その2 スウィートメモリー
『は・・・裸になったんですか?!』
『ええ。メイドのカーチャも一緒でした。カーチャのことはマリエッタ様も知っていますわよね?』
『ええっ?! あの子もハヤテさんに裸を見られたんですか?!』
ティトゥゥゥゥ――!!
何を言ってくれてんのオイぃぃぃ!!!
何であの話をしちゃうかな!
あれは僕の中のスウィートメモリー、じゃなかった、他人に話すようなことじゃないでしょう!
ていうか君、僕に見られていることを自覚して脱いでたの?! 確信犯なの?!
ああっ! マリエッタ王女が真っ赤な顔をして僕を見ている!
私も見せなければいけないのかな?
とか思っている顔だよあれは! ありがとうございます!
じゃない、違うよ!! 僕はそんなロリコンドラゴンじゃないよ!
爽やか紳士ドラゴンだよ!
ティトゥは僕のテントでマリエッタ王女に僕との出会いを語っている。
どうもティトゥは文学方面の才能があるようで、最初は心ここにあらずだったマリエッタ王女の侍女、ビビアナさんも、今ではすっかり心を持ち直して興味深くティトゥの話に聞き入っている様子だ。
ティトゥの話は続き、いつかのティトゥが池に落ちて、服を乾かすために森で裸になったエピソードになった。
その刺激的な内容にマリエッタ王女は顔を真っ赤にして興奮している。
・・・いやね、ティトゥの表現がまた無駄にエロいんですよ。
僕は初めて知ったね。
女性のエロい表現は男のエロい表現とはまた違ったエロさがあるよ。
受け身のエロさとでも言えば良いのか・・・あ、ゴメン、もうこの話はしないから引かないで。
いつの間にか戻ってきていた、見た目出来る女のカトカ女史のまなざしが痛い。
あれは僕のことをティトゥに付く悪い虫だと思っている目だ。
彼女は身も心もすっかりティトゥの護衛と化しているようだ。
まあ有難いっちゃあ有難いんだけど、あなたは本当にそれで良いのかね?
『なるほど、それで王都の外にいるんですね』
ティトゥの長い話が終わった。
長い・・・本当に長かったよ。
少女達(女史含む)はみんなティトゥの話の余韻に浸っている。
まるでセカチュー上映後の映画館にいるような感じだ。
池ポチャの話では僕のコトを性犯罪者を見るような目で見ていたカトカ女史も、今では目を潤ませて僕のコトを見ている程だ。
いや、僕の話でなければ良い話だったと思うよ?
でも正直この空間、凄く居心地が悪いです。
アウェー感半端ないです。
僕が人間の体だったら、顔を真っ赤にして死んだ目をしているに違いない。
話の途中に何度叫びながらテントを飛び出そうと思ったことか。
て言うかティトゥは僕のコトをそういう風に見ていたのね。
どこの英雄譚の主人公様だよ。
僕は会社をクビになったただの引きこもりだよ。
王都の鐘が鳴った。暮れ六つ。一日の終わりだ。
マリエッタ王女とビビアナさんが慌てて立ち上がった。
『もうこんな時間。王城に戻らないと』
『途中までご一緒しますわ』
ティトゥが立ち上がるとカトカ女史も立ち上がった。
ティトゥは何だかツヤツヤしている。
そして何かを成し遂げた感が無駄に漂っている。
僕はこんなに疲労困憊なのに・・・ 解せぬ。
『ではハヤテさんさようなら』
『明日も来ますわ』
僕も挨拶を返そうとしてふと思いついた。
『マタネ』
驚きに目を見張る少女達。
ふっふっふ。最近のティトゥのやる気を見習って、少しは言葉を覚える努力を始めたのだよ。
まだ挨拶もロクに覚えてないんだけどね。
夜は時間だけは沢山あるからね。
あ、カトカ女史、『本当に賢かったのですね・・・』ってどういう意味だよ。
まさかティトゥの話を信じてなかったわけ?
『”マタネ”ではないですわ。”ごきげんよう”ですわ。誰が貴方にその言葉を教えたんですの?』
『まあまあ、ティトゥさん。せっかく言葉を覚えたんですから』
そして僕は怒ったティトゥに言葉遣いを正されるのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ここは王都の中でも高級歓楽街と知られている一角。
一台の馬車が高級娼館の裏に停められた。
黒塗りの地味な馬車だ。
一見地味なその馬車だが、良く見れば金のかかった高級な物であることが分かる。
馬車の中から出てきたのはひと際奇抜な装いの一人の男。
ネライ卿ことパンチラ元第四王子だ。
パンチラ元第四王子はとあることが原因で、王都に戻ってからも屋敷の部屋でずっとふさぎ込んでいた。
しかし先日、ランピーニ聖国友好使節団の使者が彼の屋敷に訪れ、あることを彼に吹き込んだのだ。
それは彼を部屋から連れ出すには十分な内容だった。
「本当にこんな場所でなくてはならんのか?」
今日彼はある人物との会談のため、人目を避けてこの場所に訪れていた。
しかし、娼館で会談というのは彼の美意識に反するようで、先ほどからずっと不満をこぼしている。
「私の力が至らないばかりに、このような場所にご足労願うことになってしまい申し訳ございません」
パンチラ元第四王子の後に続いて降りてきた男が頭を下げた。
馬車の中で散々元第四王子から不満を聞かされたとは思えない慇懃な態度だ。
メザメ伯爵の部下の男であった。
男の下に置かないへりくだった態度はパンチラ元第四王子の承認欲求を満たしたのか、僅かに溜飲を下げた様子だ。
店の奥から店員が現れると、部下の男に耳打ちした。
「先方はすでに中でお待ちです」
「分かった。案内せよ」
パンチラ元第四王子は鷹揚に頷くと、店員に案内をするように促した。
店員を先頭に店内の廊下を歩くパンチラ元第四王子達。
今日、パンチラ元第四王子は人目を避け、ある人物と会談するために、密かにこの場所へと足をはこんでいたのだ。
・・・人目を避け、と言うにはパンチラ元第四王子の格好は目立ちすぎだが。
これに関しては、メザメ伯爵の部下も内心では頭を抱えていた。
目立たない地味な馬車を借りたのに意味がないではないか。
この男は本当にこの会談の意味を分かっているのだろうか?
そこまで考えて部下の男は苦笑を浮かべた。
分からないからこそ、うまうまと甘言に乗せられているのに決まっているからだ。
パンチラ元第四王子の派手な装いは店内でも目立っていた。
しかし、娼館という場所柄、客はあえて見て見ぬふりをしていた。
それはマナーというよりは、互いに後ろめたさを抱えた者同士の暗黙の了解なのだろう。
だからこのような場所で他人の詮索をするような者はいない。
だが、物事には例外というものがある。
「オイオイ、あれはネライ卿じゃないか」
一人の男がパンチラ元第四王子の姿に目を止めたのだ。
男は無意識に立派な髭をしごいた。
立派な髭を持つこの男は、マチェイからハヤテ達と同行した騎士団の隊長、アダム班長である。
アダム班長はかねての宣言通り、特別手当を受け取るとその足でこの高級娼館に突撃したのだ。
そして、つい今ほど彼好みの儚げな雰囲気のスレンダーな美女と一戦交え終えたところであった。
アダム班長は近くに立っていた店員を捕まえると、強引に金を握らせた。
「なあ君、あの客達はどの部屋を取っているのかね?」
「お客様、他のお客様にご迷惑をおかけするような」「迷惑なんてとんでもない。」
アダム班長は人好きのする笑みを浮かべながらさらに金を追加した。
その金額に明らかに店員の目の色が変わった。
「ただ隣の部屋を借りようかな、と思ってね。ここは宿屋なんだろう?」
売春や賭け事等、風紀を乱す行為は王都では表立っては認められていない。
だが、実際に娼館は王都のあちこちにある。
それらは名目上は宿屋ということになっているのだ。
「娼館を建てるので許可を下さい」では営業許可が下りないので、宿屋として許可を取っているという訳だ。
つまりあくまでもこれは宿屋で、売春行為は客と女性店員の双方の合意の下に行われるサービスである。という理屈なのだ。
同様な理屈で賭け事も、店は客にゲームの道具を貸しているだけ、ということになっている。
あくまでそれを使って客同士が遊んでいるだけなのだ。
もちろんそれらが単なる建前であることは誰もが知っている。
本来なら取り締まるべき立場の王都騎士団のアダム班長がここを利用していることからもそのことが分かるだろう。
「・・・本当に面倒はゴメンですよ?」
「分かってるって。知り合いがどんな女が好みなのか興味があるだけさ」
どんなプレイをするのかも知りたいしな。そう言ってアダム班長は尻込みする店員の肩を抱いて股間を叩いた。
「ちょっ・・・分かりました、絶対に誰にも言わないで下さいね」
店員は慌てて距離を取ると歩き出した。アダム班長は表面上はニコニコ笑いながらも周囲を油断なく見渡し、店員の後を追うのだった。
次回「驚くべき陰謀」