その19 オルサークからの知らせ
ナカジマ騎士団の男達が、僕のテントの中に駆け込んで来た。
『何事だ?!』
彼らの物々しい様子に、代官のオットーが立ち上がった。
騎士団員達はティトゥの前で直立すると、マント姿の男を示した。
『オルサークから緊急の知らせが届きました!』
『オルサークから?』
オルサークはトマスとアネタの兄妹の実家。ペツカ山脈を挟んでナカジマ領とお隣さんとなる土地だ。
マント姿の男はオルサーク騎士団の者だそうだ。
街道ではなく、山越えをしてナカジマ領にやって来た所をナカジマ騎士団が発見した、との事である。
どうやら最短ルートを取らなければならない程、緊急を要する知らせだったらしい。
テントの中の空気が瞬時に張り詰める。
オットーに促されて男が一歩前に出た。
『オルサーク騎士団副団長パトリク様よりの伝達です! ヘルザーム伯爵軍がピスカロヴァー王国領バルトニクに進軍! フォルタ砦は陥落寸前! 至急救援を求む!』
ナカジマ家の使用人に案内されて、貴族の少年が僕のテントにやって来た。
隣国からのお客さん、オルサーク家のトマスである。
『ナカジマ様! ヘルザーム伯爵軍がピスカロヴァー王国に攻めて来たとの話ですが?!』
ティトゥはさっきまで読んでいた手紙をトマスに渡した。
『これは――兄上からの書状ですか。・・・兄上の、オルサーク当主マクミランのサインで間違いありません』
トマスはザッと手紙に目を通すと、本物の書状である事を確認した。
ちなみに手紙には、目の前の男は間違いなく当家から送った使者である、詳しい事は彼に聞いて欲しい、といった内容が書かれていた。
『それで、彼から話は?』
ティトゥはかぶりを振った。
『まだ何も聞いていませんわ』
『そうですか』
トマスはマントの男に振り返った。
『先ずはピスカロヴァーで何が起きているか。そこから話して欲しい』
『かしこまりました』
男は話し始めた。
彼の話を僕なりに纏めるとこうなる。
ピスカロヴァー伯爵家(※現王家)と、隣接するカメニツキー伯爵家。
両家は今までずっと上手くやっていたが、つい先日、カメニツキー伯爵家は、ヘルザーム伯爵によって攻め滅ぼされてしまった。
ヘルザーム伯爵は大の野心家で、次はピスカロヴァーが狙われると思われていた。
しかし結局、ヘルザーム伯爵は何故かミロスラフ王国に攻め込んだ。(ちなみにヘルザーム伯爵は大のミロスラフ王国嫌いとして知られているそうだ)
この時、ヘルザーム伯爵軍は、国境の砦を抜くことが出来ずに撤退している。僕達が即位式のために王都に行っていた時に起きた出来事だね。
この失敗でヘルザーム伯爵もしばらくは大人しくなるかと思われた。
ところがここで、ピスカロヴァー王国に不幸が降りかかる。
長年に渡って守りの盾として領地を守って来た将軍が、落馬事故で命を落としてしまったのである。
このチャンスを逃すヘルザーム伯爵ではなかった。
『ヘルザーム伯爵は四千の軍でフォルタ砦に攻め込みました』
ちなみにフォルタ砦の戦力は千五百。
随分昔に作られた古い砦で、戦力増強をしてもこれが限界だったようだ。
そして何よりも、絶対的存在でもある将軍の抜けた穴はあまりにも大きかった。
砦はあっという間にヘルザーム伯爵軍に取り囲まれ、陥落するのも時間の問題となった。
ここでトマスが眉をひそめた。
『事情は分かった。だがなぜ、ピスカロヴァー騎士団ではなく、ウチの騎士団員がこの報せを持って来たんだ?』
『何かおかしいんですの?』
トマスはティトゥに振り返った。
『戦場となっているフォルタ砦はピスカロヴァーの北、バルトニクにあるんです。ウチとバルトニクは丁度ピスカロヴァーの北と南に位置している形になります』
バルトニク? という事は、リーリアの実家の領地が戦場になっている訳?
ティトゥも同じ事を思ったようだ。その表情がハッとこわばる。
『リーリアのご実家は大丈夫ですの?』
『はい。私がパトリク様の命でフォルタの町を離れるまでは、戦場は砦の周囲に限定されていましたので』
『パトリク兄上? 兄上がフォルタの町にいるのか?!』
今度はトマスの表情が変わった。
説明によるとトマスの兄、パトリクが率いるオルサーク騎士団は、リーリアの実家からの要請を受けて、砦の後方に位置する町の防衛に加わっているようだ。
『ならばまだバルトニクの町は大丈夫ですのね?』
『はい。現在もグスタフ様が自ら陣頭に立ち、町の要塞化に取り組んでおられます』
『要塞化? あのバルトニクの町をか?』
トマスの表情が曇った。どうやらトマスは何度かバルトニクの町を見た事があるようだ。
そして町が防衛戦に向かない作りである事も知っているようだ。
『この報せはミロスラフ王家には?』
『ピスカロヴァー王家から連絡が向かっているはずです。しかし――』
ピスカロヴァー王家とミロスラフ王家は同盟関係にある。
敵がミロスラフ王国と因縁浅からぬヘルザーム伯爵軍とあって、ミロスラフ王家も協力は惜しまないだろう。
『しかし、パトリク様はそれでは間に合わないと。この報せをナカジマ様にお伝えして協力を仰ぐように、と、命じられました』
トマスの兄、パトリクは、現状ではミロスラフ王国の援軍が間に合わないと判断したようだ。
そこで独断で、交流のあるナカジマ家に援軍を求めたらしい。
――いや。違うな。
『ハヤテに助けて欲しいと?』
そう。ナカジマ家から援軍を出しても、移動距離的にはミロスラフ王家軍と大して変わらない。
ペツカ山脈を越えればショートカットも出来るが、武装した大軍での険しい山越えは難しい。
ならばトマスの兄が求めている物は明確だ。
僕の参戦。
昨年の冬の帝国軍との戦いの時のように、僕に戦って欲しいと言っているのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
コノ村から馬車で約二時間程の場所にある宿舎団地。
リーリアの護衛、バルトニク騎士団の宿泊している建物で、頬ヒゲの騎士が部下の知らせを聞いていた。
「ヘルザーム伯爵軍が攻め込んで来ただと」
彼らはリーリアの護衛を三人一組の三交代で行っていた。
三人というと随分と少ないようだが、リーリアはコノ村から動かないし、基本的にはトマスと一緒にいるために、オルサーク騎士団も護衛に付いている。
これで十分――というよりも、これ以上はナカジマ騎士団の警戒心を刺激する恐れもあった。
その当番の護衛が、ついさっき、息せき切って駆け込んで来たのである。
彼からの知らせは驚くべきものだった。
「ヘルザーム伯爵軍が攻め込んで来ただって?! バルトニクの町はどうなっているんだ?!」
「フォルタ砦のベルハルク将軍はどうした?! 隻眼将軍がいればヘルザーム伯爵軍ごとき敵ではないはずだ!」
「将軍は亡くなっている?! 一体どういう事だ! ヘルザームのヤツらにやられたのか?!」
ヘルザーム伯爵がピスカロヴァー王国を狙っているのは、彼らにとってほぼ周知の事実だ。
しかし、まさか自分達が任務で領地を離れたこのタイミングで動くとは。
彼らは激しい焦りに駆られた。
「隊長! バルトニクに戻りましょう!」
「そうです! 俺達も戦いに参加しないと!」
「ヘルザームのヤツらめ! ピスカロヴァーに攻めて来た事を後悔させてやる!」
騎士団員達は隊長に詰め寄った。
しかし、頬ヒゲの隊長は彼らを一喝した。
「黙れ! 俺達の任務を忘れたか?!」
ハッと息を呑む騎士団員達。
「俺達の任務はリーリア様の護衛だ! お前達、この異国にリーリア様を残して勝手に戦場に向かうつもりか!」
騎士団員達は悔しそうに唇をかんだ。
彼らはヘルザーム伯爵軍に対する怒りのあまり、自分達の役割を忘れていた事に気が付いたのだ。
「そ、それではリーリア様にバルトニクにお戻り頂いて――」
「おい、バカな事を言うな。バルトニクが戦場になるかもしれないんだぞ。そんな場所にリーリア様をお連れする気か?」
「そ、それは確かに・・・だが、だったらどうする? バルトニクがヘルザームのヤツらに蹂躙されるのを、異国で指をくわえて見ていると言うのか」
「さすがにそこまでは言っていないが・・・」
居ても立っても居られない。しかし、どうすれば良いか分からない。混乱する騎士団員達。
頬ヒゲの隊長は立ち上がると、壁に掛けられていたマントを手に取った。
「隊長。どこかに出かけるんですか?」
「コノ村に行く。トマス様のご指示を仰ぐ」
騎士団員達の表情がパッと明るくなった。
自分達にはオルサークの竜軍師がいる。その事実に気付いたのである。
「私もお供します!」
「俺も!」
「俺もだ!」
その場にいた全員が隊長に続いて宿舎を飛び出した。
厩へと向かうバルトニク騎士団員達。
しかし、そこで彼らは最も会いたくない人物と鉢合わせする事になった。
宿舎団地の衛兵隊である。
思わず足を止めるバルトニク騎士団。
衛兵隊の隊長、ザイラーグは馬の手綱を引きながら振り返った。
「お前達もナカジマ様に呼ばれたのか? 少し待て。すぐに俺達の準備を終える」
「ナカジマ様に呼ばれた? 一体何の話だ?」
頬ヒゲの隊長は、予想外の言葉に眉をひそめた。
「違うのか? 俺と同じで、ヘルザーム伯爵軍に関して意見を聞きたいと呼ばれたんじゃないのか?」
バルトニク騎士団員達は戸惑った様子で顔を見合わせた。
「一ついいか? なぜナカジマ様は衛兵隊の隊長に隣国の軍の話を聞こうというのだ?」
そう。彼らが不思議に思ったのはその点である。
衛兵の仕事は町の治安維持。現代で言えば警察官の仕事に当たる。
軍事関係は完全なお門違い。
それなのになぜ、ティトゥは衛兵隊の隊長に軍事の――しかも隣国の軍に関して、意見を求めようと言うのだろうか?
騎士団員の当然の疑問に苦笑するザイラーグ隊長。
彼の部下が代わりにその疑問に答えた。
「ザイラーグ隊長は昔はメルトルナ家で騎士団を率いておられたのですよ。その時にゾルタ軍とは何度も戦っているので、ご当主様はその知識を求めておいでなんだと思います」
「メ、メルトルナ騎士団だって?!」
バルトニク騎士団員達はギョッと目を剥いた。
ミロスラフ王国が知る小ゾルタを代表する騎士団と言えば、”大鷲”バルターク騎士団。そして大のミロスラフ嫌いとして知られるタカ派の代表、ヘルザーム伯爵の騎士団が有名である。
しかし、それと同様に、小ゾルタにも知られている、ミロスラフ王国を代表する有名な騎士団が存在する。
それがメルトルナ騎士団である。
かつては幾度となく大鷲バルタークと激しく争い、一歩も引く事のないその勇士に、「敵ながら天晴」と、多くの将が賞賛を送ったという。
まさか目の前の男が、そのメルトルナ騎士団――しかも兵を率いる隊長だったとは。
今まで「たかが衛兵隊の隊長」と侮っていたバルトニク騎士団員達は、予想外の話に完全に言葉を失ってしまった。
「・・・昔の話だ」
ザイラーグ隊長は小さく呟くと、面映ゆそうに顔を歪めた。
次回「予想外の結論」