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戦闘機に生まれ変わった僕はお嬢様を乗せ異世界の空を飛ぶ  作者: 元二
第十七章 ナカジマ領収穫祭編
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その18 大優勝杯

 カラリと晴れ上がった秋空を見上げて、僕はホッと安堵の息を吐いた。


「良かった。どうにか雨も止んでくれたようだ」


 急遽、週末の開催を決定したドラゴン(カップ)決勝大会。

 しかし、開催日を決定したその日の夕方から空は厚い雲に覆われ、夜半過ぎには大粒の雨がバラバラと降り出してしまった。

 この国は日本とは違い、日頃は雨が少なく、乾燥している。

 その反動という訳でもないのだろうが、一度降り出すと何日も降り続いてしまうのである。


 しまった。こんな事なら天気も考慮してから開催日を決めるべきだった。


 後悔したが後の祭り。

 代官のオットーは『別に雨の中で行ってもいいでしょう』などと言っていたけど、どうせなら観客のみんなにも楽しんでもらいたい。

 屋根付きの競技場があるならともかく、露天の会場では、雨の中、濡れながら観戦する事になってしまうからね。


『オットーは自分達が一勝も出来なかったからひがんでいるだけですわ』

『そ、そんな事はありません!』


 オットーはティトゥにバッサリ切られて慌てて否定した。

 メイド少女カーチャは僕の考えに理解を示してくれた。


『確かに、今の季節。雨が降ると冷え込みますからね』

『雨の日の試合がダメなら、晴れるまで開催を延期すればいいんですわ』

『いえ、流石にそれは難しいです』


 日帰り出来る距離にある宿舎団地やポルペツカの町はともかく、村の代表チームは、移動だけでも一日かかってしまう。

 仮に延長したとしても、次の開催日がまた雨になったら、再び延長になってしまう。

 村の代表チームはナカジマ騎士団である。そう何日も村を空けさせては、村の治安に不安が出てしまうのだ。


『雨が止んでくれれば問題ないのですが』

『ハヤテの力でどうにか出来ないんですの?』


 いや。普通にムリだから。ていうかティトゥは僕の事を何だと思ってる訳?

 僕はテントを叩く雨粒の音を聞きながら、いつまでも降り止まない雨にハラハラしていた。

 こうして雨が降り続く事三日。

 今朝になってようやく雨も上がり、青々とした爽やかな秋空が広がったのだった。




『ハヤテ様! 頼まれていた物が出来上がりましたぜ!』


 ヒゲのいかついオジサンが、テンション高めで僕のテントにやって来た。

 ドワーフ親方こと、鍛冶屋のブロックバスター氏だ。

 どうやら僕が注文していた品が完成。わざわざ親方自身の手で持って来てくれたようだ。

 ティトゥが『何か頼んでいたかしら?』と言いたげな顔で僕に振り返った。


『ハヤテ。あなた親方に何か頼んでいたんですの?』

「ああ、うん。多分、ドラゴン(カップ)の優勝チームに送る、優勝杯の事じゃない?」


 ティトゥも言われて思い出したのか、『ああ、あれの事ね』と納得している。


 こういう大会と言えば、表彰式の時に優勝チームや選手にトロフィーなり金メダルなりを送るのが定番だろう。

 僕がトロフィーでもメダルでもなく、優勝杯を選んだのは、この大会の名前がドラゴン(カップ)だからだ。

 といった訳で僕はドワーフ親方に優勝杯という物を説明。製作をお願いしたのだった。


 ティトゥは興味津々といった感じで身を乗り出した。


『優勝杯が出来たんですのね? 早速見せて頂戴』

『ええ、分かりました。おい、テメエら! 天幕の入り口まで運んで来い!』

『『『へい!』』』


 入り口? ここに持ってくるんじゃなくて?

 僕が疑問に思う中、彼の弟子達が大きな荷車を引いて来た。

 えっ? 何コレ。

 それは予想外の物だった。

 荷車に乗せられていたのは、豪華な装飾の施された金属製の大きな浴槽。

 ――ではなく、ギリギリ荷台で運べるサイズの超巨大な盃だったのである。


『大きいですわね』


 ティトゥが嬉しそうに言った。


『ほう。これは大きいですね』


 代官のオットーが感心したように言った。


『優勝杯とは随分と大きい物なんですね』


 メイド少女カーチャが驚いたように言った。


『『『どうです? ハヤテ様。俺達が腕によりをかけた自信作でさあ』』』


 親方と弟子たちが満足そうに胸を張った。


「大きすぎるよ!!」

『――と言ってますわ』

『『『ええっ?!』』』


 いや、『ええっ?!』じゃないし。

 君達僕の話を聞いてた? 僕、最初にちゃんと言ったよね。「優勝チームに渡す大きな盃を作って欲しい」って。

 それがなんでこんなバカみたいに大きなオブジェになっちゃった訳?


『ハヤテ様ならこれくらいの大きさかと思いまして』

「僕基準で作ってどうするんだよ! 優勝チームに渡す物だって言ったじゃん! こんなの渡されたって誰も持って帰れないだろ?!」

『――と言ってますわ』


 親方達はハッと目を見開いた。


『『『確かに!』』』


 いや、今頃気付くってどうよ。

 ていうか、作っている時に誰も疑問に思わなかった訳?


『そういや、コノ村に運んでくる時も、荷車の重さで車輪が何度もぬかるみに取られて大変だったなあ』

『こんな事なら最初からコノ村で作れば良かった、って話をしてたっけ』


 せめてそこで気付こうよ! 完成した後だからもう遅いけど!

 なんなの君達? みんなお酒の飲み過ぎで頭がどうかしてるんじゃない?


 カーチャが巨大盃をしげしげと眺めた。


『こんなに大きな盃だと、中に雨水が溜まって腐ったりしそうですね』

『それなら大丈夫。底に穴が開いていて――ホラ、ここから水が抜けるようになってるから』

『いやあ、この穴を目立たなく作るのには苦労したぜ』

『上手くデザインに落とし込んでいるから目立たないだろ?』


 ドヤ顔で解説する親方達。

 違うから。それって本来、する必要のない努力だから。

 普通のサイズに作っていれば、しなくていい苦労だから。

 カーチャも『掃除が楽そうですね』とか、感心しなくていいから。


「・・・チェンジで」

『――と言ってますわ』

『そ、そんな! せっかくここまで運んで来たのに!』


 せっかく作ったのに、ではない所に、このゲテモノのどうしようもなさを感じる。

 悲鳴をあげる弟子達を親方が怒鳴り付けた。


『テメエらいい加減にしろ! 依頼通りに作れなかった以上、持って帰って作り直すのが当たり前だろうが! それを何だ? 情けねえ声を出すんじゃねえ!』

『けど親方。最初に親方がハヤテ様の依頼内容をちゃんと聞いていれば、こんな事にはならなかったんじゃないですか?』

『ああん?! 言いたい事があるならハッキリ言いやがれ!』


 ハッキリも何も、これ以上ない程ハッキリした意見だったと思うんですが。

 ハッキリ言ったのにハッキリ言えと怒鳴られるこの理不尽。これが職人の世界。縦社会というヤツか。


 職人達の勘違いによって完成した、超巨大サイズの優勝杯。

 本来なら作り直して貰う所だが、なぜかティトゥが気に入ったため、これはこれで買い取る事になってしまった。

 親方達にはこの巨大盃とは別に、優勝チームに渡す優勝杯を別途注文する事が決まった。


『どのくらいで出来そうですの?』

『そんなサイズなら一日もあれば十分でさあ』


 ちなみに巨大盃の製作には、地金の作成から取り掛かって一週間近くかかったという。

 凝り過ぎだ。

 こうして僕のテントの前には、今回作られた通称”大優勝杯”が飾られる事になったのであった。

 いや、外に出る時ジャマなんだけど。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「見て見てミラエナ! 大きな盃!」


 おっとりした印象の若いメイドが、キリっとした真面目そうなメイドの背中を叩いた。 


「そうね。一体何に使う物なのかしら?」


 二人はトマスの婚約者リーリアの侍女、ミラエナとゾラである。

 彼女達の視線の先では、男達が荷車の周りに集まり、総出で巨大な盃――大優勝杯を降ろしている所であった。


「ハヤテ様がお酒を飲むのに使うんじゃない?」

「ドラゴンってお酒を飲むの? まあ、あんな大きな体をしているんだから、飲む時は物凄く飲むんでしょうけど」


 もしもこの場にティトゥがいれば、さぞイヤな顔をしたに違いない。

 彼女はチェルヌィフ王朝でハヤテの酒癖の悪さを見ているからである。(※第十章 砂漠の四式戦闘機編 その8 左利き より)


「あっ! ファルコ様!」


 その時、ファル子達が村に入って来た。どうやら散歩から帰って来た所のようだ。

 ファル子は大優勝杯を見つけた途端、脇目もふらず突進した。


「ちょ、近付いたら危ないですよ、ファルコ様!」

「ギャウー! ギャウー!(※興奮している)」


 どうやら巨大な盃が、なぜか彼女のツボに入ったようだ。

 暴れるファル子を使用人達が苦労して取り押さえている。

 ハヤブサの方は大人しくメイドに抱きかかえられているが、こちらも首を伸ばして興味深そうに大きな盃を見ている。

 どうやらドラゴンの子供は金属質な大きな物が好きなようだ。

 父親のハヤテに通じる何かを感じるのかもしれない。


 侍女のゾラは「やっぱりハヤブサ様は可愛いですねえ」と、表情をとろけさせている。

 同僚のだらしない顔に、ミラエナは小さくため息をついた。


「ゾラ。その変顔は止めなさい。あんたのせいでバルトニク家の品格まで疑われてしまいそうだわ」

「変顔って何ですか! 酷いですミラエナ! ミラエナだって、ナカジマ銘菓を食べてる時、変顔をしてるくせに!」

「なっ! そ、そんな顔してないし!」


 痛い所を突かれて慌てるミラエナ。

 ちなみに彼女は、収穫祭で食べた焼きマシュマロにすっかりハマってしまい、今もコッソリ自分用のマシュマロをキープしていた。


「私は美味しい物を――ん? 何かあったのかしら?」


 慌てて言い訳をしようとしたミラエナだったが、騎馬の騎士達が村に駆け込んで来たのを見て言葉を止めた。

 三騎の騎士のうち、二人はナカジマ騎士団だったが、もう一人はマントを羽織った旅装の男だった。


「あのマントの家紋はオルサーク家。という事はオルサーク騎士団かしら?」

「けど、見た事の無い人ですよ」


 そう。男のマントに刺繍された家紋はトマスの実家、オルサーク家のものだった。

 男達の緊迫した様子に、作業員達の手が止まる。


「ナカジマ様はおられるか?! 大至急、お伝えしなければならない事がある!」

「こちらに!」


 男達は騎士団員に案内されて、足早にハヤテの天幕に入って行った。


「・・・何か良くない事でもあったのかしら?」

「さあ?」


 ミラエナとゾラは不安そうにハヤテの天幕を見守った。

次回「オルサークからの知らせ」

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― 新着の感想 ―
[一言] >>杯 そう言えばティトゥ命名のドラゴン杯ですけど、この世界にも元々優勝杯って概念はあったんです? 翻訳スキルの都合でそれっぽい翻訳になっただけですかね。 >>優勝チームに渡す物 優勝者に…
[良い点] このでっかい優勝カップはこのままドラゴンズのおもちゃとなってしまうのか、それとも… [一言] ついに戦火の話も伝わったか…関係者一同どうするのやら。まぁハヤテが飛んで行って脅しをかければ一…
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