その17 役者は出揃った
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コノ村から馬車で約二時間の場所にある宿舎団地。
収穫祭当日。ここでも今、ドラゴン杯の予選大会が行われていた。
「そこまで! 勝者、宿舎団地衛兵隊チーム!」
観客から大きな歓声が上がる。
そんな観客の中に、他を圧倒する屈強な男達がいた。
集団の中央、頬ヒゲの男が「ふん」と鼻を鳴らした。
「やはり勝ち上がったか。衛兵隊」
彼らはバルトニク騎士団。そして頬ヒゲの男はその隊長。
彼らはトマスの婚約者リーリアの護衛として、隣国からこのナカジマ領までやって来ていた。
頬ヒゲの隊長の視線の先。そこには、彼らと因縁浅からぬ男の姿があった。
鋭利な印象を与える四十代の男。
この宿舎団地の治安を守る衛兵隊の隊長、ボルゾイ・ザイラーグである。
先日、バルトニク騎士団はちょっとしたはずみでナカジマ騎士団を相手に、あわや乱闘一歩手前まで行った。
その時、両騎士団を取り押さえたのが衛兵隊、そしてザイラーグ隊長だったのである。
オルサークの竜軍師、トマスに叱責された事もあり、バルトニク騎士団も、今では自分達の行動が軽率だった事は分かっている。
しかしそれはそれ。
他国の、しかも衛兵隊ごときに取り押さえられた事実は、彼らの矜持を傷付けていた。
そんな彼らにとって、ドラゴン杯は願ってもないチャンスだった。
受けた屈辱は試合で返す。
彼らは一も二もなく参加を表明した。
ザイラーグ隊長も彼の視線を感じ取ったのだろう。こちらを鋭く睨んだ。
一瞬にして張り詰める空気。
周囲の観客達は、二人の視線の間で火花が散ったように感じた。
ザイラーグ隊長は視線を切ると、彼らに背を向けて歩き去った。
この態度にバルトニク騎士団員達がいきり立った。
「! あの野郎! 隊長! 今のは俺達に対する挑発ですよ!」
「よせ! またオルサークの竜軍師殿に無様な姿を見せたいのか!」
隊長は部下を押しとどめると不敵な笑みを見せた。
「焦るな。俺達の戦場はここではない」
そう。自分達の戦場はドラゴン杯決勝大会。
衆目の前で――トマスとリーリアの前で――ヤツらをねじ伏せ、叩きのめすのだ。
隊長は、それでもまだ不満そうにしている部下達をねめつけた。
「それより、今日の試合でドラゴン杯のルールは頭に叩き込んだな?」
「当然です! ・・・というよりも、ひと目で分かる簡単なルールなので」
「ふっ、違いない。――ならばここにはもう用はない。宿舎に引き上げるぞ」
「「「はっ!」」」
こうしてバルトニク騎士団は、興奮冷めやらぬ会場を後にした。
この日から彼らの特訓が始まるのであった。
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収穫祭は大盛況のうちに幕を閉じた。
と言っても、僕が実際に見たのはコノ村のお祭りだけなんだけど。
報告によると、領内の村々やポルペツカの町、宿舎団地でも好評だったらしい。
酔ってケンカになって、騎士団のお世話になった人達も結構いたらしいけど、お祭りだからね。
羽目を外し過ぎる人だって出て来るってもんだ。
そんなこんなで、無事に収穫祭は終了。いつもの日常が戻ったのであった。
『村の代表チームが決まりました』
オットーの部下が僕に報告しに来た。
収穫祭の当日に行われたドラゴン杯予選。
八つある村からは、一チームだけが本戦に出場出来ることになっている。
その代表を決める試合が、昨日終わったそうだ。
『これで全ての予選通過チームが出そろいましたわね』
そうだね。
決勝戦の出場枠は全部で八チーム。
先ずはシード枠が二つ。
トマス達の護衛のオルサーク騎士団チームとバルトニク騎士団チーム。
次に、さっき報告があった、村の代表チーム。
次に、コノ村の予選を勝ち抜いた、コノ村ナカジマ騎士団チーム。
次に、宿舎団地の予選を勝ち抜いた、衛兵隊チーム。
「先ずは五チーム。村代表チームもナカジマ騎士団だそうだし、ここまでは予想通りだったね」
『そうですわね』
予想が違ったのはナカジマ領唯一の町、ポルペツカの代表チーム。
ここは参加チームが多かったため、特別に二枠設けていた。
メイド少女カーチャが感心した様子で頷いた。
『頭がいいやり方ですよね。普通に組み分けをしていたら、両方共、騎士団チームが優勝していたかもしれませんから』
『かもしれない、ではなく、多分そうなってましたわね』
ポルペツカの町は出場枠に合わせて二つのトーナメントリーグを作った。
ここまでは順当だったのだが、なんと片方のリーグに騎士団チームを纏めて放り込んだのである。
町の代表は思い切った事をしたものだ。
こうしてひと枠は順当に騎士団チームが勝ち取ったが、もうひと枠は商工会チームが勝ち取る事に成功したのである。
『ナカジマ騎士団ポルペツカチームとディアルガチームですか? 商工会チームじゃないんですね』
『ディアルガ親子が率いるチームだそうですわ。なんでも父親のディアルガと息子のパルキアは、ポルペツカの町では知らない者がいないほどの有名な力自慢だとか』
ディアルガとパルキアか。それってポケモ――ゲフンゲフン。名は体を表すと言うけど、きっと彼らは神と呼ばれし伝説級の力自慢に違いない。
きっとブリリアントなダイヤモンドだったり、シャイニングなパールだったりするのだろう。
『ティトゥ様、ハヤテ様は何と言っているんですか?』
『知りませんわ。こういう時のハヤテは放っておけばいいんですわ』
「いや、それってちょっと酷くない? 少しは語らせてよ、世代なんだからさ」
『なら一言だけ言わせてあげますわ』
「ポ〇モンゲットだぜ!」
それはさておき。
ポルペツカの町からは二チーム。ナカジマ騎士団ポルペツカチームとディアルガ(親子)チーム。
これは僕にとっても意外だった。主にディアルガとかパルキアとかそういった名前が。
しかし、最も予想外だったのは港町ホマレの予選を勝ち抜いたチームだった。
『親方のチームが勝ち上がって来るなんて意外でしたわね』
「確かに。順当に行けばナカジマ騎士団が勝つと思うよね」
そう。僕達の予想では、ここも本命はナカジマ騎士団チーム。対抗馬として聖国メイドのモニカさんが選抜した聖国チーム。その二チームの優勝争いになると思っていた。
しかし、この強豪二チームを立て続けに打ち破って決勝大会進出を決めたチームがあった。
鍛冶屋のドワーフ親方ことブロックバスター氏が率いる職人達のチーム、水運商ギルドチームである。
メイド少女カーチャが小さく頷いた。
『確かに、チェルヌィフの職人さんは力自慢の人達ばかりですからね』
「いや、あれは力自慢というよりも呑兵衛だから」
『ただの呑兵衛ですわ』
僕とティトゥの評価が辛辣になってしまうのも仕方がないだろう。
なにせ彼らは、やれ建物の棟上げが終わっただの、やれ納品が終わっただのと、何のかんのと理由を付けては毎晩のように宴会を開いているのである。
以前、僕はティトゥ主催のパーティーに出すカクテルに使うため、彼らから”火酒”を貰った事がある。
火酒とはかすとり焼酎――つまりは蒸留酒なのだが、彼らは好んでこの口当たりがキツくて酒精が強い酒を飲む。
そりゃまあ、こうも毎晩のように飲んでいたら安くて酔える酒を選ぶのも当たり前である。
これで仕事が出来なければただのダメ人間だが、彼らの仕事は超が付く程一流だ。
それに呑んで騒ぐ事はあっても、暴れて周囲に迷惑を掛けるような事も無い。(たまにオットーの部下が酔い潰されているけど)
そのためティトゥも何も言えずにいるのだった。
それはそうと、これで全てのチームが出そろった事になる。
『それでハヤテ。決勝大会はいつ行うんですの』
「どうせなら少しでも早い方がいいかな。あまり間が空いちゃうと、みんなの熱が冷めちゃうかもしれないし」
せっかくなら話題になっているうちに、多少の拙速になってでもやってしまいたい。
ティトゥはオットーの部下――ドラゴン杯運営委員会の役員に声をかけた。
『いつ頃やれそうかしら?』
『試合を行うだけでしたら、打ち合わせは済んでいますので、最短で週末にでも。他の領地の貴族家や王都に招待状を出されるのでしたら、その返事次第となりますが』
いやいや。なんでたかが綱引き大会に、わざわざ招待状なんて出さなきゃいけないのさ。受け取った方も迷惑だろう。
ティトゥも僕と同じ事を思ったらしい。『それは必要無いですわ』とバッサリ切り捨てた。
『でしたら週末でも可能です』
「じゃあそれで頼んで」
『それでお願いしますわ』
こうして決勝大会の開催日が決まった。
出場するチームは、本命の各地のナカジマ騎士団チーム。
そしてトマス達の護衛のオルサーク騎士団アンド、バルトニク騎士団チーム。
伝説のポケモ――ディアルガ(親子)チーム。
そして最も激しい予選を勝ち抜いた実力者。ドワーフ親方チームこと水運商ギルドチーム。
役者は出揃った。
運命のゴングが今、鳴らされる。
次回「大優勝杯」