その27 ブシダハ橋
旧・ゾルタ領に入った僕達は北へ北へ。
やがて前方に大きな城塞都市が見えて来た。
旧・ゾルタの王都、バチークジンカだ。
ここから北に進むとヘルザーム伯爵領。西に進むと旧カメニツキー伯爵領となる。
『王都・・・空から見るとこんな形をしていたんだ』
リーリアは感慨深そうに自分の国の王都――今となっては旧王都――を見下ろしていた。
一見、高い城壁に囲まれた立派な町並み。
しかし、この高さから見ても、町はあちこちが焼け落ち、廃墟化が進んでいるのが分かる。
生生流転。つわものどもが夢の跡。
かつて栄えた町が今、歴史の流れの中に消え去ろうとしている。
このまま完全に過去の遺物と化してしまうのか、それともいつか再び、元の輝かしい姿を取り戻す日が来るのだろうか。
僕はそんな事を考えながら、何度か王都の上を旋回すると、感傷を振り切るように西へと機首を向けるのだった。
この世界――に限った事ではないのかもしれないが、大きな都市には大抵川が流れている。
ミロスラフ王国の王都しかり、聖国の聖王都しかり。
旧・ゾルタの王都、バチークジンカもご多分に漏れず、市内を大きな川が流れている。
中々に大きな川で、現在、僕達はその川の流れに沿って西へと向かっていた。
ちなみに既にここは旧カメニツキー伯爵領上空。川を挟んで北がヘルザーム伯爵領となる。
折しも先日の雨で川の水は濁り、濁流となって下流へと流れていた。
あ。そういう事か。
『どうかしたんですの? ハヤテ』
「ん? いやね。さっきから川沿いの街道にたまに不自然な所があるな、と思っていたんだよ。これってひょっとして橋がかかっていた場所なんじゃないかな?」
『橋? 橋なんてどこにも見えませんわよ』
ああ、そうじゃなくて。う~ん、どう言えばいいのかな?
「多分、少し前まで橋があったんだよ。ほら、あそこ。妙に家が密集しているだろ? 僕の予想だけど、本当だったらあそこから対岸まで橋がかかっていたんだよ」
橋があるから通行人が集まり、人が集まるから人家も建つ。しかし、今は家はあっても橋は無い。
『この雨で流されてしまったのかしら?』
「こんな雨で? まさか。ここは旧カメニツキー伯爵領。そして川の向こうはヘルザーム伯爵領。どう? これでピンと来ない?」
『あっ! 戦争で焼け落ちてしまったんですわね?!』
惜しい! それもあるかもしれないけど――
「きっとカメニツキー側が自分達の手で壊したんだと思う」
おそらく、ヘルザーム伯爵軍の侵攻を受けたカメニツキー側が、敵の進軍を妨げるために破壊したんじゃないだろうか。
良く見れば壊れた家や焼けた跡もあって、この辺りで大きな戦いが起きた跡が見て取れる。
ティトゥから今の話の説明を受け、リーリアは目を丸くして驚いた。
『始めて来た場所なのに、ひと目でそんな事まで分かるなんて! お二人はすごいです。まるでトマス様みたいだわ』
リーリアは純粋に褒めたつもりなんだろうが、子供のトマスと同じと言われて、ティトゥはちょっとだけ苦笑いだ。
『でも、だったらヘルザーム側は今、どうやってカメニツキー側――川の北と南を行き来しているんでしょうか?』
そうだね。多分、舟・・・で大軍を移動させるのは流石にムリか。
出来ない事はないかもしれないけど、この川に元々そんなに舟があったとは思えない。
事前に舟を大量に用意していた? いやいや、そんな事をしてたら、「お前の所に攻め込む予定だよ」と相手に予告しているようなものだし。
しかし、この疑問は直ぐに解決する事になった。
『橋ですわ!』
前方に見えて来たのは、川を真っ直ぐ横切る一本の線。
そう。川に大きな橋が架かっていたのである。
橋は木製。この世界でも石造りの橋が普通だと思っていたので、木橋というのはちょっと意外だった。
とはいえ、考えてみるとおかしな話でもないかもしれない。
なにせ他の橋はことごとく落とされているのだ。おそらく、川の向こうから攻め込まれた時の事を想定して、あらかじめ壊しやすいように木で作っていたのだろう。
僕がカメニツキー伯爵でも、川の向こうにいるのが野心家のヘルザーム伯爵なら、多分、同じ事をしていたんじゃないかな?
橋自体は、川の中に基礎さえ残っていればいつでも作り直せる訳だし。
目の前の橋は、カメニツキー伯爵軍が壊し損ねた――いや、ヘルザーム伯爵軍が死守した一本に違いない。
こんな橋がそう何本も残っているとは思えない。
当然、敵もこの橋の重要性が分かっているのだろう。
橋のたもとには一軍が陣を張って、今も周囲を警戒していた。
彼らの内の何人かは僕に気付いたらしく、こちらを見上げているが、珍しい鳥とでも思っているのか、今の所騒ぎになっている様子はない。
さらに良く見ると陣地には物資も積み上げられていた。どうやらここは集積所の役目も兼ねているようだ。
ふむ。これは――
『これは――狙い目ですわね』
おっと、ティトゥも僕と同じ事を考え付いたようだ。風防に額を押し付けるようにして悪い顔をしている。
君も何度も一緒に行動しているうちに、すっかり僕の発想に染まってしまったようだね。
リーリアが不思議そうにティトゥに尋ねた。
『狙い目? ですか?』
『ええ。あの橋を破壊して、ついでに敵の補給物資もダメにしてしまうんですわ』
◇◇◇◇◇◇◇◇
この橋はこの辺りの地名を取ってブシダハ橋と呼ばれていた。
大型の木造橋。橋のたもとには大きな関所(※ハヤテが家だと思っている建造物群)が作られ、衛兵隊が駐屯している。
現在はヘルザーム伯爵軍に占拠され、警備のための一軍が置かれていた。
最初に異常に気付いたのは見張りの兵――ではなく、丁度橋を渡っていた輸送部隊の兵士達だった。
橋の上の騒ぎに気づいた見張りが怪訝な表情を浮かべた。
「なんだ? ヤツらは何をやっている?」
「一体どうした?」
輸送部隊の兵達は橋の片側に(※川の上流側に)集まって、何やら騒いでいる。残念ながら距離が遠すぎるのと川の音が邪魔をして、何を叫んでいるのかまでは聞き取れない。
最初は上流から何かが流れて来たのかと思ったが、そうではないようだ。兵士達の視線は下ではなく上――上空を見上げていた。
目の良い見張りの兵が彼らの視線を追っていて、何かに気付いた。
「! おい、あれは何だ?!」
彼が指差した先。そこには遥か上空を飛ぶ飛翔物の姿があった。
次の瞬間、謎の飛行物体は頭を真下に向けると、一直線に降下を始めた。
「まさかアイツ、橋の人間を狙っているのか?!」
ヴ――ン
どこからか不気味な風きり音が響いてくる。
謎の飛行物体があげる唸り声だ。
輸送部隊の兵士達は、迫り来る大きな翼に体がすくんでしまったのか動けない。
その時、謎の飛行物体から黒い塊が放たれた。
グオオオオオオオ!
「ひっ!」
恐ろしい轟音と共に飛行物体が橋の上空を通過した。
助かった?!
誰もがそう思ったその瞬間だった。
ドオオオオオオン!
大きな爆発音と共に橋の中央が木っ端みじんに吹き飛んだのだった。
言うまでもなく、謎の飛行物体の正体はハヤテ。
彼は一度橋から離れた場所に着陸すると、翼下に彼の最大の武器、250kg爆弾を懸架。このブシダハ橋を爆撃するべくやって来たのである。
ハヤテお得意の急降下爆撃は見事に橋の中央に命中。約二十メートルに渡って橋桁を吹き飛ばした。
その後、ハヤテは何度も橋の上を通過しては、火壺――火炎瓶を投げ落とした。
彼にとって残念なことに、火はさほど燃え広がらず(※おそらく前日まで降り続いた雨のせいであろう)橋を焼け落とすまでには至らなかった。
しかし、関所の建物に火をつける事には成功。ヘルザーム伯爵軍が備蓄していた物資の多くを焼失させる事に成功した。
また、橋は焼け落ちこそしなかったものの、大きな損傷を受けたのは事実であり、簡単に修復、再使用出来る状態ではなかった。
ヘルザーム伯爵軍は当分の間、ブシダハ橋の使用が不可能となったばかりか、大量の物資を失ってしまったのである。
そしてこの場所を守っていた守備隊、輸送部隊の兵士達に深い恐怖を刻み込んだ。
ハヤテはヘルザーム伯爵軍に大きな被害を与えると、本来の目的地であるフォルタ砦を目指すのだった。
次回「燃えるフォルタ砦」