新参者同士。
年齢は一回り離れているが、互いに通じ合う物があったようだ。
「今なら竜軍師殿があの時、俺達に怒鳴った理由が分かる気がする。俺達はナカジマ様とハヤテ様の前で不貞腐れた態度を取ってしまったんだからな」
隊長の実感のこもった一言に、ザイラーグ隊長は思わず吹き出していた。
「あの時は傑作だったな。今だから話すが、あの後、衛兵隊の詰め所では『アイツらはなんて大物なんだ』と噂になっていたんだぞ」
「大物って――くそっ。返す言葉もない。ああ、なんてバカだったんだ俺達は」
「あの時の自分を殴りつけてやりたい」とうなだれる頬ヒゲの隊長を、ザイラーグ隊長は笑いながら慰めるのだった。
次回「引っ越し」