その16 波乱
収穫祭が始まった。
朝から賑やかなコノ村。僕もテントから出されて中央の通りに鎮座している。
『どっちも頑張れー!』
『そーれ! そーれ!』
通りではドラゴン杯こと綱引き大会が開催中。
ちなみに今戦っているのは、代官のオットー率いるナカジマ家文官チームと、ロマ爺さん率いるアノ村の漁師チームである。
状況は互いに一本ずつ取り合ったイーブン。この戦いに勝った方が勝者となる。
「オットー ガンバレー」
「「ギャーウー(ガンバレー)」」
僕と僕の操縦席のリトルドラゴン達が声援を送る。
本当ならドラゴン杯運営委員会の委員長である僕が、特定のチームに肩入れするべきではない。
分かってる。分かっているけど、思わず応援の言葉が口を突いて出てしまったのだ。
オットーのチームは今にも負けそうになっていたのである。
『それまで! 勝者、アノ村漁師チーム! ですわ!』
審判のティトゥの宣言に、大きな歓声と共に『ああ~』という残念そうな声が上がった。
アンカーを担当していたオットーは、敗北がショックだったのか、悔しそうに天を仰いだ。
『せめて一勝はしたかった』
オットーの口から切実な言葉が漏れる。
そう。今の負けで、書類仕事チーム(違う名前だったっけ?)は全敗が決定してしまったのだ。
そんな彼にチームメイトの部下達が頭を下げた。
『すみませんオットー様。我々の力不足で』
『いや。体がなまっていたのは俺も同じだ。これからは書類仕事の合間に体も動かすようにしよう』
自分達の体力不足を嘆くオットー達。
アノ村漁師チームはロマ爺さんも混ざっていたからね。ご老人入りのチームに負けてよっぽど悔しかったようだ。
けど、体を動かすのは良い事だと思うので、是非実行してもらいたい。
引きこもりのお前が言うなって? サーセン。
妙な盛り上がりを見せるオットー達。このままみんなで海まで走って行きそうな雰囲気だ。
『悔しがるのは勝手ですが、邪魔なので他でやって頂戴。場所を空けてくれないと、次の試合が始められませんわ』
温かみの欠片もないティトゥの言葉に、オットー達はトボトボと下がって行った。
お気の毒様。
今日の所はお酒でも飲んで元気出してよ。
『次はいよいよ全勝同士の戦いですわね。本日の結びの一番は、コノ村ナカジマ騎士団チームとコノ村ナカジマ騎士団チーム! ですわ!』
行司の――じゃなかった、審判のティトゥの呼び出しを受けて、騎士団の二チームが現れた。
ていうか、最初からずっと思っていたけど、なんで二チーム揃って同じ名前を付けた訳? 非常にややこしいんだけど。
互いに分かりやすい名前を付けたつもりかもしれないけど、むしろ分かり辛くなっているから。
両チームのリーダーは火花を散らしながら睨み合った。
『どちらが”コノ村ナカジマ騎士団チーム”の名に相応しいか。ここで決着を付けようじゃないか』
『望む所だ。同じ名前でややこしいと、ずっと思っていたのだ』
ていうか、自分達でもややこしいとか思っていたんだ。
だったら違うチーム名にしとけば良かったのに。
ちなみにそうしなかった理由は、「何だか負けたみたいな気になるから」だそうだ。子供か。
『両者、見合って見合って~。ですわ』
何だかさっきからティトゥの言い回しが、妙に相撲っぽいのが気になるんだけど。
多分、僕が何かのタイミングで何の気なしに喋った言葉を覚えてマネしているんだろうけど、なんだかなあ。
僕、相撲の話題なんてした事あったっけ?
――う~ん。僕は別に相撲ファンって訳じゃないし、ちょっと思い出せないんだけど。
『始め!』
『『そーれ! そーれ! そーれ!』』
『『『『わあああああっ!!』』』』
おっと、ぼんやりしている間に試合が始まっちゃった。
ドラゴン杯コノ村予選の決勝戦。無敗同士のコノ村ナカジマ騎士団チームのチーム名を賭けた一戦が始まった。
ティトゥは『のこった! のこった! ですわ!』と言いながら、両手に持った旗をバサバサと動かしている。
ていうか今の掛け声で思い出した。この間、ファル子とハヤブサがじゃれ合っている時に、ふざけて相撲風の声援を送った事があったっけ。
そうかそうか。ティトゥ、あの時に聞いていて覚えちゃったのか。
原因が分かって、これでスッキリしたよ。
てな感じで、僕が勝手に疑問を感じて、勝手に解決している間も試合は続いていた。
譲れない物を賭けた、男達の熱いバトル!
見ている方は手に汗握るけど、文字だけで伝えるのは難しい。
このスゴイ歓声と掛け声で伝わるだろうか?
『『『『わあああああああああああああああああああああああああっ!!』』』』
『『そーれ! そーれ! そーれ! そーれ! そーれ! そーれ! そーれ!』』
『『『『わあああああああああああああああああああああああああっ!!』』』』
『『そーれ! そーれ! そーれ! そーれ! そーれ! そーれ! そーれ!』』
『『『『わあああああああああああああああああああああああああっ!!』』』』
『『そーれ! そーれ! そーれ! そーれ! そーれ! そーれ! そーれ!』』
もういいって? ゴメン。
熱い熱い戦いはフルセットまでもつれ込み、最終的にはコノ村ナカジマ騎士団チームの勝利に終わった。
『勝者、コノ村ナカジマ騎士団チーム!』
審判のティトゥが勝者となったコノ村ナカジマ騎士団チームに軍配を上げた。
この結果、敗者のコノ村ナカジマ騎士団チームは自分達のチーム名を失い、勝者のコノ村ナカジマ騎士団チームが、勝利の栄光と共に唯一無二のコノ村ナカジマ騎士団チームとなったのであった。
ホント、ややこしいな。誰だよこの名前で登録を許したのは。
おっと、ティトゥが僕を見上げている。大会委員長のお仕事をしなければ。
「え~、優勝したコノ村ナカジマ騎士団チームはおめでとうございます。皆さんには、後日開催される決勝大会への出場権が与えられます。決勝大会でも健闘を期待しております。また、惜しくも敗れてしまった各チームの皆さんも、今日の収穫祭で英気を養い、次回の大会に是非再びチャレンジして頂きたいと願います」
『――と言ってますわ』
『『『『はっ!』』』』
決勝戦の両チームがビシッと直立不動の姿勢を取ると、観客から惜しみない拍手が送られた。
メイド少女カーチャが主人のティトゥに水の入ったカップを差し出した。
『お疲れ様です』
『たまには大きな声を出すのもいいものですわ』
ティトゥは妙にやり遂げた表情でカップの水を飲みほした。
『それにしても、予想通り騎士団のチームが優勝しましたね』
『そうですわね。きっと、他の場所でもそうなんじゃないかしら』
確かに。その可能性は高いだろうね。
でも、そうなると――
『でも、そうなると、このドラゴン杯はナカジマ騎士団で一番強いチームを決める大会になりそうですわね』
だよね。
こうなって来ると、トマス達がいてくれて助かったな。
少なくともシードの二枠に、オルサーク騎士団とバルトニク騎士団が入っている訳だし。
『それに、宿舎団地の衛兵隊のチームもいますよ』
『そうでしたわね。宿舎団地は騎士団の代わりに衛兵隊が治安を維持していたんでしたわ』
そういやそうか。
となると隣国のオルサーク騎士団とバルトニク騎士団。それと宿舎団地の衛兵隊の三チームがナカジマ騎士団以外の決勝進出チームとなる訳か。
『全八チーム中、三チームですか。全員同じブロックになったりしなければいいのですが』
決勝大会の組み合わせは、当日クジ引きで決める事になっている。
大会を盛り上げるためにも、上手くバラけてくれるといいけど。
この時、僕達は当たり前のように各地でナカジマ騎士団が勝ち上がって来るものだと思い込んでいた。
それ程今日の予選で彼らが見せたパフォーマンスは圧倒的だったのだ。
しかし、勝負の世界には「勝って当たり前」なんてものは無い。後に僕達はその事を思い知らされるのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ここは港町ホマレ。
コノ村に近いこの場所でもドラゴン杯の地区予選が行われていた。
聖国メイドのモニカは、目の前の光景が信じられずにいた。
「そんな・・・これほど圧倒的な力の差があったなんて」
モニカは悔しそうに唇をかんだ。
「大会の開催が決定してから僅か一週間。これが二週間だったら、聖国から腕自慢の猛者達を連れて来られたものを・・・」
ハヤテ程の規格外ならともかく、外洋船ではたったの一週間でランピーニ聖国まで往復する事は出来ない。
しかし、彼女はそれでも諦める事無く、作業員の中から選りすぐりの腕自慢を集めていた。
彼らは聖国の威信をかけてこの大会に臨んだ。
確かに組み合わせも悪かった。
初戦から、大本命と見られていた港町ナカジマ騎士団チームとの対戦。
互いに一歩も譲らぬ試合は、なんと三十分にも及ぶ過酷な長期戦となってしまった。
結果は惜しくも敗北。
この時点で聖国チームは早くも後がなくなった。
彼らに出来る事は、他の試合を全勝で終えつつ、港町ナカジマ騎士団チームがどこかで勝ち星を落とすのを期待するしかなかった。
厳しい戦いだ。だがまだ可能性はゼロではない。
そんな僅かな希望を胸に背水の陣で挑んだ次の試合。モニカは驚愕させられる事になった。
「そんなバカな・・・強い。強すぎる」
聖国チームはストレートで敗れてしまったのである。
モニカ達の希望を断ったのは”水運商ギルドチーム”。
チェルヌィフ王朝水運商ギルドから派遣された、ドワーフ親方こと鍛冶屋のブロックバスター。彼が率いる職人達のチームである。
なんと彼らはこの時の勝利の余勢を駆り、そのままの勢いで港町ナカジマ騎士団チームまでストレートで撃破してみせたのである。
港町ナカジマ騎士団チームは、聖国チームに競り勝ったことでこの大会の優勝を確信していた。彼らは、自分達の敗北が受け止められず、呆然と立ち尽くしていた。
「信じられん・・・。チェルヌィフのヤツらは化け物か」
彼らの視線の先で、ドワーフ親方達は前祝いとばかりに酒をあおっていた。
「ガハハハッ! デンプションで戦った巨大ネドマに比べればどうという事は無いわ!」
「そうとも! 俺達はあの化け物相手に綱引きで勝ったんだからな!」
「いくら腕自慢の騎士団だろうが、所詮は人間! 化け物相手に競り勝った俺達に綱引きで敵うわけはねえよ!」
モニカはあまりのくじ運の悪さにほぞをかんだ。
(せめて我々が潰し合って疲弊する前に、この怪物チームに当たっていれば・・・)
いや、仮に万全でも勝てたとは思えない。それ程、彼らの技術は今回参加したチームの中でも抜きんでていた。
(なんてヤツらなの水運商ギルド!)
モニカはよりにもよって、日頃ライバル視していたチェルヌィフ商人の後塵を拝した事に、はらわたが煮えくり返る程の憤りを覚えていた。
こうしてここ、港町ホマレでは、大方の予想を裏切り、大本命港町ナカジマ騎士団チーム、対抗馬、聖国チームを圧倒的なパワーでねじ伏せた水運商ギルドチームが、見事決勝大会に勝ち上がったのである。
誰もが予想もしなかったダークホースの登場。
決勝大会に波乱が巻き起ころうとしていた。
次回「役者は出揃った」