その15 予選始まる
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ナカジマ領初の収穫祭。
良く晴れた秋空の下、領民達は収穫祭を満喫していた。
各村々では、あちこちで即席のかまどが作られ、女性達が仕込みが済んだ食料をせっせと料理し、その場で振る舞っている。
男達は酒樽の周囲に集まり、笑いながら酒を酌み交わしていた。
「収穫祭にカンパーイ!」
「ナカジマ様に感謝を!」
大人も子供も、男も女も、村人も開拓兵も、一緒になって飲んで食べて笑い、歌い、騒いでいる。
一日中、大いに羽目を外した後は、来年の今日を楽しみにまた明日からの生活を頑張る。
今日はそんな年に一度の特別な日であった。
村長の家に集まって料理の下ごしらえをしていた女達の下に、子供達が駆け込んで来た。
「もうすぐドラゴン杯が始まるってさ!」
「あら、もうそんな時間?」
「ウチも親子で参加してるんだった。早く見に行かないと」
女達は急いで手を拭くと、食材に埃が被らないようにテーブルをフキンで覆った。
慌ただしく動く女達の横で、子供達は落ち着きなくソワソワしながら家の外を見ている。
「早く早く! もう始まっちゃうよ!」
その時、家の外で大きな歓声が上がった。
「ああっ! 始まっちゃった! お母さん急いで!」
母親達は子供達に押されながら、急ぎ足で村の広場に――ドラゴン杯会場に――向かったのだった。
ドラゴン杯。
それはナカジマ領の領主ティトゥが契約している(※という設定の)ドラゴン・ハヤテが主宰する綱引き大会である。
今日の予選試合は総当たり戦。試合は一チーム九人。三本勝負の二本先取で行われる。
「父ちゃん頑張れー!」
「兄ちゃん頑張ってー!」
ロープの前には選手が並び、家族から声援を受けている。
どうやら初戦は村人チーム同士の戦いのようだ。
選手達は声援に手を振って応えたり、体をほぐしたりしながら、試合の開始を今か今かと待ちわびている。
中には「俺、この大会で優勝したら彼女に告白するんだ」等と無駄にフラグを立てている青年もいた。
やがて審判役の男が現れると中央に進み出た。
今日のためにコノ村から派遣された、ドラゴン杯運営委員会の役員である。
声援が静まると同時に、大きな期待感が試合会場の広場を満たした。
「ここにドラゴン杯の予選の開始を宣言する!」
審判は開会宣言の後、簡単にルールの説明を行うと、双方にロープを持って準備するように告げた。
彼はロープの中央立つと、両手に持った小さな旗を下げる。
ちなみにこの旗は、「審判なら旗でしょう」というハヤテの謎な思い込みによって準備されたもので、特にこれといった意味はない。
全員が固唾をのんで、開始の時を今か今かと待った。
「それでは。よ~い・・・開始!」
「「そーれ! そーれ! そーれ!」」
「「「「わあああああああっ!!」」」」
ロープがピンと張り詰めると、ひときわ大きな歓声が上がった。
外洋船をつなぎ止める頑丈なロープは、男達の全力を受け止めてもビクともしない。
「いいぞ兄ちゃん! 頑張れー!」
「もっと力を入れて! お父ちゃん、気合よ、気合!」
しばらくの間、試合は拮抗していた。
だが、やがてロープが片側にジリジリと引っ張られ始めた。
即席チームの悲しさか。一度崩れてしまうと立て直す事が出来ない。
女達から悲鳴が上がる。
やがて審判が旗を大きく振り上げた。
「それまで!」
「「「「ああ~っ!」」」」
観客から大きなどよめきが上がった。
こうして一本目は右側のチームが先取した。
しかし、場所を入れ替えて二本目は、今度は逆のチームが取り返した。
そして一対一となった運命の三本目。
最終的な勝者となったのは一本目を取ったチームの方だった。
「「「「わあああああああっ!!」」」」
勝者チームには惜しみない拍手と賞賛が送られた。敗北したチームにも「よくやった」「次で頑張れ」と、健闘を称える声が送られた。
「話を聞いた時にはピンと来なかったけど、意外と熱くなるもんだな」
「ああ。来年は俺達もチームを作って参加しようぜ」
観客達はみんな、思わぬ激戦に興奮していた。
女達も男達の感情むき出しの姿に、新鮮な刺激を受けたようである。
戦った男達に熱い声援を送っていた。
そんな片隅では、さっきフラグを立てていた青年が彼女らしき女の子に慰められていた。
「ゴメン。勝てなかったよ。優勝して君に伝えたい事があったのに」
「ううん、いいの。私の心には届いたから」
どうやら彼は負けた方のチームの一員だったようだ。
試合の前に無駄にフラグを立てるから――というよりも、一回戦で勝てないチームで本気で優勝を狙っていたのだろうか?
なんだか良い雰囲気で終わっているものの、彼はもう少し自分を知った方が良いと思われる。
熱戦の余韻が冷めやらない観客達。
ドラゴン杯は最初の一試合目で完全に人々の心を掴んでいた。
いつまでも立ち去らない勝利チームに、審判が注意した。
「次の試合があるので場所を空けて」
「あ、はい。すみません」
言われるまで忘れていたのだろう。選手達は慌ててその場を離れた。
そのまま、応援してくれた家族の下に行こうとする男の腕をチームメイトの仲間が掴んだ。
「おい、待てよ。次の試合を見ないでどうする。いずれは俺達が戦う相手なんだぞ」
チームメイトの指摘に男はハッとした。
そう。いつまでも勝利に心を奪われている場合ではない。今日の試合は総当たり戦。試合の終わりを告げる合図は、次の試合の始まりを告げるゴングでもあるのだ。
「確かにその通りだ。済まなかった。目が覚めたよ」
「分かってくれたなら構わないって」
そう言って照れ臭そうに肩を叩き合う男達。
彼らの顔つきは、いつもの村の農民のそれではなかった。
今日だけは試合に臨むアスリート。貪欲にチームの勝利を追い求めるスポーツマンの顔になっていた。
「おっと、次のチームが入って来たぞ」
「さあ、俺達の相手となるのは一体どんなチームだ?」
「次はもっと楽に勝たせて欲しい物だぜ」
「ははっ。違いない」
初戦を勝利で飾ったからだろうか。男達はまるで試合慣れしたベテランチームのように軽口を叩いた。
しかし軽い口調とは裏腹に、彼らの目はまるで獲物を狙う猛禽のように鋭く輝いている。
相手の弱点も、試合運びも何ひとつ見逃さない。
彼らは、まるで今から戦うのが自分達であるかのように、前のめりで二回戦の観戦に臨んでいた。
そんな彼らの前に現れたのは――
「なっ・・・」
絶望そのものだった。
高くそびえ立つ屈強な男達だ。
全身に分厚い筋肉という鎧を身にまとった、鍛え抜かれた戦士達。
ゴツゴツとした岩のような体に走るのは無数の傷跡。
ティトゥの命令一つで死地へ飛び込む事も厭わぬ鋼の精神。
暴力と破壊の権化。
死をも恐れぬ命知らずの益荒男達。
ナカジマ騎士団によるチームである。
「「「・・・・・・」」」
その瞬間。男達は勝利を追い求めるアスリートから、非力な生贄に転落した。
その後の試合。ナカジマ騎士団チームは圧倒的な力の差を見せつけ、次々と他のチームを蹂躙。
あっさりと村の代表の座を勝ち取ったのであった。
後日。村長は村人からの懇願を受け入れ、来年以降のドラゴン杯では、騎士団チームはシードとして、村人チームだけで試合を行う事を決めたのであった。
次回「波乱」