その20 予想外の結論
『隣国で争いが起こっているのか』
僕のテントにやって来た老人が開口一番、そう言った。
ナカジマ家のご意見番、元宰相のユリウスさんである。
仕事でナカジマ領唯一の町、ポルペツカに行っていた所を、急遽戻って貰ったのだ。
テントの中は人でごった返している。
主だった人物は、ナカジマ家からはティトゥ。代官のオットー。さっき到着したばかりのユリウスさん。
トマスのオルサーク家からは、トマス。トマスの護衛のオルサーク騎士団の隊長。隣国から知らせを持って来てくれたマントの男。
当事者となるバルトニク家からは、バルトニク騎士団員達。彼らは全員でやって来たので、半分は外に出て貰っている。
それらのメンバーにプラスして、アドバイザーとして港町ホマレから聖国メイドのモニカさん。それと宿舎団地から衛兵隊のザイラーグ隊長を呼んでいる。
彼らにはマントの男とトマスの口から状況が説明されている。
とは言え、ここで決めるべきは極論すればただ一点。
僕がこの戦いにどう関わるか。
それだけである。
『みなさんの意見を聞かせて頂戴』
ティトゥの言葉で話が始まった。
口火を切ったのはご意見番のユリウスさんだった。
『ピスカロヴァー王家からは既にミロスラフ王家に救援の要請が出ているとの話。ならばナカジマ家は王家の判断に従うのが良かろう』
『それだと間に合わないかもしれませんわ』
『そうならないように動くのが国王の役目というもの。いくらハヤテに力があると言っても、何にでも手を出す物ではない』
ユリウスさんの言葉は厳しいようだが、正論ではある。
国内の事ならまだしも、国外の事情にむやみに介入するべきではない。
外交の問題でもあるし、王家の判断に任せる、というのは間違ってはいない。と思う。
ティトゥは納得し切れていない様子だったが、この場でこれ以上の反論はしなかった。
『私もユリウス様と同意見です』
『オットー。あなたもですの?』
ナカジマ領の代官、オットーが口を開いた。
『心苦しくはありますが、一介の領主が国王の許しもなく他国の戦争に介入するのはいかがかと思います。援助するならするで手続きを踏むべきです』
臣下なら筋を通せという事か。オットーらしいとも言えるが、こちらも至って正論だ。
他国の勝手に戦争に手を出しておいて、「ナカジマ家の独断でした」では済まされない。
相手からすれば、「ナカジマ家が手を貸した」ではなく、「ミロスラフ王国の貴族が手を貸した」事になるからだ。
『・・・厳しいですが、オットー様のおっしゃるとおりかと』
『トマス?! あなたも同じ意見なんですの?!』
よもやトマスにまで反対されるとは。ティトゥは思いもしなかったようだ。
『兄は何と言うか、猪突猛進な所がありますので。恐らく「ハヤテ様がいれば勝てる」と短絡的に考えたのではないでしょうか? フォルタ砦の状況は王家にも伝わっているはずです。直ぐにでも援軍が――いえ、日数的に考えても、既に援軍が派遣されている物と思われます』
なる程。トマスの意見も最もだ。
敵が攻めて来ているのに、ピスカロヴァー王家が手をこまねいているはずはない。
当然、既に手は打っているはずである。
そもそも、今回の援軍の要請はトマスの兄、パトリクの判断によるもので、正規なものではない。
つまりは彼の独断に過ぎない。
こんな依頼でうかつに戦場に出向けば、後で揉め事の種になるだろう。
『それは・・・バルトニクの方達はそれでいいんですの? あなた方の土地が戦場になろうとしているんですのよ?』
ティトゥに意見を求められ、バルトニク騎士団の中から頬ヒゲの隊長が前に出た。
『構いません。バルトニク騎士団は精強ですし、トマス様の兄、”万夫不当の勇者”パトリク様も協力してくれています。我々は彼らが必ずヘルザーム軍を撃退してくれると信じております』
それは流石に楽観が過ぎる気もするけど・・・いや、違う。彼らの顔は覚悟を決めた者のそれだ。
自分達の家族の住む土地が攻め込まれて平気な人間がいるはずがない。
ましてや彼らは騎士団員。もし、こんな外国にいなければ――領主の娘の護衛という役目がなければ――剣を手にして、侵略者の手から領民を守るために戦っていたはずである。
彼らだって祖国を守りたい。仲間と一緒に戦いたいのだ。
しかし今、自分達はそれが出来ない状況にある。
それはどれだけじれったく、いらだたしい事だろう。
彼らは身を焦がすような焦りを堪えながらこの場にいるのである。
ティトゥの迷いを感じたのだろう。
オットーが話の流れを変えるべく、衛兵隊のザイラーグ隊長に振り返った。
『ザイラーグ隊長。君はかつてメルトルナ騎士団の隊長として、隣国との戦いに何度も参加したと聞いている。君の見立てではピスカロヴァーはどうだろうか? 仮にヘルザーム伯爵軍に苦戦したとして、ミロスラフ王家が援軍を派遣するまで持ちこたえられるだろうか?』
バルトニク騎士団の男達の視線がザイラーグ隊長に集まる。
ザイラーグ隊長は顎に手を当てて『そうですね』と呟いた。
『まず、お断りしておくのは、私は現在の隣国の状況を知りません。あくまでも私がメルトルナ騎士団に所属していた時の話となります。それでもよろしければ。それと、バルトニク騎士団の皆さんには面白くない話になるかもしれませんが、構いませんか?』
ザイラーグ隊長がバルトニク騎士団員達に視線を向けると、彼らは『構わない』と頷いた。
『であれば。――私がメルトルナ騎士団に所属してた頃、戦いの前に必ず部下に言っていた言葉があります。それは「”大鷲”バルタークには正面からぶつかるな」という事です。必ず二対一、可能であれば三対一で当たる事。それほどバルターク騎士団は勇猛果敢な手強い相手でした』
ここでザイラーグ隊長はバルトニク騎士団員達から目を反らした。
『・・・逆にピスカロヴァー伯爵軍本隊には「積極的に当たるように」と命じていました。さしもの大鷲バルタークといえども、本隊が危なくなれば守りに戻らなければなりませんから』
この打ち明け話にはバルトニク騎士団員達も渋い顔を見せた。
自分達が敵から「弱点」と見られていて、味方の足を引っ張っていた、と明かされたも同然だったからである。
両者に漂う微妙な空気に、オットーが慌てて口を挟んだ。
『ピスカロヴァー軍については分かった。それでヘルザーム伯爵軍はどうだったんだ?』
『大鷲程ではありませんがこちらも手強い相手でした。ただし、ヘルザーム伯爵軍の強さはそれを率いる将軍の手腕によるものが大きかったです』
当時、ヘルザーム伯爵軍には隣国を代表する知勇兼備の名将がいたそうだ。
別名”塩将軍”。
料理における塩のように、ヘルザーム伯爵軍にとってなくてはならない存在、という意味だそうだ。
決して戦い方がしょっぱかったから、そう呼ばれるようになったわけではないらしい。
さて。件の塩将軍だが、隣国ゾルタの中でもミロスラフ嫌いの急先鋒。タカ派の最右翼だったそうだ。
有能な将だが、ミロスラフ王国にとってはハタ迷惑な人だった、という訳だ。
”だった”と過去形で話しているのは、もう亡くなっている人だからだ。
ミロスラフ王国が隣国との国境に大きな砦を作った際、その砦の攻略に挑んで失敗。戦死したそうだ。
この一件には当時、戦費拡大に苦慮した隣国ゾルタの王城が、タカ派の力を削ぐためにあえて将軍を不利な戦いに追いやった、という説もあると言う。
自国の戦力が弱まると知っていながらそんな事をするなんて。ホント権力闘争ってイヤだよね。
『あの戦いで将軍は戦死しましたが、部下まで残らず全滅したという訳ではありません。彼の薫陶を受けた将兵達は今でもヘルザーム伯爵軍の中核に残っています。十分に脅威だと言えるでしょう』
つい最近、ヘルザーム伯爵軍は、カメニツキー伯爵領を攻め滅ぼしたと聞いている。
カメニツキー伯爵軍も数の上ではヘルザーム伯爵軍と大きく変わらなかったそうだ。
勝敗を分けたのは軍の質の違い。
塩将軍チルドレンの存在が大きかった、という訳だ。
ヘルザーム伯爵軍は優秀な将軍を失ったとはいえ、その実力は今でも侮れない物があるだろう。
『それじゃあ、ピスカロヴァー軍で対抗出来るのは”大鷲”バルターク家の部隊だけなんですのね』
『――あの、ナカジマ様。バルターク騎士団は、現在機能しておりません』
『? どういう事ですの?』
塩将軍チルドレンが中核を占めるヘルザーム伯爵軍に対抗出来るのは、勇猛果敢な”大鷲”バルターク騎士団しかいない。・・・と思いきや。
バルターク騎士団は、昨年の帝国南征軍との戦いで大敗。現在は失った戦力を回復途中との事だ。
『それじゃあ、ヘルザーム伯爵軍と戦う者がいないじゃないですの』
『いえ。ピスカロヴァー王国軍がおりますので』
ピスカロヴァー王国軍って、名前が変わっただけでピスカロヴァー伯爵軍の事だよね?
ザイラーグ隊長から「弱い」って言われたばかりじゃん。
『大丈夫です。ピスカロヴァーにはオルサーク家があります。我々はオルサーク家こそが大鷲バルタークに代わる新たな力であると考えております』
バルトニク騎士団員達はそう言って、オルサーク家のトマスに熱いまなざしを送った。
トマスはポーカーフェイスで彼らの視線を受け止めたが、耐えきれずに口の端が嫌そうに曲がったのを僕は見逃さなかった。
勝手に期待されても困る。トマスの顔はそう言いたそうに見えた。
ティトゥは聖国メイドのモニカさんに振り返った。
『モニカさんはどうすれば良いと思いますの?』
モニカさんの返事はシンプルだった。
『ナカジマ様とハヤテ様のやりたいようにやられるのが良いかと思います』
黙り込むティトゥ。
事情を知らないバルトニク騎士団員達は、「なんで貴族家当主がメイドごときに意見を求めるんだ?」といった顔をしていた。
ティトゥは、悩みに悩んだ末――結局みんなの意見に従う事にした。
つまりは現状維持。王家からの指示を待つ。というものであった。
『それでは、念のためこちらからも王都に知らせを出しておきますね』
『・・・任せますわ』
ティトゥが動かないと決めたのなら、僕も動くことは出来ない。
こうしてこの話し合いは僕にとっては予想外の結論に終わった。
次回「リーリアの決意」