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戦闘機に生まれ変わった僕はお嬢様を乗せ異世界の空を飛ぶ  作者: 元二
第十七章 ナカジマ領収穫祭編
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その22 心の叫び

 テントの入り口が少し開くと、小さな明かりが入って来た。

 今は夜の十時頃。月明かりも届かないテントの中は、鼻を摘まれても分からない真っ暗闇だ。


『――ハヤテ様、まだ起きていらっしゃいますか?』


 おずおずと小さな声で僕に尋ねたのは、栗色(ブルネット)の長い髪のまだ幼い少女。

 トマスの婚約者のリーリアである。

 テントまでやって来たのはいいが、僕がまだ起きているか不安になったようだ。

 まあ、体長十メートルの謎生物が寝てたら、どうやって起こすのって話になるよね。

 寝起きが悪くてガブリ。なんて事にでもなったらイヤ過ぎるし。

 一瞬イタズラで『オレサマ オマエ マルカジリ』とか言ってみたくなったけど、本気で泣かれても困るし下らない事はやめておこうか。


『オキテル』

『そ、そうですの。よ、良かったですわ』


 ホッとするリーリア。

 起きてるも何も、そもそも僕は睡眠を必要としない体なんだけどね。

 それでこんな夜に何の用かな? ひょっとして君も眠れなかったとか?


 リーリアはしばらく何やらためらっていた様子だったが、やがて意を決したのか僕を見上げた。


『あの・・・少しお話させて頂いてもよろしいでしょうか?』


 お話? ふむ。どうだろう? ちょっとぐらいならいいかな。


『ヨロシクッテヨ』

『あ、どうも。ええと、ハヤテ様はドラゴンのオスですよね? なぜ婦人のような喋り方を――あ、いえ、別にいいんですけど』


 リーリアは僕のオネエ言葉に少し引いた様子だったが、慌てて取り繕ったのだった。




 さて。夜中、僕に話があると訪ねて来たリーリアだったが、彼女はそのまま何も話さずにいた。

 いや。話さないんじゃなくて、どう話せばいいか分からないだけのようだ。

 その証拠にさっきから何度か『あの』とか『えと』とか、話を切り出そうとしているが、その度に言葉に詰まっている様子だからだ。


 う~ん。どうしよう。

 僕の四式戦闘機ボディーは気温を感じないけど、最近では秋も深まり、朝晩の冷え込みが厳しくなっているようだ。

 女性は冷え性だと聞くし、長時間寒いテントの中にいるのは良くないよね。

 よし。ここは僕から話の水を向けるか。


『バルトニク』

『えっ? わ、私がどうかしましたか?』


 僕の言葉にビクリと身をすくめるリーリア。

 ああ、違うから。君の名を呼んだ訳じゃないから。


『バルトニク ハナシテ』

『話す? バルトニク家――ひょっとして、バルトニクの町の事が聞きたいんでしょうか?』

『ソウ』


 リーリアはちょっと慌てた。


『あの。私もそんなに詳しい訳じゃ・・・あまり町に出かけた事はありませんし』


 リーリアはそう断りながらも、彼女が知る限りの町の話をしてくれた。

 彼女は最初はポツリポツリと。やがては思い付くままに話を続けた。


『――大通りには朝になるとテントが並んで市場が開かれるそうですわ。それはそれは賑やかになると聞いておりますの。

 ――聖国風のドレスを売る店があって、私のドレスもそこで作らせたのですわ。本当は青いドレスが良かったのですが、青い布は仕入れていないそうなので諦めたんですの。知ってましたか? 聖国では青いドレスは高貴な者しか着るのを許されていないそうですわ。

 ――広場には大きな石像があって、恋人たちの待ち合わせ場所として人気なんだそうですわ。

 ――町一番の商人が凄くキレイな白い馬を飼っていますの。私が欲しいと言ったら、「あの馬はお爺ちゃんだからウチでは飼えないよ」と言われてしまいましたの。動物も人間と同じで歳を取ると毛が白くなるんですのね。私初めて知りましたわ』


 元々おしゃべりな子なのだろう。いつしか彼女は身振り手振りも交えて熱っぽく町の自慢をしていた。

 町の話から家族の話。屋敷の使用人の話に、仲の良い侍女の話。リーリアの語る内容は取り留めも無く、いつまでも続いた。

 僕が「そろそろ緊張もほぐれた頃合いだし、僕のテントを訪ねて来た用件を聞こうかな?」などと思っていた矢先の事だった。


 リーリアは突然話を止めると、目に大粒の涙を浮かべたのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 リーリアはすっかり話に夢中になっていた。

 ハヤテは口数こそ少ない物の、何というか「聞き上手」だったのだ。

 大きな体のドラゴンが、自分の話を興味深く聞いている。

 そう考えただけでも楽しくて笑みがこぼれそうになってしまう。

 しかし、リーリアが知る町の情報はさほど多くはない。彼女はすぐに話のネタが尽きてしまった。


(まだ終わらせたくないわ)


 ここでこの楽しい時間を終わらせるのは勿体ない。まだまだもっと楽しみたい。

 そう思ったリーリアは、屋敷や家族の話を始めた。


 リーリアは体が冷えるのも忘れて、夢中になってハヤテに語り続けた。

 しかし、この時間が楽しければ楽しい程、悲しい現実とのギャップが大きくなっていく。

 リーリアは家族の話をしているうちに――家族の暖かさを思い出すうちに――大切な家族が戦火の危険にさらされているという現実を思い出してしまった。


 その事実に気付いた瞬間。唐突に彼女の楽しい時間は終わった。

 リーリアの小さな心は悲しみに押しつぶされそうになった。

 激しく感情が揺さぶられたせいだろうか。目に涙が盛り上がった。


(なんで?! トマス様の前でも泣かなかったのに!)


 それが悔しくて。情けなくて。リーリアは涙を止められなかった。

 そんな彼女をハヤテは黙って見つめていた。(※実際はどうして良いか分からず混乱していただけなのだが)


 とめどなく流れる涙。その時、リーリアの脳裏にトマスの顔が浮かんだ。

 さっき彼は――自分の婚約者は何と言っていただろうか?


 ――リーリア。君はどうしたい?


「・・・私、私は」


 ――君は君の言葉で自分の思いをハヤテ様に伝えるべきだ


「・・・ハヤテ様」


 ――その時初めてハヤテ様は動いてくれる


 リーリアは両手で涙を拭うとハヤテを見上げた。


 ――そしてハヤテ様さえ動かす事が出来れば、あの方はきっとリーリアを救ってくれるはずだ。


「ハヤテ様! 私をバルトニクに! 私の家まで連れて行って下さい! 私は家族に会いたい!」


◇◇◇◇◇◇◇◇


 家族の事を話している最中に唐突に泣き出したリーリア。

 当然だ。貴族だろうが何だろうが、リーリアは十歳くらいの少女でしかない。

 それなのに彼女は親元を遠く離れた異国の地で、実家は戦火に包まれようとしている。

 不安と恐怖で気が変になりそうなんだろう。


『リーリア・・・』


 僕は泣きじゃくる少女にかけてあげる言葉も浮かばなかった。


 どのぐらいの時間、泣いている彼女を見ていただろうか。

 やがてリーリアは嗚咽の中、『私は』とか『ハヤテ様』とか呟いた。

 何かを言おうとしている?

 僕が彼女の言葉に耳を澄ませていると、リーリアはグイッと涙を拭って僕を見上げた。


『ハヤテ様! 私をバルトニクに! 私の家まで連れて行って下さい! 私は家族に会いたい!』


 それは少女の悲痛な叫び――心の叫び声だった。

 その瞬間、僕は僕が間違っていたと知った。

 いや、僕だけじゃない。みんな――ユリウスさんやオットー、トマスやバルトニク騎士団、それにティトゥも。

 僕も含めてみんなが間違っていた。


 国と国との関係? 外交? 王家の指示?

 それが何だ。

 どこかの軍隊がどこかの国に攻め込み、攻め込まれた国の女の子が家族を心配して泣いている。

 今この場に、僕の目の前に、戦争という理不尽に巻き込まれ、悲しい思いをしている人がいる。

 僕にはこの世界の誰よりも大きな力がある。

 それなのに僕は国の事を考えて、救える人達を見捨てようとしていた。

 頭で考えて、心を無視していた。

 賢い選択が常に正しい選択であるとは限らない。

 間違っていたって正しい事だってあるんだ。

 何が大切で何が大切ではないか。

 決まっているだろう。人の命が一番大切だ。


 僕は――僕達大人は間違っていた。

 正論で心に蓋をしていた。

 でも、まだ手遅れじゃない!

 まだ間に合う!


 その時、僕の操縦席でピンク髪の少女が立ち上がった。


『話は全て聞かせて頂きましたわ!』


 そう。僕の操縦席で仁王立ちになっているのはティトゥである。


『えええっ?! ナカジマ様?! なんで?!』


 リーリアは、まさか自分の他に誰かいるとは思っていなかったのだろう。

 驚きにギョッと目を剥いたのだった。

次回「怒りの隊長」

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― 新着の感想 ―
[一言] >>リーリア 長文台詞を見て気付きましたが、そう言えば口調がティトゥと丸被りの子は久しぶりですね。(今更)
[良い点] なんでティトゥそこにいるのw
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